第93話 運命的な再会

「で、何が原因でケンカなんかしてたんだ?」

「うん……翠花ね。今日、練習中先輩たちとちょっといざこざがあったんだ」

「ああ……あれか」

「あ、見てたの? それでね、キャプテンからも注意されたんだけど、休憩から戻ってきても全然変わんなくて。流石に口に出したわけじゃなかったけど、態度に出てたっていうか……本人は自覚なかったんだろうけど」


 ……なるほど。それってもしかして、俺が余計なことを言ってしまったせいとかない? ちょっと不安になってきた。


「だから、練習終わってからも自主練に付き合って、タイミング見て翠花と話そうと思ってたの」

「それでああ、なったのか。何を言ったんだ?」

「……何も。ただ、バスケはチームスポーツだよって。自分だけがいくら頑張ったってダメなんだよって」


 真理だ。チームスポーツにおいても個は大事ではあるが、二の次でもある。よくプロバスケの選手たちがチームの状態を表す時、ケミストリーという言葉を使う。文字通り化学反応だ。いくら個が強くてもチームがバラバラであれば、その化学反応……相乗効果は生まれない。

 一人だけでは、相手チームには勝てないのだ。


「ああ〜失敗したなぁ〜。あんな風になるんだったら、言わなきゃよかったよ」


 岡井さんは大きくため息を吐き、頭を抱える。少し調子は戻ったとはいえ、それでもまだ悩みの種は消えない。


「そもそもなんで翠花は先輩たちといざこざがあったんだ? 普段、仲悪いのか?」

「まぁ……良くはないかな。って言っても先輩たちから一方的に何だけどね。翠花は良くも悪くもそういうの鈍感だから」

「まぁ、そんな感じがするな。先輩たちはなんでよく思ってないんだ?」

「それは……翠花にポジション取られたからかな」

「え、それだけ?」

「まぁ、それだけじゃないと思うけど、主な原因はそれだね」

「いや、でもそれって別におかしいことじゃないだろ? 仲良しこよしでやっているならともかく、実績ある部活で実力ある方が勝ち取るなんてよくあることだろ?」

「それもそう単純にはいかないのが、女子ってもんなのよ」


 まぁ、言いたいことがわからんこともないが……。

 男だって別にそういうこともあるだろうけど、それにしたってな。


「……嫉妬か」

「女子って面倒でしょ? でも翠花ってバスケに関しては天才の部類だから。そうなるのも分かる気はするよ」

「確かにな」

「翠花は一年の頃からスタメンにもなったし。だけど、先輩たちはようやく上の代の人が抜けてレギュラーになれるって矢先に翠花がやってきたわけだからね。先輩たちもそれまでかなり努力してきたっていうのもキャプテンから聞いてるし。先輩たちも最初はそうじゃなかったと思うの。だって、初めは翠花のこといっぱい褒めてた。これでうちのバスケ部ももっと強くなれるんだって。だけど……いつの間にか今みたいになってた」


 岡井さんはどこか遠い目をしている。もしかしたら彼女も似たような感情を抱えたことがあるのかもしれない。圧倒的才能を目前とした時、いかに自分がちっぽけな存在であるかを自覚する辛さを。


 だが、その才能も翠花の異常なまでに負けず嫌いの性格、そしてバスケに対する熱量によるものだ。

 その先輩たちも努力をしてきたのかもしれないが、翠花の努力を無視してのものだとしたらそれは間違っている。


「翠花はさ。好きならどこまでも頑張れるって思ってるんだよ。大好きだから頑張れる。頑張るから上手くなれる。失敗したらそれは頑張りが足りなかった。そう思ってるの」


 狂気的なまでのバスケへの愛。確かに好きというだけでそこまで打ち込めるのは一種の才能に違いない。

 

「それが自分だけに対してだったらいいんだけど、相手にも求める節がある」

「……それはしんどいな」


 翠花を非難するわけではないが、人には人の許容量というものがある。先輩もきっと努力しているだろう。だけど、どれだけ頑張ったって才能ある人に届かないこともある。その才能ある人が努力をしているなら尚更だ。

 努力で埋めようのないものもある。

 先ほど、翠花の努力を無視するは間違っていると、思ったが今の話を聞けばそれもまた間違いなのだ。

 だからこの辺りの感情整理はとても難しい。どちらが悪いってことはきっとないのだろう。


「それときっと翠花は……自分にはバスケしかないとも思ってるみたいなんだよね」

「あーそれは、ありそうだな」

「だから大会でシュートを外して、先輩から白い目で見られて。自分からバスケを取ったら何も残らないから……それに気づきたくなくて無理してる感じ。そんなことないのにね」


