第33話 朝霧の異変と念願のアレ

 朝霧に元気がないように思えたが、それは勘違いだったかもしれない。倉瀬と話して帰ってきた朝霧は、いつものように見えた。


 ──アンタがしてた顔、私も知ってるから。


 なんとなく、林間学校で行った肝試しの時の言葉を思い出した。

 それが一体どんな顔をしていたかは結局、教えてもらうことは叶わなかったが、自分ではどういうものか分かっていた。


「……気のせいか」


 朝霧は倉瀬と楽しそうに話していた。


「そういえば、新世。ゴールデンウィークの予定はどうするんだ?」

「俺? 特にないけど。家で寝溜めする」

「おめぇ、若いのに何言ってんだべさ! そんなしてねぇで外で遊びんしゃい!」

「何弁?」

「わからん。適当にしゃべった。良かったらさ、どこか遊びに行かね?」

「あ、笹塚くん。伊藤くんと遊びに行くの?」


 そこへ会話に入ってきたのは倉瀬だった。


「おお!? まさか倉瀬も一緒に行きたいとか!?」

「あー、えーっと……よければだけど……」


 草介は渾身のガッツポーズをした。


「あ、でももちろん優李ちゃんも! ね、どうかな、優李ちゃん?」


 なんだか段々話が進んでいってるけど、俺行くとか一言も言ってないからな?

 そもそもどこ行くかも決まってないのに。


「ごめん。私はゴールデンウィークはやめておくわ。よかったら七海だけでも楽しんできて」

「え!?」


 倉瀬もまさかの返答に驚いた様子だった。


 意外だった。倉瀬の行くところなら例え、火の中水の中飛び込んでいくのが朝霧だと思っていたが……やっぱりなんか調子悪いのか、こいつ?


「何よ?」

「いや、なんか拾い食いした?」

「失礼なやつね……」


 ジト目で見られた。


「えっと、何か用事?」

「ええ。弟が来てるの。だからゴールデンウィークは、弟に街を案内しようかと思って」

「そういうことなんだ! それじゃあ、仕方ないね! ……でも優李ちゃん行かないなら私もやめておこうかな……」

「そ、そんなぁ……」

「諦めろ、草介。朝霧がいないんなら倉瀬だって行きづらいだけだろ。俺とお前と三人なんてな」

「ごめんね、私から聞いておいて……あ、別に私は二人が嫌だとかそういうんじゃないよ!?」


 まぁ、倉瀬の気持ちも分からんでもない。朝霧いなかったらつまらなんだけだろうしな。


「まぁ、俺も行くなんて一言も言ってないしな。そもそもどこ行くつもりだったか知らねぇけど」

「そりゃあれだ。プールだ」

「却下。何が楽しくてゴールデンウィークにそんなとこ行かなくちゃいけないんだ」

「んなもん、水着のお姉さんを見るために決まってんだろっ!!」


 そういうのはもう少し女子のいないところで言えよ。明らかに倉瀬と朝霧引いてるぞ。


「い、伊藤くんも私の水着みたい?」

「え? まぁ……」


 だけど意外にも倉瀬がその話に食いついてきた。

 見たいかどうかと言われれば、そりゃね。俺だって男だし。


「…………」

「鼻の下伸びてるわよ、変態」

「元からだ、ほっとけ」


 想像してたら、朝霧に冷たい目で見られた。


「あ、チャイム……」


 そこでチャイムが鳴り、倉瀬は名残惜しそうに自分の席に戻っていった。

 先生が入ってきて、あいさつをし、次の授業が始まる。


 朝霧の様子をチラ見するが、いつも通りだった。


 ◆


 放課後になって帰り支度をしていると声をかけられた。


「伊藤くん。よかったら、一緒に帰ろ?」


 ざわり。

 教室が少しだけ騒然とした。みんなの視線は、倉瀬と俺に注がれた。


「実は相談したいことがあって……」


 小さな声で補足が入る。

 ……そういうことね。


 学年でも男子から人気の倉瀬。今まで告白されてきたことは数知れず。だけど、その全てを断っていた。


 そんな倉瀬が男である俺を帰りに誘う──つまり、そういうことだと周りが認識するのも仕方ないことだった。


 ──もしかして、二人は付き合ってる?

 ──あの倉瀬さんが転校生と!?

 ──ぐぬぬ、転校生め……!


