第35話 ゴールデンウィーク事変②

 キッチンに引っ込んでから俺はオーダーの入った料理を作り始める。どれも俺がここで手伝いという名のバイトをするようになってから増えたメニューである。


 綾子さんは俺が料理をなんでもできることをいいことにあらゆるメニューを増やしてくる。

 バーの時間帯にはおつまみまで作らせようとするものだからたまったものではない。


「お待たせしました」


 そして作り終えた俺は、フードとドリンクを持って、翠花たちのテーブルへと料理を運んだ。

 運ぶのは本来、綾子さんのはずなのだが、なぜか見当たらない。後でお話をする必要がありそうだ。


「おお〜美味しそ〜!!」

「これってもしかして新世くんが作ったの?」

「あーまぁ、そうだけど……」

「え、これ彼氏くんが!? パンケーキまで作れるとかヤバっ!!」

「だから彼氏じゃないって」

「そうだよ、ナツ! 翠花なんかとじゃ、新世くん可哀想じゃん!」

「たはは、めんごめんご! つい、前のこと思い出しちゃって!」


 前のことというのはおんぶで翠花を保健室へ連れていった時のことだろう。


 翠花の隣に座る、ナツと呼ばれた女子──岡井夏実おかいなつみさんは二年生で同い年とのことだ。翠花と同じく女子バスケ部に所属している。


 いい加減、彼氏として扱うのはやめてほしいところだ。俺は、別に構わないが翠花はいい気がしないだろう。


「というか、早く食べよ!」

「部活終わりでお腹ぺこぺこだもんねー!」

「新世くんの作ったパンケーキだし、期待大だね!!」


 これだから同じ学校のやつが来るのは嫌なんだ。変に期待されても困る。普通なのだから。


「まっ……見た目は、普通だけど……」

「だよなふつーだろ」


 そして翠花たちの正面に座る男子二名……おそらく男子バスケ部の面々だとは思うが、あまり俺にいい印象を抱いていない様子。


 過度に期待されるも嫌だが、かと言って、中途半端なリアクションされんのも作った当人からすれば、ちょっと嫌だ。我ながらめんどくさいと思う。

 まぁ、別にいいんだけど。


「じゃ、ごゆっくり」


 俺はまた、キッチンへと戻った。


 キッチンに戻るとポケットに入れていたスマホがバイブレーションした。

 誰かと思い、スマホを取り出すと画面には『倉瀬』と表示されていた。


 ◆


 すっかり足も良くなった私は部活に復帰していた。

 そして部活終わりにナツと一緒にどこかに寄って帰ろうか、なんて話をしていたら男子バスケ部の小坂と町田が声をかけてきた。


 今日は、午後からの練習で体育館の二面が空いており、片方は女子、片方を男子が使う予定となっていた。


 だから同じく部活終わりが重なったので、どこか行くなら一緒に行こうという話になったのだった。


 男女別とはいえ、同じ球技をする同級生。仲は別に悪くはない。偶に今日みたいに部活帰りにどこかへ出かけることもあれば、学校で喋ることもよくある。というか、町田は同じクラスだし。


 そんなこんなでどこへ行く〜なんて話してたら、最近、盛況しているカフェがあるということでそこへ行くことになった。


 そこがまさか、新世くんが働いてるなんて思ってもみなかったよ……。


 それに驚いたのは私だけじゃなかった。

 ナツはというと、新世くんを見るとやたらと前のことをいじって、彼氏だなんだと言ってくる。


 こっちはいいけど、新世くんからしたら、私となんか嫌だろうし、何度も言うのは可哀想だ。

 だから何度も注意することになったんだけど、それは料理が運ばれてくるまで続いた。


 その度に、なぜか町田が不機嫌そうな顔になっていったけど、どうしたんだろう?


 それはともかく……やってきたパンケーキは期待通り、かなり美味しそうだった。

 注文を取った新世くんがそのままキッチンで何か作業をしていたのできっと新世くんが作ったんだと思った。


 ちょっと待って? 他にもこのメニューにある料理って全部新世くんが作ってるってこと?

