第24話 太陽のように眩しい笑顔はこちらも元気が出る
結局、一人で来たわけだが、調理場の方が心配である。
「まぁ、草介がいたら他のクラスの男子もこないだろ」
いつまでも気にしていても仕方ないので、早く終わらせて戻ることにしよう。
一応、男子と女子のテントの場所は分かれている。だから本来は女子のエリアに入ることは許されないが、設営の時は別だ。
やはり女子だけでは大変なので、男子の手を借りるのがほとんど。
他の班やクラスの人たちも女子と男子が協力して設営を行っている。
これが本来あるべき姿のはずだ。
なのに、一人とは……気が重い。
「あれ、新世くん?」
「瀧本さんか」
呼ばれて振り返ると女バスの瀧本さんがいた。
ジャージ姿がよく似合っている。
「下の名前を呼び捨てでいいよ! さん付けってなんか変な感じ!」
「えーと、じゃあ……翠花」
「うん!」
なんだか照れ臭い。女子の名前を呼び捨てる機会なんてこれまでなかったものだから、変な感じだ。
よく見ると瀧本さん──翠花の腕には以前持っていたものがなくなっていることに気がついた。
「松葉杖はもういいのか?」
「あ、うん。自力でもだいぶ歩けるようになったし、もういらないかなって!」
「……まさか自己判断?」
なんとなく翠花はその辺のことを自分の感覚で決めていそうなイメージがある。未来で視えた時も実際に怪我をした直後もそうだったが、どうも翠花は無理をする傾向にあるように思える。だからその点が心配になる。
「うっ……ち、違うよ。そ、そんなわけないじゃん」
目が泳いでいる。自己判断なんだな。
「ホントだってば! ちゃんとお医者さんに診てもらって、驚異的な回復力だってお墨付きもらったんだから!!」
「本当か……?」
「ほ、本当ったらホント!! ま、まぁ、一日だけ自分の判断でいけるかなって思って使わなかったけど……」
「…………」
やっぱり。それで段々、声が小さくなってきてたんだな。
「ちゃんと使わないで悪化したらどうするんだ?」
「だ、だって……松葉杖って大変だし……めんどくさいし……」
どうやら思っている以上に翠花は大雑把な性格らしい。
「まぁ、医者がいいって言ったならいいかもだけど……また無理して、損するのは自分だからな。気をつけた方がいいぞ」
「……なんか、新世くんの言葉って妙に説得力あるよね。前のことといい、もしかしてすごい人?」
「別に普通だから」
未来はたまに予知しちゃうけど。
「でもここまではどうしたんだ? 流石に松葉杖取れたって言っても登山はきついだろ?」
「うん。だから翠花はここまで先生の車で送ってもらったんだ」
うわ、羨ましい。俺も足怪我すればよかった。そんなことを思うのは不謹慎だろうか。
「もー折角、楽しみにしてたのに最悪だよー。おかげで体力有り余ってるんだから!」
どうやら翠花は草介と同じでイベント事が好きなタイプらしい。いや、草介と同じというのは可哀想なので、やめておこう。
でも確かにイメージ通りではある。体育祭とか学園祭とかその辺を全力で楽しみそうなタイプ。俺とは真逆である。
「俺にとっちゃ羨ましい限りだな。俺なんてもうヘトヘトだ」
「確かに運動部でもないと山登りはキツいよね。もしかして、新世くんって運動とか苦手なタイプ?」
「できれば、一日家で寝転びたいタイプ」
「あはは、それは確かに分かるかも! あたしも部活のない日はそんな感じだし! でもその割には新世くんって良い体してるよね」
「お、おう……」
急に女子にいい体してるね、なんて言われたらどう反応していいかわからない。
多分、翠花的に変な意図はないのだろう。じゃないと俺の中で翠花のイメージがガラリと変わってしまう。
そして俺が明らかに戸惑った反応を見せたせいか、翠花は自分がどんな発言をしてしまったかすぐに気がついたようだ。
「ち、違うからね? それはそういう意味とかじゃなくて……」
分かりやすく顔を赤らめて慌てふためく、翠花
なんかこちらまで恥ずかしくなってくる。
「ほ、ほら。運動とかしてなさそうなのに足とか結構、筋肉あるじゃん? 何かやってたのかなーって!!」
「ま、まぁ、散歩が趣味だからかな」
「へ、へぇー、そうなんだ! 散歩……」
