第8話 こういう時は未来予知が起こってくれない

 ……どうしてこうなった?


「はーい、アイスコーヒー二つとアイスカフェラテ一つ。後はオレンジジュースね。それと……はい、ストロベリーデラックスパフェとチョコバナナデラックスパフェ!」

「ありがとうございます!」

「…………」

「…………」

「なんか喋れよ、お前ら」


 今、俺たちはとあるカフェへと来ている。

 そこでなぜか奢ることになった俺は、倉瀬と朝霧と草介の四人で同じテーブルについている。


 席についた俺と朝霧の間に流れる空気はどこか重苦しさが漂っており、どちらも口を開こうとはしない。


 朝霧がどうかは知らないが、俺が口を開かないのにはとある理由がある。

 謝ると決めた以上、本当はさっさと謝っておきたいんだが……。


「あれ? 優李ちゃん、食べないの?」

「え、ええ。頂くわ」


 倉瀬が促して、二人でパフェを食べるため、長尺のスプーンを手に取る。

 ちなみにイチゴの方が倉瀬さんでバナナの方が朝霧だ。それにしてもこのパフェ……かなり盛り付けが乱雑である。


「ん〜〜これこれ〜堪らないなぁ!」


 しかし、そんなこと気にせずに倉瀬は天辺の生クリームを頬張ると一気に頬を緩める。

 正直に言っていいか? かわいい。空気が浄化される。


「……七海を見るのをやめさない。変態」


 倉瀬さんを見ていたらスプーンを片手に持つ朝霧がジト目でこちらを見てきていた。


「だから変態じゃねぇーって」

「はぁ? 私に抱きついておいて、どの口がほざいてるの?」

「…………」


 何を言っても言い返されるのにはいい加減慣れた。悲しいことに。

 別に言い返したっていいんだけど、それは生産的じゃない。


 俺が言い返せばそれこそ、相手はまた倍言い返してくる。それからまた関係が拗れたら学校生活がより面倒になること間違いなしだ。

 それじゃあ、埒があかない。


 本当は命を助けたんだから感謝してほしいのが本音だが、草介にも諭されたようにここは長期的に見れば、謝っておいた方が得策だという結論に至った。


 こうなれば、謝りにくいなど知ったことか。


 覚悟を決めた俺は深く深呼吸をし、相手を見据えた。


「……何よ」

「悪かった」

「……!」

「昨日のことは謝る。この通り」


 俺は冷静に頭を下げた。

 俺が謝ったことが意外だったのが、朝霧は目を見開く。

 そしてすぐに元のキリッとした顔に戻す。


「一つ聞きたいことがあるわ」

「……なんだよ?」

「昨日、なんで私に痴漢したの?」

「……だからそれは違うって。事故から助けようと」

「嘘。あの時、車なんて通ってなかったじゃない」


 痛いところを突かれて、体が少しびくついた。事故から助けたことは間違い無いのだが、朝霧のいう通り、あの時車なんて通ってなかった。

 なんて言い訳しようか考えてみるが、何も思いつかない。


 それが余計に朝霧の疑念を深めることになったのか、視線はより鋭くなった。


「昨日、あの近くで黄色い車が事故ってたって。アンタ言ってたわね。黄色い車が突っ込んでくるって。なんで黄色い車が来るって分かったの?」

「あー、それは……」


 結局、事故ってたのかよ。

 くそ、なんて誤魔化す?


「黄色い車? そう言えば、俺も見たぜ。すげースピードで走り周ってたな。なんかあっちこっち走ってたらしいな」


 そこで話を聞いていた草介が間に入る。俺はそれを聞いてチャンスとばかりに草介の言葉に便乗した。


「そ、そう。朝霧に会う前にも見たんだ。すごいスピードで走ってたから、交差点渡る時、来たら危ないな〜って思って……」

「…………」


 朝霧は目を細めて俺を見つめる。少しの緊張感が漂った。


 ちょっと苦し紛れすぎるか……?


「はぁ。じゃあ、そういうことにしておいてあげるわ」

「……!!」


 まさかこれで誤魔化せるとは思っていなかった。なんだ……以外と朝霧ってちょろいのか?

