第91話 熱量
翠花のことが気になった俺は、放課後バスケ部の練習を見に体育館へとやってきていた。
2階の観覧席から隠れるようにこっそりと眼下に広がるコートの様子を伺う。
今の時間帯は、コートを半面に区切って男子と女子でそれぞれ分かれて練習しているようだ。
体育館のコートはバスケコート2面分以上の広さがあるので、バスケ部だけでなく反対側にはバレー部なども練習をしていた。
練習の声やボールが跳ねる音、靴底の擦れる音が時折懐かしさを思い出させる。
「そこ、カバー!! 遅い!!!」
「簡単に抜かれない!」
「チェック!!!」
「あっ……」
「今のフリーです。決めてください」
「……」
女子の練習風景を見るとさすが地方大会出場を決めただけはある。ただの練習にしては熱量があり、激しさも感じる内容だ。
ただ、少しだけ不穏な空気も見て取れる。
今の場面は翠花のチームメイトが相手ディフェンスを抜き去り、リング前にカバーディフェンスが寄ってきたところにパスを捌き、味方のフリーシュートを演出した形だ。
だけど、シュートを放った選手は外してしまい、それを翠花が咎めた形。
おそらく先輩なのか、翠花が敬語で言われた後、少し睨みつけていた。
翠花もそれに気がついているのか、気がついていないフリをしているのか、さっさと次のプレイへと移行する。
「ルーズボール!!」
「キャッ!?」
「すみません」
「……っ」
今度はルーズボールに翠花が飛び込んでいった。明らかに間に合わない距離感だったが、そこを無理に翠花が突っ込んだ形だ。
先にいた部員に激しくぶつかり、言葉少なに謝る。
「……大丈夫か?」
一つ一つのプレイの完成度はそこそこ高い。チームとしての実力もあるように思う。だけど、少しずつある選手──翠花を中心に空気が悪くなっているのを感じ、心配になる。
その後もハラハラしながらも練習を見守っているとついに事件は起こる。
「……痛っ、ちょっと!! 今のわざとやったでしょ!?」
「やってません。地方大会出たらあれくらいの激しさ普通じゃないですか?」
「はぁ!? アンタさっきからなんなの!! それが先輩に対する態度なワケ!
?」
「別に普通ですよ。自分のプレイがうまくいかないからって当たらないでもらえますか?」
さっきから度々、マークマンとして翠花とやり合ってた相手だ。話を聞くに先輩のようだ。
プレー中に接触があり、先輩がそれに対して文句を言った。
バスケは体の接触ありきのスポーツだからマークマンに体を少しぶつけることも日常茶飯事である。酷いとファールを取られたりもするが、審判にバレないように引っ張ったり、押したりなど少しセコいこともしたりするものだ。
だから今の翠花のプレーに問題があったかと言われれば、あったともいえるし、なかったとも言える。
少なくとも無理やり相手に怪我を負わせるようなものではなく、少し相手のウェアを引っ張ったくらいだった。
ただ、その後が良くない。
怒る先輩に対し、翠花は悪びれる様子もなく、理路整然としていた。確かに間違ったことを言ってるわけではないと思う。相手の先輩もさっきからうまくシュートが入らなかったり、ボールをこぼしたりミスをしていた。
だからと言ってそこを指摘したり、相手を言いまかせようとするなんていうのは……なんというか翠花らしくない。
「ちょっと二人とも落ち着きなって!」
そこを一人の女子生徒が仲裁に入る。あれは確か、キャプテンの人だったか。
「大会前だからって言うのはわかるけど、少しピリピリしすぎだよ! こんなんじゃ怪我に繋がるし、いいチームプレイだってできないよ!」
「…………」
「…………」
キャプテンに言われ、反目し合う二人。
「あゆみ。あれくらいの激しさ上にいったらいくらでもあるんだから。それにうまくいってなくてイライラするのは分かるけど、それをプレイに昇華しないと!」
「……わかったわよ」
あゆみと言われた翠花の先輩は、納得できないような顔をしながらも頷く。
「それに翠花も。コートに入ったら先輩後輩関係ないっていうのは、普段から言ってるけど、それはあくまでプレイの話。それ以外では最低限の礼儀は持ちなさい。あそこで相手を煽るなんて翠花らしくないよ」
「……っ、すみません」
キャプテンに窘められて、翠花も少しシュンとする。
