第101話 少しはいいところみせなくちゃいけない
少しだけ緊張してきた。何せ、たかが球技大会と言えど、数年ぶりの試合だ。
翠花にあんな約束をしたが、これは俺のためでもある。
翠花には、偉そうなことを言ったが、俺も同じように逃げてしまった過去がある。
当時、俺も先輩からのやっかみを受けたことがあったのだ。
家庭の事情を言い訳にして、チームメイトと向き合うこともせず、目を逸らしてしまった。翠花のバスケをしている姿を見て、やっぱり自分はバスケが好きなんだと気がついた。
それでも失ってしまったものを見るのが怖くて、当たり障りなく関わってきた。
だけど、ここにきてそんな直視したくない現実から逃げるのをやめようとしている。
翠花に自信を持つよう言った手前、俺がそれをやらなくてどうする。
だから俺はこの球技大会を終えて、自信を持ってバスケが好きだと言えるようになりたいのだ。
それが俺の中にあるバスケへの中途半端な思いへのけじめでもある。
人知れず、そんな決心と翠花との約束を携えて、俺はコートへと向かう。
試合が始まる直前、コートサイドではチームメイトが待っていた。
「新世遅いぞ!」
「ああ、悪い」
草介以外のチームメイトはクラスで少しだけ、話したことがある程度だ。
確か……西野、杉浦、山内だったか。
「坂井と代わった伊藤くんはバスケできる感じ?」
「まぁ、一応経験者かな」
「おお!」
「俺たちあんま経験ないからさ、頼むぜ」
軽く話した後、審判の務める先生に促され、コート中央に向かおう。
相手は、確か翠花と同じ三組だ。
そこでなぜか人一倍俺に強い視線を送ってくる奴がいた。
なーんか、見覚えある気がするんだが……思い出せん。
「四組って聞いて、焦ったけど中城のチームじゃなくてよかったぜ。にしても、ここで転校生とやりあえるとはな」
「えっと……ごめん。どこかで会った?」
「……! ま、町田だよ! 瀧本とカフェに行ったろ、ゴールデンウィークの時に!!」
「…………ああ」
「お前絶対忘れてただろ」
なんか来たことは思い出したけど、どんな会話したか全く覚えてない。
ゴールデンウィークの時、色々大変だったからなー。
「ん? 新世、町田と知り合いか?」
「いや、知り合いってほどじゃないけど。そういう草介は知り合いなのか?」
「ああ、中学の時同じクラスだったからな。……にしてもバスケ部が相手とは厄介だな」
「悪いけど、手加減しないぜ。お前には借りを返す!」
町田は敵対心を剥き出しにして、宣言した。
借りってなんのことだ……にしてもどいつこいつもやたら本気だな。
球技大会なんだし、もうちょっと楽しむとかしないのか……。珍しく本気で参加する俺が言うのもなんだけど。
挨拶もそこそこ、ピーッと笛が鳴って試合が始まる。
始まる前に俺は、周りを見渡して翠花を探す。翠花のためにバスケをするのだから翠花が見ていなくては意味がない。
そして観覧席で岡井さんと一緒にこちらを見ている翠花を見つけた。
まだぎこちなさそうではあるが、どうやら話せるようにはなったらしい。
それを見て、少し安心した。
「──!」
翠花と目が合う。
──見てろ。
翠花は小さく頷いた。どうやら俺の意図が伝わったらしい。
「よし、やるか」
気合いも入ったところでジャンプボールから始まる。
俺よりも身長が高い西野がセンターサークルにスタンバイする。
向こうのクラスの選手も同じ位置につき──試合が始まった。
ボールは残念ながら、相手から。
ボールを保持した町田が草介と対峙する。
「笹岡。お前にも悪いけど、抜かせてもらうぞっ!」
「町田。お前には悪いけど、モテさせてもらうぞっ!」
なんだ、その返しは。そんなこと言ってる側から草介は、町田にすぐに抜かれ得点を決められた。
草介もディフェンスを頑張ったがやはり、向こうの方が上手だ。
「くっ、これは俺に与えられた試練! これを越えればきっと素敵な明日が待っている! まだまだこれからだ!!」
……こいつすごいな。全然へこたれない。
でもこいつの言う通り、まだ始まったばかり。勝負は時間が0になるまでわからない。
そうして、俺も草介も積極的に攻めていくのだが、試合はどんどん相手ペースで流れていき、あっという間に最初の10分が終わってしまった。
◆
「新世くん、大丈夫かな」
「……心配するほうが違うんじゃないの? 一応、私たちのクラスが勝ってるんだけどね」
「っ、そ、そうじゃなくて……!」
今日になってようやくと言うべきか、ナツと話せるようになってきた。
一試合目は勝てたからよかったけど、私とナツのコミュニケーションは最悪だった。
だけど、試合が終わってからどこかに行っていたナツが戻ってくると私に謝った。
翠花の気持ちを考えられなくてごめん、と。それに対して私も酷いことを言ったことを謝った。
そこから前のようにはいかないが、ポツポツと話せるようなり、今は自分のクラスの男子と新世くんの試合を見ている。
本当は応援すべきは、自分のクラスのはずなんだけど、新世くんがあんな約束をした手前、新世くんの方が気がかりで仕方なかった。
今は最初の10分が終わり、ハーフタイムに入ったところだ。
新世くんのチームは8点しか入れられていないのに対し、こちらは20点も入っている。
流石、町田だね。やっぱりバスケ部なだけあってうまい。
それに比べて、新世くんは公園で見せた1ON1のキレとはほど遠い動きだった。
……どこか調子悪いのかな?
