第94話 授業をサボって

 岡井さんとの会話で衝撃の事実が発覚してから翌々日。

 翠花の朝練に出る時間を岡井さんから聞いていた俺は、早朝に翠花の家の前で待っていた。


 ストーカーみたい? だまらっしゃい。


 現在の時刻は、朝の6時過ぎ。

 翠花はいつも一番乗りで、学校へ朝練に行くらしい。

 一昨日、岡井さんとケンカはしたが昨日も同じように朝練へ行っていたらしいのできっと今日もこの時間に出てくるはず。


 岡井さんと言えば、教室や部活では最低限のコミュニケーションを取っているものの未だ翠花とは仲直りできていないらしい。そちらはもう少しかかりそうだ。


 いやー、それにしてもちょっと早すぎない? もうちょっと寝ないの?

 自堕落な俺にとって朝起きるのがどれだけ辛いことか、わかっているのだろうか。それも5時起きだ。これは高くつくぞ……。まぁ、俺が勝手にしているだけなんだけどな。


 綾子さんには朝早くに用事があると前日に言ってある。めちゃくちゃ怪しまれたけど。


 家は以前公園でバスケをした時に翠花を送ったのでどうにか場所を覚えていた。


「くぁ……」


 あくびも出ながらも張り込みの刑事さながらに翠花の家の玄関を眺める。

 あんぱんと牛乳でも買ってこればよかったか。……コンビニが近くにないんだった。こういう時に前に住んでた場所を懐かしんでしまう。まぁ、それほどあったわけでもないし、コンビニなんて高いから以ての外だったけど。


「行ってきまーす」


 なんてことを考えていると翠花が元気よく玄関から出てきた。

 そして、門塀を閉めて終わったところで俺が近づく。

 翠花からすれば、こんな時間にいきなり近づいてくる人がいるだけで驚くことだろう。なんなら怖がられるまである。

 そして人の気配を察知した瞬間に飛び退かれた。


「え、新世君!?」


 数秒してようやく俺だと認識したようだ。


「お、おう、翠花。おはよう」

「ど、どったの!? というか、なんでここにいるの?」

「ちょっと翠花に用があって」

「す、翠花に用……? あっ……」


 一昨日は、変な空気で別れてから昨日も顔を合わせていない。翠花はそれを思い出して、気まずそうな顔をした。

 いわば不意打ちをした形。

 まさか自宅の前に待ち構えられているとは思わなかっただろう。

 

「……ええっと、それって今しないといけない話? 翠花朝練行かなきゃいけないんだけど……」

「ああ、今じゃないとダメだな。朝練もバスケ部全体の練習じゃなくて、シューティングとかの自主練なんだろ? 悪いけど、今日はパスしてくれ」

「でも……」


 明らかに翠花は嫌がっている。いつもなら強要なんてしない。だけど、今日だけは、どうしても翠花に一緒に来てもらいたかった。


「まぁ、ほら。足テーピングしたことのお礼ってことで」

「そ、そんなの……ずるいじゃん……」


 そんな顔しないで! 若干良心が痛むから。


 結局、翠花と遊びに行った日。岡井さんが仕組んで俺がお礼を理由に遊びに誘ったことになっていたが、それは誤解だったと翠花もわかっている。

 それを承知の上でもう一度、お礼を強要した。今度は自分の意志で。それでも断られなければ、なんでもいい。どう思われたとしても。


「後、翠花。今日は午前もサボりだ」

「えっ!? ちょ、ちょっと待ってどういうこと!?」


 翠花は訳もわからず、大きな声を上げる。


「まぁ、行きながら話すから」


 戸惑いとやや不満顔をする翠花宥めながらも、俺は駅へと向かった。

 その間も翠花はずっと無言だった。


 ◆


「…………」

「…………」


 電車に揺られながら、俺たちは目的地へと向かう。

 なぜ岡井さんに話をした翌日ではなく、二日後である今日にしたかと言えば、理由がある。

 一つは昨日、用事があった。そして二つ目。それが今目的地へと向かっている理由でもある。だが、いかんせん気まずい。


 元から女子と話す時も血気盛んに話題を提供できるタイプではなかったが、最近は立て続けに気まずい状態ばかりが続いている。

 まぁ、それも仕方ないよな。いろんなことに顔を突っ込みすぎた。それに理由も言わず、サボりを強要してるんだからな。


 とりあえず、この空気をどうにかしたい。


「そ、そういえば、足はどうなんだ? もう大丈夫なのか?」

「……うん、大丈夫」

「そうか……」


 人間、壁にぶつかり、乗り越えることで強くなるという。

 でも無理! どうにもできない!


