第98話 世の中ギブアンドテイクで回っている
草介と別れた後、先生に言い渡された通り、資料室へとやってきた。
資料室の机には、プリントや教科書、参考書などが乱雑に積み上げられており、幾つも山が出来上がっていた。
その量の多さに辟易しながらも、ゆっくりと片付けを始める。
積み重なった本を手に取り、空いている棚へと戻していく。
棚の上の方はそのままでは、手が届かないのでちょうどおいてあった小さな脚立に登り、一番上に跨って本を棚へ差し込んでいく。
「好き……か」
いくつか本を片付けている途中、先ほどの坂井の言葉が頭を過った。
坂井のあの時の真剣な顔つき。あれは、藤林のことを本当に好きなもののそれだった。
誰かを好きになるというのは、それだけで素晴らしくも尊いことだろう。
だけど、俺にはその感覚があまりわからない。
今まで他の人のことを、ましてや異性のことなど考える暇などなかった。
ここ最近でこそ、誰かのために忙しく動き回ってはいる。でもそれは好きだからという理由ではなく、ただなんとなくだ。
未来予知によって、変えられそうな運命の側にたまたま俺がいただけ。
だから、その役目は別に俺じゃなくてもいいはずなのだ。
好きな人と結ばれるために本気になれる。そういった行動ができる坂井の生き方を少し羨ましいと思った。
***
「えいっ!」
「うぉ!?」
本を直していると、いつの間にかこそっと入ってきた銀髪ギャルに脇腹を突かれた。
それに驚いて、脚立が揺れる。危うく転倒しそうになった。
「どう? 驚いた?」
「いや、危ないだろ!」
「ご、ごめん! ボーッとしてたから!」
思ったより、俺が怒ったことに彼女は、申し訳なさそうに謝った。
***
◆
新世に翠花のことを相談して数日。何の報告もないまま時が過ぎていった。
新世のことだから、何かしてくれてるとは思っているのだが、日に日に教室で見る翠花の元気がなくなっていくように感じていた。
翠花に勇気を持って話しかけても関係値の浅いあたしには話してくれることはなかった。
それどころか、同じクラスメイトで翠花と仲のいい、岡井さんともギクシャクし始めたのだ。
そして翠花が朝から学校へ来ない日があった。岡井さんは心配した様子だが、何も知らないと言う。
午後から来たことに安心はしたが、何故か新世もその日、同じくらいの時間にきたと風の噂で聞いた。
いよいよ我慢ならなくなったあたしは、新世を探して詳細を聞くことにした。
放課後になって新世を探そうと教室に行くとそこに彼の姿はなかった。
もう帰ったかと思い、玄関に向かうと、新世の友達……笹なんちゃらに会って、新世が資料室で掃除していると聞いた。
場所を覚えていなかったあたしがどうにか資料室に辿り着き、中を覗くと新世は脚立に登り、ボーッとしていた。
そんな新世を見て久しぶりにからかってやりたくなったあたしは、そっと抜き足差し足で近寄る。
しめしめ、気づいてないな?
心の中でほくそ笑み、その時を迎える。
そして脇腹に手を伸ばし── パシッ。
「……え!?」
まるでそれが来るとわかっていたように新世はこちらを見ないであたしの右手を掴んだ。
「ちょっ!? 危なっ!?」
「キャッ!!」
それに逆に驚いてしまい、あたしは手を引っ込めようとする。しかし、思ったより新世がしっかり手を掴んでいたせいで引っ張る形になり、新世は素っ頓狂な声をあげた。
「いった……」
「わ、悪い。大丈夫か?」
「うん、だいじょ──……っ!?」
眼前には、新世の顔。黒い目は吸い込まれそうなほど綺麗だと思った。
そしてすぐに恥ずかしくなり、顔を逸らす。
ちょっと待って、どういうこと!? なんで新世が目の前に!?
自分がどういう状況かわからず、頭が混乱する。
そしてすぐにあたしが新世に押し倒されていることに気がついた。
それからはさらに脳内がパニックになる。
「ど、どいてよ……!!」
「うぐぉ!?」
あたしに被さる新世を押し除ける。運悪く、顔にヒットしてしまった。
「はぁはぁはぁはぁ……」
息が荒い。顔も熱くて、心臓がバクバクする。男に押し倒された経験なんて今までなかったから、恥ずかしくて死にそうだった。
「ッ!」
あたしらしくない。それに気がついたあたしは少し息を整えてから、なんでもなかったようにいつも通りを装う。
「何? ヤリたかったの?」
「なんか焦ってない?」
「き、気のせいだし! そんなこと言って新世こそ興奮したんじゃないの?」
「押しのけておいて、それかよ。痛かったんだが」
「いきなり顔が目の前にあれば驚くに決まってるじゃん」
「悪い……って藤林のせいでこうなったんだからな?」
「そ、それはごめんだけど」
確かに脚立に乗っている人にすることじゃなかったかも。怒られて少し、反省する。
でもあそこでバレるとも思わないじゃん!
「それよりも俺に何か用か?」
「あっ、そうだった! 翠花のことどうなったか聞きたかったの!」
「あー、それな。ちょうどよかった。色々あって今度の球技大会、バスケに出ることになったんだけどさ」
「……何の話?」
「翠花を元気付ける話だ。それで、ちょっと藤林にお願いがあってな」
「お願い? 筆おろし?」
「…………」
「ぷくく……」
新世が黙るものだから面白くなって少し吹き出してしまった。
やっぱ新世をからかうのは面白い。さっきのは変な風になったのはやっぱり気のせいだったんだ!
「ごめんって。それでお願いって?」
「ああ、俺のクラスメイトに藤林の連絡先教えていいか?」
「……は?」
「実はな、球技大会で俺と競技を変わってもらったやつが、藤林の連絡先を知りたいらしいんだ。俺がよく話してるからってことでお願いされたわけだ」
「……意味わかんないんだけど」
正直言って、そんな知らない奴に連絡先を教えるつもりはない。なんであたしが知らない奴なんかに。
「無理強いはしないけど、そいついい奴なんだよ。今回も困ってた俺を助けてくれたし……ダメか?」
そう言われてもね……。
でもあたしが断ったら、新世は困ったりするのかな?
「あたしがそいつに連絡先教えなかったら、新世が約束守れなかった奴みたいにならない?」
「言い方……無理だったら無理でもいいとは言ってたけど……そりゃ俺の願いも叶えてくれたわけだし、できれば俺も向こうの願いは叶えてやりたいな」
どうやら新世はあたしの助けが必要ならしい。まっ、断ってもいいみたいだけど。
「ふーん……」
「なんだ、その顔……」
あたしに優位性があるこの状況に思わず頬が緩む。
「じゃあ、別にいいよ」
「本当か!?」
「でも条件がある」
「また……条件……」
何やら新世は項垂れている。
「貸し一つだかんね? 何かあったらあたしの言うこと聞いてもらうから」
「……聞ける範囲で頼む」
「にしし、考えとこーっと!」
その約束に楽しくなったあたしは、ウキウキ気分で資料室の外へ向かい、そして振り返る。
「じゃ、約束だからね。バイバーイ!」
「手伝ってくれないかよ……」
背後で何か聞こえた気がしたが、機嫌よくあたしは家へと帰った。
……そういえば、結局、翠花のこと具体的に聞くの忘れてた。
────────
久しぶりの紗奈回でした!
連絡先を教える交換条件だされちゃいましたね。
新世くんにはなんでも言うこと聞いてもらいましょうか。
そして新世くんはまだ恋心が分からない模様。女性陣は苦労しますな。
よければご感想よろしくお願いします!
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