第47話 Vとはなんぞや
「おい、オメェ! ふざけんな!!」
朝、学校に着くとすぐに草介に詰め寄られた。何だか久しぶりに感じてしまうのは気のせいだろうか。
なぜ草介が怒っているか、俺は見当がつかなかった。
「どうした? フラれたか?」
「そうなんだよ……。この前、二組の宮下さんにさ……って違ぇ!!」
「いいノリツッコミだ」
「ありがとな! だけど、俺がいいたいことはそんなことじゃないんだ!!!」
「朝から大声出さないでくれよ。耳に響く」
「これが冷静でいられるかっ!! 朝から両手に華なんてずりぃぞ!!!」
「…………」
どうやら草介は俺が今朝、朝霧と倉瀬と一緒に登校したことが羨ましかったらしい。確かに表現は間違ってないが……変な噂になってないよな?
「別にお前が想像しているようなことは何もないって」
「本当か!? 信じていいんだよなぁ!? 俺たちの友情を裏切るんじゃないぞ!!」
「へいへい」
あまりに草介がしつこいものだから、適当に返事をした。
俺たちが一緒に登校した姿を他の生徒たちも見ていたが、みんな本当に俺が二人から好意を寄せられているなんて考えてる奴はいないだろう。
第一、朝霧が一緒に登校する理由は、怪我した俺に負い目があるからだ。
第二に倉瀬はシンプルに心優しい天使だからだ。それはきっと俺じゃなくてもそうすることだろう。
「それで。どっちなんだ?」
「……何がだよ?」
「倉瀬と朝霧のどっちがお前のタイプかって聞いてんだよ!!!」
「…………」
何を言い出すんだ、こいつは。
「いや、だってよぉ。気になるだろ? 清楚で誰にでも優しくてまるで天使のような倉瀬。しかもあの全てを包み込んでくれそうな包容力」
まるで解説者のように具体的に倉瀬の魅力を口にする草介。その顔はなんか……変態くさい。
「一方、少し性格はきついが、スタイル抜群で誰もが見惚れるほどの美貌をもつ朝霧。こっちも倉瀬ほどじゃないが、大きい!!」
うわ、こいつサイテーだな。頭ピンク一色か。確かに大きいけどよ。
というか、こんな会話、どこの誰に聞かれるかも分からんのに、よくできるな。教室だぞ。
「そんな会話してるからあんたたちはキモがられるのよ」
「そうだよ。確かに優李ちゃんはスタイルいいし、胸も大きいけど、優李ちゃんの魅力はそれだけじゃないんだからね?」
「七海、やめて」
間が悪く、朝霧たちに聞かれてしまったようだ。倉瀬はいつも通り、天然な発言をしている。
てか、しれっと俺も含めたよな?
草介と一緒にされるのは心外なんだが。
「俺も含めないでくれる?」
「だ、だって事実じゃない! 朝からふしだらだわ!!」
「声がでかいって」
ふしだらって言うな。
俺がそう言うと、朝霧は顔を赤くして、ブツブツと何かを言っていた。
「ほんと、最低よね」
「ね。前から思ってたけど、笹塚ってガチ変態だよね」
「分かる! なんか品性が顔から滲み出てる? っていうの?」
そして草介はというと他の女子たちからの厳しい言葉の雨に涙を濡らしていた。どうやら周りの女子にも聞かれていたらしく、ボコボコに言われていたみたいだ。泣き顔でさらに引かれていた。
俺じゃなくてよかった……!