「新世くん、頑張れ……」
優勝なんてできないと否定していた私はいつの間にか新世くんを応援していた。
◆
普通にヤバいな。相手が強い。
町田くんだっけ? 言うだけあって、普通にうまい。
俺も本来の動きとは程遠い。
外を見れば、あれだけ晴れていた空がやや曇ってきていた。雨はまだ降らないかもしれないが、時期に降りそうではある。
「はぁ……」
おかげさまで若干膝が痛んできた。古傷だ。
ちょっと走るくらいならどうってことないが、流石にバスケのハードな動きに悲鳴を上げ始めている。
優勝を目指すなら今日は、何回も試合をしなければならない。それを見越して体力の温存と膝の様子を見ておきたかった。
「だから梅雨って嫌いなんだよ」
昔からジメジメしてるのはどうも苦手だ。それに加えて嫌いな理由が今年から追加されている。
「やべえって! 相手強いって! このままじゃ俺のモテモテハーレム計画が!!!」
「まぁ、後半からは俺も頑張るからとりあえずお前も頑張ってシュート決めてくれ。決めたらモテるぞ」
「手がちぎれても決めてやるぜ!!」
扱いやすくて助かる。多少の痛みは我慢してやるしかない。
「じゃ、反撃開始だ」
ビーッとタイマーから電子音が流れ、ハーフタイムが終わりを告げる。試合が再開の合図だ。
ボールはエンドラインから。杉浦がボールを出し、俺が運ぶ。
「このまま押し切らせてもらうぜ」
正対するのは、町田だ。その眼光は鋭く、本気度が窺える。
腰は低く落とし、意地でも抜かれまいとする。
厄介な相手だ。それでもやらなければ勝てない。
「悪いけど、俺も約束があるんでなっ」
「なっ!?」
ボールを受け取った俺は、右左と順にフェイクを入れ、また右へとドライブを仕掛ける。
そのまま抜け出した俺は、レイアップを決めて点と詰めた。
◆
「すごっ。伊藤くんてあんな動きできるの!?」
となりでナツが驚いている。前半には全く見せなかった鋭い動きだ。
そっか、ナツは新世くんのバスケするところ見るの初めてだっけ?
驚くナツを見て、なぜか私は得意げな気持ちになった。
「でももっとすごいよ」
公園で1ON1した時は、利き手を怪我していた。それでいて、もっと速くてうまかった。
あの時は目の前で体感したものだったが、外から見るとまた違う。やっぱり新世くんの動きは経験者の中でも別格に上手い人のそれだった。
「今度はスリーだ!」
ナツがそう言うと新世くんは、意図も容易くチェックの上からスリーポイントを決めてみせた。
……すごい。ほとんどマークが外れてなかったのに。
それからも新世くんの勢いは止まらない。
今度は、自分でシュートしにいくと見せかけて、フリーになった仲間に的確にパスを出していた。
仲間もそこにパスが来るとは思っていなかったのか、驚いた様子だったがどうにかパスを受け取り、ゴールしたのイージーなシュートを決め、気がつけば2点差まで迫っていた。
もっと見たい。
「……なんか楽しそうじゃん、翠花」
「……え?」
一体何のことを言われているのかわからなかった。でもすぐに新世くんのプレー一つ一つに心が浮き立っていたことに気がついた。
──翠花にもう一度、バスケの楽しさを思い出させてやるよ
新世くんが優勝したら、本当にまた私が楽しくバスケをできるのかわからなかった。
だけど、今では私の中でもう何かが変わり始めていることに気がついて、胸が高鳴っていた。
─────────
ここから新世を格好良くより主人公感を増していかせます。
未来予知ではなく、本来の実力で頑張っていきます。これにはテーマ性も関係してたりするんですけどね。
翠花にはどう映っているでしょうね。
後、試合の描写など書くの難しいですね。うまく伝わっているでしょうか。
よろしければご感想お待ちしております!
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