第38話 ゴールデンウィーク事変⑤
倉瀬から連絡を受けて、駅前の方面へと走った。
走り回ってようやく倉瀬を見つけ出した時、倉瀬の近くに誰かが立っていた。
倉瀬が目の涙を拭っている様子が窺える。
頭によぎるのは、夢であった出来事。うちの生徒の少女が何者かに刺されるというもの。
もしかして、あれは夢じゃなかったのではないか。実は未来の出来事を見ていたんじゃないか。
そうだとすれば、もっと早く気づいていれば、倉瀬に害が及ぶことはなかったのに。
後悔ばかりが押し寄せる。
間に合わないかもしれないと分かっていても俺は、叫んだ。
「倉瀬!!」
しかし、叫んでから気が付く。倉瀬のすぐそばに立っているのは、男ではない。それどころかどこかで見たことのある銀髪だった。
「……藤林?」
「え、新世!?」
倉瀬の真横にいたのは、怪しい人物ではなく藤林。藤林は俺が名前を呼ぶとこちら見て慌てた。まるで悪いことを見られたかのように。
え、じゃあ、跡をつけていたのも藤林? なんで倉瀬は泣いているんだ?
この前の登山での記憶が蘇る。あの時は、藤林が倉瀬のお節介を快く思っていなかった。今回も同じような状況だろうか。
「……泣かした?」
「ち、違うから!! あたしじゃないから!!」
必死に否定すれば、するほど怪しさが増す。……まぁ、藤林は不器用なだけでそんなことするような奴じゃないと思うけど。
「うん、そうだよ。紗奈ちゃんは、声かけてくれただけだよ! 私が勝手に泣いただけ!!」
「本当に? 脅されてない?」
「ええ!? ほ、本当だって!!」
「新世……」
藤林に睨まれた。
「悪い。悪ふざけが過ぎた」
「…………ばか」
じゃあもしかして、付けられてるって言ってたけど、それが藤林だったというオチ?
倉瀬は変なやつじゃなくて安心して泣いたってとこか。
なんというお騒がせ。
なんか一気に疲れたな。まぁ、無事でよかったけど……。
一応、確認しておこう。
「結局、じゃあ、付けられてるって言ってたのは勘違い?」
「……かな? 紗奈ちゃんはいつから後ろ付いてきてたの?」
「あ、そうだ! あたしが声かける前に倉瀬さん、変なやつに付けられてたの」
「えっ……!?」
「じゃあ、本当に付けられてたってことか」
「っぽい。それであたしがそいつに声をかけたら、逃げてったから。倉瀬さん大丈夫かなって声かけようとしたんだけど……」
「したんだけど……?」
「どう声をかけていいか分からなかったから、しばらく後ろ付いてってた」
「…………」
「何?」
「別に」
藤林って割と人見知りするタイプだよな。この場合、完全な初見じゃないはずだけど。
「他に倉瀬おかしなことなかったか?」
「うーん、おかしなことと言えば……」
「……少しでもいつもと違うことがあるなら言ったほうがいい」
「……うん。実は、今日ね、長浜の方でお買い物してたんだけど、そこでも変な視線感じたの。それに昨日だって、うちになぜか私の写真が届いてて……。だから、てっきり誰かに追っかけされてるのかなって。もしかして、ファン?」
「それって……」
「ああ」
呑気に話す倉瀬だが、話の内容を聞けば、ますます心配になる。普通にストーカーされてない?
下駄箱の件といいただの勘違いで済ませられなくなってきた。
「それ警察行った方いいんじゃない?」
「え? そうかな?」
「そうだって。だって明らかなストーカーじゃん。あたしでもそんなことされたら結構怖いけど」
「うーん、でも……」
藤林の話すことは最も。俺も警察に相談したほうがいいと思う。家まで知られているのは軽視できる内容ではない。
しかし、倉瀬はなぜか渋っている。
「何か言えない事情でもあるのか?」
「……昔、いろいろあって。お父さんまた心配させちゃうなって」
「そんなの、何かあってからの方が心配するに決まってるじゃん!!」
「……そうだね。分かった。帰ったらお父さんに相談してみる!」
何やら倉瀬にも事情があるようだが、俺と藤林の説得により、ようやく頷いた。
今日の出来事が勘違いだったのはよかったが、まだ憂慮すべきことが多い。
ますます、あの夢の出来事がただの夢だったと思えなくなってきた。
その場合、刺される可能性が一番高い倉瀬ということになってしまう。
全くの知り合いではないという可能性もあるけど……誰なのかわからない分、可能性の高い方に絞る他ないだろう。
「そ、そう言えば、なんだけど。新世はなんでここに?」
「ああ、倉瀬から電話もらって。電話元で助けてって言われたから何事かと思ってな」
「心配かけてごめんなさい……」
「いや、無事だったからいいけど」
正直、めっちゃ疲れた。バイト後の体に鞭打ってきたきたからな。こんだけ走り回ったのは久しぶりだ。
「……っていうことは、倉瀬さん新世の連絡先知ってるの?」
「え? うん! この前、新世くんが交換してくれたの。連絡先教えてって」
「新世から?」
「うん!!」
「ふ、ふーん?」
「なんだよ?」
何やら藤林がこちらをチラチラと見てきている。俺が倉瀬に連絡先を教えたことがそんなにおかしなことだろうか。
