第90話 偽りの笑顔
おかしい。
何がおかしいってアレだ。
「あ、新世くん! おはよ!!」
「お、おう。おはよ?」
休み明け。翠花と変な別れ方をした翌日の日曜もそのことを考えていた。
どう考えてもあの時、俺が席を外して帰ってきてから翠花の様子がおかしくなった。
怒っている様子は見受けられらなかったが、別れ際の笑顔がなんとなく不自然に感じたのだ。
こう、ぎこちないというか……。
完全に俺が悪かったという線もないわけじゃないのでそのことも確かめるためにも、休み明けにとりあえず謝ろうと思っていたらこれだ。
登校して朝練明けの翠花との出会い頭。そこにはいつも以上に元気よく挨拶をする姿があった。
「あー、翠花?」
「どうしたの?」
「えっと……」
翠花はニコニコといつも通りの眩しい笑顔をこちらに向けている。
それには俺も思わず、戸惑う。
聞くべきかどうか迷った。でも聞かずにこの違和感を放置しておくのは良くない気がする。
だから俺は言葉を選びながらもこの前の話題を口に出す。
「この前──」
「あ、ごめんね! 土曜は急に帰っちゃって!! 実はさー、新世くんが席立ってから体調悪くなっちゃって!」
「体調?」
……そうだったのか? もしかして単なる思い過ごし?
「そうそう! だからあんな感じになっちゃったの!」
「えっと、風邪とか? いや、それだったらこんな元気に朝練できないか。じゃあ……」
「もう……新世くん。デリカシーないよ……?」
「ぐっ!」
またデリカシーがないって言われた。この前、優李にもノンデリと言われたばかりなのに……。え、そんなに俺っていつもデリカシーない発言してる?
いつもの自分の発言が気になってきた。
そしてそう言われたことで察した。
そう言われてしまえば、もう何も言うことはできない。
「あ、もうチャイム鳴るよ! じゃあ、またね!」
翠花が言ったタイミングでちょうど予鈴が鳴る。俺が呆気に取られているうちに翠花はもういなくなっていた。
「なんだかな……」
誤魔化された気がしなくもない。やっぱりあのいつも通りの笑顔には違和感があった。
◆
「どうした、伊藤新世? 相変わらずやる気のない目をしている割にどこかの女子のことで悩んでいる顔をしているぞ?」
「勘弁してください」
翠花の件は混迷を極めるばかり。
少しでも話せばわかることがあるかと思ったが、徒労に終わった。
ちなみに桐原先生の笑えない冗談はスルーする方向にする。誰がやる気のない目でどこかの女子のことで悩んでいる顔だ。
……強く否定しきれないところが尚更悔しい。
ちなみに先生がそう言った後、隣の席が少しガタッと騒がしかった気がしたがきっと気のせいだろう。
「というわけで久しぶりにだが席替えをしようと思う。今の席になって2ヶ月。同じ席では飽きてきた頃だろう。そろそろ新しい恋の発展に踏み出したくはないか?」
……全然何言ってるかわからんが、確かに席替えはしてなかったな。
ロングホームルームの時間に先生が突如として宣言する。それによって、クラスは一段と騒がしくなった。
中には喜ぶものや残念がるもの、様々だ。
俺もどちらかと言えば、残念な部類。窓側の後ろの方であるこの席は、先生からの死角も多く居眠りするにはもってこいだったからだ。
それに後ろには草介もいたしな。隣には優李も──
「ってなんでそんな不機嫌オーラ出してんだよ」
「別になんでもない」
隣の優李を見るとかなり不服そうだ。もしかして席替えが嫌なのか?
まぁ、優李も後ろ側だからわからんでもないが。
「朝霧は、新世と離れるのが──ほがっ!?」
後ろからチャチャを入れる草介に問答無用で消しゴムが投げられた。目に直撃したのか悶えている。
「べ、別に違うから。笹岡が言ったこと違うから!!」
そんな強く否定せんでも。
まぁ、優李とはこの2ヶ月歪み合ったからな。清々してるのかもしれん。
「へいへい。まぁ、そんな席替えくらいでピリピリすんなよ」
「してないわよ! べ、別に新世と離れたくないとか思ってないから!」
だそうで。そんな得意げな笑顔で言わんくてよくない。若干引きつっている気がしなくもないけど。
「よーし、じゃあそっちの席から順番にくじ引にこーい」
そうして先生の合図の元、席替えが実施された。
「えっと、よろしくね。伊藤くん」
「ああ、よろしく」
今度の隣は、倉瀬だった。比較的仲の良いメンツとばかり近くになるのは気のせいだろうか?
