第29話 私とアイツは似ていると思った
私、朝霧優李は今、恐怖に耐えていた。
元々暗いところは好きじゃない。それに加えて、ホラーとかいうジャンルが心底苦手だ。
そんな私が今いる場所は、真っ暗な山の中。そして後ろには複数体のお地蔵さん。こんなことを言ったらバチが当たりそうだけど、気味が悪い。
今は前にいる男がもつ一本の明かりが頼りだった。
しかし、その男も今はなぜか固まっている。
「ちょ、ちょっとやめてよね!? わ、私のことビビらせようとか思ってるんじゃないでしょうね!?」
その男──伊藤新世とは仲がいいとは言えない関係である。まぁ、席は隣だし、男子の中では話す方なのかもしれないけど。
目の前の男は、私の呼びかけにも応じない。
え? 本当に? も、もしかして、悪霊に乗っ取られた!?
「ね、ねぇ!?」
心配になった私は必死で肩を軽く揺らす。
だけど、ソイツはうんともすんとも言わない。
じょ、冗談でしょ!? タチの悪い悪ふざけよね……?
でも本当に悪霊に乗っ取られたとしたら、近くにいるのは危ない。
距離を置きたいけど、一人でいるのも怖い。
私の頭の中は既にパニックに陥っていた。
「朝霧」
「あ、悪霊退散!!」
「うわ、なんだよ、いきなり!?」
私は話しかけられて思わず、目の前の男をポカポカと叩いた。しかし、効果は薄いようだった。
あれ? でも、よく見たら普通だ。こういう時って白目剥くもんじゃないの? ということは乗っ取られてない……?
「悪霊退散って……まさか、俺が悪霊に乗っ取られたとでも思ってたのか?」
バカにしたような顔でまるで自分の心を見透かされたように感じ、私は顔が熱くなった。
「は、はぁ? アンタが固まってるのが悪いんでしょ? 私が除霊してあげたのよ。感謝しなさい!!」
腹立たしさと恥ずかしさで強い口調で返す。
本当に悪霊が憑いていたらどうしようと思っていたなんて言えるわけもない。
「そ、それよりどうしたのよ? そんなところで固まって」
「あー、いや? なんでも……」
「何よ?」
「あー……」
なんとも煮え切らない物言いにいつもみたいに問いただす。だけど、アイツは何も答えようとしない。
私に言いづらいことでもあるのかしら……?
「な、なんでもないなら、いいから早く行きましょ」
コイツが何を考えているかわからないけど、今のところおかしな様子はない。
だから私は一刻も早くこの場を脱出することを優先した。
「ど、どうする? どうすれば回避できる?」
元の道を歩き始めても何やらぶつぶつと独り言を言っている。声が小さくて聞き取れない。
そう思ったら、顔を赤くしたりして、ブンブンと顔を振っていた。
一体なんなのかしら……。なんで急にそんな変な感じになるの……?
怖い。この行動の真意がわからず、余計に恐怖心を煽られていく。
「よし、これだ」
「な、何よ!? いきなり大声出さないでよぉ」
もう若干半泣きになっている。そのことをどうにかバレないようにしながら様子を窺う。
「聞いてくれ、朝霧」
「えっ!? な、何よ、いきなり……」
先ほどまでぶつぶつと言っていたアイツは、突然、振り返ると真剣な顔で私を見つめた。
いつもはやる気のない瞳が今はいつになく、真剣だ。
真っ黒なその瞳にまるで吸い込まれそうな感覚に陥る。
「言いたいことがあるんだ」
言いたいことがある……?
え、待って。これって、まさか告白!?
ちょ、嘘でしょ!? こんなところで!?
い、いくら私が可愛いからってまだそんなに仲良くもなっていないのに……っていやいや、私が七海以外と仲良くなるなんてあり得ないから! ましてや男子とだなんて!!
……分かったわ。もしかして、あれを狙ってるんじゃない? なんて言ったかしら……そう、吊り橋効果! 吊り橋効果よ!
恐怖心のドキドキを恋心のドキドキと勘違いしちゃうってやつ!