「別にー? そりゃ、倉瀬さん清楚でかわいいし、分かるけど……」
何やらここでも勘違いがあるようだ。
別に俺は倉瀬を遊びに誘うために連絡先聞いたんじゃないぞ。
「清楚と可愛いは関係ないだろ」
「か、かわっ!?」
「新世は倉瀬さんみたいな人がタイプなんだ」
「別にそんなこと言ってない」
「じゃあ、あたしみたいなのは?」
「苦手」
「…………む」
なんて答えて欲しかったんだよ。前にも言ったし、分かりきった答えなんだからへそ曲げるなよ。
「じゃあ、今日のあたし見て、何か気がつくことない?」
「気がつくこと? 急に何だよ」
「いいから!」
一体何のことやら分からんが、この質問をするということは、いつもと何かが違うということだ。
上から下まで藤林の格好を見る。いつも見ている格好は制服だが、今日は私服。細身の藤林のよく似合っている格好だ。ほどよく胸が強調され……ってそこじゃない。そんなとこ言ったら殴られる。
しかし、こういう変化に気づかないと女性は不機嫌になると聞いたことがある。
……わからん。まるでわからん。ええい、当てずっぽうで言うしかあるまい。
「前髪切った!」
「はい、ブー。正解は、毛先揃えたことと、まつ毛パーマ当てたことでした」
「…………」
分かるか、んなもん。まぁ、でもよく見ればいつもより、髪は綺麗な気がするし、言われたまつ毛もいつもに増して長く見える。
「っ」
まつ毛見ていたら、目があった。藤林はニヤリと笑う。まずい。
「はい、じゃあ、罰として連絡先教えてよ」
「何の罰だよ」
罰でいいのか。
「いいから、ほら! スマホ! 出して!」
なんだか流されるままにスマホを出して、連絡先を交換してしまった。
別に交換して困るものではないからいいけど。
交換した藤林はニヤニヤしていた。どうせ、ラインでどうやって俺のことをいじるか考えているんだろう。そういう意味では確かに罰か。
そう思った矢先、俺の耳元に顔を近づけてきた。
「(よかったら、えっちな自撮り送ってあげようか?)」
「っ!? い、いらねぇよ!!」
「新世のむっつり」
「アホか!」
「…………?」
ほれみろ、言わんこっちゃない。おかげで倉瀬に変な風に見られただろ。
「ふふ、紗奈ちゃんよかったね!」
「まぁね。これで退屈しなくて済みそう」
随分と和やかな雰囲気になってしまった。
もう日は暮れるからそろそろ帰ったほうがいいだろう。また変なことがある前に。
「あ、伊藤くん。優李ちゃんの件だけど、やっと連絡返ってきたよ!」
帰ろうとしたところ、今度は倉瀬が朝霧の近況を話し出した。
……こちらとしては早く帰って横になりたかったが、気になっていたことではあるので無碍にはできない。
ラインでも朝霧と連絡がつかないという話をしており、倉瀬も心配をしていたところだった。
「そうか。ならよかった」
「うん……でもやっぱり忙しいみたいで。遊びも誘ったんだけど断られちゃった」
倉瀬は寂しそうな表情をする。
朝霧が倉瀬の誘いを断るなんてよっぽどだな。二つ返事しそうなもんだけど。
「朝霧さんなら今日見たよ」
「え、そうなの!?」
「そうそう! 長浜の方へ出かけてたんだけどさ、デートしてた」
「ええ!?」
「デート!?」
俺も朝霧も素っ頓狂な声が出た。あの朝霧が……?
え、それで倉瀬ともあんまり連絡取ってなかったってこと?
「うん。クレープ屋で男と二人でいた。あれは間違いなくデートでしょ」
「あの優李ちゃんが……」
倉瀬は、あまりの驚きのためか開いた口が塞がらない。
どうやら、本気で驚いている。そういうのって恋人ができたら、親友に言いそうなもんだけどな。だからこその驚きか。
でも……あの朝霧がぁ? 想像ができん。彼氏と楽しそうにデートしている姿なんて。今度からかってみるか? ……いや、やめておこう。
「あ、でもそれってもしかしてだけど、弟君じゃないかな?」
「ああ、なるほど」
「確かに少し顔は幼かった気がする」
それなら納得だ。弟が来ていると言っていたし、一緒に出掛けるくらいするだろう。
「ただ……」
そこで藤林が続ける。
「さっき、倉瀬さん追いかけてた不審なやつなんだけど……あれ、多分その弟君だと思うんだよね」
「え?」
「は?」
「逃げる時、フードが取れて。昼間に見たときは、遠目だったからあんまり自信ないけど、よくよく思えば同じ格好してたと思う」
余計に頭が混乱してきた。
朝霧の弟が倉瀬をストーキング? なんで? 一体何のために?
考え出したら止まらない。
「その辺は、また朝霧に聞いてみよう。とりあえず、日も落ちてきたし、今日はこの辺で」
いろいろ疑問は残るが、こんな道端で考えていても仕方ない。そう提案して、解散することとなった。
と、言っても藤林に暗い中、女の子を一人で帰らせるんだ? と言われ、二人をそれぞれ送ることになったのは、また別の話。
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