第7話 もしかしたらの未来と確かめたいこと
「ほんとに……疲れた……」
「どうしたの、優李ちゃん? いつになく疲れてるね」
学校が終わって優李ちゃんと下校中。
私、倉瀬七海は深くため息をつく親友を心配し、声をかけた。
「そりゃ、あんな奴と隣の席になれば、そうなるわよ」
「あんな奴って? もしかして伊藤くんのこと?」
どうやら優李ちゃんは伊藤くんが苦手みたい。
確かに私以外とは人付き合いが苦手な優李ちゃんだけど、初対面でここまで疲弊しているのも珍しい。
気を遣って疲れたというよりは、どちらかといえば、ずっと敵意を剥き出しにして疲れたようだった。
まる男の子に告白されてしつこく迫られた時に似ている。
あのまるで容赦がない姿。情けのなの字もなく、相手を斬り伏せるあの時の優李ちゃんってカッコいいんだよね!
……ってそんな話じゃなくて、今はそんな優李ちゃんが伊藤くんと何かあったのかってこと。
もしかして伊藤くんが無理やり迫ったとか? そんなことするような人じゃないと思うんだけどなぁ。
昨日のことを思い出して、少しだけ顔が熱くなる。
「今朝、痴漢の話したわよね?」
「あ、うん! いきなり抱きついてきた暴漢! 私が会ったら成敗してやるんだから!」
「それがあの男だったのよ」
「……え?」
あまりの衝撃に言葉を失った。
優李ちゃんに痴漢……?
「そういうわけ。だから七海はあんな変態に近づいちゃダメ!」
私を助けてくれた伊藤くんが優李ちゃんに……?
ということはやっぱり、私の体が目的で!?
あのぶつかってきた子どもたちは伊藤くんに買収されて、私が川に飛び込むように仕組んだじゃ……!?
伊藤くん……許すまじ……っ!
「七海聞いてる?」
「おのれ伊藤くん。今度会ったら私が鉄拳制裁をしてやる!」
「……話聞いてた?」
「ほえ?」
気がつけば、優李ちゃんが呆れ顔でこちらを見ていた。
私が首を傾げていると優李ちゃんは言葉を続ける。
「そういえば今朝、私がお手洗いから戻ってくる前、七海もあいつと話してたみたいだけど、何話してたの?」
「えーっと、昨日私が溺れた時に助けてくれたから改めてお礼言ってたの!」
「……は? その話ってあいつだったの?」
「うん、そうだよ」
私が頷くと優李ちゃんは急に焦ったように私の体を触り出す。
「あいつに変なことされてない!? 大丈夫!?」
「ちょ、こそばいよ、優李ちゃん! そ、そこは……や、やめ……あはははは」
その後くまなく調査された私は、やっとの思いで優李ちゃんから解放された。
「はぁ……はぁ……もう優李ちゃん! 私がお嫁に行けなくなったらどうするの!」
「大丈夫。そしたら私がもらってあげる」
「……え! それって……!!」
「いや、冗談だから」
……なんだ冗談か。びっくりしちゃった。
「七海はお兄さんのものだからね」
「ち、違うからね!?」
確かに従兄弟のお兄ちゃんに憧れていたことはあるけど、そもそも好きだったのは数年前の話。年齢は離れているし、もう何年も会ってないから別にそういう気持ちがあるわけじゃない。
「まぁ、でも伊藤くん昨日、今日話した限りじゃ普通だったけどな……私も助けてくれたし」
よくよく考えたらやっぱり川に溺れたのは伊藤くん何も関係なかった。あの状況で飛び込むなんて初対面の伊藤くんに分かるはずもないのだから。昨日もそう言われて納得したんだった。
「七海は騙されてるだけ。あいつはただの変態よ」
「う〜ん……」
別に助けてもらった時も気なることはなかったし、なんなら私の下着が派手だったこともしっかり教えてくれた。上着も貸してくれたし。
優李ちゃんのことを疑っているわけじゃないけど、どうも私の中の伊藤くんと優李ちゃんの言う伊藤くんが噛み合わないように感じる。
この違和感……解決しないとスッキリしない!
