第23話 時には自分じゃない誰かのために
ようやくというべきか地獄のような登山が終わりを迎えた。
山頂で持参した弁当を食べた後、またそのままテントなどが張れる場所まで下った。
俺も弁当を作っていこうと思ったのだが、家に食材がなかったのでコンビニ飯だった。
それはさておき、下った先にはグランピングの施設があり、今夜はそこで借りたテントを設営し、宿泊する予定である。
外に調理をする場所も存在し、各自班ごとに夜ご飯を作ることになっている。
飯盒炊爨ということでメニューは定番のカレーだ。
到着した順から各班は食材を受け取り、準備を始める。
薪は施設にあるのでそこから自分たちで割って、火も用意する必要がある。
これがまた重労働であり、登山を終えた体に鞭を打たなくてはならない。
倉瀬に抱きついたという罪から、俺はその薪を一人で用意するという罰が課せられ、その間、残りのメンバーは具材の準備をするということになった。
草介はというと、俺がいなくなる間、女子を独占できると大興奮していたが、結局テントの設営をすることになり、その夢は叶わなかった。
そして今は二度目の薪割り終えたところだ。
実はすでに火は起こしていたのだが、火のつき方が悪かったのか、火力が弱く、念のため薪を追加で取りに行ったのだ。
調理場へ戻るとそこにはテントの設営を終えた草介がぐったりと座っていた。
「やっと追加の薪が来た! おせえぞ!」
「うるせぇ。疲れてんだよ、こっちは」
「こっちだって疲れてるわ!! なんで俺は罰でもなんでもないのに一人でテント設営なの!? そっちもしんどくない!?」
「知らん。終わったのか?」
「今夜は二人きりだな」
「気色悪いからやめろ」
どうやら無事終わったらしい。
「くだらない話してないでさっさと薪追加してくんない? これでうまく煮込めなかったらアンタのせいだからね」
「伊藤くん。お疲れ様。薪、ありがとね?」
そこへ朝霧と倉瀬が話しかけてくる。心なしか、朝霧は当たりが強い。そして倉瀬はいつも通り優しい。疲れた体に天使のような声が沁みる……。
ちなみに藤林は、今は元の組に戻っている。戻るときかなり渋っていた気がする。
俺は朝霧に促されるまま、薪を火に追加していく。
薪を追加すると徐々に火力が増してきた。
そして倉瀬は鍋の様子を確認する。
もう調理の工程はほぼ終わっており、後はご飯を炊き込み、カレーを煮込むだけである。
正直いうと、倉瀬も朝霧も料理できるイメージはなかったのだが、倉瀬は思った以上に料理には慣れているようで難なく、食材を切り分けていた。
迷子になった時、料理ができると言っていたのは嘘ではなかったようだ。
そして朝霧は……うん。豪快な切り口だった!
