第96話 できない約束はしないこと

 俺が瀧奈のことを話し終えると翠花は静かに涙を流していた。


 俺自身、思い出すと今でも胸が張り裂けそうになる。


「きっと瀧奈は俺のことを恨んでるだろうな」

「…………」


 当然だろう。俺がちゃんと守っていれば、死ぬことはなかった。

 俺が瀧奈の申し出を受け入れていれば、こんなことにはならなかった。


 だけど、もう遅い。未来のことは分かっても、一向に過去のことからは逃れられない。


「悪かったな。一方的につまらない自分語り聞かせちまって」

「つまらなくなんか……どうして、新世くんは翠花をここに連れてきたの?」

「辛かったからかな」

「……え?」

「自分の中で抱えておくのがしんどくてさ。誰かに聞いて欲しかったんだ」


 本心だ。別に誰にも自分の過去を話さないという選択もできた。

 自分で言うのもなんだが、こんな過去を持つやつなんてそうそういないだろう。


 別に同情が欲しいわけじゃない。こういう話を聞けば、大抵のやつが同じ感想を持つ。だからそれ自体は別にどうだっていい。


「余計にわからないよ。だったら尚更なんで翠花なんかに……」

「その、なんかって言うのやめないか?」

「……」

「俺が翠花に話したかったんだ。翠花はさ、思っている以上に人に影響与えていること知ってるか?」

「翠花が影響……? そんなの……」

「ある。少なくとも俺はな。俺、好きなんだよ。翠花のバスケしてるとこ」

「──っ」

「いっつも楽しそうにやっててさ。女の子の翠花にこんなこと言うのなんだけど、何て言うか、少年みたいで。ずっとボールを追っかけ回して、何より楽しそうにしてる姿を見るのが好きなんだ」

「そ、それが何の関係があるの?」

「ここに連れてきたのは、最近翠花のしてるバスケが楽しくなさそうだったからだよ」

「……!!」


 思い当たることでもあるのだろうか。俺に言われて翠花は動揺したように見えた。

 でもまだ翠花の言う、ここに連れてきたはっきりした理由にはつながっていない。


「一人で限界まで抱えた結果がこれだ。翠花には後悔してほしくないんだよ。

一人で抱え込んで壊れていくのを放っておくなんて真似、俺にはできなかった」

「…………」

「俺と違って頼れる相手がいるだろ? だから辛い時は誰かにちゃんと頼ってほしい」


 かなり自分勝手な話ではあると思う。授業サボらせて、長々と昔話語っておいて、言いたかったことがこれ。

 ただ普通に言うよりかは、説得力が増したはず。

 こんな風に利用したことが瀧奈にバレれば怒られるだろうか。……いや、きっと笑って許してくれるな。


 そして先ほど翠花に言ったことに偽りはなかった。

 俺自身、辛かった。だから翠花に言ったように俺も頼ったのだ。考えないようにしていても忘れることなんて不可能だ。


「俺は頼った。翠花からしたら勝手な話かも知れないけど、他でもない翠花に聞いて欲しかったんだ」

「……っっ」


 純粋で明るいまるで俺とは正反対な太陽のような彼女に聞いて欲しかった。

 今は陰ってしまっているけれど、彼女の眩しさで俺の暗い過去なんて吹き飛ばして欲しかった。


「でも……翠花どうしたらいいかわかんないよ。新世くんの言う通り、最近はバスケしててもなんか……辛くって。先輩からの悪口も聞いちゃって、同じ部活内だし、どうしたらいいかわかんなくて……」


 衝突があった先輩からだろうか。翠花はそのことを誰にも話せずに抱えていたのだろう。

 先輩からの悪口を同じ部内の誰かに言えば、軋轢が生まれるかもしれない。そんなどうしようもない気持ちを一人で秘めていた。


 そしてその気持ちは俺にはよくわかっていた。

 俺も同じだったからだ。同じように先輩に疎まれた。


「ナツとケンカした時もそう。自分の中ではちゃんとわかってるつもりなのに、なんでか翠花のこと分かってくれないことが嫌で……本当はダメなのは翠花なのに。考えれば考えるほど、苦しくって……だからバスケだけやってればいいと思ったけど、やっぱり上手くいかなくって……」


 また翠花の啜り泣く声が聞こえてきた。あまり見たことのない翠花の泣き顔。

 それを見て、翠花にはやっぱり笑っていてほしい、そう強く感じた。


「どうやったら、またみんなで──チームで楽しくできるかな……?」


 確かな実績を残して、まとまって見えていたようで実は案外脆い。少しのヒビからボロボロと崩れ落ちてしまった。


「翠花ならできるよ」


 あんなに楽しそうにバスケをしていた翠花ならきっと大丈夫。今はほんの少し、自信をなくしているだけ。


「無理だよ……翠花なんかじゃ……それにどうすればいいのか、わかんない……」

「ぶつかってみればいい。本音で、自分の思ってることを。自分がどうしたいのかを」

「……」

「チームなんだ。自分を隠さないで本気でぶつかり合わないと、勝てるチームなんかにならない」

「……無理だってば。きっと本音をぶつけたって今より悪くなるだけで……前みたいにはならないよ……」

「自分に自信がないなら俺のことを信じてくれ」

「…………」


 押し黙る翠花の表情を見て、俺の中の覚悟が決心に変わる。


「じゃあ、約束しよう」

「……え?」

「翠花に信じてもらえるよう俺が約束する。翠花にもう一度、バスケの楽しさを思い出させてやるよ」


 自信たっぷりに俺は宣言し、翠花と一つの約束を交わした。


 ◆


 お墓参りを終えた私たちは、そのまま電車に乗って水原町へと帰る。

 帰りの電車は、来たときのように人がいっぱいなんてことはなく、座ることもできた。


 隣同士に座っていて別に気まずいことなんてなかったけど、私たちは無言だった。


 そんな中でずっと頭の中をぐるぐるといろんな考えが巡っていた。


 一つは新世くんのこと。

 想像を絶する過去を持つ、新世くんはどうやって立ち直ったのだろう?

