第121話 責任とは

 ここに転校してきた時は、ことあるごとに面倒ごとは避けようとしていた。

 しかし、いくら頑張ったってそれは避け切れず、勝手に向こうからやってくるのである。

 まるで未来予知が俺にその面倒ごとを引き受けさせたいかのように。


 だからってまさか自分からその面倒ごとにクビを突っ込むなんて思ってもいなかった。

 その心情の変化は、転校してからの数ヶ月、いろんなことがあったからかもしれない。

 優李の家族のことから始まり、ゆゆの苦しみ。そしてつい最近には、翠花の悩み。

 そういう経験をしてきて、大変じゃなかったと言えば、嘘になるけど俺はそれでも関わってよかったなと思っている。

 おかげでみんなのことを深く知ることができた。俺が知らないことを教えてくれた。


 誰とも深く関わることのできなかった俺が今こうやって多くの友達に囲まれて過ごしている。


 ただ俺から一言言いたいのは、関わると決めた以上、中途半端はなのはよくないということだ。よく優李から中途半端な優しさだなんだと言われている俺であるが、今はそれが身に染みている。


 要は他人の事情に簡単にクビを突っ込むことをオススメはしない。そう言いたい。


「…………」

「…………」

「…………」


 なんだこれ。何の時間?


 カチャカチャと食器にフォークやナイフが当たる音だけが場を支配している。

 時折、キュポンとボトルからコルクが抜けた音がして、グラスにトポトポとワインが注がれる音がする。


「どうしたの、伊藤くん。もしかしてお口に合わないのかしら?」

「あ、いえ……そういうわけではなく……」

「でしたら、温かいうちに召し上がってくださいな。お代わりが欲しければ、用意させますので」

「お、お気遣いなく」

「……」


 今は、絶賛お食事会の途中である。


 高層マンションの上層階にある藤林家を訪れた俺は、今日は自宅にいるという藤林のお母さん──玲奈れなさんに話をしようとした。


 突き返されるのを覚悟で藤林のために粘って話をしようとしていたのだが、なぜかそのまま普通に夕食に招待され、三人で一緒に食べることになったのである。


 当然、和気藹々と会話があるわけでもなく、無言でただ並べられた料理に手を伸ばすだけだった。

 ちなみに夕食には雇ったシェフが来て、鉄板料理を振る舞ってくれている。


 自宅に鉄板あるってなんだよ。そうツッコミを入れたい。

 マンション見上げた時から思ってたけど、とんでもない金持ちのようだ。


 藤林も意外にもテーブルマナーがしっかりしており、いつもの姿からは想像もできないくらい上品に召し上がっていた。


 これが格差社会か……。


 俺も見様見真似で用意された料理を頂きつつ、会話のチャンスを伺う。

 しかし、玲奈さんは全く表情を変えず、料理とワインを楽しんでいた。


 藤林曰く、玲奈さんは有名な化粧品会社の社長をやっているらしい。

 なるほど、確かに言うだけあって、できる社会人のオーラがこれでもかと漂っている。


 気まずい沈黙がそのまま続いていく。今すぐにでも逃げ出したくなってきた。

 そういえば、倉瀬の時以来だな。友達の親とご一緒するのは。

 あの時も色々気まずかったが、今回も違う意味で気まずい。さっさと用件を話して帰りたい。


「あ、あの……」

「伊藤さん。今はお食事中よ。お話がしたいなら、食事後といたしましょう」

「あ、はい」


 やっぱり話を切り出せる雰囲気じゃなかった。


 ややこしい話はあとにしろってことか? それとも普通にマナー的なことで注意された?