「何か言いたげね?」
「何も言ってないだろ」
「あっそ。ねぇ、暇ならテント立ててきてくれない?」
「は? テントなら草介が」
「あいつに女子のテント一人で任せられるわけないじゃない」
「あ、そう……」
テント立てるくらい信用してやってもいいのに。なんだか草介が哀れになった。
「にしたって、薪割り終えたとこだぞ」
「私たちも料理してたわ」
「ほとんど倉瀬がやってたよう──」
「いいから。私たちはこれ見とかなくちゃいけないの!」
ビシッと指された先には、飯盒と鍋。一人見てたらどうにかなりそうだけど。
「それとも何? 怪我してる七海にテント立てさせる気?」
倉瀬の足の怪我は軽症だが、無理はさせられない。それにあの天然具合だと安心できない、寝てる途中にテントが崩落するやもしれん。まだ未来予知は出ていないけど、十分に可能性はありうる。
「朝霧は来てくれてもいいんじゃないか?」
「私はまだ七海にしたこと許してないんだからね?」
「お前が倉瀬と仲良いのは分かったけど、倉瀬ならもう許してくれただろ」
「ダメ。七海は優しいから。あの子が怒れない分、私があの子を守ってあげないといけないの。ケダモノから」
誰がケダモノだ。
そうツッコミたくなったが朝霧は真剣な表情だ。きっと、朝霧の言う通りなのかもしれない。倉瀬は、誰に対しても優しいし、嫌なことがあっても表に出すことはなさそうだ。だけどその分、一人で溜め込んでしまうということもあるだろう。
だからそれを朝霧が代わり務めることによって、うまくやってきたのかもしれない。
「言っておくけど、私の目の黒いうちは七海に手を出したら許さないんだからね?」
「……肝に銘じておく」
流石にそれはないだろうよ。
「分かったなら、テントよろしく」
「……はぁ、了解」
朝霧が行かない理由はわからなかったが、ここで言い合いを続けても無駄だと思い、仕方なく女子分のテントの設営に行くことにした。
「草介、手伝え」
「ムリ。オナカスイタ。ウゴケナイ」
草介を誘っていこうとしたが、草介はイスに座り込んで動かない。
仕方ない。無理やり連れて行こう。
「ちょっ!? いだだだだ! 無理やり引っ張るなよ!?」
「いいからこい」
「いやだぁ! 俺はお前がいない間に、朝霧と倉瀬を堪能するんだぁ!」
草介は激しく抵抗する。流石にその理由はどうかと思う。聞かれたらドン引きじゃ済まないぞ……?
「この──っ!?」
もう一度、強く引っ張ろうとした時。また脳内に一瞬のうちに映像が駆け巡った。
***
「うわっ! うまそ! それ倉瀬と朝霧が作ったの?」
「いいなー食べてみたいなー。絶対うまいじゃん!」
「なぁなぁ、倉瀬と朝霧、俺たちと一緒に食わね?」
調理場に残された朝霧と倉瀬に別のクラスの男子が話しかけていた。
俺たちがいなくなったことをここぞとばかりに狙っていたようだ。
「無理」
「あはは、ごめんね? これ、班のみんなで食べる分だから」
朝霧は心底不快そうな顔で、倉瀬は苦笑いを浮かべて断った。
「え? いいじゃん! たまには、俺たちも倉瀬たちとお話ししたいし!」
「そうそう! 他の人らの分なら俺らの上げればいいし!」
「あ、いいな、それ! そうしよ!」
朝霧たちの反応も置いてけぼりで話を勝手に進める三人組。
いい加減、朝霧がキレそうなところだった。
***
「…………」
なんだ今の。
変な感覚だった。いつもなら未来の自分がその光景を見ていることが多かった。
だけど、今回のは全く俺が介在していない場面での出来事。
まるでテレビでその一場面を見ているような……。
面倒なことが起こることよりもそちらの方がなぜだか、気になった。
とはいえ、今はそんなこと気にしてる場合でもない。
俺が草介を無理やり連れていけば、この未来が起こりうるということだ。
俺がいない場所での面倒ごとではあるが、一応、班員だしな。
帰ってきた時に、不機嫌な朝霧にあたられても面倒くさい。
「急にぼーっとしてどうしたよ?」
「仕方ない。草介」
「お?」
「俺、一人で行ってくるから倉瀬たちのこと任せたぞ」
「なんだ急に? さっきまで無理やり連れて行こうとしてたくせに」
「いいから任せた。頼りになる男はモテるぞ」
「っ!? そういうことか!! 何を任されたか分からんけど、任せろ!!」
こうして、俺は一人で女子側のテント設営に行くことになってしまった。
女子二人を残して、ああなるなら草介でも置いておけばいいという結論に至ったのだ。
頼りないけど、あんだけ焚き付けておけば、他のクラスの連中が来ても大丈夫だろ。
「うおおおお!!!! やるぞ! 俺はやるぞー!!!!」
「うっさい!!」
「はぎゃあ!?」
遠くになった調理場から騒がしい声が聞こえた。
……大丈夫だよな?
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