第127話 ビター&スウィート

「い、いや……それは……!!」

「何よ? 紗奈のは食べれて、私のは食べれないってワケ!?」

「そういう問題じゃ……!!」


 優李は目が据わりながら興奮気味に言う。

 その様子を紗奈はポカンと見ている。頼むから止めてくれない?


「いいじゃん、ゆうりっちにもしてもらえば。役得じゃん。あ、もしかして恥ずかしい?」


 煽るんないでくれる? 期待した俺が馬鹿だった。

 それに恥ずかしいに決まってるだろ。


「ほ、ほら! 紗奈も言ってるじゃない! するの? しないの!?」

「うぐっ……」


 何これ、する流れになってるの?

 待て、待ってくれ!


 優李は俺の返事を待つこともなく、いちごのソースがかかった生クリームといちごを掬っている。

 そして俺の口元へスプーンを持ってきた。


「ほ、ほら。あ〜ん」

「っ」


 こ、これは、受け入れるしかないのか?

 紗奈は相変わらずニヤニヤとしている。止める気はなさそうだ。

 さっきとは状況が違う。紗奈の時は不意打ちだった。こんな風にお膳立てされれば否応なく緊張する。


 先ほど食べたチョコの苦味と甘みが少し残っており、口の中が渇いていく。

 水分を欲して喉がゴクリと鳴った。


 もうどうにでもなれ……!!