 判断つかねぇ……。


 藤林も諦めているのか、今は黙々とご飯をいただくしかないようだ。



 そしてようやく、楽しい食事会が終わり、お手伝いさんがテーブルをきれいに整えてくれた。

 食後のコーヒーがそれぞれ運ばれてきた。

 夏ではあるが、部屋の空調がよく効いており、ホットで用意される。

 正面の玲奈さんは、カップを手に取りそれを上品に飲んだ。


 カチャリと皿にカップを置いてから玲奈さんはようやく口を開いた。


「ご飯はお口に合ったかしら」

「え、ええ。とてもおいしかったです」

「それはよかったわ」

「えっと! 今日来たのは」

「紗奈に何か唆されて、無理やり連れてこられたのね。ごめんなさいね、うちの娘はいつも他の人の都合を考えずに行動するものですから」

「はぁ!? ちが──」

「いえ、無理やり連れてこられたわけではありません」


 藤林が反論をしようとしたところで言葉を先に被せる。藤林はそれに驚いたように口を噤んだ。


「俺は、藤林の友達として玲奈さんと話をしに来たんです」

「……話、ね。何を頼まれたのかは見当がつくわ。言っておくけれど、勉強の件なら話を聞くつもりはないわよ。この夏は、補習以外はずっと家で勉強してもらいます。そのために家庭教師の方にも来てもらうのだから。夏だけじゃないわね。夏以降も今後はずっとそうしてもらうわ」

「っ」


 先手を打たれた。俺が今まさに話そうとしていたことを……。

 しかも夏だけじゃなくて、今後の行動まで制限が追加された。

 奔放な藤林にとってそれはあまりに酷だ。例え、勉強をする必要があったとしてもあまりに制限があるようでは、身も入らないのではないのではないだろうか。


「……それは厳しすぎるんじゃないでしょうか?」

「厳しい? 今までが甘やかしすぎたの。学校の成績が悪いだけでなく、聞けばまともに学校にも行っていないと言うじゃない。私も仕事が忙しくて見てあげられなかったのは申し訳なかったと思っているわ。放っておいた責任もある、だからこそ人並みくらいにはできるようにしてあげるのも私の責任よ。そのために最高の環境を今から用意してあげるようって言っているの」

「またそんな勝手言って──」

「藤林、ここは俺に任せてほしい」

「……うん」


 俺が止めると藤林は素直に引き下がる。それを見て、玲奈さんの視線も鋭くなった。


「勉強なら俺が責任持って教えます。だからもう少し自由を認めてあげてくれませんか? ……お願いします」

「あ、新世……っ」


 俺は伝えたいことを言い、頭を下げる。横の藤林は俺が頭を下げると思っていなかったようで動揺している。


「なぜあなたのそんなお願いを聞く必要があるのかしら。これはこちらの家庭の問題よ」

「……それでも……藤林は嫌がっています」

「これから社会に出たら、嫌なことはいくらでもあるわ。下げたくない頭を下げることだってあるの。いつまでも子供みたいに駄々をこねるだけでは成長はしないわ。その点、あなたはそれが分かっているようだけれどね」

「本人にやる気のない状態でやっても効果があるとは思えません」

「それでもやらないよりかはマシだわ。それとも……あなたならそれができるというのかしら? わがままで身勝手な不肖の娘を更生させられると?」

「わかりません。でもやれることはやります。それに……藤林はそれほど身勝手でもわがままでもないです」

「…………」


 沈黙が続く。その間も冷たい視線は俺を捕らえて離さない。

 さすがに俺ごときのお願いを聞いてもらうなんて無理なのかもしれない。家庭の事情と言われれば、その通りだ。そこに首を突っ込むのは野暮というもの。それでも藤林の悩みをどうにかしてやりたかった。


「いいわ。そこまで言うならあなたに任せるわ」

「…………へ?」


 今なんて?


「聞こえなかったかしら? そこまで自信があるなら紗奈のことは責任持ってあなたに任せる、そう言ったの」


 あまりにあっさりと。拍子抜けだった。いや、結構押し問答は続いたけどもっと拒否されるものだと思っていた。


「そ、そんな簡単にいいんですか? 頼んだ俺が言うのも何ですけど……」

「別に構わないわ」


 玲奈さんは、コーヒーを飲みながら答える。

 それに安心して少しだけ息を吐く。


「ただし、こちらの条件は呑んでもらう」

「……条件?」

「ええ。ただ単純に任せて上手く行くと思うほど、私も愚かではないわ。その条件を満たせるのなら、今後もある程度紗奈の自由は認めましょう」


 そうだよな。しかし、条件か……。

 一体どんな無理難題を押し付けられるのか。


「一つ、補習にはすべて出席してもらいます。その上で補習の確認テストに全て合格すること」


 これは……まぁ、当然のことか。今の藤林の学力がどれくらいのものかわからないけど。

 確認テストは各補習の最終日にあるって草介が言ってったけな?

