第125話 だから何が言いたいかって言うと
電車を乗り継いで長浜に着いた俺たちは、昼食を取るため、目的地へと向かう。
11時半から集合した理由はそのためだ。
別にお昼を食べてからでもよかったんだが、優李が一緒に食べたいと言い出したのでそんな運びになった。
何が食べたいか、優李に聞かれるも女子とお昼ご飯を一緒に食べたことがない俺は、頭を悩ませた。
この前、翠花と出かけた時は、お昼ご飯ではなかったが休憩がてらにカフェでパンケーキを食べた。
そういうわけで優李もきっと甘いものであれば、喜ぶだろうと思って同じように提案したら、怒られた。
──女子はみんな甘いものが好きだと思ってるでしょ?
だって、うちの店来た時もパフェ頼んでたじゃん。
そう言い返したかったが、優李が言っているのはそういうことではなかったようだ。
どうやら優李は、俺に気を遣って欲しいわけではなく、本当に食べたいものを聞きたかったらしい。
その時、なんだか無性にラーメンが食べたかった俺は、正直にそう答えたのだった。
女子と二人で食べに行くのがそんな色気のないものでいいか迷ったが、優李は快諾してくれた。
そういうわけで俺たちは今、炎天下の中、長浜でおいしいと有名なお店に並んでいた。
「暑……」
「もう、何度も言わないでよ。私だって我慢してるんだから」
「悪い……こうなることわかってたら、ラーメン選ばなかったんだけどな……」
「別にいいわよ。たまにはこういうのも悪くないでしょ?」
「そうか?」
「そうなの!」
優李も暑そうに額に掻いた汗をハンカチで拭き取り、手で自分を仰いでいる。
さすがにこの熱気には、顔を顰めることもあったが、その割にはどこか機嫌はよさそうだ。
羽織っていたカーディガンは脱いで、今はノースリーブのワンピース一枚の姿だ。
時折、チラリと見える隙の多い姿に視線を逸らす。
「優李ってラーメン食べるのか?」
「私をなんだと思ってるのよ。別にそのくらい普通に食べるわ。七海とも一緒に食べに行くことあるんだからね」
「そうなのか。なんかイメージ湧かないな。倉瀬はなんか食べてそうだけど」
「あはは、何それ! でも確かにわかるかも。あの子結構、食べるから。その割には全然太らないからすごい羨ましいのよね」
あー確かに、倉瀬は結構食べている割には太っていない。
細身、というわけではないが標準体重よりちょっと下といったところだろうか。
その食べた分は一体どこへ行っているのか……。
「…………」
それは想像に難くない。
「ちょっと、変なこと考えてないでしょうね?」
「か、考えてないから」
人の心を読む能力でもあるのか。
ジト目で見られてはぐらかす。しかし優李はその隙を逃さない。
「嘘、絶対考えてた。声震えてたわよ」
「……」
「ふふ」
「……?」
あれ、おかしい。いつもだったら変態だのなんだの罵られていたはずなのに。
どうなってんだ、これ?
「優李、なんか変なもん食べたか?」
「喧嘩売ってんなら買うわよ?」
いつも通りだった。
「別に新世が変なこと考えたくらいで怒らないわよ。新世が変態なのわかってるし」
「なんか釈然としないんだが」
優李の表情は明るい。初めて出会った頃に比べたら、尖っていた角はすっかりと丸くなってしまった。
よく笑うようになった。
「なんか変わったな」
「あんたのおかげでね」
そうして優李は、いたずらっ子のように微笑んだ。
その笑顔に少し照れくさくなってしまって、後頭部掻いた。
「……」
すると今度は打って変わって少し悲しそうな顔をして、俺の後頭部を掻く右手を見つめていた。
「それ」
「……ああ、これ?」
優李は俺の傷跡が残った右を指して言った。
これは優李を助ける時に負った傷跡だ。もう既に完治はしているが、今もその傷跡は残っている。
優李からしたら思うところはあるのだろう。
「あんまり気にしなくていいぞ。別にもう痛くないし」
「私が気にするのッ!」
「──ッ」
優李は語気を強めて、傷跡をなぞるように俺の右手を握った。
その表情は怒っているのか、悲しんでいるのかわからない。
「この傷が私の責任であることは変わらないの。新世がどれだけ気にするなって言っても。傷付けたのは私だから」
「……」
「前にも言ったけど、新世はいつも一人で無茶する。またこうやって紗奈のために一人で頑張ってる」
黙って優李の言葉に耳を傾ける。
「そ、その……だから何が言いたいかって言うと……」
優李は言葉を詰まらせながらも真剣に俺に伝えようとしている。
そんな優李の言いたいことがなんとなく分かった。
「た、頼りなさい。私だって新世のことを支えたいの」
「優李……」
「だって、私は新世のこと……」
「──っ」
ごくりと喉が鳴った。
優李と視線が交差する。手を握られていることもあって、胸のこと鼓動が早くなる。
この暑い中、手を握っている。
あれ? 俺、汗掻いてないか? なんて余計なことが脳裏をよぎるが、今はこの心臓の鼓動が俺の脈を通して、優李に伝わっていないかが不安だ。
「お次に二名様どうぞー!!」
「「っ!!」」
気がつけば、前の列は既に減っていた。
店員に促されるまま、俺たちはお互いに無言で店に入って行った。
◆
し、失敗した。
何やってんのよ、私……!!!
