第99話 球技大会の始まり

 翠花と約束して二日。本日晴天なり。

 それでも気温は6月だというのに30度を超えており、夏本番を迎える前に地面に落ちた蝉になってしまいそうだ。


 いやー、代わってもらってよかった。


 そう思わずにはいられない。

 この気温で直射日光を浴び続けていれば、間違いなく乾涸びてしまう。

 だけども体育館も体育館で熱が籠るのでこれまたしんどい。特に梅雨の時期なんかは、湿気で頭がおかしくなりそうになる。


 そんなことは置いておいて、本日は球技大会である。ちなみに二年生だけのイベントだ。


 ただの学校行事ではあるが、この学校の球技大会は毎年白熱するらしい。理由としては、優勝したクラスには、学食の食券が配られるから。

 お小遣いの少ない高校生たちにとって、この食券は何ものにも変え難いらしい。後、田舎ってことであまり娯楽がないことも関係しているのかもしれない。登山の時もそうだったが、こういうイベントを生徒たちは楽しむ傾向にある。


 俺の出場種目はバスケ。坂井と変わってもらえたことを桐原先生に話し、念願叶って、種目の変更が認められたのである。

 

 サッカーでバスケの楽しさを伝えることにならなくてよかった……。


 翠花と1ON1をしたことを除けば、まともに試合するのはおおよそ三年ぶりである。


「不安になってきた」


 誰にも聞こえないように小さく呟く。ちょっとの時間だったら大丈夫かもしれないが体育の時間以外にあまり運動をしていないので、試合なんかしたら途中でへばって足が攣ってしまいそうな気がする。


 それでも今日は足がちぎれてでも目的を達成しなければならない。


 翠花にバスケの楽しさを思い出させたい。

 そして俺の言葉を信じさせたい。翠花なら上手くやれる。そのことを教えてやらないといけない。


 そのためにあの日、翠花と約束を交わした。



「翠花にもう一度、バスケの楽しさを思い出させてやるよ」

「……どうやってさ」

「球技大会でバスケに出る。そこで優勝する」

「……それがどうして翠花の自信に繋がるの?」

「さぁな。ただ、優勝できれば、俺が言ったこと嘘じゃなくなるだろ? 翠花ならまたチームメイトと楽しくやれるってこと。その言葉を信じるきっかけにしてくれ」

「……優勝するなんて新世くんでも無理だよ。だって、バスケ部も出るんだよ? うちの男子バス結構強くて有名だし……」

「だからだよ。それくらいの難題じゃないと説得力上がらないだろ? 安っぽい言葉かもしれないけど、信じて欲しい。翠花のために優勝する。だから翠花が無理だと思ってる俺が優勝したら、翠花は俺の言葉を信じて勇気を持ってチームメイトにぶつかって欲しい」



 調子良くああは言ったが、実際のところ優勝は本当に難しいだろう。

 一クラス二チーム参加する球技大会では、八クラスあるので四チームを四つのリーグ戦に分ける。


 そこで一位抜けした四チームがトーナメントに残り、優勝を争う。ただの球技大会とは思えないほど、しっかりとした構成である。


 しかもそこには現役のバスケ部たちも参加してくる。そして俺のチームにいるバスケ部は0である。


 更に言えば、俺の足が途中で動かなくなるかもしれない。流石にここ数日、公園で遅くまで自主練はしたものの、全盛期には程遠い。


 そして体力面以外でも足に問題があるのだ。

 それは疲れでもなんでもなく、瀧奈が亡くなった後に負った怪我のせいだ。

 

 結構、ヤバくない?