 そうだとしたらかなりすごい。それになんだか期待しちゃう。だって、この前食べたカレーが本当に美味しかったんだもん。見た目だけで既に美味しいもん!


「いただきます!」

「んん〜〜っ!!! ヤバっ! これ、うまっ!!」

「え、ほんと!? 翠花も食べる!! ……っ!!」


 そして私とナツが一瞬でそのパンケーキの虜になる。

 あまりの美味しさに言葉が出なくなってしまった。


「い、いただきます」

「っす」


 それに続いて町田たちも自分たちが頼んだカツサンドを頬張った。

 そしてすぐに目を見開き、奥へとカツサンドを押し込んでいく。


「まっ、そこそこだな……」

「ああ、そこそこ……」


 だからその変なプライドなんなの。美味しそうに食べてたくせに……。

 いつも私だったらツッコミを入れてやりたいところだったけど、今はそれどころじゃない。

 パンケーキが私を待ってる!!


 私とナツは一心不乱にそのパンケーキを貪った。


「ああ、ほんとおいし……」

「わかる〜。このために生きてるって感じ」


 私とナツからため息が溢れる。


「でも本当にこんな美味しいもの作れるってヤバいよね」

「うん。普通にヤバい。翠花たちの女子力じゃ太刀打ちできない」

「彼氏に欲しいかも」

「え!?」


 ナツがとんでもないことを言い出して、私は思わずパンケーキを食べ損ねた。


「だって、同棲とかして毎日でも作ってもらえるって思ったら最高じゃない!」

「ど、同棲って……翠花らまだ高校生だよ? 気が早くない?」

「まぁ、そうだけど。それでも恋人の手料理が食べれて嬉しいのは何も男だけじゃないと思うよ。私は食べたい。できれば、一生作って私はぐうたらしたい」

「……自堕落な願望が漏れてるよ……。気持ちは分かるけどさ」


 初めはいいこと言ったかなと思ったらこれだ。でもナツの言う通り、新世くんが作るような美味しい手料理が毎日食べられたら幸せだと思う。……運動してなきゃ絶対太る自信がある。


「大袈裟だな。それくらいで……」

「だよな。男がパンケーキ作れるってキモくないか?」


 しかし、私とナツで新世くんの料理を絶賛しているのが、小坂と町田は面白くないようだった。


「はっ。これだから男子は。作れないより作れる方が普通にいいでしょ」

「そうだよ。そういうのは作れるようになってからいいなって!」

「いや、絶対あのバイト、女子にこうやってモテるために作ってるんだって。同じ男からしたら、見れば分かる」


 やたらと新世くんに敵対心剥き出しだね……。

 ほんと男ってプライド高いんだから。


 確かに小坂の言うようにそういう男もいるかもしれないけど、新世くんは何となく違う気がする。カレーの時もそうだったけど、体に染み付いた動きっていうの? 普段からすることが当たり前みたいな動きだったように思うんだよね。


 キッチンにいる新世くんを見ながら、私はパンケーキの続きを食べた。



「はぁ〜食べた〜」

「ちょっと私、お手洗い行ってくる」

「あ……俺、親から電話。ちょっと席外すわ」


 今、私たちはパンケーキを全て食べ終え、セットについていたドリンクを飲んでいる。

 そこでナツと小坂が席を立った。テーブルは町田と私の二人になった。


「なぁ」


 テキトーにスマホでもいじっていようかと思ったら、町田に声をかけられた。


「どうしたの?」

「いや……あいつと仲良いのかと思って……」

「あいつ?」


 あいつって誰のことだろ?

 町田が誰のことを言っているかわからない。


「あいつだよ。あのバイト。転校生の……」

「ああ、新世くん?」

「そうだよ。てか、なんで下の名前で呼んでんの? 俺のことは呼ばねぇくせに……」

「なんで翠ちゃんが、町田のこと町田以外で呼ばないといけないのさ。それとあんたら以外は、大体下の名前で呼んでるから」

「へ、へぇ。それって特別ってこと?」


 ……特別? 何が?

 ちょっと何言ってるかわからない。男子バスケ部は一律苗字呼びなんだけど……。

 理由を聞かれれば、なんとなくってだけなんだけどね。


「別に普通だけど」

「…………。それであいつとは仲良いのか?」


 仲良いってどこまでのことを言うんだろ?