「それに少し熱くなりすぎ。さっきからあまり周り見えてないよ。自分がやるんだっていう積極性はいいけど、パスも出せるところに出さなかったり、無理やり突っ込んでる部分も多いから」
「……はい。すみません……」
「もう少し冷静にならないとね。じゃあ、もう少しで男子のコートの方も空くからそれまでみんなちょっと休憩! ほら、翠花もちょっと頭冷やしておいで」
「……わかりました」
キャプテンにそう言われ、翠花はとぼとぼと体育館の出口へと出ていく。
バスケットシューズを履いたままなので帰るわけではなさそうだが、その後が気になって追いかけることにした。
◆
体育館を出るとすぐの場所で翠花を見つけた。
給水機の水を飲み終わった翠花は、小さく深呼吸をしていた。
「翠花」
「……っ、あ、新世くん?」
俺がいるなんて思ってもいなかったのか、翠花は目を見開く。
「な、なんでここにいるの?」
「あー、ちょっと翠花の様子が気になってな」
「翠花の?」
「ほら、なんか前遊んだ帰りからやっぱり変な気がして」
「……!」
「なにかあったのか?」
「……別になんでもないよ」
少しの間が空いた後、翠花は視線を逸らして否定する。何もなかったような顔じゃないのは確かだった。
「なんでもなくないだろ。熱くなるのはいいけど、あんな翠花……なんというからしくなかった」
「…………さ」
「……え?」
「翠花らしいってなんなのさ!」
「っ!」
「ごめん、なんでもない! 翠花練習戻るね、本当になんでもないから!」
「あっ……!」
翠花はまるで俺から逃げるように体育館へと戻って行った。
「……やっちまった」
言ってからその言葉が不味かったことを理解した。
さっきの翠花が見せた表情は今まで翠花からは見たことのないものだった。怒っているような悲しんでいるような。
「俺のアホめ……」
不甲斐ない自分が嫌になる。なんとか元気付けようとした結果が余計に相手を傷つけてしまったようだ。
「翠花らしい……か」
なんなんだろうな。いつの間にか俺は翠花に自分がイメージする翠花の像を押し付けていたのかもしれないと反省した。
……でもそれなら翠花は一体何に悩んでいるのだろうか。
「もう一度、翠花に会って、ちゃんと謝ろう」
そう決意はしたものの謝って一体何を話せばいいかも分からない。ただ徒に時間を消費して待っていた。
「遅いな……」
あれからすっかり日も落ちて暗くなった。いつの間にか降っていた雨は止んで暗闇に曇天が広がっている。
体育館ではとっくに女子バスケ部の練習が終わっており、ちらほらと女子バスケ部の生徒が帰っていた。
だけど、翠花はまだ自主練を続けている。体育館からはボールの跳ねる音やシューズが擦れる音、ボールがネットを潜る音が聞こえてくる。
そしてそんな音を聞きながら欠伸をして待っていた時だった。
「なんでナツまでそんなこと言うの!?」
「ち、ちょっと落ち着いてよ翠花! 気持ちは分かるけど……」
「わかんないよ! ナツには翠花の気持ちなんて!」
人が少なくなった体育館から二人の言い争いが聞こえてきた。
いい争いの主はどうやら翠花と岡井さんのようだ。
喧嘩をしているなら仲裁に入らなければ……そう思い、その場で立ち上がった俺は体育館を覗こうとする。
すると中から出てきた人にぶつかりそうになった。
「うぉ!?」
「──っ」
ぶつかりそうになったのは翠花だった。翠花は俺を見ると目を見開いて、そのまま行ってしまった。
「翠花待って……! ってあれ……伊藤くん?」
「……お、おう」
そして追いかけてきた岡井さんと目が合って気まずく返事をした。
────────
長らくお待たせしました。
お久しぶりの更新です。かなりの時間が空いてしまい申し訳ありません。
プライベートが忙し過ぎてですね……。
翠花編は完結まで書き終えました。そこまで途切れることはありませんのでご安心ください。
後、15話ほどあります。6月は三日に一度くらいの頻度で更新していきます。
本当は新作とかも色々書きたいんですが、中々時間もなく……こちらの更新もできるよう頑張ります!
久しぶりなのでよろしければ、感想とかまた頂けると嬉しいです!
よろしくお願いします!
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