第102話 向き合い

 俺たちのチームの第1試合が終わり、コートサイドに戻ってきた俺は一息をつく。


 点差は2点。ギリギリで向こうに勝つことができた。

 いくつかシュートは外したが、それでも久しぶりの試合にしてはいい感じだ。


 ──やっぱり楽しい。


 例え、球技大会くらいの試合であっても負けられない緊張感。シュートが決まった時の音、相手を抜き去る感覚。

 そのどれもが俺の心臓を昂らせていた。


 やっぱり俺はバスケが好きなのだ。翠花のために始めてもう一度向き合えたこと、また翠花に感謝しなくていけない。


 後は、この調子で進むだけ。


「おい」

「……?」


 体育館の壁にもたれかかりながら座って、ドリンクを飲んでいる俺に誰かが話しかけてきた。


 一体誰だよ。もう少し休ませて欲しいんだが。


 億劫な気持ちを抑え込み、話しかけてきた相手を見上げる。

 どこか不機嫌な雰囲気を醸し出すそいつは先ほどの対戦相手──町田だ。


「なんか用か?」

「さっきの、アレなんだよ」

「アレって?」

「なんであんなシュートが決まるんだよ!!」


 一体何を怒っているのか。だが、その理由はよくわかる。

 最後に見せたシュート……それはターンアラウンドのフェイドアウェイシュートというものだ。


 相手に背を向けて背負う形でドリブルをつき、クルリと回って後ろに飛びながらシュートを打つ。

 あのバスケの神様も得意としたシュートの一つ。自分で言うのもなんだが、これができるやつはそう多くはないと思う。

 ましてや、バスケ部ですらない俺がやったんだ。当然の疑問だ。


「昔、死ぬほど練習したからな」


 小学生の頃、友達の家で見た昔のNBAの試合。それに憧れて、そんな練習ばかりをしていた。

 ここ数日間も、感覚を取り戻すために公園で一人で練習をしていた。

 完成度は低いが、それでも強力な武器に間違いはない。


「なんで現役でもないお前が…………っともかく、俺はお前に負けないからな!!」


 それだけ言うと町田くんは帰っていった。

 悔しい気持ちはわかる。これだけのブランクがありながら、これほどのプレーができる。

 そこに何も感じない現役の選手はきっといないだろう。


「……というか何の負けない宣言だったんだ?」


 もう試合することないだろ。

 このリーグ戦、一チームしか決勝トーナメントには出られないし。


 変な疑問を残された俺は、次の試合が始まるまでゆっくりすることにした。


 ◆


「新世、見た? 私が華麗にシュートを決めるところを!!」

「あー、見た見た」

「……どんなシュート?」

「…………レイアップ?」

「絶対見てないじゃない!! スリーポイントを決めたの!!」


 お昼休み。

 試合はある程度、消化され午後からは決勝トーナメントのみ。

 俺たちはその後も勝ち続け、決勝トーナメントに出ることができた。


 4チームがトーナメントに出場できるので、次の試合が準決勝ということである。

 そしてうちのクラスからは男子が2チーム、女子が1チーム出ることが決まった。


「悪かったって。昼からの試合は見るからさ」

「ふん! 絶対よ? まぁ、新世も試合あるんだし、無理に見る必要はないわ」

「お、意外だな。絶対見ろって言うのかと思ったのに」

「そ、それは……見て欲しいけど。それで新世の練習時間削られて負けたら嫌だし……」

「……」


 思わず、グラっときた。頬を染めながらそんな風に言われたら、嫌な気分はしない。


「ま、まぁ、俺も見れたらみるからさ。午前中は色々忙しかったんだ。悪い」

「べ、別に謝らなくていいわよ! それに……新世のバスケしてるとこかっこよかったし」

「──っ」


 心臓の音が大きくなる。かっこいいと言われたことに対する気恥ずかしさと優李のことを可愛いと思ってしまったことに顔にどんどん熱が集まっていく。


「あのー。目の前でいちゃつくのやめてもらえませんか?」

「「!?」」


 そう言われて、俺たちは我に戻る。


「……なんでここにいるんだよ」

「別にお昼なんだからいてもいいじゃないですか。それにここには倉瀬先輩もいるんですからね。先輩ももっと文句言った方がいいですよ。目の前でいちゃつくなって」

「あはは……」

「いちゃついてない」


 突然現れたゆゆは不満をぶつけてくる。別にイチャついてないから。

 それに倉瀬も困ってるだろ。


「それなら別にいいんですけどね。でもせんぱい、バスケしてるとこすごくカッコよかったです! ゆゆ惚れなおしちゃいました!」

「はいはい」

「む……なんか朝霧先輩と反応違いませんか?」

「気のせいだ」


 ゆゆは頬を膨らませて抗議する。

 確かにゆゆに言われてもあまり、こうなんていうか……ドキっとしない。

 やっぱ妹っぽいからか?


「でも私から見ても伊藤くん、すごく上手だった。相手もバスケ部いたのに勝っちゃったし。経験者だったの?」

「まぁ、昔ちょっとやったことある程度だ」

「すごいね」


 やっぱりなんか倉瀬との会話はぎこちなく感じる。


「それよりも次の試合よ。あんた勝てるの? 中城のチームでしょ?」

「ああ……」


 そう、次の対戦相手は同じクラスでもある中城のチームだ。

 始まる前にやりとりしたが、お互い生き残ることができた。

 だけど、こういうのって普通、決勝戦とかで対戦するのがお約束じゃない?