そういうことね! さっき固まってたのは私を怖がらせようとしてたってわけね。
というかいつからこいつは私のこと……?
「ッ!」
なんか気にしだしたら急に心臓が波打ち始めた。
違う、違う!! このドキドキはアレよ、アレ。暗いところで男と二人っきりだから……。
そうよ! こんな場所で男と二人っきりなんて逆に何されるかわかんないもの! 痴漢の前科だってあるし!!
私は恐怖してるのよ、幽霊とかじゃなく、このケダモノに!!
く、くるなら来なさい! 伊藤新世!!
「実は……」
ごくりと喉の音が鳴った。
さっきまでの恐怖心と今は緊張感で喉が渇く。
「あそこからもうすぐ猫が飛び出してくる」
「…………はぁ?」
少し間が空いて、気抜けた声が出た。
猫が飛び出してくる? 何それ。
「……アンタ、私をバカにしてる?」
真剣な顔をしているから何かと思えば……つまらない冗談だった。そんなことで私がビビるとでも思ってるのかしら。
何よ。ドキドキして損した。
「いや、本当だから。本当に出てきても頼むから飛び掛かってこないでくれよ?」
「私がアンタに? ふん、ないわよそんなこと。大体猫くらいビビるとでも思ってんの?」
随分と馬鹿にされているように感じる。お化けならいざ知らず、猫なんて。
「いや、ビビるから。間違いなく」
「何言ってるか意味分かんないけど、私を怖がらせようとするにはレベルの低い冗談ね。こんなところに猫がいるわけ──」
私は鼻で笑って、アイツが指差した場所を向かう。
この時はなぜかあれほどまでに怖がっていたのが嘘のように一人でも大丈夫だった。
──ニャァ!!
「ッ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
大絶叫してしまった。
まるでアイツの予言通り、猫が飛び出す。そして私の横を抜けていった。
アイツのふざけた冗談だと思っていた私は、突然のことに尻餅をついてしまう。
「…………ぁ」
我に返った時、振り返るとアイツと目があった。
──ほれ、言わんことない。
まるでそんなことを言っているような顔でこちらを見ていた。
は、恥ず……。
あれほど、レベル低いとかなんだとか言っておいて、このザマ……。しかもビビってないとか豪語しておいて、全力で悲鳴をあげてしまった。
もう、最悪……。アイツに明日からきっと今日のことをバカにされる。
あれだけ怖くないとか言っておいて悲鳴あげてたな、とか。絶対言われる。
と、ともかく。立ち上がって、こんな場所早く去ってやるッ!!
「──へ? あれ?」
そう思ったが腰が上がらない。
ま、まさか……?
「……どうした、朝霧?」
「…………」
私は何も言えなかった。これ以上、アイツの前で醜態を晒せない!
でもこのままじゃ……。
「まさか腰が抜けた?」
「……」
その問いに私は小さく頷いた。
◆
「…………」
「…………」
今現在、俺は腰の抜けた朝霧を背負い、元の来た道を戻っていた。
結局、こうなることになってしまい、背負う前に大きくため息をついたら、睨まれた。
誰のせいでこうなってんだよ、と言いたかったがやめておいた。
背負った朝霧は意外にも軽い。この前、背負った翠花も軽かったが、翠花よりも一回り身長の高い朝霧でも同じくらいに感じた。
……ちゃんと飯食ってんのか?
足細いし、それに……。
「ッ!」
思わず、背中に当たる感触に意識が言ってしまった。
いやいや、女性の重さを比べるなんてデリカシーのないマネはやめよう。
……でもそっちは意外とあるんだよなぁ……。
結局、抱きつかれるのは回避できたわけだが、これはこれでよかったかと言われると答えようもない。
お互い無言だった。朝霧は何かを言いたそうにしていたが、別にこちらからは何も言わなかった。
そういえば、さっきみたいにビビりまくって震えてるなんてことは無くなったな。なんでだ?