「うぅ……三次元の女なんて……っ!!」
そしてついには俺たちの生きる三次元さえも否定し始めた。
……重症だな。
「というわけで、新世。一緒にこの子を推さないか?」
「急な切り替えんな。ビックリするだろ」
相変わらずの切り替えの速さに感心する。無敵か、こいつは。
「推すってなんだ? アイドルなんか興味ねぇぞ。それにアイドルだって三次元じゃねぇか」
「チッチッチ。新世はわかってねぇなぁ……」
草介は俺の言葉を聞くと、わざとらしく指をこちらに向けて振った。
そしてそのヤレヤレ顔やめろ。なんか腹立つ。
「俺が推しているのはただのアイドルじゃねぇんだ。え? 聞きたい? 知りたい? どうしようっかな〜教えようかな〜? ぎゃああああああっっす!!」
「言いたいんならさっさと教えろ」
一向に言う気配がなくムカついた顔に目潰しをすると草介はその場に悶えた。
「わ、わかった。教える。俺がな、今推しているのは…………Vライブ所属のVTuber。その名も“
「VTuber?」
聞き慣れない響きに思わず、聞き返す。
動画サイトであるYourTubeで配信をしているYourYuberなら知っているが、Vとは一体なんぞや。
そんな俺の疑問をまるで待っていましたと言わんばかりに草介は話を続ける。
「VTuber──Virtual YourTuberの略称で2Dや3Dのアバターを使って配信しているYourTuberのことだ」
「はぁ……?」
横文字が並んでも頭に入ってこない。
バーチャルっていうことはリアルに存在しないってことか?
アバターを使うって言っていたが、つまりアニメのキャラクターみたいやつYourTubeをやっているみたいな感じか。
「でもそれって結局、中身は三次──」
「これがそのあかりんだ!!!」
草介は俺の言葉を遮って、スマホの画面を見せつけた。
そこには、可愛らしいピンクの髪色をしたキャラクターが映っている。
「で、そのVTuberが何だって?」
「あかりんの配信を観るとな。元気がもらえるんだ! 今日も一日頑張れる! そんな気持ちになる!!」
「お、おお。そうか……」
あまりの熱量にやや引き気味になる。つーか、近い。どうやら三次元に期待を持てなくなり、草介は次元の壁を越えることにしたようだ。
「ただ、最近はあんまり調子がよくなくってな。配信を休みがちなんだ。もう一週間も休んでいるらしい」
「そうなのか。らしいってなんだよ、ファン何だろ?」
「ああ、つい一週間前から推し始めた」
「ただのにわかじゃねぇか」
その後も草介に延々と魅力について語られた。いい加減鬱陶しかったので、見ると言ってしまった。
まぁ、別に嫌なわけじゃないので、それは構わない。単純に自分の知らない世界があるのは気になるというのと、やたら草介がしつこくて仕方ないというのが主な理由だ。
「新世もそういうの好きなの……?」
授業が始まってから何やら視線を感じ、そちらを向くと朝霧が聞いてきた。
「そういうのって?」
「その……アニメの女の子とかよ」
「まぁ、別に普通だよ。草介ほどの情熱は持ってない。アニメも薦められたら見るくらいだしな」
「そ、そうなのね」
朝霧はなぜか安心したような顔をする。
「それがどうかしたか?」
「べ、別に? 新世がもし二次元にしか興味無かったらどうしようかと思っただけよ!」
「まぁ……もし、そうなったら朝霧が三次元の魅力を教えてくれるんだろ?」
「なッ!?」
「なんだ、その反応。冗談だ、冗談」
「…………」
なぜか睨まれてしまった。おかしい。以前だったら「ムリ!」とか、「しょうがないから、有料でしてあげてもいいわよ」とか言っていただろうに。
どうしてしまったんだ。
そうして朝霧に冷たい視線を浴びつつも、何事もなく一日が過ぎていく。
もうすぐ中間テストもあり、それに向けて勉強しなくてはならないのだが、いかんせん、右手が不自由すぎる。左手で板書を取るのは、容易ではなかった。
どうにか疲弊しながらも午後一の授業を迎えた時。
それはまた、突然としてやってきた。
***
「──ッ!?」
「え!? 今、何か落ちなかった!?」
「きゃあああああーー!!」
***
俺の未来視には、誰かが屋上から落っこちるというものが映った。
「おい、伊藤。私の授業はつまらないか?」
「ッ!」
気がつけば目の前に桐原先生が立っていた。
今は、数学の授業中だった。しかし、チャンスだと思った。
「せ、先生。すみません。トイレに……」
「漏らせ」
「え"っ!?」
「冗談だ。早く戻れよ。ああ、女の元へ行くならサボっても構わん」
なんつーこと言ってんだ、あの先生は。
俺は笑い声の聞こえる教室を後にして、屋上へと向かうことへした。
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