第92話 太陽少女の親友

 岡井さんとは、ゴールデンウィークで話しをしたのと、この間連絡先を交換してから少しやり取りをした程度でそこまで仲がいい訳ではない。


 そんな彼女と二人きりで下校とは。


「い、いや〜この時期はジメジメして嫌だよな」

「……だね」

「…………」


 気まずい。

 岡井さんはいつもの調子とは程遠く、会話にキレがない。岡井さんもどちらかといえば、騒がしい……快活で明るいタイプだ。しかし、それが今はどんよりとした重い空気が漂っている。


 理由はわかっている。さっき翠花と喧嘩したからだ。


 そこに出会した俺は、そのまま岡井さんを誘い、一緒に帰ることになったのだが。


「…………」

「…………」


 こんな空気になるなら誘わなければよかったと若干後悔する。

 それでも喧嘩した理由や翠花のことを聞くため。そう自分に言い聞かせて何とか会話を繋げようとした。


 しかし岡井さんはさっきから何を考えているのか、一向に話そうとしない。会話を振っても先ほどの通りである。


 ……誰か助けて。


 そんな俺の助けに応えるようにいつものやつがやってくる。


 ***


 ──プァン。


「キャッ!!」

「冷た!?」


 ***


 あ、これ最悪だな。車に水溜りの水を引っ掛けられるやつ。

 そして予知した未来は思ったより、すぐにやってくる。

 後ろから明るい車のライト。それに気づいた俺は、反射的に岡井さんの腕を引く。


 ──プァン。


「危ない!」

「キャッ!?」


 車のクラクションと岡井さんの悲鳴は同じ。だけど結果は違う。

 間一髪のところでびしょ濡れを回避した。


「……ちょっと、伊藤くん?」

「わ、悪い……」


 ただ、ちょっとその弾みで岡井さんを抱き寄せる形になってしまったのは想定外である。

 ……わざとじゃないぞ!

 岡井さんに言われ、俺は慌てて離した。


 岡井さんは若干顔を赤くしてジト目で言い放った。


「もしかして、こうやっていろんな女の子にちょっかい出してたりする?」

「…………」


 違うとは言い切れないのが悲しい。それでもちょっかいというのは語弊がある。

 そしてちょっと間を置いてから否定の句を述べる。


「してないから」

「……ぷっ、あはははっ!」


 そんなにおかしいこと言ったかね? 一体なぜ笑われているのか、わからないまま笑いが止まるまで無言で待った。


「くふ。くくっ、あはははははは!! 何今の間? それって図星ってことじゃん!」

「いや、本当に違うから」

「くふふ……ひーひー、お腹痛い……!」

「……笑いすぎじゃない?」

「ごめん、ごめん。なんか想像付くなーって思って!」


 俺ってもしかして学校でそんな風に思われてんの? 女の子にちょっかい出しまくってる転校生。……嫌すぎるぞ。


「ごめんって! それはそうと……ありがとう」

「……どういたしまして」


 若干、ぶっきらぼうに返してしまった。


「あはは、流石に拗ねた? ごめんね、気を使わせちゃって! なんからしくなかったね。ごめんごめん!」


 またからかわれた。

 それでも暗い表情をしていた先ほどのことを思えば、いいきっかけになったかもしれない。


「……まぁ、翠花と喧嘩したばかりだったしな。気持ちは分かる」

「ほんと〜? じゃあ、私が今何考えてるか分かる?」

「わ、わからない」


 近い……!


 いきなり顔を覗き込まれてギョッとする。いきなりなんだ!?


「伊藤くん。今、小銭持ってる?」

「あるけど……」

「ちょっと貸して!」


 俺が答えると岡井さんはゆっくり顔を離す。

 一体なぜ……? という疑問に首を傾けながらも言われた通り、財布から小銭を出して渡す。

 どれくらいの小銭か言われなかったので、偶然入っていた500円玉さんにご登場頂いた。


「もしかしてマジックでも始めるつもりか? 一万円になるとか? だとすれば、めっちゃ500円玉用意するぞ?」

「まぁ、見てて! ありがと!」


 岡井さんは500円玉を受け取るとお礼を言って、まっすぐに歩いていく。

 そして自販機の前に止まり、問答無用で投入した。


 ピッ……ガタンガタン。チャリンチャリンチャリン……。

 ピッ……ガタンガタン。


「ええ……」


 あまりに自然に人の金でジュースを買うものだから何も反応できなかった。

 500円玉は一万円になるどころか、二本のペットボトルへと変わった。

 わーお、すげぇマジック。


「はい! どっちがいい?」


 差し出されたのは、ポ⚪︎リとコーラ。

 炭酸至上主義である俺は、迷うことなくコーラを選ぶ。


「ちょっと長くなりそうだからそこ座って、飲みながら話そ? これお釣り!」


 岡井さんは、近くにあったベンチを指差し、そう言った。


 ……これって俺の奢りなの?