「おお、どうした新世。元気ないじゃねぇか」

「そういうお前はやっぱテンション高いな」

「当たり前だろ!! ここで活躍してモテモテの未来が俺を待っているんだからな!!」


 この自信が羨ましい。というか、人に自信を与えようとして俺が自信なくなってちゃ本末転倒も甚だしい。

 ここは草介を見習うべきかもしれない。


「偶には草介も役に立つんだな」

「あたぼうよ!!」


 褒めているようでそうでもないが、草介は気にしていないのでよしとしよう。


「あんた、そんなんでほんと大丈夫?」


 声が聞こえてきた方を振り返るとそこには体操服姿の優李がいた。後ろには同じく体操服姿の倉瀬もいる。


「伊藤くん、おはよう」

「おはよう、倉瀬」

「なんで私には挨拶なしなの!?」

「……おはよう、優李」

「お、おはよう」


 なんだよ。ちゃんと挨拶したのに、変な感じになるな。まだ名前で呼ばれなれてないのかよ。


 そんな優李と倉瀬は二人とも長い髪の毛をしっかりと後ろで一つ結びにしており、運動モードのようだ。どちらもポニーテールがよく似合う。

 男って生き物は総じてこの髪型に弱いのかもしれない。


 それにしても今日は珍しく優李がやる気満々のように見える。


「珍しく気合い入ってるな。そんなにイベントごと楽しむタイプだっけ?」

「そ、それは、中城が余計なこと言うから……! ともかく、やるからには優勝目指してやろうと思っただけよ! 私の勇姿目に焼き付けときなさい!!」

「頑張れよ」


 そこまで言うのなら女子バスケも見ないわけにはいかない。翠花のことも気になるしな。


「……」

「どうした?」

「も、もしよ? もし私が優勝したら何かご褒美よこしなさいよ」

「ご褒美って命令口調でお願いするものだっけ?」

「と、ともかくよ! クラスのために貢献するんだからそれくらいくれてもいいでしょ!?」


 優李の言う通り、食券獲得のために優勝は大きなポイントになる。

 この球技大会では、各種競技での順位をポイント換算し、合計点で競うことになっている。


「じゃあ、俺が優勝しても何か褒美はあるのか?」

「そ、それは……いいわ! アンタが優勝したら、私が何でも言うこと一つ聞いてあげるわ!!」

「そりゃ大きく出たな。そんな約束して大丈夫か?」

「……っ、い、いやらしい命令はなしよ!?」

「しないから」


 自分で勝手に約束しておいて何てこと言い出すんだ。


「まぁ、いいわ。私が優勝したら何でも言うこと聞いてもらうから」


 いつの間にか俺からのご褒美も同じものに決められていた。別にいいけどさ。


「でも優勝ってかなり難しくないか? バスケ部も参加するんだろ?」

「そうね、でもこっちだって元バスケ部はいるのよ?」

「元バスケ部?」

「七海よ!」

「え!? そうなのか!?」

「えへへ」


 倉瀬は恥ずかしそうに頬をかいた。

 以外だった。倉瀬はどちらかといえば、運動はできないイメージだったから。


「そして元県大会ベスト8よ!」

「おお! ……なんで優李が偉そうなんだ?」

「それくらい七海はすごいってことよ!」

「そんな……全然だよ! それを言ったら優李ちゃんだってバスケ部じゃないのに、すごく上手じゃない! 元バスケ部の私から見ても遜色ないと思うよ」

「ふふん、だから優勝間違いなしよ!!」


 そうなのか。それなら可能性はありそうだな。それでも翠花次第ではありそうだ。

 言っちゃ悪いが翠花は現役だし、そんじゃそこらの経験者とは実力が大きく違うと思う。


「あ、せっかくだから七海もお願いしておきなさい」

「お願い?」

「そう、優勝したら新世が何でも言うこと聞いてくれるって」

「ちょっと待って」


 なんで倉瀬にまで範囲が広がっているんだ!!


「な、なんでも!? そ、それっておうちの切れた電球の取り替えとかもしてくれるのかな!?」

「そんなんでいいのか……」


 そのくらい頼まれればいつでも変えてやるけど、だいぶスケール小さいな。ここでも倉瀬の天然ぶりが発揮される。

 というか、それお父さんに頼まない?


「そんなのきっと新世ならいつでもやってくれるわ。それよりももっとすごいこと考えておきなさい!」

「えへへ、どうしようかな」


 一体どんなお願いをされるのだろうか。しかも二人とも同じチームだから優勝したら二人分聞かないといけないということになる。


「その話聞き捨てなりませんね!! 先輩、私も優勝したら言うこと聞いてください!!!」


 そして声をした方を振り返るとなぜかゆゆがいた。


「一年は、球技大会ないだろ。というか、もうすぐ授業始まるのになんでここにいるんだ」

「そんなの決まってるじゃないですか!! せんぱいのかっこいいところ見るためですよ! 私が応援したらせんぱい頑張れるんじゃないですか?」

「…………」


 悪戯っぽく微笑みながら、腕を組んでくるゆゆ。

 否定はしないが暑苦しいからやめてほしい。にしても本当に変わったなこいつ。前なら絶対授業サボってまでこなかっただろ。


「ちょ、ちょっと三谷さん? くっつきすぎじゃなくって?」

「あ、朝霧先輩おはようございますっ! でもこのくらい普通ですよ? よかったら先輩もどうです?」

「わ、私も!?」

「やめい!」


 俺はゆゆを冗談ごと振り払うと口を尖らせ、残念そうな顔をした。

 ……なんで優李まで同じような顔してんだ。


「それにしても三谷さん、あなた球技大会に出てないのにどうやって優勝するのかしら?」

「え? 先輩たちが優勝したら私も言うこと聞いてもらいます」

「そ、そんなのずるいわ!! あなた何もしてないじゃない!」

「はい。朝霧先輩頑張ってくださいっ!」


 ちゃっかり乗っかかりやがって。俺抜きで話進めないでくれる?


「あーらせっ!」

「ぬぉ!?」


 今度は何だ? と思ったら背中に物理的に乗り掛かってきたやつがいた。

 声からして藤林だ。

 藤林も珍しく球技大会に参加するようだ。どうせ、出席日数が足りないとかだろうけど。

 そしてこの背中に伝わる感触勘弁して欲しい。


「紗奈!」

「あ、おはよう。ゆうりっち! 何の話ししてたの?」

「私たちが優勝したら新世がなんでも言うこと聞いてくれるっていう話よ」

「へぇ〜何でも?」


 どんどん話が広がっていく。

 そしてニヤリと笑う藤林。何か良からぬこと考えてないか、こいつ?


「まっ、あたしは優勝しなくても聞いてもらえるけどね!」

「「……!!」」


 あっ……。


「どういうことよ、新世!?」

「どういうことですか、せんぱい!!」

「だ、だめだよ、伊藤くん! えっちなお願いは!!」


 本当に始まる前から疲れてるんだが。勘弁してくれ……。



────────


【お知らせ】

昨日より、カドコミ様よりコミカライズがスタートしております!

作画はYou2先生です。

是非、漫画になった新世や優理たちをお楽しみいただければと思います!


https://comic-walker.com/detail/KC_005690_S/episodes/KC_0056900000200011_E?episodeType=latest



コミカライズ、嬉しいものですね。よければご一読ください!

原作の方も引き続き頑張っていきます!

記念SSでも作ろうかと思いましたが、当日は無理でした……気力があれば書きます。


球技大会が始まる前にいい感じにみんなを絡ませられましたね!

コミカライズ含め、ご感想お待ちしております!


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