 岡井さんは少し悲しそうだ。


 翠花はよく『翠花なんかと』という言葉を使うことを思い出した。

 きっとバスケ以外に価値を見出せていないのだ。だから自分を卑下する。


 ……まるで、働いて親に金を献上することでしか価値がないと思っていた俺のように。


 だから自分の大好きなバスケで失敗して、侮られているのが我慢ならないのだ。今の翠花は周りが見えていない。そして純粋にバスケを楽しめていない。


 そんな翠花に気づいて欲しくて、翠花と言い争いになった言葉を言ったのだろう。


 何か悩みがあるなら、自分一人で頑張らないで頼ってほしい。バスケはチームスポーツなんだから、先輩もきっとわかってくれる。岡井さんはそう言いたかったはずなのだ。


 翠花が何に悩んでいるかはなんとなくわかった。だけど手詰まり感がある。

 きっと、岡井さんみたいに誰が翠花を諭したって逆効果になりそうな気がする。


「ああ〜なら、今の翠花をどうにかできるのかなぁ……」

「……あの人?」

「そう、翠花の憧れの人」


 あの翠花に憧れ……意外だな。そんな人がいたのか。


「面識はないらしいんだけどね。中学の時の新人戦で見かけた、別の中学の男子らしいんだけど」

「そりゃまたえらく、遠い人間関係だな」

「だよね。でも凄かったの覚える。私もその時、隣にいたから。翠花が夢中になってその人のプレイ見てたの。そりゃあもう、技術的なのもそうだけど、熱さとか、後は楽しそうにしてるところとか。いろんなこと含めて、翠花はその人のプレイに魅了されてた。だから今の翠花にその人のプレイをもう一度見せれたら、変わるかなって。翠花が人一倍頑張るようになったのもそれからだから」


 確かにそんな人のプレイを見れば、また翠花は変わる可能性がある。憧れている人……か。


「それが誰かは分からないのか?」

「難しそうなんだよね。それ以来その子見てないし……。次の大会ではいなくなってたの」

「そりゃ厳しいな。そいつの中学とか分からないのか? それがわかれば調べられそうなもんだけど」

「確か中学は、藤沢中だったかな? そこで6番つけてて……えっと名前も調べたんだけど、忘れちゃったな。ほ、ほ、ほり……」

「……堀江」

「そう! 堀江! 昔、その人のこと少し調べたんだけど出てこなくって。……って伊藤くん知ってるの?」

「……まぁ。知っていると言えば」

「知ってるんだったらさ、どうにか何ない!? 呼び出して、一緒に1ON1するとかさ!! そうすれば、また翠花の悩みも吹き飛ぶかも!」


 岡井さんは慌てたように俺の肩を激しく揺らした。


「お、落ち着けって! でもそいつもうバスケ辞めてるぞ?」

「そうなんだ……でもさ、ちょっとどうにか何ない? お願い……!」


 岡井さんは、手を合わせて懇願する。こんな風に頼まれて断れるだろうか。


「……はぁ、期待はしないでくれよ?」

「うん! わかった! ありがとう!! でも伊藤くんがまさか知り合いなんて。こんな偶然あるもんなんだねぇ。じゃあ、それでお願い! 私の方ももう一度翠花と話してみるからさ」

「ああ、その方がいい」

「うん……仲直りしなくちゃね……!」


 その表情には自分や親友の問題が解決に向かい始めた明るい兆しが見えた。


「じゃ、そろそろ帰ろうかな」

「……で俺の金でジュースを買ったのはなぜ?」

「あ……ばれた?」

「流されそうだったけど、ずっと覚えてたわ」

「まぁ、それだけの価値がある話ができたってことで……どう?」

「……」


 うまいこと言いやがって。それで言ったら500円以上の価値がある話だったからこっちが払うまである。


「仕方なしだからな?」

「あはは、今度奢り返すから!」

「絶対だからな?」

「怖いって」


 数100円でも金の恨みは重いぞ。

 ……とはあれ、翠花のことでいい話ができたのは、間違いない。

 後は、どうやって動くか、だな。


 約束を取り付け、岡井さんを見送った後また降り出しそうな空を見上げて急いで家への道を歩く。


「偶然ねぇ……。そんなことってあるか?」


 偶然というべきか、奇跡というべきか。そんな出来事に少しだけため息がこぼれた。


「堀江……か」


 俺のクソ親父の名字。そして俺が以前まで名乗っていた苗字。


 翠花の憧れの人……それは俺だった。


──────


シリアス回です。翠花がぶつかっている壁、お分かりになりましたでしょうか。この辺は書くのが難しかった。上手く伝わるといいですが……。


そして運命的な出会いだったというわけですね。

主人公がどんどん主人公らしくなっていきますね。最近は喜んで面倒ごとに首突っ込んでいるまであります。


よければ、ご感想お待ちしております!!

もっといっぱいもらえると嬉しいなッ!

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