第28話 未来がわかったとしてそれが避けられないならば?
夕食の時間が終わり、後は風呂に入って寝るだけである。
風呂はグランピング施設の大風呂を貸し出しており、クラスごとに時間を決めて入る。
一日の酷使した体の疲れを温かい湯でゆっくりと抽出し、寝心地の悪い寝袋で寝る。
そうして、明日を迎えて家に帰る。これでこの一泊二日の林間学校は終わりだ。
「と思ってたんだけど、何これ」
時刻は九時前。俺たちに割り当てられたお風呂の時間は過ぎており、何ならもう入浴済みである。
じゃあ、なぜ? なぜ俺たちは外に出ているの?
「知らないわよ」
答えになっていない返事をしたのは、朝霧だった。
朝霧は口を尖らせており、やや不機嫌な様子が見てとれる。
手負いの獣ほど厄介なものはない。
「誰が手負いよ。声に出てんのよ」
おっと。
慌てて口をつぐんだ。
俺たちは今、二人きりでいる。
勘違いしないで欲しいのは、これは逢引ではない。よく修学旅行とかでカップルが人目を忍んで二人っきりになるやつ。断じてアレではないのだ。
なんてたって今いる場所は、山のど真ん中だからな。闇夜の中、片手に懐中電灯一本と風情もクソもないのだ。
そう、俺たちは今、肝試しに来ている。風呂へ入って、さぁ寝るかとなった時、担任の桐原先生から招集がかかった。
そしてだるそうに集まった俺たち四組の生徒に言い放った。
──肝試しだ。
確かに例年、キャンプファイヤーだとか肝試しだとか、それらしいイベントがあるとは聞いていた。
だけど、大体は風呂前に召集がかかって説明があるものらしいのだが、今回はそれがなかった。
だからてっきりないもんだと思って、ラッキーって思っていたのに。
「早く終わりにしよう」
「そう思うんならさっさと進みなさいよ」
くじ引きでペアになってしまった朝霧から命令される。若干作為的なものを感じずにはいられない。
懐中電灯は二人で一つしかないため、必然的に手に持っている俺が前になる。
「別に変わってくれてもいいんだぞ?」
「何? アンタまさかビビってるわけ?」
「ビビってねぇよ。この暗い道を当然のように先に俺を行かせようとしたのが気になっただけだ」
「小さいこと気にしてんじゃないわよ。それでも男?」
「男女平等の時代だ」
「平等ならどっちが行ってもいいでしょ? アンタがそれ持ってるんだから先に行きなさい!」
ああ言えば、こう言う……。
「分かったよ」
「あっそ。それならビビってないでさっさと進みなさい!」
「…………へいへい」
朝霧との喧嘩ほど生産性のないものはない。これ以上言い合いしても長くなると判断した俺は、言われた通り、足早に進もうとする。
しかし──ピタッ。
「…………」
数歩進んで、立ち止まった。
「早く行きなさいよ」
「分かったって」
朝霧から促され、もう一度歩み出す。
そしてまた──ピタッ。
数歩進んでからその場に止まった。
「…………朝霧?」
「何よ」
「ちょっと近くない?」
「は、はぁ? 何? 自意識過剰じゃない!?」
「いや、意味わからん。だから距離が近いって言ってんだよ」
「別に? アンタがビビってるかなって思って近くにいてあげただけよ」
「ああ、そうかよ。ありがとな。だけど、そんだけ引っ付かれると動きにくいからもう少し離れてくれるとありがたいな」
「なっ!? ひ、引っ付いてなんかないわよ!! こ、これでいいんでしょ!?」
そう言って半ば投げやりに朝霧は俺から一歩後ろへ下がった。
言うほど、距離は離れてない。密かに俺のジャージの袖を掴んでいるのも分かった。
「……もしかしてだけど、怖いのか?」
「…………」
「無言は肯定と受け取るぞ?」
「こ、怖くないわ」
「…………」
こ、怖くないわ(震え声)。
どう考えてもビビってるのは、朝霧だろ。こいつよくさっきまであの態度でいれたな。いや、怖さ故に虚勢を張ってただけか。
「まさか幽霊が怖いとか言わないよな?」
「ゆゆゆ幽霊なんて出るわけないでしょ!? 何バカなこと言ってんの!? ま、まさかそんな非現実的なもの信じてるんじゃないでしょうね?」
「……信じてねぇよ」
未来予知ができる俺が言うのもなんだけどな。
それより、朝霧が幽霊なんて非現実的なものを信じてるのは十分わかった。
……なんだこいつも可愛いところあるじゃん。
いつも理路整然とキツいことばかり言われてムカつくことも多かったけど、この姿を見れば、こいつも人の子ってわけだ。
袖を掴む手からはわずかに振動が伝わってくる。
いつものことを考えたら煽ってやりたいが、本気でビビっているようなのでやめておいてやろう。仕方あるまい。