 それで点数が悪ければ、夏休み後半も引き続き、補習地獄となる。


 これは藤林に対する条件でもあるが、勉強を教える俺にも課せられたものでもある。

 それに一つってことはまだあるのか。


「二つ、明日から次回の確認テストが終わるまで家庭教師から授業は毎日3時間だけでも受けること」

「なっ!? 話が違うじゃん!」

「あのね。これでも譲歩しているの。それが聞けないなら今、言ったことをやめて無理やり、勉強漬けにさせてもいいのよ? 人を雇ってあなたを家から出さないようにするなんて簡単だもの」

「……っ」


 二つ目も藤林に対する条件。

 本来、補習以外の時間のほとんどを見てもらう予定になっていたことに比べれば、幾分かマシだ。藤林にとって家庭教師自体嫌ものではあるかもしれないが、テストに合格しなければ、結局、自由度は下がる。俺が教えると言ったものの、俺だけの力では限界もあるのでそういう意味では、玲奈さんのこの提案は有り難くもある。


「三つ。これで万が一、テストで不合格になったり、生活態度に対して改善の兆しが見えなければ、あなたには責任を取ってもらうわ」

「せ、責任……?」


 藤林のお母さんは俺を見て、冷めた眼差しでそう言った。


 俺が責任? え、何をするんだ……?


「他人様の家庭の事情に口を出したのだもの。それくらいの覚悟は持ってもらわないと困るわ」

「あ、あのー、それってどういう……? 」


 まだ言っていることが理解できない俺は再度、質問を繰り返す。


「責任は責任よ。人の人生を背負う責任は取ってもらわなくちゃいけないわ」

「…………」


 確かに藤林のお母さんからしたら、娘の更生の機会を俺に託してるわけだからそうなんだけど……絶妙にわからん言い方。

 だから責任取ったらどうなるのか聞きたいんですけど……?

 命握られるとかそういうことじゃないよね?


「そんな怖い顔しなくてもいいわ。別に取って食おうってわけじゃない。そうね……紗奈の人生を一緒に背負ってもらおうかしら」

「……はい?」


 ちょっと待て。それってつまり……そういうこと?

 え、この雰囲気でそんなことってある……? 違うよな?

 というか、期間が微妙に短い! 人の人生に対する責任に背負うには短すぎない!?


 玲奈さんは焦る俺を見て、少し笑った。

 ……もしかしてからかわれてるのか? 玲奈さんみたいな人がまさかな……。

 

「私は本気よ」


 ……本気だった。

 藤林は何のことを言っているのかわからないのか、頭にハテナを浮かべていた。


「この三つが守れるのであれば、好きにするといいわ。もちろん、補習や家庭教師以外の時間は今まで通り、好きにするといいわ。それで合格ができればいいけれど」


 ここで頷いていいのか? 何か取り返しのつかない契約に思えて仕方ない。

 まぁ、でもここまで来てやっぱいいです、とは言えない。覚悟を決めるしかないのか……?

 いや……藤林だったら大丈夫だ。そう信じるほかない。


「分かり、ました。藤林もそれでいいな?」

「……新世がそう言うんなら、頑張る」

「ありがとう」

「それはこっちのセリフ! ……ありがと」


 藤林は視線を逸らし、頬を染めてぶっきらぼうにそう言った。


「それじゃあ、もう遅い時間だからタクシーを呼ぶわ。来るまで待っててちょうだい」


 そうして、なんとか藤林のお母さんを説得した俺は数分後、呼ばれてきたタクシーに乗って帰宅したのだった。





────────

更新時間少し遅れすみません!

条件のあたり何度も書き直しましたが、矛盾がないか心配……。

やり手のお母さんですが、何を企んでいるのやら。

それとも……?


まぁ、失敗しても新世くんに責任とってもらうだけですから。それもありかもしれないですよね!! なんの責任か知らんけど。

紗奈派の皆さん。応援してあげてください。約束を守るべきか、破るべきか。


ご感想お待ちしております!











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