第128話 視線の正体

 夏休み前半の補習最終日とその前日には各教科で確認テストがある。

 そのテストに合格するため、補習や家庭教師だけでなく、新世たちにも勉強会を開いてもらっていた。


 そこには新世だけでなく、ゆうりっちやスイスイが加わり、あたしの勉強効率も大幅に上がった。

 今まで全くと言っていいほどやる気がなかった勉強をこれでもと詰め込んでいる一週間になったが、意外にも辛くなかった。


 いや、補習や家庭教師はやっぱりしんどいけど、それ以上にみんなとこうやって毎日を過ごせることが何より楽しかった。

 に比べたら、あたしの今の生活は充実したものになっている。


 だからこの生活を崩されないためにも今がんばらなくちゃいけないんだと思っていた。

 それがみんなや新世がいると不思議とできる気がしていた。


「すごいよ、紗奈ちゃん! もうこんなに分かるようになってきたの!?」

「へへ、あたしもやるでしょ? てか、ななみんが褒め上手すぎる……ッ!!」

「え? そう? それほどでも……えへへ。紗奈ちゃんこそ、教えたら教えただけ吸収できるからすごいよ! まるで乾燥わかめみたいだったよ!」

「倉瀬、そこはスポンジとかじゃないのか? 乾燥わかめ?」

「ありがと! ななみんはやっぱり可愛いなぁ。ほんと癒しだわ」

「ふぇ!? ちょっ……紗奈ちゃん!? そこは……んっ……」

「やっぱ、でか……!」

「だ、だめ……っっ」

「……勉強は?」


 時折、ツッコミを入れる新世の空虚な声があたしとななみんの前に響いた。


 勉強会五日目。

 今日は、ゆうりっちやスイスイが来られないということで代理でななみんがやってきた。

 ななみんも学年順位一桁ということもあり、ゆうりっちと同じでかなりわかりやすく教えてくれていた。

 ただ、時折天然をかますことがあったけど、それがまた可愛く、こうやってちょっかいをかけてしまうことが難点だ。


 だって、あたしでも夢中になってしまうほどのこのプロポーション。

 やっぱり同じ女としてもその大きさを堪能したくなっちゃうよね……!


