第95話 妹の誕生日
ようやく目的地に着いた頃には私の精神は疲弊していた。
どうやらそれは新世くんも同じようで少し疲れた顔をしていた。
今思い出しても顔に熱が帯びてくる。
汗かいてないよね……?
汗なんて部活でしょっちゅうかいている姿を見せているのに今更、そんなことが気になってしまう。
だって電車の中であんなに密着するなんて思わないじゃん……。あんな風になるなら先に言っておいてほしかったよ!
普段電車なんて乗らないから、満員電車というものがよくわかってなかった。
そしてその人混みから男の子にあんな風に身を挺して守ってもらうことがどんなことなのかも。
あれって漫画の世界だけの話じゃないの?
目があっただけで心臓が暴れ出しそうで本当に疲れた。
そんな状態から解放されたのは到着の10分前だった。
「…………」
「…………」
電車を降りてからも私たちの間には先ほどとはまた違う気まずさが出来上がっていた。
意識しないように思っていても新世くんを見るだけで変な気持ちになる。
「
私はそのことから目を逸らすため、周りを見渡した。目に入ったのは駅の看板。普段電車に乗っても長浜までしか行ったことのない私はそれより先にある駅の名前を知らない。
単純な漢字だけど、ちょっとだけ読み方に不安があった。
「たかいでらだな。俺が昔住んでた場所」
「……!」
新世くんが昔住んでいたとこ……。
なんだかそう言われると新鮮な気分になる。それと同時に今までそれほど気にはしていなかった疑問が湧いてくる。
新世くんはどうして、この町を離れたのだろう?
あのカフェで居候していることは知っているけど、何か理由でもあるのかな?
新世くんとはバスケしたり、いろいろ助けてもらったりしたけど、私は新世くんのことをあまり知らないことに気がついた。
「ここに住んでたんだ……ここに用事があるの?」
「そうだな。とりあえず歩こうか」
新世くんはどこか懐かしむようで少し悲しい顔をしていた。
そのまま駅を出て歩き始めること数分。駅の周辺を出れば、街並みはそれほど水原町と変わらない。
駅の周りは水原に比べれば、栄えている方だけどどこか長浜ほど都会でもない。
それよりも遠くを見れば山があったりして、どこか見慣れた風景でもある。
朝一家の前にいて、朝練とか学校をサボろうと言われた時の不満はいつの間にか消えていた。
本当は、大会まで時間がなくてもっともっとバスケの練習をしなくちゃいけないのに、新世くんの地元に来て一緒に歩いているとそんな焦りからは不思議と解放されていた。
バスケもできて優しくて料理なんかもできる。なんでも器用にこなす新世くんのルーツが知れる気がして、少しワクワクしていたのが本音だった。
時刻は、9時前。
駅を出てから15分ほど歩いて、新世くんの歩みが止まり、ようやく目的の場所へ着いたのだとわかった。
「ここって……」
見上げれば大きな赤い鳥居がある。
そこには駅名と同じ名前があった。
お寺だ。
新世くんを見ると先ほどからずっと感じていた憂を帯びた表情がより顕著にわかった。
新世くんはそんな表情のまま鳥居を潜って進んでいく。
「新世くん、待ってよ……!」
お寺に用事。そう言われれば今日の目的がどんなものか、いくら察しの悪い私でもすぐに理解した。
「瀧奈、来たよ。誕生日おめでとう」
新世くんはそういうとカバンの中から一つの箱とペットボトルを取り出して、お墓の前に供えた。
新世くんは箱のふたを開けて中を見えるようにする。パッケージされたその中身はバームクーヘンだった。
誕生日……。
墓石には、『堀江家先祖代々之墓』と記されている。
どこかで聞いたことのある苗字だったが、今は目の前のことに集中する。
新世くんは、近くにあるお寺の水汲み場から水桶を持ってきて柄杓でお墓に水をかけた後、お線香にライターで火をつけた。
「ごめん、翠花もあげてくれるか?」
「う、うん……」
新世くんに促されて、お線香を受け取った私は、新世くんを真似てお供えした。
手を合わせて合掌する。
全く見知らぬ人のお墓参りをしたことなんてなかった。だからこの亡くなった人に対してどんなことを思えばいいかもわからない。
それでも新世くんの表情を見るに大切な人だったんだと実感する。その表情を見た私は胸が締め付けられる思いだった。
「ありがとう、瀧奈も喜んでくれると思うよ」
合掌を終えて、新世くんがそう一言。
先ほどまで、新世くんのことを知れるとワクワクしていた気持ちは冷めていた。知らなかったとはいえ、不謹慎だったと反省する。
「瀧奈は、妹なんだ」
「妹……さん……」
また胸がギュッとなる。
私もおじいちゃんが病気で亡くなっているけど、やっぱりそれは年齢によるものだからなんとなく受け入れられる。
私自身にも弟がいるけど、そんな歳の近い家族が亡くなることなんて想像したことがなかった。
そんな経験を新世くんはしている。どんな声をかけてあげればいいかわからなくなる。
「妹さん、どんな人だったの……?」