あんなところであんなこと、言うつもりなかったのに!!!
後ろに並んでた人たちもいたのに……!
と、とりあえず注文しなくちゃ。
私たちは店のカウンター席に横並びに座り、メニューを眺める。
お互い無言のまま、メニューと睨めっこしていた。
「き、決まった?」
「あ、ああ。とんこつラーメンのチャーシュートッピングにしようかな」
「いいわね。私もそれにしようかしら」
なんとか先ほどの空気を免れ、何事もなかったかのようにラーメンを注文した。
半透明なプラスチックのグラスに注がれたひんやりとしたお水で喉を潤す。
「そういえば、紗奈との勉強会の方はどう?」
「ああ。まぁ、順調かな。まだ始めたばっかだからわかんないけど」
「二人きりだからって変なことしてないでしょうね?」
「何度も言うけど、普通に勉強教えてるだけだからな」
「それならいいんだけど」
「それに翠花も一緒に勉強するようになった」
「え、そうなの?」
翠花、と言えばこの間の球技大会で対戦した三組の女バスの子だ。
新世とも仲が良く、カフェにもよく来ているし、新世つながりで話すこともある。
「……」
それになんとなく最近、雰囲気が変わった。
なんというか、さらに可愛くなってたいうか……。
球技大会の頃、新世と何かあったみたいだけど、やっぱりそれがきっかけで前より仲良くなったとか?
彼女の新世を見る目が完全に変わった気がする。
何かあったんなら、やっぱり……気になる。
「そ、その子とはどうなわけ?」
「……どうとは?」
「ほら……色々よ。色々。大会も見に行ったんでしょ?」
「あ……いやー」
新世は何かを思い出したかのように言葉を詰まらせる。
「ちょ、ちょっとな、何かあったの?」
「べ、別に何もないって。なんでそれが気になるんだよ」
「だ、だってそれは!」
「それは?」
「……やっぱりほら、へ、変なことしないように?」
「さっきから俺を何だと思ってんだよ」
「と、ともかく! 周りに女の子いっぱいだからって抱きついたりしないように!」
「はいはい」
別に新世が変なことをするなんて思ってない。本当は単に私が気になるからだ。
どうにか自分の感情を曝け出すことを誤魔化せた。
その後、ようやく注文したラーメンが来て、会話中断し、食べることになった。
◆
優李との会話の途中でラーメンが到着した。さっきの店前での空気もどこへやら。優李は再び話を戻すことはしなかった。
一体あの時、優李が何を言おうとしていたかなんて俺には知る由もなかった。
「おお」
「美味しそうよね! 食べましょ!」
俺も優李も器の中を見て、喉を鳴らす。
濃厚なスープから発せられる香りに思わずお腹が鳴りそうになる。
まずはスープから。レンゲで掬って少し息で冷ましてから口に入れる。
「……!」
期待通りの味にすぐに麺を箸で持ち上げ、啜った。
「うまっ」
隣を見れば、優李も同じように耳に髪をかけ、レンゲで掬ったスープにふーふーと息を吹きかけ、飲んだ。
次にそのまま上品に麺を啜る。
「んん〜〜っ!」
そしてその美味しさに顔を綻ばせる。
それを見ているとなんだか……変な気持ちになる。
「ちょ、ちょっと見ないでよ。恥ずかしいじゃない」
「わ、悪い。うまそうに食べるなって」
「だって美味しんだもん。ほら、新世も早く食べなさい。伸びるわよ」
「だな」
優李に促されるまま、俺たちは一心不乱に麺を啜った。
「ああー、うまかった」
「ええ。また食べたいわね」
食べ終わった後、一息をつく。
優李と自分の分のグラスにピッチャーに入った水を注ぎ、飲む。
冷たい水からはほんのりとレモンの香りがする。
なんとなく一緒にラーメンを食べただけなのに満たされた気持ちだった。
「そういえばなんだけど──」
「……?」
「私も一緒に勉強会行ってもいいかしら?」
────────
ラーメン屋の前で何イチャついてんだ!!!
多分、後ろに並んでる人たちもみんなツッコミたかったと思います笑
優李も今回のことで何か思うことがあったのかもしれませんね。
とりあえず、デートは続きますがその描写はまた今度。
紗奈との勉強会に今度は優李が参加します!
翠花は大丈夫だったけど、優李はどうなるかなぁ……。
ご感想お待ちしております!
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