第37話 ゴールデンウィーク事変④

 あたし、藤林紗奈はゴールデンウィークもつまらない日常を送っていた。

 家では相変わらず一人ぼっちで親は帰ってこない。

 外に出る気もあまりしなくて、宅配でご飯を頼む毎日。これじゃあ、いつもと変わらない。


 だけど、二年生になってからはそんな代わり映えしなかった学校生活が少しずつだけど変化を見せ始めていた。


 それはあの出会いからだったように思う。

 登山なんて最悪だと思っていたけど、案外悪くなかったし。


「あー、新世に連絡先聞いておけばよかった」


 ベッドでゴロゴロしながら、そんな言葉を口にする。


 はぁ……このまま家でせっかくの連休を潰すのももったいない。そう思ったあたしは少しでも暇を潰すため、美容院に行くことにした。


 美容院は、隣町の長浜市にあるので電車を乗り継いでいく必要がある。

 お気に入りの美容院に入ったあたしは担当の美容師さんに促されるまま、席へと着いた。


 ゴールデンウィークで人が多いかと思っていたけど、お得意様ということで融通が効いてよかった。さすが高級ヘアサロンなだけはある。


「今日はどうしますかー?」

「んーじゃあ、毛先整えてもらってもいいですか。あ、後、終わったらまつ毛パーマもお願いします」


 この美容院では、まつげパーマも行うことができる。最近、サボり気味だったのでもうほとんど取れてきていた。


「はーい。じゃあ、整えていきますねー!」


 それからよく担当になる美容師さんが雑談を持ちかけながら切っていく。


「ほぁー、ほんと紗奈ちゃんの髪綺麗だよね。羨ましい。これからどこかへお出かけするの?」

「んー、特にないかな。家でごろごろ……」

「ええー、せっかく美容院きて綺麗なって帰るのにもったいない!! 彼氏とかいないの?」

「いやいや、いないって」

「とか言っちゃって! モテるでしょ? 私が男だったら紗奈ちゃんみたいな子放っておかないけどなー。絶対ナンパする自信ある!!」

「そりゃ、声はかけられたりするけどさ。そういうのって大抵はヤリモクの猿みたいなやつらばっかじゃん。嫌いなんだよね、そういうの」


 さっきもここに来るまで大学生のチャラそうな男に声をかけられた。その他にも少し太ったおっさんとか。パパ活のお誘いを受けた。

 ほんと、そんなんばっか。


 そりゃ、確かにあたしも見た目的にそっちの部類だけどさ。

 今日はスキニーに薄手のニットセーター合わせている。男の人からしたら胸が強調されて見えるのだと思う。いくつか視線を感じていたから。

 でもそんなこと気にしたってしょうがないじゃん。好きな格好なんだから。


「はは……それはごめん。確かに紗奈ちゃんおしゃれだもんね。そういう目的で近づいてくる人多そう」

「そう。多すぎてホント、イヤ……あ、でも。一人だけ変なやついたかも」


 あたしは新世のことを思い浮かべた。新世との出会いもナンパだったけど、なぜか他の奴らみたいに嫌悪感はなかった。

 下心って言うの? そういうのが見えなかったからかな。初めはあんまりあたしに興味なさそうなのにナンパしてくるのが意味わからなかった。


「ええーそれってどんな子?」

「あはは、明らかに女の子慣れしてないっていうか? あたしがからかうと慌てちゃってさ」


 慌てる新世の姿を見るだけで楽しい気持ちになる。


「あ、ウブな子がもしかして好み??」

「好みっていうか……まぁ、反応がいいっていうか?」


 あんまりナヨナヨしたのは好きじゃない。どちらかと言えば、新世の反応はそっちよりだけど、それでもどこか自分の行動に芯がある。今まで出会ったことないタイプの男子だった。


「へぇ、もうちょっと話聞かせてよ!」


 それからあたしは美容師さんと新世のことを話しながら、髪を切ってもらい、まつ毛パーマを当ててもらった。気がついたら終わっていたのは驚いた。



 綺麗になった髪とくるんと曲がったまつ毛で美容院を出る。

 やっぱり美容院で綺麗にしてもらうと気分がアガる。


「にしても、変なこと言わないで欲しかったんだけど」


 帰り際、言われた一言が頭にずっと残っている。


 ──紗奈ちゃん、その人のこと話してる時、すっごい女の子って感じだったね!


 意味わかんない。あたし、生まれた時から女の子なんですけど??


