第22話 爆弾処理班を呼んでください。

 どうやらチェックポイントに着いたようだ。

 倉瀬との道中は大変なものだった。


 なぜかしょっちゅう未来が見えて、その度に倉瀬が危ない目に遭いそうになるものだからヒヤヒヤした。


 蛇が出て噛まれそうになったり、蜂に追いかけそうになったり、転がり落ちそうになったり……いろいろだ。倉瀬は何か引き寄せてるのか、と疑いたくなるレベルである。


 極め付けは最後。

 実を言うと、最後の方は通常の山道へ戻ってきているような気がしていた。

 倉瀬にそのことを伝えようとしたところで、俺は未来が視えた。


 その未来を回避するため、倉瀬の腕を引っ張ったのだが、結果、それはそれで別の未来を引き寄せてしまった、と言うわけだ。


「ふむ」

「……な、なんすか」

「いいや、何も」


 見られてはいけない場面を桐原先生に見られてしまった気がする……。

 先生は意味ありげな表情を浮かべて、小さく笑った。


「お、新世! 無事だったか!!」

「新世!」

「七海!!」


 そして先生の後ろから遅れて、草介、藤林、朝霧がやってきた。

 草介と藤林は俺の元に、朝霧はいの一番に倉瀬の元に向かう。


「流石、相棒だ。倉瀬を無事見つけて帰ってくるなんて見直したぜ! それで、何かハプニングはあったか?」

「……。ねぇよ」


 あったと言えばあったがこいつには絶対に言わん。最後のことも言えるはずもない。


「新世って結構、お人好しだよね」

「急になんだよ」

「ベーつに! 誰にもそうなのかなって思って」

「……?」

「なんでもないって。無事でよかった」


 イマイチ藤林の言っている意味が分からなかったが、藤林なりの心配の仕方なのだろうか。


「七海! 大丈夫!? 怪我はない!? 心配したわよ、バカ!!」

「ちょ、優李ちゃん!? だ、大丈夫だよ! わっ!?」


 一方、朝霧は五月雨に倉瀬に心配の言葉をかけ、返事も待たず抱きしめた。

 朝霧の焦燥感は相当なものだったからな。この反応も仕方のないものだろう。


「とりあえず、ご苦労様と言っておこう」

「……ありがとうございます」


 先生に労いの言葉をもらった俺は、さっきのことを思い出しながらもお礼を言う。


「最後にいいものを見せてもらったよ。これぞ青春だ」

「……」


 やっぱ見られてたのかよ!! 最悪だ。


 くそ、先生ならもう少し心配してくれててもよかったんじゃないのか? この人のことだと俺と倉瀬が二人きりなのを分かっててわざと助けにこなかったんじゃないかとさえ、思えてくる。


「実を言うと私はそれほど心配はしていなかったんだ。なぜなら山の中でもGPSは使えるからね。君が持っていた保健委員のポーチに取り付けていたのさ。だから君たちがここに近づいているというのはみんな分かっていた。それでも彼女たちは再会するまで君たちを心配していたがね」

「…………」


 道理で。朝霧は想像通りだが、他のみんなが意外とあっさりだと思った。

 俺の苦労は一体。そんなもんあるなら最初から言ってくれ。言おうが言わまいが結果は変わらなかったかもしれんが。


 さて、いろいろあったが一件落着だ。これで次のチェックポイントである山頂を目指すことができる。


「それで七海はここにくるまで何にもなかった? あいつに何か変なことされなかった?」

「ちょっと待て」


 失礼なやつめ。俺は全力で倉瀬を危険な未来から遠ざけてここまで連れてきたというのに。


 ただ、今その質問は不味い……! 


 冷や汗が出てきた。ただ、倉瀬の方を見ると首を傾げている。もしかして、さっきの出来事をもう忘れているのだろうか。朝霧たちとの再会で安心したとか? それか、変なことに含まれていないとか?

 都合よく考えすぎか。いずれにせよ、ここはスルーして欲しい……!