「厄介だよなー。俺たちと違って全チームに圧勝してるし」

「あれ、笹岡いたの?」

「いたよ!!!」


 他の試合も見たが、普通に勝てる気がしない。

 中城のチームにはバスケ部は中城だけだけど、本人の実力も去ることながらチームとして完成度も高い。


「相手には元バスケ部とか、中城と中学の時仲良い奴もいるからなー。チームワークはバッチリみたいだ。しかも中城のやつ、たかだか球技大会でも、相手がどんなやつでも手を抜かないみたいだし。よっぽど自分のファンが俺に惚れるのが怖いと見える」

「それはないと思う」


 こんなこと言ってるが、正直草介の貢献は計り知れない。ちゃらんぽらんな奴だが、運動神経はかなり高く、バスケ部ほどではないが、それなりにドリブルやシュートの技術があった。


「次も頼りにしてるぞ」

「ああ、任せとけ!」

「私たちも頑張らないとね」

「ええ、新世たちに負けてられないわ」


 優李たちもどうやら気合いたっぷりのようだ。


「そっちも同じ時間だよな」

「ええ。このタイムテーブル考えた人バカなのかしら。私たち四組三チームも同じ時間なんて応援が分散するじゃない!!」

「意外だな。応援ほしいタイプなのか」

「全くわかってませんねぇ、せんぱいは。朝霧先輩はせんぱいに応援してもらいたいんですよ」

「……なんで?」

「──はぁ。もう皆まで言わないとわからないんですか? いいですか? 朝霧先輩は──」

「あああああああああああ、三谷さん、何言ってるの!?」

「ええー、せんぱい朴念仁だからゆゆが教えてあげようと思ったんですが」


 酷い言われようだ。


「余計なことは言わなくていいの!! と、ともかく! 新世は自分の試合に集中しなさい!! いい!?」

「言われなくてもそうするって。何をそんなに焦ってるんだか。でも確かに優李たちの試合を応援できないのは残念だな」

「な、なんでっ!?」

「そりゃ、同じクラスだし、食券かかってんだから応援するだろ」

「……」

「なんだよ、その顔……」

「せんぱいってほんとどうしようもないですね……」

「あはは……伊藤くん、それはちょっと……」


 あれ……なんでみんなそんな目で俺を見るの!? やめて!!


「全く乙女心がわかってないなぁ、新世くんは……。君がそんな──ぎゃーああすっ!」


 なんとなく、青色の猫型ロボットの真似をする草介にバカにされた気がしたので目潰ししておいた。


 ◆


 お昼休み。

 私はナツと一緒にお昼ご飯を食べていた。朝まで気まずかったのが嘘だったかのようだ。


 きっかけは新世くんだ。

 新世くんのプレーを見た私たちはその話題で持ちきりになったのだ。


「あんだけ伊藤くんがうまいなんてホントびっくりだね!」

「うん! すごかったね!」

「うちのクラスも惜しかったんだけどな〜。あんなシュート見せられたらどうしようもないよね」

「そだね」


 最後、新世くんのチームが逆転した時にしたシュート。

 あんな難しいシュートを決めるなんてさすが新世くんだと思った。


 そして競っているときに見た新世くんの表情。


 すごく真剣で楽しそうなあの眼差し。どこかで見たことあるような気がした。

 そんな新世くんを私は──


「──っ」


 思い出して、顔が紅潮する。


「それにしても元気出てきてよかったよ。やっぱ愛しの彼氏さんは違うね」

「か、彼氏!?」

「あはは、冗談だって! ようやくその反応も見れた!」

「もー! ナツのバカ……」


 調子が出てきたのはいいことだけど、それとこれとは別。

 第一彼氏じゃない……し……。なんだろ、モヤモヤする。


「町田とかも惜しかったんだけどねー。後で慰めてあげたら?」

「なんで翠花が町田を慰めないといけないのさ」

「さぁー? 町田もドンマイだね〜」

「……何が?」

「何でも」


 いつものナツだ。私がわからないからって一人で楽しそうにニヤニヤしてる……。


「次伊藤くんら、中城のところとやるんだよね」

「中城のところ……確か同じクラスだよね?」

「そ、四組同士の対決。伊藤くんもうまかったけど中城もかなりうまいからね」

「うん……」


 中城は男子バスケ部の中でも別格だ。一年からスタメンの座を獲得して、今では県選抜にも選ばれているくらいの選手。


「新世くん、大丈夫かな……」

「こりゃ、愛しの翠花からの応援が鍵になるかもね〜」

「うん……応援しないと」

「ありゃ? 無反応……」

「翠花だってそう何度も言われれば、揶揄われてることくらい分かりますーだ」

「ちぇ、つまんなーい」

「それよりも私たちも準決あるんだから、そっちも頑張らないと」

「そうだね。とりあえず、ちゃっちゃと相手倒して、伊藤くんたちの応援に集中しよ!」


 ナツの言葉に私は頷いて、やる気を出すためにお弁当をしっかり食べて午後の試合に臨んだ。


──────────


大会開始前に続き、新世くんとクラスメイトの一コマ。新世くんは格好良く活躍したようですね。

この章ももうすぐで終わりを迎えそうです。いい未来が掴めるといいですな!


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