いや、嫌だというわけでなく、前回も草介や優李と近かったから誰かさんの思惑のようなものを感じないわけでもない。
特に前でニヤリとしている担任。
まぁ、俺もあまり他人とコミュニケーションが得意ってわけじゃないからよく話す倉瀬と隣なのはありがたい限りだが。
ちなみに席の場所はクラスのど真ん中。
良くも悪くもない場所である。
優李はというと一番前の右端の席。草介も一番前の左端の席へと移った。
視線を左右へ移していると後ろからトントンと肩を叩かれ、反応する。
「よろしく」
「……あんまりよろしくしたくないけど」
「いやだなぁ。意地悪言わないでよ」
話しかけてきたのは中城。ここ数回の会話で腹黒いことが確定している人物である。
「俺は仲良くしたいだけなのに」
「その笑顔がうさんくさい」
「あはは、女子には好評なんだけどね」
「……」
うざくなったので爽やかな笑顔を浮かべる中城の無視して前に向き直った。
「さて、席替えも終わったな。ここで諸連絡だ。一週間後、球技大会についてだな」
そういえば、もうすぐだ。ここ最近の体育の授業では、球技大会に向けて様々な球技に取り組んでいる。
バスケをしたり、サッカーをしたり。この前は卓球だったな。
自分が出る競技に絞って授業をすればいいと思うのだが、なぜかこの学校は競技を決めていても関係なく、いろんなことをやらされている。
曰く、出るスポーツに関係なく、基礎的なことは学んでおくべきというのが学校側の教育方針のようである。
後は、毎年ケガ人やらが出て代理で出ることもあるからとか。
そう言えばだけど、倉瀬って何の競技出るんだったかな。聞いてなかった。
「倉瀬って何に出るんだ?」
「…………」
え、無視?
「倉瀬?」
「…………」
「おーい、倉瀬ー」
「──っ、な、何かな伊藤くん!? 今日の晩ご飯はあんこう鍋の予定だよ!?」
「いや、聞いてない」
暑くなってきたのに鍋かよ。というか、あんこう鍋? 珍しすぎない? 普通に生活してたらあまりお目にかかれないタイプのやつ。
なんというか心ここにあらずって感じだったような。
「そ、それでどうしたのかな? 今日の下着の色?」
「いや、それも聞いてないから。普通に球技大会何に出るか聞いただけだから。周りに誤解を招く聞き返しやめて」
「あっ、球技大会ね! 私は優李ちゃんと一緒でバスケに出るつもりだよ!」
「あー、バスケね」
「伊藤くんは何に出るの?」
「俺はあれ。サッカー」
「サッカーなんだ」
「うん。まぁ、人数多いと端っこにいても目立たないかなって」
「あはは、伊藤くんらしいね」
ようやく倉瀬が笑う。しかし、なぜかさっきから会話をしているが俺と目が合わない。というか、ほぼ顔は正面を見てわざと俺を見ないようにしている。
……なんか嫌われることした?
「あ、倉瀬? 俺なんかした?」
「えっ!? い、いやしてないよ!?」
「いや、だって……こっち全然見ないし」
そんなに俺の顔が見るに堪えないってこと? 泣くぞ。
「そんなことないよ!! 新世くんの顔が醜くて生理的に無理とかそう言うわけじゃないからね!?」
「お、おう……」
生理的に無理までは考えてない。見るに堪えないよりもよっぽど辛い。まるでそう言っているように聞こえるぞ。
……じゃあ、なにゆえ。
「えっと、ほら。実は首寝違えちゃって!! そっち向くの辛いんだよね!! だから気にしないで!!」
首をわずかにこちらに傾けながら倉瀬はそう言った。
「分かった」
まるで取り繕うような笑顔だった。
──────
我ながらいいタイトルが付けれた気がします。
四人の笑顔が出てきましたね。
新世くんの悩みは尽きることがないですね。
ちなみに何者かの思惑というのは、先生ではなく作者のことだったり。
先生は別に仕組んでいませんから!
よろしければご感想をお待ちしております。
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