「まっ、俺も暗いの怖いし、さっさと終わらせようぜ」
「や、やっぱりビビってるんじゃない。早く行きましょ」
「へいへい」
やっぱ調子いいな、こいつ。
それから俺たちは微妙な距離感で目的地へと進んでいく。
目的地は、そんなに遠くはない。グランピング施設のすぐ近くに一本道の山道がある。その一本道を進んでいけば、奥にはお地蔵さんがある。
いかにも、って感じで毎年肝試しにはうってつけの場となっている。
罰当たりな気もするが、施設の人も笑顔で雰囲気が出てていいですよ、だなんて言っていたからいいのだろう。
そしてそのお地蔵さんに教師陣がセットした何の変哲もない紙を持って帰ってくるのだ。
それがちゃんと辿り着いたことを示す証明書となるというわけだ。
道も一本道なので迷う必要はない。これのどこにビビる要素があるのか、聞きたいくらいだ。
俺たちは、懐中電灯の灯りを頼りにまっすぐに進んでいく。
先ほどから朝霧は無言である。
いつもキャンキャンうるさい朝霧が無言だとそちらの方が返って心配になると言うもの。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫に決まってるじゃない……」
こんな時でも強がるとは難儀な性格だ。
「まぁ、あれだったら無理すんなよ」
腰でも抜かされたら敵わないからな。この疲れた体にもう鞭打ちたくない。
「わ、分かってるわよ……」
声が小さくて聞き取りづらい。
そんなことを気にしながらも、前の方を照らし出すと前の方にお地蔵さんが数体見えた。
「お、アレじゃないか?」
「ひっ!? ちょ、い、一体じゃないの!?」
「っ!」
一々耳元で叫ぶから耳がキーンってなる。
無言だったり、叫んだり極端なやつめ。でも確かに数体並んでるとちょっとは雰囲気ある。
俺はビビりまくっている朝霧に気を止めることなく、お地蔵さんの元へと進んでいく。
心なしか俺の袖を引っ張る力が先ほどより、強くなった気がした。
「これだな」
祀られたお地蔵さんのうちの一体のそばに四組と書かれた小さなメモ用紙があった。俺は上に置かれた石留をどかして手に取った。
「と、取ったのなら早く帰りましょ」
「ああ、そうしよう」
***
ガサリと何かが草葉の陰で動いた気がした。
「キャッーーーーー!!!」
それに反応したのは半歩後ろにいる朝霧だった。
朝霧は、耳がつん裂くような悲鳴を上げて、飛び上がり、俺に向かって抱きついた。
突然のことで反応ができなかった。
「ちょっ!?」
「む、無理……ダメダメダメ……もう無理ぃ……」
なんとも情けない姿で震えながら俺を強く抱きしめる。
俺に伝わってくるのは、鼻腔をくすぐる石鹸のいい香りとそして女性特有の柔らかさ。
「ああああ、あそこ! あそこが動いたのぉ!!」
朝霧は震えながら、指を指す。俺もどうにか意識を朝霧からそちらの方へ向ける。
朝霧があまりにも怖がるものだから、ついつい俺まで何かが出るのではないかという気にさせられ、固唾を呑んだ。
──にゃぁ。
猫だった。
「…………」
「…………」
それに気がついたのは俺だけでなく、朝霧も同時だった。
「な、なんだ猫かぁ……」
安心した朝霧は改めて、自分の置かれた状況を確認する。
自分が俺に腕や足を絡めて、抱きついており、顔がほんの数センチ先にしかないことを自覚した瞬間だった。
「〜〜ッ!」
まるでボンと爆ぜるかのように顔を真っ赤にさせて、俺から勢いよく離れた。
***
「は、早く……何してるのよぉ……」
……とんでもない未来見えてんな。
え、これどうすんの?
猫にビビった朝霧が俺に抱きついて、恥ずかしくなるってベタ過ぎないか?
しかし、はっきりと覚えている未来での感覚。まるで体験したかのように記憶に残っている。
思い出して、顔が熱くなる。
いやいや、何を考えてる。来るべき未来が分かっているなら避ければいいだけだろう?
だけど、あれはいつ起こるものか、タイミングかわからなかった。
でももし、タイミングが分かったとして、それを避けてしまったら?
朝霧は咄嗟の判断で反射的に近くの俺に抱きついたのだろうが、いる恥ずべき場所に俺がいなかったら?
朝霧は空振り、その場に勢いよく倒れて怪我をしてしまうかもしれない。
それってどう考えてもよくない。
よ、避けれない……?
分かっていて、朝霧の抱擁を受け入れなければならない?
そんな朝霧の香りや息遣いを思い出して、また一気に顔が熱くなった。
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