第124話 積極性
翌日から翠花も加わり勉強会は続いていく。
翠花を連れてきていいか聞いた時、紗奈は意外にもすんなりとOKしてくれた。
同じクラスということもあってか二人は和気藹々と楽しく勉強を進められている。
時折おしゃべりが過ぎることもあるが、勉強だけだと紗奈のやる気も続かないので翠花のおかげで息抜きにもなってちょうどよい集中力を保って勉強を進められていた。
「えっとこれを……どうするんだっけ?」
「だからxにこれを代入するんでしょ? 合ってるよね、新世?」
「……ああ、正解だ」
そしてなぜか翠花に紗奈が数学を教える始末。翠花は数学だけダメだと言っていたけど、これは紗奈以上に壊滅的かもしれない。
「翠花……赤点取ったら試合とか出られないんじゃないのか?」
「えっ!? そうなの!?」
「いや、知らないけど。そういうのってよくあるだろ。というか今まで大丈夫だったのか?」
「い、今まではまぁ……ギリギリ? 数学だけだったし……」
これからの女子バスケ部の体制にすこぶる不安が残る。
三年生が引退した後、キャプテンは岡井さんになったらしく、翠花は副キャプテンとのことだ。誰かをまとめあげる能力は岡井さんの方があり、翠花はどちらかといえば、プレイで引っ張るという方面でそうなったらしい。
「紗奈は、英語どこまで進んだ?」
「あたし? あたしはもう英単語100個は覚えた!」
「おお。思ったより覚えてるな」
「でしょ。あたしだってやればできるんだから!」
「まだ単語だけだからな。文法も覚えないと合格できないぞ」
「うっ……分かってるって。ちょっとくらい褒めてくれてもいいじゃん!」
「はいはい。それはちゃんと合格できたらな」
「あ、言った! それじゃあ、合格できたら何してもらおっかな〜」
「……褒めるだけだぞ」
「もちろん、ご褒美ももらうから」
「……」
……口を滑らせた。
合格できるのはいいことだが、どんなことをお願いされるかわからない。
「……」
「……どうした?」
俺が紗奈と話していると翠花がこちらをぼーっと見ていた。それに気がついた俺は声をかける。
「え? いや、なんでもないよ? なんというか……二人とも前よりも仲良くなってるなって思って。新世くん、名前も下の名前で呼んでるし……」
「あっ、スイスイもしかして嫉妬?」
翠花の感情を知ってか知らずか、紗奈は楽しそうに翠花をからかう。俺自身、翠花の気持ちを知っているだけにどう反応すればいいかわからない。
というか下手に突かないで欲しいというのが本音である。
「ち、違うってば! こんなこと言うとあれだけど、紗奈ちゃんって今まであまり誰とも仲良くなろうとしてなかったでしょ? だから今、こうやって仲良くなれてよかったなって思って」
「……」
「……」
翠花の真っ直ぐな感情に充てられて、俺たちは言葉がすぐに出てこなかった。
「スイスイ、ホントいい子!」
「ちょ、紗奈ちゃん!!?」
そして少し間を空けてから感激した紗奈が抱きついた。
ひとしきり抱きついた後、ようやく紗奈は翠花を解放する。
「スイスイとはこれからもずっと友達だから! ズッ友!!」
それちょっと古くない?
「でもちょっとは嫉妬もした方がいいよ、スイスイ。そうじゃないとあたし無遠慮に新世にちょっかいかけちゃうから」
「そこはいつも遠慮しろ」
「う、うん……その……してないわけじゃないよ? 翠花ももうちょっと新世くんと話したいなって思ったし……」
「…………」
「…………」
その言葉に俺たちはもう一度、押し黙った。
「可愛いかよ」
そして紗奈が小さく呟いた。その言葉に翠花は一気に顔を赤くさせた。
……それには同意する。
◆
昨日は勉強会が終わり、帰ってすぐに寝た。
夜中に暑さで目が覚めるかと思ったが、思った以上に疲れていたのか、朝まで熟睡だった。まぁ、クーラーかけてたんだけど。
今日も夜から紗奈と勉強会だが、翠花は用事があるとかで今夜は来れないらしい。
昼の間は、紗奈は補習と家庭教師があるので、夜の勉強会に向けて準備──なんてことはしない。
自分が飛び抜けて頭がいいとは思っていないが、それでも教科書通り教えていれば、ある程度は問題ないと判断した。
つまり、真昼間は完全に俺の休息の時間。俺を阻む障害は何もないと言うわけだ。
綾子さんも現在不在のため、真夏の中、クーラーの効いた部屋でゴロゴロとしていても誰も文句を言わない。
夜の勉強会のためのチャージだと思えば、それくらい許してくれてもいいだろう。
そういうわけで、ベッドの上でダラダラと過ごしていたら俺の安息を脅かすラインがやってきた。
『新世、今日暇?』
「んあ──?」
加えていた棒アイスが暑さに耐えきれず、溶けて滴り落ちた。それが手についてベタベタになり、一気に気分が下がった。