「うーん?」

「ないならいいわ」


 耐えた。朝霧は安心した表情をする。これがバレてたらとんでもないことなりそうだ。


「まっ、とりあえず無事ならよかった! これで心置きなく山頂目指せるぜ。安心したら腹減ってきたなー。俺は疲れちまったぜ、新世」

「お前にも疲れることとかあるんだな」

「失礼な! 俺があの二人に囲まれてどれだけ気を遣ったか知らないな!?」


 草介にも遣える気があったのか。にしても確かに、この状況であの二人──藤林と朝霧に囲まれるというのは、胃にきそうである。


 しかし、この何気ない会話がいけなかった。


「あっ……」

「どうしたの、七海? 何かあいつにされたこと思い出した?」


 倉瀬は何かを思い出したかのように顔を赤色に染めていく。

 朝霧め、その前提で話すのやめろ。


「お、お腹……」

「どういうこと?」


 お腹? 一体何を言い出したのか。朝霧もわからないようだ。

 しかし、倉瀬はなぜか顔を赤らめたまま、こちらをチラチラと見てくる。


「なるほど。わかったわ。覚悟はできてるんでしょうね?」

「ちょっと待て。何がわかったんだよ!?」

「アンタが七海に何かをしたと言うことよ」

「いやいや、俺は何もしてないからな!?」


 お腹って一体なんのことだよ?


「……!」


 ま、まさかだが、お腹の鳴る音を聞いたことを言ってるんじゃないだろうな……?

 

「ゆ、優李ちゃん! なんでもないよ!!」

「七海。いいの。こいつは仕留めるから」

「ええ!?」


 倉瀬はそのことを知られるのが恥ずかしかったのか、朝霧を止めようとするがそれが余計に疑惑を加速させる。


 一瞬のうちに空気が変わった。

 朝霧だけじゃない。なぜか草介も藤林も俺が何かをしたような目で見てくる。


「何されたの?」

「えっと、それは……えっと……」


 倉瀬はチラチラとこちらを見ながらいいづらそうにしていた。

 もういいよ。言いづらそうにしなくて!

 お腹鳴ったくらい、いいだろ。それで誤解が解けるなら言ってくれ!!


「ふむ。私が見た限りでは、ここに着いた時、伊藤が倉瀬を抱きしめていたように見えたが」

「あ、そういえば……!」


 クソッタレ。この人、マジで……。


「──ッ!」

「……」

「神よ。嘘だと言ってくれ……慈悲はないのか!!!」


 唯一の目撃者である桐原先生は無慈悲にも爆弾を投下した。

 それを聞いた、みんなの反応が上から朝霧、藤林、そして草介だ。


「神よ、咎人に天罰を与えたまえ……」

「ふーん?」

「…………」


 呪詛を唱える置物と化した草介と複雑そうな顔をする藤林。

 そしてそれを聞いた朝霧は例のごとく、目をカッと広げてこちらを睨みつけた。眼力がすごい。


「抱き付いてた? 私だけじゃ飽き足らず七海にまで……?」

「落ち着け、朝霧」

「ええ、私は冷静よ。至って冷静」


 その割には握る拳が尋常じゃなく震えている。


「一応、言い訳は聞いてあげる。返答次第ではタダじゃ置かないけど。まさか前みたいに事故から助けたとか言うんじゃないでしょうね?」


 しかし、前とは違い、一応朝霧も聞く耳は持ってくれているようだ。この前は一発ビンタだったからな。自分のことでなく、倉瀬のことだからというのもあるかもしれないが。

 いずれにせよ問答無用でなくなった分だけ、マシということだろう。後は、どうやって言い訳を考えるかだ! 捻り出せ、俺の脳味噌!!!