「あ……うむぐ」


 諦めの境地に達した俺は心を無にして、目の前に差し出された甘味を受け入れた。

 さっきのほろ苦い甘みとは違い、フルーティな甘さが広がっていく。

 口の中に紗奈のビターな甘みが残っていたからこそ、顕著に優李の甘酸っぱい甘みがわかる。


「ど、どう?」

「……うまい」


 それ以外に何を言えばいいのか。


「そ、そう。よかったわ」

「あ、ああ」

「……」

「……」


 気まずくなるならするなよ。俺だって普通に困るんだからな。

 そんな状況を紗奈は楽しそうに見守っている。


「で、どっちがおいしかった? あたしのか、ゆうりっちの?」

「か、勘弁してください……」


 俺はそれに答えることなく、流して勉強の再開を促したのだった。


 ◆


「……」

「……」


 勉強会が終わり、近くの家に紗奈を送った後、優李と二人きりになる。

 先ほどのこともあったせいか、言葉も少ない。


 大して明るくもない街灯が続く道を二人並んで歩いていく。

 薄暗く視界が制限されているせいか、田んぼから聞こえるカエルの鳴き声がより鮮明に耳に入ってくる。お互いが無言なせいもあるのかもしれない。


 そこで意を決した優李がようやく口を開いた。


「紗奈思ったより、大丈夫そうよね」

「だな。基礎ができていないからどうなるかと思ったけど、やる気もあるみたいだし、このままいけば多分確認テストもいけるだろ」

「ええ。教えたらすんなりと理解してくれるし、教え甲斐があるわ」


 まだ始めて三日ではあるが、確認テストに向けた内容を中心に教えている。朝から補習に昼は家庭教師、夜は俺たちと勉強三昧だがよく頑張っている。

 今までと違い、本人のやる気の問題もあるのだろう。


「もうここまででいいわ。家もすぐそこだし」


 気がつけば、優李の家の近くのコンビニまで来ていた。


「そうか? 最後まで送るけど」

「いいのよ。ちょっとコンビニも寄って帰りたいし。そこまで時間を取らせるのは悪いわ」

「そうか? じゃあ、気をつけ──」


 ***


「お。お姉さん、こんな遅い時間に一人?」

「危ないから俺ら送ってあげようか?」

「よかったら奢ってあげる」


 ***


 コンビニにて。男三人組に絡まれる優李。

 いい予感はしないな。


「いや、最後まで送るよ。夜遅いし、何があるかわからないだろ?」

「私の家にまで上がるつもりなの?」

「ち、ちげぇよ。ほら、コンビニ見てみろよ」


 先ほど未来で見た通り、コンビニの中には男三人がいる。

 このまま一人にしてしまえば、絡まれるのは確定している。


「心配してくれてるってこと?」

「……まぁ」


 改めて言葉にされると恥ずかしい。


「ふふ、じゃあ、着いてきてもらおうかしら」

「ああ。何買うんだ?」

「デリカシーないわね」

「なんで!?」

「あはは、冗談よ。言っておくけど、奢らないわよ?」

「別に言ってないだろ」


 笑いながら軽口を叩き合い、俺たちは一緒にコンビニへと入店する。


「……だろ?」

「ぜってぇ嘘だよな!」

「今度、試してみようぜ」


 中に入ると先ほど未来で見た男たちは、雑誌コーナーの前で騒がしく話している。

 店員も一人しかおらず、そのことを気にしないで品出しをしていた。


 優李を一人にしないようにしながらも、男たちに目を配る。


「お、今入ってきた子かわいくね?」

「やば、声かけるか?」

「バカ、男いんだろ」

「マジ? あー」

「俺の方がいい男じゃね?」


 ……やっぱり優李を一人にしなくてよかった。


「何、あいつら不快ね」

「まぁ、気持ちはわかるけど余計なことは言わないようにな」

「……分かってるわよ!」


 ギャハハと笑いながら話す声は当然優李にも聞こえていた。

 その内容に顔を顰め、相手には聞こえないように俺に言う。


 そんなことを言っている間に男たちは店の外へと出て行った。

 ようやく店内に居なくなったことに安堵のため息を吐く。


 そして優李は商品をレジで会計して店を出る


「お待たせ」

「ああ」

「はい、これ」

「……?」


 優李はコンビニの袋からコーラを取り出し、俺に渡す。


「お礼。送ってくれてるんだし。炭酸好きでしょ?」

「お、おお。ありがとう」

「どういたしまして」


 奢らないと言っていたのにこういう気遣いをしてくれたことに頬が緩む。


「それにしても俺が炭酸好きってよく知ってたよな」

「それくらいわかるわよ。いつも飲んでるじゃない」

「よく見てるんだな」

「べ、別によくは見てないわ!!」


 慌てる優李をからかうのは面白い。なるほど、確かに紗奈の気持ちもわからないでもないな。

 それが自分に向けられるのは勘弁願いたいところだが。


 優李からもらったコーラのペットボトルの蓋を開ける。

 プシュッと気持ちのいい音と共に中から泡が湧き上がってくる。


「うわ」


 それに慌てて口をつける。少しだけ泡がこぼれて手が濡れる。

 最悪、ベタベタだ……。


「あーあ……」

「あはは、何してるのよ!」

「いや、振って渡してないよな?」

「そんなことするわけないじゃない。失礼ね!」

「悪い悪い」

「ほら、ハンカチ」

「いいのか? ありがとう」


 優李から可愛らしいフリルのついたハンカチを受け取って手を拭き取った。


「洗濯して返すよ」

「別にいいわよ、気にしないで」


 優李は俺からハンカチを奪い取るように取り返した。


 それからまた優李の家に向かって歩き始める。

 すると前の方に先ほどコンビニにいた男たちがダラダラと歩いているのが見えてきた。

 夜だというのに店内の時と同様に声も大きい。


「あの噂本当だと思うか?」

「いや、嘘に決まってんだろ」

「それに噂じゃあ、彼氏できても遊んでるって話だしな。この前先輩も言ってたぜ?」

「らしいよな。前にも増してビッチになってるって話だぜ」

「この前、後輩のやつも喰われたとか」

「だよなー。今度、お願いしに行こうかな」

「ははは、お前ももらってもらえよ。初めてを藤林に」

「うっせ」


 聞こえてきた知った名前に俺も優李も立ち止まって、顔を見合わせる。


「ねぇ、あの話って」

「……くそ」


 どうやら俺があんな風に言ったところで意味はなさなかったらしい。

 それどころかより酷い話が出回っているようだ。

 もしかして、俺のせい……?


「ちょっと、そんな顔しないでよ。別にアンタのせいってわけじゃないでしょ」

「ああ」


 男たちはいつの間にかいなくなっていた。


「それより注意しておきましょ。紗奈がそんなことするように思えないし」

「だな。優李も少し紗奈のこと気にしておいてくれるか?」

「ええ、もちろんよ。紗奈には言うの?」

「どうだろうな。テストも近いんだし、余計な不安与えない方がいいって場合もあるかもしれないが……少し様子を見るよ」

「それがいいかもしれないわね」


 俺も優李も大きくため息をつく。

 いつまで経っても変わらない紗奈の噂に何か言い知れない不安を覚えた。


────


あーんはどうにか乗り切ったようです。

新世くんは、どっちの甘さが好みですかね。


一方、また不穏な噂……。


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