 今の時間帯。学校とは逆方向に向かっているとはいえ、通勤・通学ラッシュの時間帯でもある。

 むしろ、俺たちの住む田舎の水原町から中心の市へ向かっているわけでだから、駅を通過するごとにどんどん人も多くなる。

 俺たちは座ることもできずに人混みに圧迫されていく。


 ***


『次は長浜〜長浜〜』


「うぉ!?」

「きゃっ!?」


 電車が駅に着くと人の出入りがより激しくなる。その人の流れに巻き込まれた俺たちは、人三人分ほどの少し距離ができてしまう。

 どうにか、翠花の隣へ戻ろうとするもその間に人がぎゅうぎゅうに詰まっているものだから身動きが取れないでいた。


「──っっ」


 そうして、悪戦苦闘していると翠花が顔を歪めるのがわかった。

 普段、徒歩通学の翠花はこの人の多さに慣れていないのだろう、そう思ったがどうも様子が違う。

 翠花の後ろの男性の動きがおかしい。


 それですぐに翠花がどんな目にあっているのかが、すぐにわかった。


 ***


「今のは……」


 未来予知である。そしてこれから起こること。学校サボって連れ出しておいて、嫌な気持ちにさせる。これ最悪である。


『次は長浜〜長浜〜』


 そして予知にも出てきたアナウンス。すぐにやってくるラッシュを前に俺は未来を変えるために、行動に出る。


「あ、新世くん!?」

「ちょっとだけ我慢してくれ」


 人が流れ出るタイミングで俺は翠花を人ごみに攫われないようにするために、翠花の正面に立ち、人が入ってくる方に背中を向ける。

 ちょうど、開く扉とは反対の位置にいたため、それが可能だった。


「──うぉ!?」


 それでも多くの人が入ってくると一気に体が押し込まれる。それに抗うように俺は壁に腕をつき、背中で翠花を覆い被さるように守る。


 こういう時に翠花の身長が低くて助かった。もう少し高ければ、腕をつくこともできなかっただろう。


 連れ出しておいて、こんな窮屈な思いをさせるのを申し訳なく思い、視線を下げて翠花の様子を確認する。


「──っ」

「っ」


 目が合った。

 翠花は顔を赤くして、すぐに視線を下げる。

 俺も一気に顔が熱くなる。


 ……電車の熱気のせいだ。


 そう自分に言い聞かせるも今がこんなにも密着した状況であることを思い出し、心臓の音がうるさくなっていく。


「わ、悪い……大丈夫か?」


 そしてどうにか謝罪の言葉を口にした。


「う、うん……大丈夫……」


 消え入りそうな声で翠花は答える。


 女子特有の柔らかな匂いが鼻腔をくすぐる。目の前の子が女性であると嫌でも意識してしまう。


 ──ガッ。


「んっ……」

「……っっ」


 そしてたまにやってくる電車の揺れに俺と翠花の密着度が上がり、声が溢れる。そしてなんとも可愛らしくも我慢する声に俺の脳内はおかしくなりそうだった。


 そんな状況のまま、解放されたのはさらに一時間後だった。



────


たまにはこう言う感じのラブコメも。

できればイチャイチャしたラブコメも書いてみたいものですな。

ただ、ネタが続くかとどうか不安で書けないですが。


ここ最近では、新世がちゃんと主人公らしく動いています。


感想をいただけるとやはり、嬉しいものですね。

ご感想お待ちしております!

後、レビューもよければ……!

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