「いやー、あの……あれだ。あのー……」

「…………」


 だが、俺の頭では都合のいい言い訳はすぐには出てこない。中々答えられない俺に眉を顰めた朝霧は今度は倉瀬に状況を聞く。


「七海、どうなの? もしかしてまた転けそうになったとか?」

「え? ううん。違うよ。伊藤くんが急に私のこと抱きしめての……ッ!!」


 ……終わった。言ってから恥ずかしくなったんだろう。

 倉瀬は爆弾をもう一度、着火させると同時に自分の顔も爆発させた。

 そして自分の世界に入ってしまったのか、何かを一人で呟いている。


 朝霧の凄みが増した。


「草介。頼む、助けてくれ」

「悔い改めよ」


 ダメだ、こいつ。壊れてしまった。


「ふ、藤林」

「あたしには遊んでそうとか言ってたくせに自分は平気でそういうことしちゃうんだ。へー」


 言い返せない!!

 まさに四面楚歌。……もうどうしようもない。


「覚悟は決まったようね?」

「決まってなかったら許してくれる?」

「寝言は寝ていいなさい」


 ◆


「その、さっきはごめん。あたしが悪かった。あたしのせいで迷子になっちゃったみたいだし」

「ううん、私こそごめんね。悪い癖でお節介しちゃった……」

「……別にいいよ。久しぶりにあんな風に声かけられたからどう反応すればいいかわかんなくて」

「ありがとね。ほら、優李ちゃんも!」

「……ッ!」

「ほら、大丈夫だよ」

「うっ……。藤林……さんのこと何も知らないのに噂のこと言って……ご、ごめんなさい」

「……!」

「それにさっきはありがとう。七海がいない時、不安だったけどアドバイスとかくれたりして、居てくれて助かった……」

「どういたしまして。あたしも嫌なこと言ったし……おあいこ」

「よかった! それでよかったらだけど……この後も一緒に頑張らない?」

「あたしと? ……いいの?」

「うん。紗奈ちゃんさえよかったら! ねぇ、優李ちゃんも!」

「え、ええ。私は別に構わないわ」

「わかった。それなら……」


 いやー、仲良きことは美しきかな。

 先ほどまであんなに歪みあっていた女子たちがもうこんな風になるなんてな。人間わからないものだ。


 三人はそれから会話をし、次のチェックポイントを目指し歩き始めた。

 三人からは時折、笑顔も見える。


「涙流して、どうした新世。辛いことでもあったか?」

「ゴミが目に入っただけだ」

「そうか。目薬貸そうか?」

「いらない」


 草介が妙に優しい。なんかうざいけど。


 何はともあれ、俺の尊い犠牲の上に新たな絆が生まれた。やっぱり共通の敵がいることで人って手を取り合えるんだね。誰が敵やねん。

 結局、あの後、先生が止めに入らなければどうなっていたかわからない。朝霧はまた以前のように戻った気がする。なぜか藤林からも鋭い視線を向けられている。


「お!? 山頂じゃね!? うおおおおお!!」


 次のチェックポイントである山頂が見えたところで草介は一目散に駆け上っていく。

 あいつ元気有り余りすぎだろ。

 俺はもう疲れて何もできない。色々ありすぎて。


「ねぇ!」

「……!」


 げんなりしていたところで気がつけば、前を歩いていた朝霧が一人、俺に声をかけた。

 少しビビりながらも俺は用件を聞く。


「なんだ? まだ何かあるのか?」

「違うわよ。一応……言うタイミング逃してたから」

「……何のことだ?」


 罵倒し忘れ?

 しかし、なんだか朝霧はモジモジとしており、そんな雰囲気は見受けられない。


「言いたいことがあるなら早くしてくれ」

「わ、わかってるわよ。今言うから!」


 朝霧の頬が若干、赤に染まっていく。

 そして。


「な、七海を助けてくれて……ありがと」

「っ」

「そ、それだけ」


 朝霧はそれだけ言い残して、山頂へ向かっていく。

 山頂には、倉瀬が朝霧に向かって手を振っていた。


 顔が若干熱い。天気がいいからだろうか。

 ……まぁ、人助けも偶には悪くないかもしれない。

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