「……」


 そんな風な声が周りから聞こえてきた。


 残念だけど、倉瀬が俺なんかをなんの用事もなく誘うわけないだろ。自分で言ってて悲しいけどな。


 相談事っていう補足がなけりゃ、危うく勘違いするところだ。


「……?」


 倉瀬は周りの様子に首を傾げている。自分がなぜこんな空気を作りだしたかまるで分かっていないようだった。


「……わかった。相談事があるんだな。とりあえず、ここを出よう」

「うん!」


 わざとらしく声を大にして、倉瀬と教室を後にした。

 教室の方からは、「なんだ、ただの相談かよ」「伊藤のやつ、紛らわしいな」「でも羨ましい!」などという声が聞こえてきた。


 お前らが勝手に勘違いしただけだからな。


「…………」

「どうしたの、伊藤くん?」

「いや、なんでもない」


 最後まで、倉瀬は頭の上に疑問符が浮かんでいた。

 かわいいな、根畜生。


 ◆


 伊藤くんに相談したいことがあり、一緒に帰ろうと誘った。

 なぜか教室が騒がしかった気がする。


 みんなは一体何を話してたんだろう……?


 教室を出てからも好奇な視線は止まなかったように思う。

 そして、時々声が聞こえてきた。


 ──あれって倉瀬?

 ──転校生と付き合ってんのか?

 ──さぁな? でも一緒に帰ってる時点で羨ましい。


「ッ!」


 もしかして、教室の時も言われてた?

 それに気がついた時、急に恥ずかしくなってきた。


 ……もしかして、これって周りからそういう風に見られてるんじゃ……!!


 決してそういうつもりはなかった。相談したいことがあるのは本当だったから。


 で、でも伊藤くんってその辺、どう思ってるんだろう? 前は瀧本さんとも噂があって迷惑そうにしてたし、やっぱり嫌なのかな……?

 ま、まさかだけど、伊藤くんに相談っていうのは建前で実は一緒に帰りたいがための口実って思われてないよね!?


「倉瀬?」

「ほ、本当に相談事だからね!?」

「お、おう……」


 念を押すと伊藤くんは気まずそうに返事をした。

 や、やっぱり勘違いされてる……?


 今は、学校を出て他の生徒からの視線も減った。

 なんとか、気まずい空気から脱却するため、話題を変えないと!


「あ、そういえば笹塚くんはよかったの? いつも一緒に帰ってるんじゃ……?」

「いや、大丈夫だろ」


 伊藤くんは短く返事する。いつも一緒に帰ってるイメージだったけど、大丈夫なようだ。


「倉瀬こそ。朝霧はよかったのか?」


 そう言われて、自分の本当の目的を思い出す。伊藤くんとの下校に浮かれて、本当の目的を見失うなんて……最低だ。

 自己嫌悪してしまった。


「うん……その、優李ちゃんのことなんだけどね?」


 そして気合を入れ直して、本題へと入る。


「今朝から様子がおかしいなって……」


 今朝、遅刻してやってきてから優李ちゃんはどこかおかしかった。いつものように私の前では笑ったり、怒ったりしてくれてるんだけど、どこかそれがぎこちなくて。

 まるで、初めて出会った時みたいだった。


「やっぱり倉瀬もそう思うのか」

「やっぱりって伊藤くんも……?」

「あー、俺の場合なんとなくだけどな。なんかいつもと雰囲気が違うって思っただけ」


 まさか伊藤くんまで気がついているなんて思っていなかったから驚いた。


 私以外に優李ちゃんの変化に気付ける人がいたんだ…………あれ……いいことのはずなのに……胸が苦しい?