どうして亡くなったの? そう聞きたかったけど、軽々しく聞いていいのかわからなかった。
私の戸惑いを知ってか知らずか、新世くんは懐かしくむようにポツポツと話し始めた。
◇
瀧奈は一つ下の妹でいつも「お兄ちゃんお兄ちゃん」って着いてくる俺にとっては目に入れても痛くない可愛い妹だった。
小さい頃は元気でやんちゃで俺もよくそんな瀧奈に振り回されたけど、小学校の高学年になってから病気しがちになった。
決して難病だとか助からない病気だとかそういうんじゃないけど、単純に人より体力が少なくて疲れやすい体質だったらしい。
だからよく熱も出る。でも本人は外で遊びたがるから止めてもまた無茶して、熱が出ての繰り返しだった。
俺の家がまともな家庭だったら、それでもそんな体質に付き合いながらどうにかやっていけたと思う。
でも俺の両親は最悪だった。
どちらも働かずにギャンブル、酒ばかり飲んでいて、時には俺も瀧奈も殴られることもあった。
その日のご飯がないことなんていうのもザラにあった。
ただでさえ、瀧奈には体力がなく栄養が必要なのにそのままの生活じゃ瀧奈が死んでしまうと感じた俺は、両親をどうにか説得した。
──家のことも今まで以上に全部して、お金も稼ぐからどうにか瀧奈だけはまともな生活を送らせてほしい。俺のことは殴ってもいいから瀧奈のことは殴らないでほしい。
約束を破れば、児童相談所に連絡する。
そう脅しまでつけて。
あの日のことを思えば、有無を言わずにそうした方がよかったのかもしれない。それでも頭の足りてなかった俺は、どうしても他の人に頼ることが怖くてそれができなかった。
ただ知識としてあったからそう言った。それに今以上に悪く変わる可能性を考えると何も動けなかったというのもあった。
両親はそんなものどうにでもできる、と言っていたが結局は俺の提案に乗った。
その方がきっと両親にとっても楽だったからだろう。
だって、放っておけば家のことをなんでもしてくれて、お金まで稼いでくれるんだからな。アイツらにとってはそれが何より魅力に思えたのだろう。
そこからなんとか年齢を誤魔化してバイトに家のこと三昧だった。好きなものを切り捨て、極限までに自分の時間を削った。
怪しまれることも多かったが個人店とかだと案外どうにでもなった。
それから数年間同じような生活を続けた。
親はなぜか高校は行かせてくれた。何か俺の知らない事情があったのかもしれない。それでも学校以外の時間は全てバイトに費やした。
限界だった。誰にも相談できずに搾取されながら、自分のことは全て後回しで妹を守りながら生きていくことに限界が見え始めていた。
このおかしさを考えて何かを変えるよりも何も考えずに働く方が楽だと思っていた。
その頃には大好きだった妹との関係も少し変わったものになっていた。
自分でもわけがわからなかった。大好きな瀧奈のために働いているのに、瀧奈のことを俺は恨めしく思うようになっていた。
その矛盾した気持ちを抱えながら毎日を死んだように生きる。そしてある日のこと、瀧奈は自分も何か手伝いたいと言った。だが、俺はそれを拒絶した。
俺さえ犠牲になればいい。瀧奈は何もしなくていい。自由にしていればいい。
余計なことをすれば、アイツらが何をするかわからない。そう考えていたからだ。
きっと麻痺してたんだと思う。
手伝いたい、いらない、そんな問答が続いた。
そしてケンカになったところで俺は行き場のない感情を俺は瀧奈にぶつけてしまった。
──誰のために俺が頑張っていると思っているんだ。
そのケンカから瀧奈とは話さなくなった。それが最後の会話とも知らずに。
事件が起こったのは俺の誕生日だった。
妹と両親が乗っていた車が事故にあったと知らせが入った。
どうやら両親は大規模な窃盗グループに入って大金を手に入れようとしたらしい。
あのクズたちの話を真に受けるなら、瀧奈はどうやら少しでも家計を──俺の助けたくて両親を手伝おうとしたらしい。それが犯罪とは知らずに、ただの儲け話と聞いて。
その犯罪で使用した車が逃げる途中、事故を起こした。
亡くなったのは俺の妹だけだった。
◇
初めて聞いた新世くんの過去。
想像以上のことで絶句する。あまりに現実味のない話だ。
自分がいかに平和な世界で生きてきたのかを目の当たりにする。
気がつけば、自分の瞳から涙がこぼれ落ちていた。
────────
妹の名前を変更しています。瀧花→瀧奈。
瀧花だと瀧本翠花の略っぽく見えるなと思い……。何も考えずつけた弊害が……。
めちゃくちゃヘビーでシリアスな主人公のお話でした。
明かされる主人公の悲しい過去……! 主人公属性マシマシです。
いろいろ疑問も残る部分もありますが、それはまた後ほど。
さて、新世くんはなぜ一緒に墓参りしようと思ったんでしょうね。
よろしければご感想お待ちしております。
ちなみに胸糞なことに両親は生きています。
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