 不意におんぶされた時のことを思い出し、顔をブンブンと振る。

 とは言っても普段はすれ違えば、少し話す程度。


「んー、まぁ、偶にお話しする程度かな?」

「なんだ、そうかよ」

「む? 自分から聞いておいて何それー!」


 なぜか町田は鼻で笑った。それに少し腹が立つ。

 町田の考えてることがわかんない。

 クラスの子とかには人気だけどさ。スポーツもできてイケメン! って。私的には別に普通だけどなー。


「やっぱり瀧本的にも料理できる男の方がいいのか?」

「え? そんなの当たり前じゃん。翠花、料理できないし」

「ぐっ……まぁ、確かにできなさそうだもんな」

「うっさい! でもそういう人が彼氏とかだったら教えてもらったりはしてみたいけどね」


 そういうのに憧れがないと言えば、嘘になる。私から作ってあげるのもしてみたい。

 まぁ、今まで彼氏なんていたことないからなんとなーくってだけだけど。


「はっ、瀧本みたいな男女に彼氏なんてできねーって!」

「むっ!? そんなこと翠花がよーくわかってるもん」


 だからといって分かっていることを指摘されるのは、普通にムカつく。


「私だって町田とか男バスみたいなお子ちゃまな男子たちは、ごめんだし」

「んだと!?」


 それこそ、新世くんみたいに落ち着いた人の方が……っ。


 キッチンで何やら作業をしている新世くんを見る。

 やっぱり男子で料理できるってかっこいいかも。


 いやいや、何考えてるの、私。

 当分は彼氏なんて作る気ないし。

 できないからとかじゃないよ? 私はバスケットボールに生きると決めてるから!! ボールが恋人なのだ!


「…………」

「どしたの?」

「……別に」


 町田がなんかまた不機嫌になった。今日の情緒おかしくないかい?

 なんて話をしているとナツたちが戻ってきた。

 そしてそのままお会計へと移る。


 お会計も新世くんがやっていて、最初いた店長さんはどこ行ったのか、気になった。


「ここは俺が出すわ」


 財布を出そうとしたところ、なぜか町田がそんなことを言い出した。

 奢られるつもりなんて全くない私たちは当然、自分の分は自分で出そうとした。

 それでも町田は、私たちがお金を出すより早く、乱暴にトレーにお金を置いた。


 結局、その場は町田に出してもらって、また次の機会に奢るとか他のことで返していこうかいう話になった。

 そうでもしないとずっとあの場所に居続けそうだったし。


 そんな一悶着がありつつも、新世くんはそんな町田の態度を意に介さない。何事もなく、お会計が終わった。


 ──美味しかった! また食べにくるね!


 そんな感想を言おうとした矢先。


「ま、料理はふつーだった。このくらいだったら俺でも作れそうだけど」


 そんな捨て台詞を吐いて出ていってしまった。

 ほんと、どうしたんだろ、急に。


「ごめんね、新世くん。なんか機嫌悪いみたい」

「…………」

「新世くん?」

「いや、別に問題ない。翠花は、さっきのやつの後ろを岡井さんと歩いた方がいいよ。後、“上”に気をつけて歩いた方がいい」

「え? 分かった」


 イマイチその意味がわからず、私はナツと一緒に店を出た。

 すっかり夕日は沈みかけている。


 あ、お母さんに夜ご飯いらないって言っておかなくちゃ。


「あの店、イマイチだったなー」

「ああ」


 また前を歩く、小坂と町田が新世くんのそんな話をしていた。


「またあんなこと言ってる」

「美味しかったくせに。よっぽど私たちに伊藤くんが褒められたのが気に入らなかったみたい」

「あ、そういえばさっき伊藤くん何か言ってたかも。確か……上?」

「上?」

「冷て!!」

「最悪だ……」


 私とナツが話していると前から悲鳴が聞こえてきた。

 カーっと鳥が飛び立って行った。


「うわ……」

「かわいそ」


 災難にも町田たちは鳥のフンを落とされていた。

 ……偶然だよね? 私の中でまた疑問が深まった。









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