第25話 未来予知しても守れないものはある

 そこには沈んだ表情で肩を落とす三人。

 三人以外の姿はそこにない。

「これは……一体?」


 俺の顔を見た途端に、草介が泣きついてきた。


「あ、新世ぇ!! お、俺たちの晩飯が。晩飯がぁ!!!」

「落ち着け。一体何があったんだ?」


 草介を引き剥がしながら、俺は倉瀬と朝霧に尋ねる。


「あーえっと……」

「そ、それは……」


 しかし、二人とも気まずそうに目を逸らした。

 二人ともキョロキョロと目が泳ぎっぱなしである。


 この二人が何かしたのか?

 どうやら、先ほど見た未来に出てきた他のクラスメイトがきたようではなさそうだ。

 

「ひ、酷いんだ。新世!! 朝霧のせいで!!」


 どうやら原因は朝霧にあったようだ。


「は、はぁ!? 人のせいにしないでよ!! 笹岡も同罪でしょ!?」

「お前もかよ……いいから、何があったか教えてくれ」

「か、火力をあげすぎたのよ」

「……はい?」

「朝霧が強火で煮込んだ方がいいとか言い出したんだよ!」

「何よ、笹岡こそノリノリで薪を追加しまくってたじゃない!! 任せろ、俺がキャンプファイヤーを見せてやるとか言い出して!!」


 そういうことかよ。なんつーアホな会話だ。

 まさか、俺が任せたって言ったからか……?

 それにしてもなんで強火にこだわったのか、そこも疑問しか湧いてこない。


「倉瀬はそれ止めなかったのか?」

「えっと……お、お手洗い行ってて……混んでたから遅くなったの……」

「ぉぉ……」


 そればっかりはどうしようもない。倉瀬も立派な被害者だ。

 優しい倉瀬のことだ。きっと止められなかったことを悔やんで、自分も気まずく思っていたのだろう。


「それで……鍋がひっくり返ってるのはなんで?」

「も、戻ってきた私がひっくり返しました…………」


 ……倉瀬も共犯だった。


「焦げると思って慌ちゃって……ごめんなさい」


 天然というか、もはやこれはドジなのでは。

 ……もしかしてこれ、俺がいたら防げたんじゃないかと思うとやりきれない。

 未来予知よ。なぜ発動しなかった。……いや、発動した結果がこれか?


「つまり……全員の責任ということだな」

「「「はい……」」」


 三人の元気のない声が揃った。

 他のクラスの男子からの誘いを防いだら、夜飯がなくなるなんて誰が予想できた?

 だからといって、ここで責任を追及したところで俺たちの晩ご飯は返ってこない。

 ……それなら切り替えるべきだ。


「はぁ……こぼしてしまったもんは仕方ない。今から作り直すしかないか。食材が余ってないか聞いてくるよ。最悪、白飯だけでもあればどうにかなるだろ」


 幸いまだ時間は余っている。ハプニングがあった割には早めの到着だったからもしかしたらまだ食材が残っているかもしれない。


「ないって。もう私たちの組の分使い切っちゃったんだって……」

「…………」


 しかし、神は俺たちを見放した。


「白ごはんもこの通りだ」

「……何これ」

「白ごはんだ」

「…………」


 見せられた飯盒の中身、白ごはんであるはずのそこに白は存在しなかった。

 ガララと俺の中にある計画が音を立てて崩壊した。

 今夜は晩飯抜きである。


「泣きたい」


 草介が小さくこぼす。


 俺のセリフだ。藤林の面倒みて、迷子になった倉瀬を助けて、やっと晩飯にありつけるとなったらどういうことだよ。死神にでも取り憑かれてんのか?


「……いや。待て」


 まだだ。俺はそこで翠花との会話を思い出した。そう言えば、翠花のところ、食材が余っているって言ってた。

 別の組だけど、もしかしたらどうにかなるんじゃないか?

 淡い希望が降り注ぐ。


「ちょっと待ってろ」


 俺は急いで翠花を探した。

 そして見つけた時、翠花は一生懸命、火を起こししている最中だった。

 藤林の姿は見えない。サボりか? まぁいい。


「翠花」

「あれ、新世くん。さっきぶり! どったの?」

「折言って頼みがある」

「頼み? なんだか、仰々しいね……うん、でも新世くんの頼みだったら聞くよ?」

「助かる。実はいろいろあって、俺たちの晩飯の食材がなくなってしまったんだ。余ってるって言ってたから、分けてもらえないかと思って」

「なーんだ、そんなことか! 険しい顔してるから何事かと思ったよ! 全然オッケー! むしろ二人で食べるには多いくらいだったから!」

「マジで助かる」


 快諾してくれた翠花が女神に見える。笑顔に癒される。崇めておこう。


「えーと、どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「そう……それでさ。その代わりとは言っては何だけど……」


 しかし、何か条件があるようだ。

 ギブアンドテイク。それがこの世の常というもの。条件があるなら黙って受け入れるしかあるまい。この疲れ切った体で腹を空かしたまま、一夜を過ごすよりかはマシだ。


「やっぱり藤林さんも料理できないみたいで……翠花も何から始めたらいいかわからないから、手伝ってくれると嬉しかったり……」


 気まずそうにしているから何かと思えば。さっきはとりあえず、ぶちこめばいいとか言ってなかったっけ? まぁ、そんなことはどうでもいい。


「そんなことならお安い御用だ。むしろ、俺が作る。いや、作らせてください」


 大した条件じゃなかったので、俺は二つ返事で引き受けた。食材を分けてもらったことに対するお礼というのもそうだが、理由はもう一つある。


 これ以上、ハプニングを起こさせてたまるか!