 まぁ、それは気にしないことにして、どっか寄って美味しいものでも食べて帰ろうかなー。


「……そういえば、新世が作ったカレー美味しかったな。また食べたいけど……」


 こればっかりはどうしようもない。第一、ゴールデンウィークで新世にも会ってないし。


「はぁ……やっぱり連絡先聞いとくんだった。……あれ?」


 ゴールデンウィークが明けたら絶対に聞こう、そう決めたところで見知った人物が目に映る。


「朝霧さんだ」


 クレープのお店に朝霧さんが並んでいた。


 正直、朝霧さんは少し苦手な存在でもある。初っ端、喧嘩したというのも尾を引いている。

 だけど、それ以上になんとなく自分と似たようなタイプだと思ったからかもしれない。


「……って男!?」


 お店でクレープを買った朝霧さんはなんとそれを持って、待っていた男性の元へと駆け寄って行った。


 意外なものを見てしまい、固まってしまった。学校へ行かないあたしでも朝霧さんの話はよく耳にする。

 美人だけど、倉瀬さん以外とはつるまずに男の誘いにも乗らない氷姫。


「うっわ。意外だ……あー? でも年下?」


 見た感じ男性の方は自分たちよりも若そうに見えた。ギリギリ高校生に見えるかどうかって感じ。


 そのまま二人は街中へ消えて行ってしまった。

 知り合いの思わぬ一面を見たあたしは、なんだか不思議な気持ちになりながらもそのまま適当にぶらついてから帰ることにした。



 夕方になり、駅に着いたあたしは歩いて帰ることにした。

 別にタクシーで帰ってもよかったけど、たまにはそういう日があってもいい。

 本音を言うと、もしかしたら新世に会えるかもという期待があった。でも現実ってそう上手くいかない。

 改札を出て、家の方へ歩こうすると、新世ではない別の見知った顔がいた。


「倉瀬さんだ」


 倉瀬さんはなんだか周りをキョロキョロと気にしながら歩いている。

 あの子は少し変わっているけど、いい子ではある。初めは委員長タイプのうざい子かと思っていたけど、思わぬド天然だった。


 偶然にもあたしの家の方向と同じ方へ歩き出す倉瀬さん。


「ん……?」


 そんな倉瀬さんの後ろをフードを被った人が歩いている。どこかで見たことあるような背丈だった。身長はそこそこある。おそらく男。


 ただ同じ方向へ歩いているだけならいいけど……雰囲気も怪しいし、しばらくあたしも尾行することにした。もしかしたら倉瀬さんに何かしようとしているのかもしれない。


 しばらく後ろを付いていたがやはり怪しい。男は、こそこそと隠れるようにして倉瀬さんの後を付いていく。

 疑念が確信へと変わる。


 あたしもすぐに近づいて、男に声をかけることにした。


「ねぇ、何してるの?」

「──っ!」

「あ、ちょっと!!」


 あたしが声をかけたことに驚いたその人物は一瞬こちらに振り向き、私を見るとすぐに方向を変えて走り去って行った。


「あれは……」


 走り去る時、フードが取れていた。


 それより、倉瀬さん。

 倉瀬さんが心配になったあたしは倉瀬さんに声をかけることにした。


「あ、でも……」


 普段、学校の人と関わらなさすぎて……なんというかどう話しかけたらいいかわからない。

 登山の時にある程度、話せるようになったと思ったんだけどな……。


 そのまま無言で倉瀬さんの後についていく。


 すると倉瀬さんはどこかへ電話したかと思うと突如として、走り出した。


「逃げた!?」


 あたしもそれに釣られて走って追いかける。


 角を曲がって、ようやく追いつく。

 普段から運動なんてしてないから、結構全力で走った。おかげで声をかける余裕なんかなくて、倉瀬さんに気付いてもらうため、肩を叩いた。


「く、らせさん! はぁ……はぁ……はぁ……」

「きゃあああああああ!!!!」

「え!? ちょ!!」


 倉瀬さんは悲鳴を上げるとその場で身を縮めこんだ。

 これじゃあ、あたしが倉瀬さんを脅しているみたいに見えるじゃん!!


「倉瀬さん!!」

「……ほえ?」


 ようやく。息も絶え絶え、もう一度声をかけると倉瀬さんは、若干涙目になりながら、顔を上げた。


「はぁ……はぁ……はぁ……な、なんで逃げるの……」

「あ、あれ? 紗奈ちゃん?」


 そこにはぽかーんとした顔でこっちを見る倉瀬さんの顔があった。


「ど、どうして?」

「えっと、見かけたから……それでどう声かけたらいいか分かんなくて。そしたら走って逃げるし」

「ああ!! そ、そうだったんだ……ごめんね?」

「いや、いいよ。謝らなくて」

「ぐすっ……」

「え、ちょ!? なんで泣くの!?」

「え? いや、安心したらちょっと……えへへ」

「倉瀬!! ……藤林?」


 そこへ誰かがやってきた。

 聞いたことのある男の声で倉瀬さんと私の名前を呼ぶ。


「え、新世!?」


 そこには登山以来となる新世の姿があった。


 あ、やばっ…………。

 これってどう考えてもあたしが倉瀬さんを泣かせているように見えるよね?

 新世は怪訝な顔で倉瀬さんとあたしを見比べていた。



 


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