 言いそうになったところをグッと我慢した。


 ◆


 改めて二人で若干雨で湿った木のベンチに座る。ちょっと気持ち悪い。

 では早速、本題に入ろう。今日俺が誘った理由は、翠花との喧嘩の理由だ。


「伊藤くんの聞きたいことも分かるんだけどさ。その前にこっちから聞いてもいい?」

「……別にいいけど」


 何だ、急に。俺に聞きたいことって。好きなタイプとかじゃないだろうな?

 女子と二人きりの時にそんなこと言われると妙に緊張する。


「この前、伊藤くんと翠花遊びに行ったと思うんだけどさ。リフレッシュのために遊びに行ったはずなのに余計におかしくなって帰ってきたのは、何で?」

「ぐっ」


 全然違った。好きなタイプとか考えてたの恥ずかしい。草介みたいなこと考えてたわ。


「ほら、普段通り振る舞ってるように見えて、全然そんなことなかったからさ」


 さすが親友か。よく見ている。俺もそこに違和感は覚えたが、確証はなかった。それにしても耳が痛い話だ。何かあったことは間違いないが、俺が聞きたい。


「もしかしてなんだけど……変なことした?」

「……変なことってなんだよ」


 あの日、普通に映画見に行って、普通にカフェ入って話してただけ。

 変なところはなかった……と信じたい。なかったよね?

 落ち着くためにコーラを開けて、口に含む。


「えっちなこととかしてない?」

「ぶっ……するわけないだろうが!!!」

「うわっ……」


 何言い出すんだ、いきなり!? コーラ全部飛び出たわ!!! 後、お願いだから引かないで。


「ほら、翠花ってそういうの耐性ないじゃん? それに男の子ってやっぱり狼って言うし……。二人きりになったらやっぱりそういうことしちゃうのかなって」

「誰が狼だ」

「だって、さっきも抱きしめられたし?」

「いや、事故だから」

「ええ〜?」

「疑いの目で見るな」


 俺は一体どんな人間だと思われているのだろうか。危険人物すぎない?


「ごめんごめん、からかいすぎた。ただ、本当になんでかは知っておきたくて」

「……何があったか、って言っても俺は何もしてないんだ。普通にカフェ一緒に行っててちょっと席外して帰ってきたら、急に帰るって言い出してな。俺も理由が知りたいくらいだ」

「……え、それって単にデートで女の子を放置したから、怒って帰られちゃっただけじゃないの……?」

「……」


 否定しきれない……!

 そんな呆れた顔でこっちをみないでくれ! 違うから。違うはずだから……!


 悲しいことに俺は自身の身の潔白を示すためにも翠花の様子がおかしくなった理由を突き止めないといけないらしい。


「多分、違うから。本当に急にだったんだって」

「……ふーん。じゃあ、その席を離れてる間に何かあったってことかも」

「あるとしたら、それか」

「それじゃあ、結局わかんないね」

「……だな」


 あの時、未来予知で優李を助けに行かなければ、翠花はああはならなかったのだろうか。

 それでも、見えてしまった以上、優李を助けにいかないという選択肢は生まれない。


 最近は、どうも未来予知で全てがうまくいくようにはなっていない気がする。

 いや、元々か? 未来を変えた結果、ある程度のデメリットはあったわけだが。優李からのビンタとかね。


「じゃあ、私の聞きたいことはそれだけだから。じゃあ、はいどうぞ!」


 ようやくか。なんか本題に入る前にめっちゃ疲れたわ。からかわれすぎた。藤林ともまた違うタイプのからかいだな。


「じゃあ、聞くけど、今日はなんで翠花とケンカしてたんだ?」

「……うん。実はね──」


 そこから、俺は岡井さんに今日のことや翠花のことをより詳しく聞くこととなった。

 

 ────────


 まさかの岡井さんとのラブコメ回? 

 そして次回はややシリアス回でもあります。本当は1話予定だったんですが、話が膨らみすぎたので、分割しました。

 岡井さんはあくまでサブヒロイン位置ですが、翠花の活躍度合いによっては、面白い関係になるかもですね。


 よければ、感想いただけると幸いです!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る