 つまり、誰かの手によって何かが起こってしまう可能性を排除すればいいのだ。俺がやればいいだけ。その結論に至った。


「え? 新世くん、料理できるの!?」

「ああ、カレーくらいなら任せてくれ」

「ほんと!? 助かる!! とりあえず、皮むき途中まではやったんだけど……」


 そこには無残に切り刻まれた、人参やジャガイモ、玉ねぎ、そしてお肉の姿があった。肉の周りには軽く血の池ができている。


「死体処理現場?」

「あ、ひどい!?」

「悪い、冗談だ」

「す、翠花だって一生懸命やってるんだからね……?」

「お、おお……ごめん。ちょっと言葉が過ぎた」


 頬を膨らませながら、若干涙目になりつつ、翠花はこちらを睨みつける。

 不覚にも、ドキッとしてしまった。


「そういえば、藤林は?」

「藤林さん? えっと、分かんない……」


 どうやら翠花でも藤林はコントールできてないようだ。


「(あたしがどうかした?)」

「っ!?」


 思わず、その場から飛び退いた。


「顔赤いけど、どうしたの?」


 悪戯な笑みを浮かべた藤林がそこにはいた。

 登山の時の険悪な態度はそこにはない。倉瀬たちと仲直りしてからは、どうやら機嫌がいいようだ。


「そりゃ、いきなり耳元で囁かられた驚くに決まってんだろ」

「ぷぷ、反応おもしろ。また今度してあげる!」

「遠慮しておく。というか、ほら、みろ。翠花固まってんだろ」

「翠花? ……ああ、瀧本さんね」

「え、えーっと、二人って仲良いの?」

「そりゃあ、もう……一言では言えない関係……かな?」

「……!!」


 何話をややこしくしてんだよ!?

 どんどん翠花の顔が赤く染まっていく。これ絶対変な勘違いしてるよ。


「アホ抜かせ。翠花、違うからな。こいつが勝手に言ってるだけだから」

「……何? え、もしかして、瀧本さん彼女なの? 呼び捨てにしてるし……」

「え、ええ!? ち、違うよ!! 呼び捨ても翠花がお願いしただけだから!」

「ふーん……あたしの時はしてくれなかったのに」


 ジトっとした目で藤林から見られる。そんな目で見られても呼ばないぞ。

 なんとなく負けた気がするし。


「まっ、とりあえず瀧本さんが新世の彼女じゃないってことは信じたげる。それじゃあ、新世はなんでここにいるの? まさかあたしに会いに来てくれたとか?」

「そうだって言ったらどうする?」


 やられっぱなしは癪なのでまた俺は藤林を揶揄うことにした。


「え……? ま、まぁそれはそれで嬉しいケド……」

「お、おう……」


 しかし、返ってきたのは想像とは違う反応。心なしか若干、頬が赤い。と思っていたらいつものが返ってきた。


「まっ、童貞の新世がそんなこと言うわけないもんね」

「翠花もいる前でそういうこと言うのやめろ」

「…………ドウテイって何?」


 ああ、ダメだ。ピュアな翠花が変なことを覚えてしまう!!


「い、いや、なんでもない。それよりあまり口に出さない方がいいぞ。藤林もだ!!」

「ん、分かった!」

「はーい」


 なんとかことなきを得たようだ。にしても、倉瀬たちの時と違って、翠花がいても終始和やかだな。


「それで、結局何の用だったの?」

「ああ。実はちょっと色々あってな、食材分けてもらおうと思って。交換条件で」

「そそ! 代わりに翠花たちの分も作ってくれるんだって」

「え!? 新世が作ってくれんの!? 食べる!!」


 藤林は目をキラキラと輝かせた。やたら期待の眼差しを向けられている気がする。

 そんな目で見られても、ただのカレーだぞ。


「あ、でも食材なら、うちの班じゃなくても三組自体で余ってるっぽかったような気がする。さっきここにくる前に見たんだよね」

「そうなのか? じゃあ、そっちからもらった方がいいか」

「だ、ダメ……! そしたら交換条件がなくなっちゃう!」

「っ! そう、確かにそれはダメ。新世はうちの班から分けてもらうこと! そうじゃないと三組からは分けないから!」


 藤林に同調するようにうんうんと、翠花が頷いている。

 これを逃せば、結局自分で作ることになるからだろう。


「……分かったって」


 そんな捨てられた犬みたいな目で見られたらこちらも従うしかない。

 そうして、俺たち班一行は、翠花の班の厚意に甘え、なんとか晩飯にありつくことができるのだった。


 

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