なんとなく、翠花とはいつも会話が続かない。
決して嫌なわけじゃないんだが、翠花がピュアすぎて反応に困るのだ。
「あ、そうだ! もしかしてテント一人で建てるの?」
そして無理やり話題を変えた。別に困っている女子をいじめるような趣味はないので俺もその流れに乗る。
「ああ。無理矢理任された」
「ええ!? そうなんだ……よかったら手伝おっか?」
「いやいや、怪我人に手伝わせられないって」
「そんなことないよ! これでも自分の班の分は翠花が建てたんだからね! 体力有り余ってるし、そこまで難しくないからヨユーだよ!」
翠花は自信満々に胸を張る。
アウトドア系も完璧とは、恐れ入る。
「それに前から新世くんには迷惑かけちゃってるし! これでチャラになるとは思わないけど、お礼の一部だと思って……!」
ここで断ってもなんとなく、翠花は引き下がらない気がした。
「分かったよ。じゃあ、お願いするけど、無理だけはしないでくれよ。それで怪我したら元も子もないし」
「うん! 任せて」
にっこりと元気いっぱいな笑顔が眩しい。
そうして、俺は翠花と一緒にテントを設営を行うこととなった。
それから俺はテントと必要な備品をもらって、俺たちの班の建てるエリアに戻ってきた。
翠花に教えてもらいながら、俺は設営を進めていく。
「そうなんだよね……うちの班誰も料理作れないからさ……まだこれからなんだけど、どうしよっかなーって……」
「なるほど」
そんな中、俺と翠花は軽く雑談をしていた。
足も思ったより、大丈夫そうで元気が有り余っているのか、軽快に動き回っている。
「しかもね。うちの班の他の子、もしかしたら別の班のとこにご飯食べに行くかもしれないから余計に困ってんの」
「それってありなのか?」
「ホントはダメみたいだけどね。先生は特に何も言わないから。それでね、実はうちの班に藤林さんって人がいて。すっごい美人なんだけど、かなりのギャルでさ。うちの学校って藤林さんみたいな人いないからみんな怖がっちゃってさ。だから食材も余りそうなんだよねぇ……」
藤林は、翠花と同じ班だったのか。
それにしてもやっぱり、同じクラスメイトからでも扱いはよくないらしい。
「翠花は他の班のところに行かないのか?」
「いやいや、翠花がそんなことしたら、藤林さん一人になっちゃうじゃん! 流石にそれはできないよね〜」
うわ、何この子。すごくいい子。度胸があるのか、それとも単に噂なんか鵜呑みにしないタイプなのか。
「だからどうにか翠花と藤林さんで作るしかないんだけど……藤林さん料理できるのかなー」
「どうだろうな」
勝手なイメージだが、できなさそうである。
普段も財力に物言わせて、ご飯食べてそうだ。
「まっ、どうにかなるでしょ! カレーなんて適当に食材ぶち込んで煮込めばどうにかなるなる!!」
「男らしいな」
「でしょ?」
失礼なことを言ってしまったとすぐに後悔したが、翠花はそんなことまるで気にするそぶりもなく、笑顔を見せた。
まぁ、実際に翠花の言っていることも間違いではない。ルーは市販のものが支給されているし、作り方もパッケージの裏に書かれている通り作れば間違いなく、美味しいカレーが作れるはずだ。
「だよね!! よっしゃあ! いっちょやったるか!!」
元気いっぱいな翠花。なんだか、翠花の笑顔を見るとこちらまで元気が湧いてくるし、和やかな気持ちになる。
「翠花、ありがとう。これで十分だわ」
「お? 完成かな? どういたしまして! また困ったことがあればなんでも言って!! この翠ちゃんが新世くんのためならひとっ飛びでやってくるよ!」
「大袈裟だな。そこまでのことした覚えないぞ」
「へへ、いーの、いーの! これでもまだお礼し終わったつもりはないからね!」
「まー、期待して待っとくよ」
「任せなさい!」
そうして、俺は翠花と別れ、調理場へと戻ってきた。
その頃にはすっかり、未来を視ていたことなんて忘れていた。
「え……?」
戻ってきた俺の眼前には、信じられない光景が広がっていた。
「なんで……?」
──そこで目にしたものは見るも無惨な姿になった、俺たちの晩ご飯だった。
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