 だけど私はそれを気づかないフリをして、伊藤くんと話を続ける。


「まぁ、いつも通りに見えなくもなかったから、本当のところわからん。でも倉瀬が言うなら多分そうなんだろうと思う」

「うん……でもどこがどうおかしいのかうまく言えないから。どうしてあげたらいいかなって思って」


 このなんとも言えない、もどかしい感じ。なんとなく伊藤くんなら答えをくれる気がしていた。二度も危ないところを助けてくれた伊藤くんなら。


「俺の場合、朝霧の様子がおかしいって感じるのも勘みたいなところあるしな。単に体調悪いとかその辺だとか思ってるけど、どうするも何も放置するしかないと思う」

「そうだよね……」


 だけど、具体的な解決策は返ってこなかった。


「ガッカリさせて悪いな」

「そ、そんなことないよ!」


 そのことを伊藤くんに見透かされてしまい、慌てて否定する。勝手に期待して、落胆するなんて……また、自分が嫌になる。


「後は……そうだな。おかしくなったのは今朝からなんだよな。何か思い当たることってあるのか?」

「思い当たること……」


 そう言われて、私は優李ちゃんの言っていたこと、そして出会った頃のことを思い出す。


「……もしかしたら、家族のことかも」

「家族絡み……弟が来てるって言ってたか。あんまり詮索するのもアレなんだが……朝霧って弟と一緒に住んでないのか?」


 伊藤くんの表情はいつになく真剣だ。


「……うん。優李ちゃんは、おばあちゃんと一緒に二人で住んでるの」

「そりゃ、またなんで?」

「えっと、それは……」


 優李ちゃんの家の事情。それはご両親と不仲であり、それが原因でおばあちゃんと暮らしていること。そのことを知っているのは私だけだった。

 だけど、弟くんのことはあまり聞いたことがない。


 だけど、どこまで話していいか分からない。伊藤くんに相談事を持ちかけてしまった以上、ある程度の情報は提供するべきかもしれない。それでも優李ちゃん個人のことを私が話していいのか、迷った。


「悪い。言いづらいよな」

「ごめんね……」

「いや、謝らなくていいよ。気持ちは分かる」


 伊藤くんに気を遣わせてしまった。

 なんで伊藤くんがここまで相手の気持ちを汲み取れるのか、不思議に思った。


「まー、なんで俺に相談したのかは分からないけど……俺から言えるのは、本当に何かあれば、倉瀬にだったら言うと思う。だから今は見守ってあげるのがいいんじゃないか? 家族絡みのことなら尚更な。それも親友の役目だろ?」

「……そうだね。そうだよね」


 私の中に溜まっていた不安。それはいつも一方的に私のことを守ってくれる親友に私も何かをしてあげないといけないんじゃないか、そう思っていた。


 だけど、伊藤くんの言葉がストンと胸に落ちた。

 やっぱり、伊藤くんに相談して良かったと思えた。


「ふふ……でも伊藤くんってすごいね。私、優李ちゃんとずっと一緒にいてやっとその変化に分かったのに、すぐ分かっちゃうんだもん。なんだか嫉妬しちゃうな」

「い、いや、俺の場合、本当になんとなくだから。ほら、いつもだったらあれだろ? 倉瀬のことがあったら取り乱すのに冷静だったから。分かりやすかっただけだと思うぞ」


 伊藤くんの必死の言い訳がなんだかおかしくて、笑顔が溢れる。


「そう言えば、だけど倉瀬は大丈夫か?」

「え? 私?」


 私、何かあったけ? 優李ちゃんのことで落ち込んでたから?


「今朝のこと」

「今朝のこと……」


 あ、そうだ。連絡先!


「ほら、上履きに……あったろ?」

「あっ……」


 そ、そっちだったかぁ。危ない。


「あれからおかしなことないか?」

「んー特にないかな?」


 多分変なことはなかったと思う。そういえば、お気に入りのシャーペン無くなってたけど、多分どこかに落としちゃっただけだと思うし。


 だけど伊藤くんはなぜか心配そうな表情でこちらを見ていた。あんまり見られると恥ずかしい。


「良かったら、連絡先教えてくれるか?」

「え!? れ、連絡先!?」


 私は思ってもみない提案に取り乱した。

 きゅ、急になんで!?


「ああ、ゴールデンウィークにも入るし、朝霧のことでまた気になったことがあれば聞きたいし、倉瀬のことも心配だしな。嫌だったら別にいいよ」

「全然嫌じゃない!! むしろ、お願いします!!! お受け取りください!!!」

「お、おう……」


 なんか若干引かれた気がしたけど、結果オーライ!

 やっと伊藤くんと連絡先交換できた!


 それに……優李ちゃんともこまめに連絡とって様子確認しなくちゃ!


 その後、私は、伊藤くんとさよならをして、家に帰った。






「………………」


 七海と新世がお互いに分かれた頃。その様子をじっと誰かが見ていた。そのことに七海も新世も気付くことはなかった。



────────


ちょっとライブ感で書いてるので、変な描写あったらすみません。

優李の過去について、ちょっと触れました。

急にちょっと重苦しい展開になってきました。


この辺の話迷いどころなので、ちょっと時間かかるかも知れません。できるだけ一日で更新できるように頑張ります!


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