「じゃあ、優李ちゃん! 本人に確かめよう!」
「は? 確かめるって何をよ?」
「なんでいきなり抱きついたか! もしかしたら、優李ちゃんが可愛すぎてその衝動を抑えられなくなっただけかも!」
「……それを痴漢って言うんじゃない?」
「ともかく、レッツゴー!」
「ちょ、七海!?」
そうして、私は優李ちゃんを連れ、帰っている途中であろう伊藤くんを探し始めた。
◆
「なかなか見つからないね」
「そりゃ、あいつの帰る方向とか知らないんだから当たり前よ」
私、朝霧優李は、あれから七海に連れ回されていた。
七海はどうやらあいつが私に痴漢した理由を知りたいらしい。七海はあいつから助けられたらしいし、それも当然かも知れない。
「まっ、話聞いても結果は変わらないと思うけどね」
「もう、優李ちゃんってば。まだわからないでしょ?」
「いいえ、わかるわ。あいつはただの変態よ」
間髪入れずに私は答えた。すると七海は急に押し黙った。
「七海?」
「今更だけど、ごめんね、付き合わせて。優李ちゃんからしたらあんまり気が進まなかったよね……」
七海はどうやら、私があいつと顔を合わせたくないのではないか、ということに気がついて謝ってくれたようだ。
七海は納得できないことがあるとすぐに行動を起こす。それに今まで振り回されてきたこともあったけど、別に嫌じゃなかった。何より私は七海と一緒にいることが好きだからだ。
「七海は悪くないわよ。七海も思いついたら即行動なんて今に始まったことじゃないじゃない。悪いのは全部、あの痴漢男よ」
「…………あはは」
七海は空笑いをした。
そこで私は気がつく。
「そういえばここ」
「え?」
「昨日、ここで痴漢されたの」
「え、ここで?」
私と七海は立ち止まる。そこは学校から少し進んだところにある交差点だった。
この辺で大きな幹線道路の一つで交通量もほどほど。人目も多い。
「どんな感じに?」
まるで現場検証だ。
「どんな感じって……呼び止められてナンパだと思って無視してたら腕掴まれてそのまま抱きつかれただけ。あーまたムカついてきた」
「まぁまぁ……その……なんで伊藤くんはそんなことしたのかな?」
「さぁ。痴漢男の考えることなんて知らないわよ。ただ……なんだったかしら。事故がどうとか……そう。確か、黄色い車がなんとかって……」
「黄色い車……」
七海は眉間に皺を寄せ、口元に手を持っていくと何かを考え込むような仕草をする。
その姿はまるでドラマとかに出てくる刑事や探偵のようだ。
流石刑事の娘だけはある。様になっている。
「あ、そういえば! 昨日ここで事故あったってお父さん言ってた」
「事故?」
「うん。なんか黄色い派手なスポーツカーがスピード出しすぎて電柱に激突したんだって!」
そう言われて昨日のことを思い出す。あいつから逃げるようにここを去った後、遠くから大きな音が聞こえたのを覚えている。
一刻も早くその場から離れたかった私は、気にせず家路へとついたのだけど……。
「……もしかして伊藤くんはその黄色い車から助けてくれたのかも?」
「ただの偶然でしょ」
また、七海が突拍子もないことを言った。私はそれに反射的に答える。
だけど、すぐに自分の吐いた言葉が疑問になって返ってくる。
──本当に偶然?
い、いや偶然でしょ。
黄色い車なんて別にどこにでも……いや、こんな田舎ではあまりそんな派手な車は見かけない。
もしかして、あいつはそれを教えてくれた? でもどうやって?
分からないことが次々と頭の中に浮かんでくる。
それじゃあ、もしあいつが声をかけてくれなかったら?
あの場から走り去らなければ、私はあの交差点で……
「ッ!」
そこまで想像して身震いした。
「ま、まさかね……?」
そんなことあるわけない。偶然に決まっている。あるわけないとわかっているのだけれど、自分の中でどうも腑に落ちない。
あいつがなんで黄色い車が通るって知っていたのか。
「やっぱり私も確かめたいことできたかも」
「……! じゃあ、もう少し探してみよ!」
それから少し行ったところで私はあいつと顔を合わすことになり、カフェへと行くことになった。
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