 私が経験している辛さとは種類が全く違うけど、比べるまでもなく新世くんの方が途方もないほどの苦しみを味わったはず。


 どうやってそれを乗り越えたのか、それとも乗り越えられていないのか。


 ──他でもない翠花に。


「……」


 思い出して、顔が熱くなっていくのが分かる。

 あれってどういう意味だったんだろう?


 考えれば考えるほど、熱さとなって滲み出て消えていく。

 きっと深い意味はない。


 そう結論づけて、首を振って頭をクールダウンさせる。


 二つ目は、バスケ部のこと。

 これからどうすればいいか。考えはここに来る時とほとんど変わっていない。


 新世くんが私とした約束。


 本当にできるのかな?

 新世くんなら何でもできてしまいそうな気はしている。でもそれと同時に現実的に難しいこともあるということは理解しているつもりだ。


 それでもなぜか心はスッキリと気持ちは落ち着いていた。


 帰ったら、ナツに謝らなくちゃ。

 どうやって話しかけたらいいかとか、そんなことを考えていたらいつの間にか眠ってしまっていた。


 起きた時には、もう水原町についていた。

 新世くんからは、気まずそうに涎の後を指摘されて、また恥ずかしくなった。


 ◆


「新世、どうしたのかしら」


 今日も伊藤くんは学校へ来ていない。休み時間になって伊藤くんの席に座る優李ちゃんがそう呟いた。


「寝坊でもしたのかな?」

「かもしれないわね。アイツ結構朝弱いみたいだし」

「起こしに行ってあげればよかったかな?」

「あー確かにそうね」


 もう伊藤くんの手の怪我はすっかりと治っている。手が使えなかった期間、私と優李ちゃんは足繁く朝のお手伝いに通っていたわけだけど、今はそれが懐かしく思える。


「…………」

「七海? どうしたの、ぼーっとして」

「な、なんでもないよ!」

「もう、ただでさえ、いつもボーッとしてるんだから気をつけなさいよね!」


 そう微笑む優李ちゃんはすごく可愛く見えた。

 前から可愛かった優李ちゃんだけど、最近は一層魅力的に見える。


 そんな優李ちゃんを見て、小さくため息が出る。


「それにしてもまたサボった新世には、何か奢ってもらわないとね!」

「あれ、伊藤くん何か忘れてたの?」

「保健委員の仕事よ! ほら、今週は球技大会でしょ? だからその関係でね」

「保健委員も大変だね」


 球技大会。私と優李ちゃんはバスケに出場する。私はどちらかと言えば、鈍臭いけど優李ちゃんは、バスケ部に負けず劣らずの運動神経がある。クラスにも女バスの子がいるので、今年はもしかしたらいいところまで行けるかもしれない。


「そういえば、伊藤くんはサッカーだったよね」

「そう言ってたわね」

「応援できるタイミングあるかなぁ。女子バスケの時間と被ってないといいけど……」

「って言ってもアイツがやる気出してやるようには思えないけどね」

「それは言えてる」


 優李ちゃんの言葉に苦笑する。伊藤くんは体育なんかを見ていても運動神経は良さそうなんだけど、あまりやる気があるようには見えなかった。


「……にしても本当に来る気配ないわね。午前中は来ないかしら」

「すごい大胆な寝坊だよね」

「案外、他の女の子とサボって出かけてるのかもしれないよ?」

「「!?」」


 そこに話を割って入ってきたのは、中城くんだった。

 伊藤くんの前の席からこちらの話を聞いていたようだ。


「いい加減なことを言うのはやめなさい。いくらアイツでも学校サボってまでそんなことしないでしょ」


 それに優李ちゃんが食ってかかる。


「いや〜どうだろうねぇ……。結構伊藤くんって、いろんな女の子と仲良いじゃん? もしかしたらがありえるかもよ」

「そ、そ、そんなことあるわけないでしょ」


 中城くんは楽しそうだ。優李ちゃんは若干、声が震えている。


「もう、中城くん。優李ちゃんを揶揄ったらダメだよ!」

「あはは、揶揄ってるつもりはないけどね! ほら、こういうのはどう? 球技大会で頑張っていいとこ見せるとか。そうすれば、もっと伊藤くんに見てもらえるかもよ?」

「わ、私がなんで新世にいいとこなんか……そ、それもいいわね……」


 そこでチャイムが鳴り、優李ちゃんは自分の席へと帰っていった。


 私は曇ってきた外を見て、心の中で呟く。


 ──伊藤くん早く来ないかな。




────────


新世がしたかったこと伝わったでしょうか?

この辺りは何度も書き直しているのでうまく伝わっているか不安でもあります。


まぁ、要は俺も曝け出したんだから、そっちも曝け出せよなということですね。

曝け出した内容が激重でしたけど。


しかし、翠花を勇気づけるにはまだもう少し足りない様子。

頑張れ、新世!

後、翠花のヒロイン力がかなり上がっているような気がするぜ……。



いつもお読みいただきありがとうございます!

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