そんな事を考えていたらようやく朝霧が口を開いた。
「……さっきはなんで猫が飛び出してくるって分かったの?」
なんて答えるか迷った。知っていたから? そうは答えない。
「あー……俺、結構耳がいいからな」
迷った挙句だした答えはそれ。かなり際どいけど、こんなとこだろう。
「そうなの。でもそれで猫ってわかるもんなの?」
「まぁ、足音とかで? 特徴捉えるの結構得意だから」
「ふーん……」
口から次々に嘘が飛び出る。こういう時につく嘘はなぜかペラペラ出るんだよな。
朝霧は何か納得しないような顔をしていた。
「……」
「……」
また、お互いが無言になる。そしてすぐに朝霧がよくわからないことを言い出した。
「でもちょっと安心したわ」
「……んだよ、唐突に」
一体何に安心したというのだろうか。その疑問にはすぐに答えが返ってくる。
「だって、晩御飯の時のアンタ、ちょっとおかしかったじゃない?」
「──ッ!」
心臓が跳ねた。
自分でも驚きが隠せない。まさか、あの一瞬で俺の中の不調を見抜かれているとは思わなかったからだ。
「やっぱ、そうなのね」
「……なんでそう思うんだ?」
「そりゃ、今の反応見ればね。っていうか、アンタがしてた顔、私も知ってるから」
理由になっていない。
俺がしていた顔? 一体どんな顔をしていた? どんな顔もしていなかったはずだ。いや、むしろみんなに合わせて笑っていたはず。それが一体なんだってんだ?
「……それってどんな顔だよ?」
俺に言えるのはそれだけ。精一杯捻り出した言葉だ。
「はい! もう大丈夫だから下ろして」
「え、ああ」
俺の疑問に答えなかった朝霧を言われるがままにその場に下ろす。
朝霧の抜けた腰は元に戻ったようで、地上に降り立った彼女は体をぐっと伸ばしていた。
「やっと戻ってきたわね……! 長かった……」
肝試しも終わり。
向こう側には施設の明かりが見えていた。
「スマホ持ってる?」
「は?」
持ってるけど、いきなりなんだよ。意味がわからん。
「いいから持ってるなら出しなさい!」
「……分かったよ」
従わないとそれはそれで面倒くさいので、俺は小さくため息をつきながらポケットからスマホを取り出した。
「ラインやってるわよね?」
「やってるけど」
「これ」
朝霧は俺に向かって自分の連絡先のQRコードを向けてきた。
朝霧が何を考えてるか、全くわからん。
これをどうしろと……?
その行動の真意を読み取れない俺が固まっていると朝霧はイライラしたように言った。
「早く読み取りなさいよ!」
「お、おお……」
俺は言われるがままに彼女のQRコードを読み取った。
俺の端末には朝霧のアイコンが表示される。倉瀬とのツーショットでいい笑顔だった。
「で、なんでまた急に?」
この町に来てから俺のスマホに連絡先は二つしか増えてない。
一つは、保護者である綾子さんでもう一つは草介だ。
「アンタって、テスト前に誰かと一緒に勉強するタイプ?」
「……時と場合による」
今までそんな経験はなかったが。誘われたことがなかっただけで今なら誘われれば一緒にするだろう。
「そ。それなら、それが理由よ」
「わかりにくい」
「行間くらい読みなさい!」
だからそれが分からないと言ってんだが。
「アンタって、自分が困った時どうするの?」
「どうもしない」
昔なら自力でどうにかしていた。今は……分からないが正しい。
でもきっと、この
「ふーん……まっ、いいわ! さっさと戻るわよ!」
「あ、おい!」
朝霧は腰が抜けていたなんてまるで感じさせずに行ってしまった。心なしか、耳が少し赤かった気がする。
つまり、あれか? 困った時は相談しろってこと? ……あの朝霧が?
朝霧のよく分からない変化に戸惑いながらも俺はゆっくりと戻った。
結局、俺が聞いた質問の答えは教えてもらえなかった。
◆
やっぱりそうだった。
アイツは私と似ている。
アイツの過去を聞いたことはなかったけど、私の中でその確信が生まれた瞬間だった。
なんとなくだけど、そのことが私の中で嬉しかったのかもしれない。
多くは語らなかったけど、この登山でアイツのことをよく知れた気がした。
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