第97話 どうしようもならないことも偶にある
「はぁ? ダメに決まっているだろう」
午前の授業をサボって、登校してきた午後。俺はここ最近で最大のピンチを迎えていた。
「な、なんでですか!!」
「お前なぁ……二日前に出場する競技を変更なんて認められるわけないだろ。そういうのは最低でも一週間前に言うべきだ」
「…………」
正論すぎて、何も返せない!!
今は、職員室で俺が桐原先生に球技大会の出場競技をサッカーからバスケに変更してほしいとお願いしたところだ。
翠花に約束した俺は、球技大会でバスケをしている姿を翠花に見せるつもりだった。自分で言うのも恥ずかしいのだが、岡井さんによれば俺は翠花の憧れの人らしい。
あの頃、何を考えてどんな風にバスケに取り組んでいたかは全くもって思い出せないが、少しでも翠花に良い影響を与えられたらと思ったからだ。
しかし、結果は見ての通り。
あれだけ格好をつけて、
──翠花にもう一度、バスケの楽しさを思い出させてやるよ。
なんて啖呵を切ったくせにバスケそのものに出られないとは何事か。
まずい……。
どう考えてもまずい。え、このままじゃ俺サッカーで翠花にバスケの楽しさを伝えないといけないってことにならない? 無理すぎる。
スポーツの楽しさとかだったら、なんとかなったけど、言ったのバスケだぜ?
どうしよう……。
ここに来て、俺の計画のなさが露呈している。
「……なんとかならないっすかね?」
「無理だな」
「ほら、いつものみたいな感じに」
ラブコメの匂いがどうとか言ってるじゃん!
自分で言うのめっちゃ嫌だけど!!
「いつもの? 何を言ってるんだ、お前は」
どうにもなりませんでした。なんで今回に限ってそうなんだよ!!
「そもそももう人数は確定してるんだ。伊藤がその競技を抜けたら誰がその穴を埋める? そんなことよりも今日サボっておいてよくそんなお願いができるな」
「うっ、それは……」
「仕置きが必要なようだ。今日は資料室の掃除を頼むとしよう」
「……」
まじかよ。幸運の女神は俺に微笑んでくれない。ミイラ取りがミイラになってしまった。
◆
「いや、まじどうしよう」
放課後になって教室で頭を抱えていた。この後、先生から言い渡された通り、資料室の整理と掃除に向かうなければいけないのも憂鬱な気持ちを加速させる。
そんなことをしている場合ではないというのに。
それよりも早くバスケにどうにかして、出られるようしないといけない。
「おーっす、帰ろうぜサボり魔」
「なんだ、草介か……」
声をかけてきた草介が何か妙案を出してくれるとは思わない。
「なんだってなんだよ!? せっかく誘いに来てやったのに!」
「悪いけど、忙しいんだ。草介の相手してる暇はねぇ」
「つれねぇこと言うなよ。頭抱えてどうした? 何か悩み事があるなら言ってみ? 今なら女の子を紹介するだけで相談に乗ってあげるから!! お願い!!」
なんで相談される側が切実なのか。その願いは叶えられないけど、とりあえず相談はしてみても良いのかもしれない。翠花に言った手前、一人で抱え込むのはナンセンスだ。特に期待はしていないけど。
「いや、球技大会の種目をサッカーからバスケに変えたいんだけど、桐原先生に却下されてな……どうしたもんかと」
「なるほどなぁ〜。んなの、誰かと変わって貰えばいいじゃん」
「…………」
どうしてこんな当たり前のことを思いつかなかったのだろうか。無理と言われて頭がいっぱいになっていたのかもしれない。
草介の言う通り、誰かに変わって貰えば、先生の言う穴は埋まる。草介のことを完全に侮っていた。
「天才か?」
「だろ?」
ニヤリと笑う草介。いつもならイラっとする笑い方だが今日は何故か頼もしい。
後は変わってくれそうな人だが……。
俺は目の前の草介を見つめる。
「なんだよ、俺に惚れたのか?」
「気持ち悪いこと言うな。そうじゃなくて、草介、出場競技バスケだったよな?」
「おうよ!!」
希望が見えてきた! 草介はもしかして、俺がそのことで困っていることを分かってて声をかけてきたのか? 草介ってやっぱめちゃくちゃ良いやつだな。
「もしかして、俺と変わってくれたりするのか?」
「やだ」
「……」
しかし、俺に希望はいとも容易く打ち砕かれた。さっきの俺の期待を返せ。
「理由を聞いても?」
「んなもん、ここでかっこいいところを見せてモテモテになるために決まってんだろ!!!」
コイツ……!!
