第36話 ゴールデンウィーク事変③
翠花たちを見送った後、他のお客さんたちもちらほらと帰り始めた。
これからは夜のアルコールを求めた客層が入ってくる時間帯だ。
すでに体はクタクタ。だけど、まだまだ夜が長いと思うと挫けてしまいそうになる。
というか、なぜかあの男子たちやたら俺を睨みつけてたけど、なんか悪いことしたか?
料理が口に合わなかったか? まぁいいや。
「今日は、もうあがっていいよ」
「……珍しいっすね。いつもは夜までガッツリ働かせるのに」
「いやー、流石に三日連続は可哀想かなって」
いつも俺の疲労具合に関係なく、あくせく働かされているので変に勘ぐってしまった。
「綾子さんにも人の心が残ってたんですね」
「私をなんだと思ってるんだ! その分、バイト代あげてるだろ! 別に残ってくれてもいいんだぞ?」
「お疲れっしたー」
俺はエプロンを脱ぎ去り、自由になると居住スペースである二階へと上がる。
そして自分の部屋に戻り、スマホを取り出した。
仕事中だったので先ほど倉瀬から来ていた電話は出られなかったのだ。不在着信が1件のみでその他は特にメッセージなど、入っていなかった。
「なんか急ぎの用事だったか?」
暮れゆく日を眺めながら、俺は改めて、何の用事だったのかを聞くためかけ直した。
ライン特有の呼び出し音がスマホから聞こえてくる。
何度も繰り返し鳴るが、倉瀬は出ない。
「忙しいのか? 切るか」
そう思い、通話取り消しボタンを押そうとした時。
ブツ──と音が鳴った。
「もしも──」
「た、助けて!」
「っ!?」
電話の向こうから聞こえてくるのは、倉瀬の切迫した声だった。
緩んでいた気に一気に緊張感が走った。
「どうした、倉瀬? 大丈夫か!?」
「えっと……さっきから誰かに付けられてて……」
息が荒い。どうやら走っているようだ。
「……今、どこだ?」
「えっと、駅の近く……」
「すぐに行く! このまま繋い──」
ぶつっと電話が切れた。
なんだってんだ。不意に先日の事件が思い起こされた。下駄箱の倉瀬の靴されていたイタズラ。イタズラと呼んでいいかもわからないが、嫌な予感がした。
「──ッ!」
そして、もう一つの出来事も思い出す。
夢の中で刺されていた少女。
……違うよな?
俺は慌てて、部屋から飛び出し、そのままの格好で倉瀬がいると行っていた駅の方面へ走って向かった。
◆
壊したい。
あの女が僕を差し置いて、楽しそうにしているのが許せない。
お前のせいで僕がどんな目に遭ったか。思い知らせてやらないと。
お前は、僕の所有物なんだから。
その居場所、全部壊してやる。
◆
ゴールデンウィークに入って、私は優李ちゃんに何度か遊ぼうと連絡をした。
いつもであれば、すぐに連絡が返ってきて、今頃予定は決まっているはずなのに二日目に入った今日も連絡は返ってきていない。
「嫌われちゃったのかな……」
一人で家にいると不安に襲われる。
自分が何かしてしまったかいう自覚はない。だけど、私はいつも思いつきで行動して、誰かに迷惑をかけることが多い。
ついに愛想を尽かされてしまったんじゃないかと怖くなる。
「お父さん、早く帰ってこないかな」
こういう時に限って、お父さんの帰りは遅い。そう言えば、今日はポスト見てないや。
私は外へで郵便ポストを開ける。
そこには封筒が一枚。その封筒を手に取る。
封筒には『倉瀬七海様』とだけ書かれていた。
後ろを見ても何も書かれていない。不審に思いながらも私は、その封筒を家の中へ持って入って開けた。
「え!? なにこれ!?」
そこに入っていたのは数枚の写真。
それは私が伊藤くんと一緒に写っている写真だった。
私と伊藤くんが笑っている横顔だ。
「これってこの前、一緒に帰った時のやつだよね……?」
それと似たような画角のものが何枚も封筒から出てくる。
「一体誰がこんなこと……。私、誰にも写真撮ってほしいなんてお願いしてないのに。あ……でも、これって伊藤くんとのツーショットだよね? えへへ……」
あまり写真を撮る機会もなかったので、これはこれでいいものをもらったと思った。
「あ、でもお父さんに見られたらまずいかも!!」
前に伊藤くんを連れてきなさいって激怒してくらいだし……。お父さんにこんなの見られたらどうなるかわかったものじゃない!
私はその封筒を慌てて自分の部屋の机の引き出しの中に隠した。
それからまた、ベッドに横になる。
「それにしても誰だったんだろ……? まぁ、いいや。優李ちゃん、どうした、の……かな……」
横になったら眠くなってきた。自分のことよりもまずは親友のこと。そしてそのまま私は眠ってしまった。
翌日になると優李ちゃんから連絡が入っていた。
『ごめん、ゴールデンウィークは忙しくって、遊べそうにない』
そんな返信に肩を落とす。
だけど、返事が返ってきたのはいいこと。そのことに安堵を覚えた。
いつまでもくよくよしていても仕方ない。
お父さんは結局、お仕事で帰ってこなかったけど、家のこともしないと!
そういうわけで私は貯まった洗濯物やお掃除、お買い物などをしてその日を過ごすことにした。
せっかくの休みだから隣町まで買い物に出かけよう、そう思い買い物に行った帰り。
どこかから視線を感じた。
「…………?」
でも後ろを振り返っても、そこには誰もいない。
「気のせいかな?」
私は気にしないで家の方へと歩き始めた。だけど、駅前から感じていた視線は一向に止まない。それどころか、後ろから誰かが付いてきているのがわかった。
嫌な気持ちになりながらも私は、少し急ぎ足で歩みを進める。
いつもみたいに私のただの勘違いだったらいいけど……。
そんな希望を持っていたけど、それが気のせいではないことがわかった。
私が歩く速度を上げるとその人物も歩く速度を上げるのだ。そして一定の距離を保ちながらも付いてきた。
怖くなってきた私はついに、スマホを手に取った。
誰かに助けを求めようと連絡先をスクロールする。
優李ちゃん?
ダメ。忙しいって言っていたし、すぐに来てくれる補償はない。それにもしかしたら、優李ちゃんにも危険が及ぶかもしれない。
じゃあ、お父さん?
でも日中は仕事中。今もまだ家には帰っていないだろうし……そもそも連絡を見ない可能性が高い。
「っ!」
そこで目に止まったのが、伊藤くんだった。
伊藤くんにだって、危険に晒される可能性はある。だけど、なぜか伊藤くんを頼ってしまいたくなった。
伊藤くんならなんとかしてくれる。そんな気持ちがどこかあった。
迷っていてもしょうがない。後ろには相変わらず、誰かがいる。
思い切って、私は伊藤くんのプロフィール画面から『通話』のボタンを押す。しかし、数コール鳴らしても伊藤くんは電話に出ない。
仕方ないと思った私は、次の角に入った時、全力で走った。
後ろに付いてきている人との追いかけっこが始まった。
その時、伊藤くんから折り返しの電話があった。
「た、助けて!!」
すぐにそれを取った私は、伊藤くんの声が聞こえるよりも早く、助けを求めた。
伊藤くんに居場所を伝えて、すぐ。伊藤くんが何かを言っていたが、電話が切れてしまった。
「キャッ!?」
そして背後から誰かに肩を掴まれた。
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