ベッドに落ちなくてよかったが綾子さんがいたら多分、そんなところで食べるなと怒られていただろう。
ラインの相手は優李。
ここ最近、優李とは毎日のようにラインでやりとりをしている。
別に特段用があるわけではないが、ダラダラと日常会話を続けている。
基本めんどくさがり屋の俺はラインの返信をするのでも一苦労だ。よくスタンプで終わらせようとしても優李の方から何かしら別の話を振ってきて、話が続く。それをここ数日は繰り返していた。
『暇といえば暇』
そう返してから数分。既読にはなったものの中々返信が返ってこない。
既読がついてから既に十分が経過した。
「何の用だったんだ」
そしてそう呟いてからもさらに五分が経った。
スマホで漫画を読んでいたらようやく優李からの通知が画面の上部に表示された。
『よかったらどこか遊びに行かない?』
こんな短いメッセージを打つのにどれだけ時間がかかってんだ。
「あー」
正直、今、体を起こして準備してクソ暑い外へ出るのはだるい。
以前であれば、『嫌だ』と返せば『なんでよ!!』と怒った優李が目に浮かんでいた。
しかしなぜか、今は悲しそうな顔をする優李の姿が浮かんでいた。
「……」
『別にいいよ』
気がついたら、自然とそう返信していた。
「どーしちまったんだ」
そう呟いてから天を仰ぎ、本日二本目の溶けかけたアイスを一気に頬張った。
そして頭が痛くなった。
◆
「あっつ……」
待ち合わせは駅前。
こんなこと言ったら絶対に怒るかもしれないけど準備を始めた段階から、優李の遊びの誘いに応じたことに後悔し始めていた。
よくあるよな。約束したはいいものの直前で行く気なくすヤツ。だからといって今更断る気もないけど。
それにしたって……暑過ぎる……ッ!!!
優李が来るのを今か今かと待っていた。
Tシャツは既に汗ばみ、体に引っ付いて少し……いや、かなり不快だ。
俺は少しだけイライラしながらもスマホの時計を見る。
時刻は11時33分。
約束の時間が11時30分だったから3分の遅刻である。
……待たせやがって。来たら文句の一つでも言ってやる。
たったの三分だけど、遅刻は遅刻。器が狭いと言われようが関係ない。この真夏の太陽が俺をそうさせた瞬間だった。
「ごめん、待った?」
横から優李の声がして俺はすぐに反応した。
やっと来た……!
待ってましたと言わんばかりに振り返った俺は優李に文句の言葉を浴びせようとする。
「遅い。何して──……」
思わず、言葉を失った。
薄い水色のノースリーブワンピースに白いカーディガンを羽織った清楚な姿。
頭をトンカチで殴られたような衝撃。どこか儚げな雰囲気だ。
「ご、ごめんなさい。その……服選ぶの時間がかかって……」
「あ、ああ」
肩まで伸びる柔らかな髪は風に揺らしながら恥ずかしそうに優李はそう言った。
その姿にまた見入ってしまい、さっきまで考えていた文句も泡のように消えた。
……優李ってこんなに可愛かったっけ?
いや、前からかなりの美少女であることはわかっていたけど、改めて彼女のもつポテンシャルを思い知った。
クラスの連中が言うように誰がなんと言おうが美少女と呼ぶに相応しい。
そう意識してしまってから心臓の鼓動が早く鳴るのがわかった。
「お、怒ってる?」
優李しては珍しくおずおずとこちらの様子を伺ってくる。
照りつく太陽の下、待たされていた時の感情はそこにはもうない。
「新世?」
「うぉ!?」
そしてなんと言葉を発しようか迷っていたところで優李が顔を覗かせ、飛び退いてしまった。
「うぉって……その反応は酷くない?」
「い、いや悪い。考え事してて……」
「そんなに変? 私の格好……。この前新しく買ったから新世に一番に見せようって思って着てきたんだけど」
ヤバい。何その反応。普通に可愛いと思ってしまった。
「いや、その……に、似合ってるよ」
俺のその言葉に優李は先ほどまで曇っていた顔をパッと明るくさせる。
これは喜んでるってことでいいんだよな?
いつもの優李らしくない反応に俺も戸惑いが隠せない。
なんだか勝手に気まずい。
「ほら、早く行きましょ! お昼だし、混むかもしれないわ」
「あ、ああ」
そうして優李は俺の手を引っ張り、駅の構内へと向かう。そのまま一緒に電車を乗りつぎ、長浜へと向かうのだった。
──────
思ったより修羅場にはならず。期待した皆様すみません。
ただ現状、紗奈としては新世を好きな訳ではないので嫉妬心などはまだ特にないんですよね。これからどうなるか見守っていただければ!
からの優李とのデートです。そういえば2人きりで遊んでないなと思って笑
優李さん積極的に頑張ります。
よければご感想お待ちしております!
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