第48話 サボりをするなら屋上に限る(クールな後輩付き)
屋上の扉を開けると強い光が目を刺激する。あまりの眩しさに目を覆った。
空はよく晴れており、絶好の昼寝日和である。
そんな日に飛び降りだなんて、奇特な奴がいたものだ。
それはともかく、おかしいことがある。
何がおかしいって、ここの屋上は普段は鍵がかかっており、入ることができないのだ。それを許されているのは、一部の特権階級である人物だけである。
……それは嘘だが、先生から特別に鍵を貸与された人物くらいのはず……俺の他にもいたのか?
俺たちの教室の方向を確認して、そちらを見ると誰かが座っていた。
制服からして女子生徒のようだった。
俺はそのまま、その生徒がいる方向へと歩を進めていく。そしてすぐ後ろまで来た。
女子生徒はうずくまっていて俺が後ろにきてもピクリとも反応しない。
……これどうしよ。なんて話しかければいいんだ?
さっきの未来視……あれで映ったのってきっと彼女だよな?
「……誰?」
しばらく頭を悩ませていると俺の気配をようやく感じたのか、女子生徒が振り返って目があった。
髪を二つ括りにしたどこかあどけなさの残る眼鏡をかけた少女は、怪訝そうにこちらを見る。
「あ、怪しいものじゃないです」
「……それって怪しい人が言う定番のセリフですよね?」
「……」
確かに。
「こんなところで何してるんだ?」
「別に何でもいいですよね。あなたには関係ないです」
随分と冷たい。前の朝霧みたいに心を閉ざしているようだ。というより、今出会ったばかりの知りもしない相手にベラベラと話すようなものでもないか。
「それに質問してるのはこっちです。あなたはここに何しに来たんですか? ここは立ち入り禁止のはずですけど」
「あー、うん」
誰からが屋上から転落するのが見えました。多分、あなたです。
なんてことは言えない。
「いい天気だからサボりにきた」
「そうですか」
「そっちもサボり?」
「……似たようなものですね。ちょっと疲れちゃって」
「早まったらいかんぞ」
「あはは、そんなことしませんよ」
「……ならいいけど」
初めて笑顔を見せる少女。そんな面白いことを言ったつもりはないが。
じゃあ、さっき見たのは何だったんだ。
それにしてもこんな真面目そうな子が白昼堂々サボりとは。やっぱり人は見た目で判断するべきじゃないな。藤林然り。
「何か悩み事でもあるのか? 相談乗──や、なんでもない」
いかんいかん。つい、朝霧の時みたいに悩んでいたらと思って、聞こうとしてしまった。面倒ごとには関わらない。これが俺の心情だったはず。最近は、首突っ込みすぎてたからな。自重しないと。
……でも、飛び降りされたら嫌だしな。
「悩み? 特にありませんよ。今、差し迫ったものはありません」
「そうか。ならいい。あ、後、ここから落ちたら痛いじゃ済まなさそうだよな」
「……何の話ですか?」
「いや、こっちの話」
「そうですか」
軽く釘を刺したが、反応は薄い。じゃあ、飛び降りじゃなくて、事故の線か。誤って落ちてしまった、とかそんなとこか。
それなら既に未来視で見た時刻は過ぎ去っているので、あんな不幸な未来は阻止できたということでいいだろう。
目標達成だ。
俺は立ち上がった。
「どうかしましたか?」
「いや、戻ろうかと思って。先客もいたしな」
「気にしなくてもいいですが」
「俺が気にする」
人と話すのも嫌いではないが、一人の時間ってやっぱり気楽でいいからな。
「そっちも早く戻った方がいいんじゃない?」
未来視で見た時間が過ぎても、何があるか分からない。だから、念のためにそう言ったんだが……
「余計なお世話です」
怒られてしまった。確かにその通りだな。俺はその言葉に肩をすくめて屋上を後にしようとする。
「あの」
すると、後ろから声をかけられた。全く予想していなかったので、少し焦る。
「何?」
「名前、お聞きしていいですか?」
意外にも意外。全くこちらに興味を示してなさそうだったのに。
「あー、伊藤新世。二年だ」
「え、先輩でしたか」
「何で驚く?」
「なんとなく、同級生かと思いまして」
ということは、この子は一年か。
藤林の時もそうだけど、そんなに俺って幼く見えるのだろうか。一年生に間違われがち。
「先輩だから敬まってくれてもいいぞ」
「考えときます」
絶対そんなつもりがなさそうな返事が帰ってきた。まぁ、上下関係気にするタイプでもないし、別にいいが。
「私は
「……ああ。三谷さん。よろし──」
「よろしくはしないですけど、念のためです」
言い切る前に被せられた……。念のための自己紹介ってわけね。
どうやら三谷さんに仲良くするつもりはないらしい。俺も特にそこまでを求めているつもりはないので、それでいいんだけど、社交辞令ってもんがあんだろ。
「……じゃ」
それ以上、特に話すこともないので俺はまた踵返し、屋上を後にした。
教室に戻ると先生から『腹でも痛かったのか? それともナンパでもしてたのか?』と言われて笑いものになった。
なぜか隣からの視線は圧力が増した気がした。
◆
「変な人」
伊藤新世と名乗った先輩を見送って、私はまた屋上で座った。
イマイチ何をしにきたのか、分からなかった。
わざわざ私に話しかけてきたのは一体何が目的だったのか。少し話したら帰ってしまった。
「サボりに来たって言ってたけど……私、邪魔だったかな。でも、結構、話しやすい人だったな」
初めて話す人であそこまで気安く話せる人も珍しい。
「ふぅ……」
私はメガネをとって、目頭を抑える。伊達メガネでもずっとかけていたらなんだか疲れる。
でもあのままもし、あの変な先輩が来ていなかったら、もしかしたら私は今頃……。
「ふふ。流石にそれはないか」
私は眼前に広がるグラウンドを見下ろした。ほんの一瞬の気の迷いだった。あの時、先輩がちょうど来てくれた時にここから飛び降りたらどうなるだろう? そんなことを考えていたのだ。
そういう意味では先輩は命の恩人かもしれない。
「ここは先輩に免じて、素直に帰ろうかな」
このままずっとここにいてもよかったけど、今日はそんな気分じゃなくなった。
またあの先輩と会ったら、なんとなく話してみたいと思った。
私は屋上を後にして、授業が終わる頃を見計らって教室へと戻った。
教室に戻ると私の机の上には花瓶が置かれていた。
それを見て、固まっているとクスクスとどこからか笑い声が聞こえてくる。
声のする方を見ると、隠すそぶりもなく、女子が固まってこちらを見ている。
……くだらない。
私はその花瓶を持つと先ほど笑っていた女子の机に置いた。
それを見たその女子は顔を真っ赤に怒らせ、私に突っかかってくる。
「ねぇ、あんたみたいな地味なやつ調子に乗らないでくれる?」
ああ、もう本当につまらない。耳に届く一言一言が不快に思える。地味だから調子に乗るとか、乗らないとか一体なんなのだろうか。
私がそれについて適当に返事をすると、余計に怒号が飛び出すだけだった。
他の女子も男子もみんな見ないフリ。
私は、このクラスで人気者ではじゃない。
だけど、別にそんなことどうでもよかった。
「いい? あんたなんか──」
クラスの女子からの罵倒をよそに別のことを考えていた。
配信の方もちょっと休んじゃったし、ちょくちょくやってかなくちゃな。今日会った、変な先輩の話でもしよう──そんなことを考えていた。
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