第34話 ゴールデンウィーク事変①
倉瀬から朝霧のことについて相談を受けてから三日。早くも連休は三日目に差し掛かり、俺の自堕落な日々は刻一刻と終わりへ近づいていた。
元々何事にもやる気のない俺が、どうして倉瀬に連絡を聞いてまで朝霧のことを気にかけたかといえば、理由があった。
別に朝霧のことが好きだから──とかそんな理由なんかじゃない。
じゃあ、倉瀬から相談されたから……これも理由の一つではあるが、重要な理由ではない。
それは、朝霧が遅刻した日の異変から少しずつ感じていたこと。そして倉瀬の話を聞いて、それは確信へと変わった。
どうやら朝霧は親元を離れ、祖母と二人暮らしをしているらしい。
理由までは倉瀬から聞くことができなかったが、なんとなく推測はできた。
草介にラインで聞けば、朝霧は小学五年生の頃にこちらに転校してきたらしい。初めは心を閉ざしており、誰も寄せ付けないでいたが、そんな朝霧の心を氷解させたのが、しつこく話しかけた倉瀬なのだとか。
つまり、朝霧と倉瀬の付き合いはもう五年以上となる。
仲が良いわけだな。
しかし、十歳ほどの年齢で親元を離れなければいけないというのは相当なことだと思う。
そこから導き出される答えは、二つほど。
一つはいじめ。
前の学校で深刻ないじめを受けていた。それで転校してきた。それならば、人間不信に陥っているのも肯ける。
でも倉瀬はあの時、“家族とのこと”と言っていたのでこの線は少し薄い。
それを踏まえて、もう一つが……両親からの虐待とか、そのあたりだろう。
程度は分からないが、朝霧に心の傷を残すには十分なことだったのだろうと思う。
これはあくまで俺の推測なので、信憑性は皆無だ。だけど、なんとなくそうなんじゃないかと思ってしまった。
──アンタがしてた顔、私も知ってるから。
再三にわたり、俺の頭にこべりついて離れない言葉。
これって多分、朝霧のことなんだろうな。
きっと自分に似た境遇をもったやつだからこそ、それに気がつくことできた、そんなところだろう。
「はぁ……」
小さくため息が出る。
他人の心に無闇に触れるとヤケドしてしまう。気にしたって仕方ないのだから、今は目の前のことに集中すべきだ。
「はぁ…………」
「さっきからため息が多いよ!」
「…………そりゃ、出ますよ。ゴールデンウィーク三日連続で手伝わせるって正気ですか、アンタ」
「何言ってんの。連休は書き入れ時でもあるんだから、あんたに働いてもらわないと困るって!!」
クソッタレ。
冒頭でも話した通り、今日はゴールデンウィーク三日目。自堕落な生活など一日たりとも過ごせていない。
俺は綾子さんの命により、ほぼ一日中カフェ&バーで料理を作らされている。
誰か彼女を訴えてくれ。労働基準法違反じゃないのか?
ただの学生の貴重な連休を奪って、働かせるのは暴挙と呼ぶべき所業ではないのか。
しかし、誰も俺の言葉に耳を貸してくれない。
──ここのカフェ、前々から雰囲気はよかったんだけど、料理がイマイチだったんだよね。でもあのお兄さんが作るようになってからすっかりハマっちゃった!
──分かる分かる! パンケーキとかメニューも増えたし、この田舎カフェとかあんまりないからまた来ちゃうよね!!
──にいちゃんがここで酒の肴作ってくれるからまたきちゃったよー。
──どうだい、にいちゃんも一杯呑むかい!?
などと徐々に常連客が増える始末。
客の笑顔がプライスレスとはよく言ったものだ。おかげで疲れがふっと……ぶわけがない。
過分な期待はしんどいので勘弁願いたい。
後は、うちの高校の生徒もよく来るからやり辛い。知り合いが職場に来るのって結構嫌じゃないか? 俺は嫌な方だ。学校に俺を知っている奴がどれくらいいるかは定かじゃないが。
そういうわけで肉体的にも精神的にも疲労は溜まる一方だった。
そして、今は夕方。カフェはようやく落ち着きを見せ始め、徐々に夜のバーへと姿を変え始める。
とは言ってもまだまだカフェとしても営業しているので、そういった客層も来る。
カランカラン。
ほら、また入り口の鈴が鳴って、客が入ってきた。
「いらっしゃーい」
ませ、まで言えよ。友達か。
綾子さんの呑気なあいさつに辟易しながらも俺もだるめに挨拶をする。
「……らっしゃっせー」
「こら、シャキッと挨拶をする!」
「……」
あんたに言われたくないよ、綾子さん。
「そそ! ここが最近、評判いい美味しいパンケーキ出してくれるんだって!」
「本当か? 確かに雰囲気はいいけどな……」
「俺が前に来たときは、飲み物は美味かったけど、他はあんまりだった気がするな〜」
「確かに私も思った! まぁ、カフェがあんまりないからよく来るんだけどね! 最近は、部活忙しくて来れなかったから久しぶりかも……」
ゾロゾロ入ってきたのはジャージ姿の団体だった。
その中に見知った顔もあった。
「……ってあれ!? 新世くん!?」
「…………翠花」
まさかの翠花たちの男女混合グループだった。似たようなジャージを着ているところを男の方は男子のバスケ部か?
部活帰りだろうか。
翠花は俺がここで働いていることを知らなかったのか、大きな口を開けて固まっていた。
「翠花、どうしたの……ってあれ、彼氏くん?」
翠花に続いて驚いたのは、となりにいた女バスらしき生徒だった。男子の方は固まっており、一人は眉間にシワを寄せている。
「いや、違います」
「またまた〜照れちゃって! 翠花とはどこまで行ったの? ちゅーはした? ちゅー」
「君……今、この子仕事中なんですけど」
「す、すみません……っ!」
助かった。流石綾子さん。店長の仕事を全うしている。いくら今は、客が少ない時間帯だからってこういう馴れ合いはよくないよな。
「もっと詳しく聞かせなさい!!」
「……っ! はい!! 実はですね!!」
「おい、待てこらクソ店長」
綾子さんはこういう人だった。
結局、俺は無理やり綾子さんと女バスの子を引き離し、バスケ部の団体をテーブル席へと案内した。
「ご注文をお伺いします」
そしてなぜか注文を取らされる俺。いつもなら綾子さんが取っているのだが、俺が行くように命令された。
「じゃあ、俺はこのカツサンド。セットで」
「……俺もそれで」
「えっと、私はこの季節のイチゴと生クリームのパンケーキのセットを一つ」
「…………」
「翠花は?」
「え? あ、翠花もそれで……」
なぜか、翠花の隣の女子はニヤニヤが止まらない。一方で男子の一人は複雑そうな顔を浮かべている。
後、綾子さんもニヤニヤしてた。仕事してください。
翠花も翠花でなんで気まずそうにしてんだ。その反応が余計に疑惑を深めることになってんぞ。
「じゃ、失礼します」
俺はそのままキッチンへと戻った。
戻るとテーブル席からは騒がしい声が聞こえた気がした。
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