第26話 たまには未来予知以外の特技も発揮する


「んまっ、んまっ……!!!」


 もう時期に日は暮れ、晩飯の時間が終わろうとしていた。

 未だ貪るようにカレーを食べているのは草介だ。これで三杯目である。


 結局、こちらの組に余っていた食材を追加してかなりの量を作ることとなった。


「まさか、新世にこんな特技があったなんて……っ!!」

「喋りながら食うな。汚い」

「……! ……!!」


 俺が注意してもなお、草介の食べる手は止まらない。黙ったところを見るとどうやら、食べる方へシフトしたらしい。


「でもホントだよ!! 新世くんの作ったすっごい美味しかった!!」

「確かに。こんな美味しいカレー食べたの久々かも」

「ま、まぁ、そこそこだったわ」

「ふふ、優李ちゃんおかわりしてたもんね」

「ちょ、ちょっと七海!?」


 和気藹々と女子たちが会話をする。

 今、食卓を囲っているのは俺と草介に加え、翠花、藤林、朝霧に倉瀬だ。


 目立たないはずがない。俺たちのグループはかなりの注目を浴びていた。

 できれば、誰かに注目されるのは勘弁願いたいが無理な話だった。


 まぁ、それはもう仕方ないので諦めた。

 俺としては、また藤林と朝霧とでギスギスしないかの方が心配だったが、それも杞憂に終わった。

 どうやら、あの一件を通じてある程度、会話できる関係にまでなったらしい。藤林自身、さっき会った時から機嫌がいいというのもある。悪態をつくこともなく、倉瀬や朝霧とも普通に話している。

 それに翠花がいることも大きいのかもしれない。

 俺たちの班が元気なくやってきたところを、翠花が快く受け入れてくれたのだ。


 翠花には本当に頭が上がらない思いである。


「ふぅ……」


 夜飯を食べ終わった俺は、お茶を飲み深く息を吐く。

 無事、晩飯にもありつけたし言うことなし。

 後は、テントで寝るだけだ。肝試し? ダメだ、もう俺は寝ると決めている。


「それにしてもアンタが料理できるって本当だったのね。店長さんから聞いた時は嘘だと思ったけど」

「ああ。俺は誰かさんみたいにとりあえず強火で煮込めばいいという選択はしないからな」

「なんですって!?」


 馬鹿にされたことがわかった朝霧は顔を真っ赤にした。

 なんだか、久しぶりに朝霧を煽った気がする。ここ数時間は、倉瀬のこともあったからか。


「つーか、大袈裟だろ。カレーなんて、パッケージ通り作るだけだろ」


 まんま、翠花と話していた時に考えていたことと同じことを今度は口に出して言った。


 俺の言葉に一同が押し黙る。なんで誰も顔を合わそうとしない?

 唯一、倉瀬だけが苦笑いを浮かべていた。


「甘いな、新世。それができていれば、この飯には在り付くことはなかった」


 そしてカレーを平らげ、お茶を飲み干した草介が口を開いた。


 なんともリアクションしづらいが、確かにその通りである。もし、それができていれば、朝霧もあれ以上、火を焚べることなんてしなかったし、翠花も同様に自分でカレーを完成させて先に食べていたかもしれない。


 ここまで苦労しなかっただろうな。


「ただパッケージ通りに作ったって言ったってかなり美味しかったよ? それこそ、翠花が今まで食べた中で一番くらい!!」

「わかる。あたしも一番かも」


 翠花と藤林から絶賛された。さっきもそうだが、やたら褒められるとどう反応していいかわからない。

 は、料理を作ったってあの人たちは一切褒めてくれることはなかった。まるでそれが当然と言わんばかりに。

 

 料理を作って、ここまで喜んでもらえたのは、こちらの街にやってきて綾子さんに涙ながらに手を取られた時以来だった。


「まっ、まぁまぁね。でも七海の作ってくれるお菓子の方が絶品なんだから!」


 ふふん、と鼻を鳴らし、誇らしげに朝霧がそう言った。 

 ……なんで朝霧が張り合ってくるんだ?


「へぇ。倉瀬さんってお菓子作り得意なんだ」


 それを興味津々に藤林が聞いてくる。

 そういえば、藤林も甘いものが好きなのか。そういえば、サボった時もよくわからんドリンクに甘ったるそうなトッピングしてたっけな。女子って大体そうか。


「うん。たまに作ったりするよ! でも新世くんだったら、お菓子とかも作れるんじゃない?」

「……まぁ、一通りは」


 ある程度のものは作れる。それこそ、プロが作るような凝ったものも材料とレシピさえあれば、やろうと思えばできる。


「ほぇ〜。新世くんすごっ。翠花完全に女子力負けてるよ〜」

「くっ」


 それを聞いて、翠花が項垂れた。そして朝霧は悔しそうにしていた。


「ふーん。新世って意外となんでもできるんだ」

「意外ってなんだよ。別になんでもはできないからな」

「確かに童て──」

「っ、おい!」

「ぷくく……」


 藤林はしてやったりな顔で笑った。初めはどうなるかと思ったが、藤林もだいぶ調子が出てきたようだ。

 ……初めからこうだったら、もうちょっと普通だったんだが、それは言わないでおこう。


 後は色々と弁えてもらう必要がある。他のメンバーには聞こえていなかったのが幸いだった。


「でも料理もできるし、この前、捻挫したときの応急処置だってかなり手慣れてたよね! テントだって一回教えたら簡単に建ててたし……やっぱり新世くんってすごい人なんじゃ……?」

「大袈裟だって。さっきも言ったけど普通だ、普通。今時、料理できる男なんてどこにでもいるだろ」


 その他のことも同じ。できる人なんてごまんといる。

 本当に普通だ。何も特別なことはありはしない。


「そんなことないよ。川でも助けてもらったし、泳ぎも得意だよね。お料理もそうだけど、なんでも卒なくこなすのって難しいと思うの」

「ふーん、川で?」

「うん! 溺れそうなところを颯爽と助けてくれたの!」


 なんか美化されてない?

 結構、ギリギリだった気がするけど。


「ふーん……」

「……なんだよ?」

「べっつにー」


 藤林の態度が急に悪くなる。さっきまでいい機嫌だったのに……女ってよく分からん。


「泳ぎまで得意なんてすごっ!」

「ね! 伊藤くんって何か習ってたりしたの?」

「それは……私も気になるわね」


 みんなの視線が集中した。


「……いや、別にそういうわけじゃない。自然に身についただけ」


 そう、未来予知以外のことは全て自然に身についたんだ。


「自然に……」


 自分が言った言葉が跳ね返ってくる。

 そうしなければ、いけなかったから。


「自然に?」

「え〜翠花なんて、自然にしてても料理全く作れるようにならないけどな……おかしい……」

「……ならない人が大体だから大丈夫よ」

「優李ちゃんも中々、上手にならないもんね?」

「ちょっと、七海!」


 珍しく朝霧をいじった倉瀬の発言にみんなが笑う。


 だけど、俺は空笑いしかできなかった。

 なんだか、俺がこうやって誰かと笑っていることに違和感を覚える。


「…………」

「……どうしたのよ?」

「っ。まっ、とにかく毎日やってたら、このくらいできるようになるってこった」


 一瞬、過去を思い出して気持ちが沈んだが、朝霧に呼びかけられて我に返った俺は、それらしい言葉で誤魔化した。


 ただ、それによって今のように生きる術が身についたことは、幸いというべきか。最悪一人になったとしてもどうにか生きられる。


「わり。俺、ちょっとトイレ行ってくる」


 なんだかバツが悪くなった俺は、適当な言い訳をして、その場から離れた。

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