 まぁ、結果オーライ! 一歩前進。これで明日から少しは平和に過ごせそうだ。


「言っておくけど」

「え?」

「私、別にアンタが言ったことまだ信じたわけじゃないから」

「……? じゃあ、なんで」

「ただ、私の中で納得できる答えがなかったってだけよ。それにアンタが私に抱きついたことは事実」

「……」

「だから私が見極めてやるわ。アンタが本当に変態かどうか。嘘をついているのかどうかを。せいぜい尻尾を出さないように気をつけるのね」


 ……誤解解けてないじゃん。


「じゃ、ここのパフェ後、十回奢って。それでひとまず抱きついたことはチャラにしてあげるわ」

「じ、十回て……それは多すぎだろ……」

「はぁ? 一回謝った程度で許されると思ってるのかしら? 私の体がそんなに安いとでも?」

「おい。誤解されそうな言い方やめろ」

「別にここには私たちしかいないんだからいいでしょ。笹岡も七海も分かっていることなんだから」


 確かにカフェには今のところ、俺たちしか客はいない。

 は……な。


「ふひひ」


 不気味な笑いをしながらさっきからこちらをニヤニヤと見てくる店員ならいる。

 この店員が厄介極まりないから言っているのだ。これが先ほど俺が中々、謝ることのできなかったもう一つの理由だ。


 ここのカフェを個人で経営しているのは、俺の保護者──綾子さんである。

 そして俺が住んでいる家の一階の広々としたスペースがカフェとなっている。


 ……聞いてないぞ。ウチの生徒もここのカフェに来るなんてことは。

 これ絶対、後で聞かれるやつだと思う。綾子さんの顔が面白いものを見たという表情でいっぱいだもん。


 ちなみに草介たちはそのことを知らない。話すタイミングもなかったからな。


「と、ともかくそのパフェ奢るんだからこれでチャラだろ」

「別にチャラとは言ってないわ」

「じゃあ、そのパフェ返せ」

「いやよ。これはもう私のものだもの。それとも何? 私が手をつけたものを食べたいのかしら。やっぱり変態じゃない」

「クソッタレ」

「奢ってもらう回数を二十回にしてもいいんだからね?」

「仲直りできたようでよかったね」

「だな!」

「「…………」」


 倉瀬と草介の言葉で俺たちは我に返る。


 仲直りだと? バカ言っちゃいけない。それは元々仲がいいやつに使う言葉だ。


「七海。止めて。それは元々仲がいい人たちに使う言葉よ」


 チッ。


 思考が被ってしまい心の中で舌打ちする。

 誤解は多少解けたとはいえ、やっぱり朝霧とは相性が良くないようだ。


「ふん、とにかく。器の小さい男ね。そんなんじゃ、モテないわよ」

「おい、草介言われてるぞ。何か言い返してやれ」

「俺じゃねぇよな!?」


 それから草介たちはしばらく他愛ない話をしてカフェを後にした。


 ここが俺の居候先だと知ると草介たちは非常に驚いていた。

 どうやらこのカフェうちの生徒も良く利用するらしい。何分田舎なのでカフェなんて少ないからということもあり、後は店長のキャラがいいということも理由の一つらしいが……本当か?


 ちなみに俺たちが話している時にも何人か来店していた。


 何はともあれ、明日から幾分かマシな日が送れそうな気がした。


 ◆


「ん〜〜、帰ろっか!」

「ええ、そうね」

「お!? お二人さん、よかったら俺が送ろうか!?」

「うん、いらない!」

「ぐはッ!!」


 カフェを出てすぐ。私と七海は項垂れる笹岡を放置して家の方へと歩み出した。


 はぁ……ここに来づらくなっちゃったわね。気に入ってたのに。


 先ほどのカフェを背にそんなことを思う。

 理由は単純。あのカフェ行ったらあいつと顔を合わす確率が増えるからだ。別に仲良くなったわけじゃないし、そもそも第一印象が最悪だったので、苦手意識があるのだ。


 それでも他にカフェなんてないし……どうしたものかしら。


「あ、君たちちょっと待って!」


 そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。


 振り向くとそこには先ほどのカフェの店長さんがいた。

 そしてこの店長さんがあいつの保護者でもあることが判明し、驚いたところだ。


「どうかされたんですか? あ、もしかして何か忘れ物でもしちゃいましたか!?」


 七海が代表して店長さんに聞く。


「いいえ、違うわ。お礼を言いにきたの」

「お礼?」

「そう、お礼。今日はありがとうね。転校したばかりのあの子と友達になってくれて。まさか初日から友達を連れて帰ってくるなんて思ってなかったから」

「それは……」


 言葉に詰まる。

 笹岡は知らないが、別に私と七海はあいつと友達になったわけじゃない。

 ここがあいつの居候先ということも知らなかっただけだ。


「聞いてるかも知れないけど、あの子色々家庭の事情が複雑でね。私もまだ数日しかあの子の面倒見てあげてないんだけど、歳の割に大人びてたり、ひねくれた部分があったりするみたいだから」


 居候と聞いた時点で何か事情があることはみんなわかっていた。だけどあえてそのことは誰も口にしなかった。

 それにあいつも話そうとしなかったし。


「よかったら仲良くしてあげてね。ここに来たらまたサービスしてあげるから」


 一番初めに反応したのは笹岡だった。


「ええ! 任せてください! 俺、あいつとは仲良くなれそうな気がしてますんで!! というか、もうなってるかも。あ、後お姉さんとも仲良く──」

「はい、私も伊藤くんとは仲良くしたいと思っています!」

「……七海!?」


 笹岡の言葉を遮って、七海が答える。

 それに私は驚いた。まさか七海がそんなにあいつと仲良くなることに積極的だとは思わなかったからだ。


「そうだよね、優李ちゃん?」


 そしてニコニコと私の返事を待っていた。

 あまり気は進まないけど……。


「……私も少しだけなら」


 別に私は七海に合わせただけ。それに……店長さんにこう言われたらまた来るしかないじゃない。

 これは店長さんに言われたからだから。ええ、そうよ。


「そういえば、お店あけてていいんですか? 店長さんお一人ですよね?」

「ああ、いいのいいの。今、あの子に任せてるから」

「こっち来てからよく手伝ってるんですか?」

「いや、今初めて任せた」

「「「…………」」」

「もうちょっと一服してからゆーっくり戻ることにするわ」


 なんだかあいつのことが少しだけ不憫に思えた瞬間だった。

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