「新世も羨ましいならそう言えばいいのに。……揉む?」

「揉まんわ!!!」

「……そ、そんなに私の胸魅力ないかな……」

「い、いや、そういうことじゃなくてだな」

「やっぱり揉みたいんじゃん。ほれほれ羨ましいか」

「ちょ、紗奈……ちゃんっ!」

「さすがに他にお客さんもいるから、倉瀬のためにもやめてあげてくれ……!」

「むっ」


 新世に注意され、周りを見渡す。

 すると他のテーブルにいた男性たちが一気に顔を逸らしたのが分かった。

 興味のない男からの視線ほど鬱陶しいことはないと分かっていたのに、友達にこんなことをして申し訳ない気持ちになった。


「ななみん、ごめん。あたし、気がつかなくて」

「ううん、大丈夫だよ! ちょっと恥ずかしかったけど。い、伊藤くんも勘違いしないでね? 私が人前で胸を揉まれて喜ぶドスケベ女じゃないってこと」

「思ってない思ってない。もうちょっと言葉選んで」


 ななみんに許してもらって安堵の息を吐く。

『友達』という存在に嬉しくなってついついやり過ぎてしまう。距離感が未だに分からない。


「で、どうだった?」

「どうだったとは?」

「ななみんのあられもない姿」

「ぶっ!?」

「伊藤くん……どうだった……かな?」

「それ聞くの……?」


 でも新世にはこうやってからかいすぎるのがちょうど良い気がした。


 ◆


「ん〜〜〜!!」


 朝日で目が覚めて、体を起こし両腕を伸ばした。


 日曜日。

 今日は補習はないが、いつも通り家庭教師がある。時間はお昼からなのだが、最近は早めに起きていたので今日も同じ時間に起きてしまった。


 ベッドから這い出て、着替えてからリビングにある冷蔵庫を眺める。


「……なんもない」


 冷蔵庫の中身はほとんど空。

 買い物は毎週、お手伝いさんが土曜日に買ってきてくれるのだがそのお手伝いさんが今週はお休みを取っていた。代わりに今日行ってくれる予定になっている。


「仕方ない。コンビニでも行こ」


 あたしは、ショーパンに薄いTシャツの部屋着のまま、サンダルで外へ出かけた。


 そして近くのコンビニで朝ごはんのパンやサラダ、ヨーグルトを買う。


「ふぁ〜」


 もう体は起きているはずなのだが、未だにあくびが出る。ここのところ勉強を遅くまで頑張っていたのでまだ疲れが溜まっているのかもしれない。


 コンビニで支払いが終わり、店外へ出る。


「……なんだろ?」


 しかし、そこで感じたのは少しの違和感。

 はっきりと分かるわけじゃないけど、何かがおかしい気がした。


 周りを見渡してもその原因はわからない。


「疲れてんのかな」


 わからないことを考えるのも嫌なのでそういうことにして、ため息をついてから家の方向へ歩き始めた。


 しかし、数分後。先ほど感じていた違和感が徐々に強くなっていく気がした。

 これは……視線だ。


 パッとその視線を感じた方向を見ると高校生らしき男子グループがいた。

 こちらを見て、ニヤニヤと下卑たもの。

 その視線を無視して歩みを進めるも同じように何度も視線を感じた。


 その全てが同じ人たちではなく、別の人だ。

 別に見られるだけで何かをされるわけでもない。


 それでもはっきりと嫌な視線であることは間違いなかった。

 それにこれまでもこういうことはあった。これはあたしのあの噂が広がった時のによく感じていたもの。

 最近は、マシになっていただけに久しぶりに感覚に不快感が強かった。


 そして、また視線を感じた。

 今度は後ろから。


「ッ!」


 歩みを早めて、早く家へと帰ろうとする。しかし、今度の後ろからのした気配は一向に消えることなく、こちらに近づいてくる。


 いい加減、イライラしてきた。一体何の用なの?


 腹が立ったあたしは、一気に駆け出し角を曲がる。

 そして後ろの誰かが合わせて走って近寄ったその瞬間。反撃の狼煙を上げる。


「──のっ、変態!!」

「うぉれ!?」

「……へ、新世?」


 そこには間一髪であたしの振り回したコンビニ袋を避けた新世がいた。


「あ、危なかった……」


 間抜けな声を出す新世に一気に緊張感が薄れ、深いため息が出た。


「なんでここにいるの? ストーカー?」

「随分な言い方だな。見かけたから声かけようとしただけなんだが」

「それなら早く声かければよかったじゃん」

「いや、かけようとしたら逃げたから」

「……」


 新世が現れたことで先ほどまでいろんな男から感じていた視線は無くなっていた。


「何かあったのか?」

「……別になんでもない。お腹空いてるだけ」


 あたしは適当に誤魔化した。なんとなく、新世に知られたくなかった。

 親のことや勉強のこと、いっぱい助けてもらっていてこれ以上負担をかけたくなかったのだ。


「朝飯買いに行ってたのか。というか、その格好で?」

「別にいつもの格好だけど」

「近所だとしてももう少しちゃんとした格好した方が良くないか?」

「ははん? もしかしてあたしの脚に見惚れてた?」

「そ、そういうわけじゃねぇけど!」

「それか、もしかしてあたしの脚を独占したい的なこと?」


 新世が慌てるものだから楽しくなってまたいつも通りからかう。


「……だったらなんだよ」

「…………え!?」


 まさかの返しに一気にパニックになった。


「そりゃあ、他の奴らに見られたくないって」

「──ッ!!」


 照れ臭そうにいう新世の言葉に一気に顔が熱くなっていくのが分かる。


「……ぷっ。なーんてな」

「…………!!」

「もう紗奈のからかいには流石に慣れてきたしな。お返しだ」


 今度は新世が得意げな表情でそう言った。

 やられた。いつもこっちがからかうばかりだから、たまにこうやって反撃されれると固まってしまったのだ。


 く、悔しい……今度、やり返されたら絶対にやり返してやる……!!


 そう心に決めてあたしはまたいつものセリフを言う。


「童貞の癖に」

「それ決め台詞みたいになってない?」



──────

徐々に紗奈の方にも異変が出てきましたね。

新世にうまく解決できるといいですが……


ご感想お待ちしております!!


【お知らせ】

コミカライズ第5話が下記より公開されております。

翠花登場の回ですね。こちらも可愛く描いていただきましたのでよければ、ご感想ください!


https://comic-walker.com/detail/KC_005690_S/episodes/KC_0056900000700011_E?episodeType=first

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る