「で、てもほらサッカーだってかっこいいだろ? そっちでも活躍できれば、モテモテになれるだろ?」
「いやだ!!!」
「なんでそんな頑ななんだよ!?」
「だって、バスケの方が人数少ないし、狭いし注目されやすいじゃん」
「……」
草介め……。ある意味感心させられる。全くブレることのない。一貫性という言葉はこいつのためにあるのかもしれない。
「はぁ……わかった。諦めるよ」
草介がそこまでこの競技に掛けているなら仕方あるまい。動機は不純だとしても。
「まぁまぁ、落ち込むなよ、親友」
「ありがとよ。断ったのお前だけど」
「待てって。まだ他のやつに変わって貰えばいいだけだろ?」
「そうだけど……他に誰がバスケなのか知らねぇからな……」
「任せとけ! アイツだ!」
そう言って、草介は窓際で話している3人の男子グループを指さす。
「坂井はバスケに出るぜ。俺と同じチームだからな。余りで入ってたからそこまで思い入れもないはずだ。交渉してこいよ」
「ああ、さんきゅ!」
断られた時はどうしようかと思ったが、草介もたまには有益な情報を教えてくれる。
……草介への評価を改めなければならない。
「お礼は女の子紹介でいいぜ!」
やっぱ、改めるのはやめておこう。
席を離れて、坂井と呼ばれた生徒に俺は近づく。
歓談中のところを俺が近づいてきたので、坂井たちは話をやめて不思議そうに俺を見た。
「坂井、ちょっといいか?」
「おっ、転校生どうした?」
坂井は髪を茶色に染めており、口調も砕けているのでどこかチャラい印象を受ける。
だが、これでいて結構真面目なようで見た目ほど悪い印象にはなっていない。
そして未だに俺のことを転校生と呼ぶ。
「いい加減、転校生はやめてくれよ」
「悪い悪い! で、何か用か?」
「あー、えっと、球技大会のことなんだが……俺と出場する競技変わってくれないか?」
「伊藤はサッカーだっけか? 別にいいけど……」
よし! 俺は心の中でガッツポーズをする。しかし、それが早とちりだとすぐにわかる。
「ただし、条件がある」
「条件……?」
そんなうまいこと世の中は回らない。いいだろう、ギブアンドテイクだ。
「そう! 伊藤って、藤林さんと付き合ってるのか?」
「藤林……ってあの藤林か?」
俺は銀髪のギャルのことを思い浮かべる。
なんでそんな話に?
「なんで? 全然付き合ってないけど」
「っし! いや、だって伊藤、藤林さんと仲良いじゃん!」
俺が否定すると坂井はわかりやすく喜んだ。
「別に仲良いってほどじゃないけど」
「嘘つけぇ! だって、藤林さんが話してるの伊藤くらいじゃん」
……そうか? 全然そんなことないと思うが。最近は、優李たちとも話はしている気がするし。
「で、その藤林がどうした?」
「頼むっ! 連絡先を教えてもらえるよう取り計らってくれっ!!」
坂井は、手を合わせ懇願する。その顔は真剣そのもの。
「……連絡先って、そりゃまたなんで?」
「んなもん、好きだからに決まってんだろ!! 言わせんなよ!!」
こんなドストレートに誰それを好きだなんていう話をしたことがない俺は、面食らった。
真正面からそれを言えるってすごいな。
恥ずかしくないのか、と思ったが若干耳が赤い。
「そうそう。伊藤、俺からも頼むわ!」
「こいつずっと彼女いないからなー、協力してやってよ」
「今も藤林さんの話してたんだよな!」
「あっ、てめぇらやめろよ!」
そして周りにいた二人の男子生徒──宮野と増井も援護射撃をする。
それに坂井は更に顔を赤くする。
いい友達だな。まぁ、ともかくそれが条件なら仕方あるまい。元より断る理由もない。
「分かった。でも、藤林が嫌だって言ったら諦めてくれよ?」
「ああ、それでいいぜ! 断られても種目元に戻せとか言わないから!」
「じゃあ決まりだな」
俺と坂井の間で取引が成立した。
その後、うまくいったことを草介に報告し、資料室の片付けがあるということで別れた。
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