第122話 補習と家庭教師の始まり
新世をマンションの下まで見送り、タクシーを待つ。
「悪いな、全部藤林の思うようにはできなかった」
「別にいいって。あのお母さんが提案を聞いてくれるとは思ってなかったし」
「って言っても確かにあのお母さんの言うことも一理あるからな。あんまり学校サボりすぎたり、微妙なテストの点数取ってたら、留年する。それは嫌だろ?」
「それは……そうだけど」
「だからちょっとは勉強の方も頑張ってくれ。俺も付き合うからさ」
分からない。私の中では疑問が膨らんでいた。
新世はいつも面倒だと口を出す。だけども今日に限って、あたしをこんなに助けてくれる気になったのはなぜだろう?
「なんであたしのことそんなに助けてくれるの? いつも面倒臭そうにしてるくせに」
「まぁ、面倒なのは確かだ」
「だったらなんで!」
「でも最近思う様になったんだ。そういうのも悪くないかなってな。一度きりしかない人生なんだし、悩みなく楽しめた方が得だろ?」
「……何それ」
「それに藤林だけ海に行かないって言うのも違うしな。優李たちからも頼まれてんだ。一緒に海行きたいから説得してきてくれって」
新世の言葉でなんとも言えない感情が胸に溜まる。
今までこんなことを言ってくれる様な友達はいなかった。新世にしても優李にしても。
みんなあたしの見てくれだけを見て、噂だけを信じて好き勝手言ってくる連中しかいなかった。
気がつけば、頬に何か伝っていた。
「ちょっ!? 藤林!?」
それが涙であると気がついたのは、新世の焦った姿を見てからだ。
あたしは慌てて、手でそれを拭う。
化粧も崩れるし、最悪だ。
「別になんでもない! こっち見んな!」
「お、おう……」
「…………」
「…………」
しばらくお互いが無言になる。気まずい。
そしてそんなタイミングでタクシーがやってきて乗り場に止まり、ドアが自動で開かれた。
「……じゃあ、帰るわ」
「あ、新世!」
タクシーに乗り込みそうになったところで言いたいことがあったあたしは新世を呼び止める。
このまま気まずい空気のままお別れはしたくなかった。
「海」
「……え?」
「行くから、勉強手伝って」
「……あ、ああ。手伝うよ。藤林のお母さんとも約束したしな」
「無理だったら新世にも責任取ってもらうって言ってたけど、お母さんのことだから何するかわからないし。私の人生を一緒にって言ってたけど、どういう意味なんだろ」
「そ、それはなぁ……」
新世も流石に困惑した様子だ。あのお母さんのことだ。無茶な要求をしても驚かない。
「まぁ、そうならないためにもとりあえず新世のために頑張らないとね!」
「マジで頼む」
新世は切実そうな顔で言った。お母さんのせいとはいえ、困った顔をする新世を見てあたしはいつものように楽しくなってきた。
だけど、いつまでもタクシーを待たせるのも悪い。最後に一言だけ、からかってやろう。
「それにカッコつけすぎ」
「つけたつもりはないから」
「童貞のくせに」
「ぐっ! お前なぁ……」
「ほら、タクシーの運転手さん、待ってるよ。早く乗りなよ」
新世は何かを恨めしそうな顔をしてからタクシーに乗り込む。
乗り込んでから、あたしは窓を開けるように軽くノックする。
運転手さんはそれに気を利かせて、窓を開けてくれた。
そこから新世が『なんだ? まだ言いたいことでもあるのか?』といわんばかりに顔を覗かせた。
あたしはそこに近づき、新世に耳打ちする。
「でも……ありがと。嬉しかったよ。ちゃんとあたしが約束守れたらお礼に童貞もらってあげる」
「──っ!?」
顔を真っ赤にして驚いた新世を乗せたタクシーは出発し、遠ざかっていく。
「あはは、あの顔笑える」
楽しくなったあたしは、上機嫌でお母さんの待つマンションへと戻った。
新世にあれだけしてもらったんだ。あたしも頑張らなくちゃいけない。
「おかえりなさい。伊藤くんは無事、タクシーに乗れたかしら」
マンションへ戻るともうお母さんはパソコンを広げ、何かの資料と格闘していた。お酒まで飲んだというのにここにきてまだ仕事する姿にあたしは驚きを通り越して呆れていた。
「……うん。今帰った」
「そう」
「……」
「……」
お母さんは言葉少なにそれだけ言ってこちらを一瞥すると何かの資料をまた読み込み始めた。
「ねぇ。補習の最後のテスト合格したら、海行っていい?」
「……海」
「うん。友達と約束したから」
「好きになさい。言ったはずよ、約束が守れるのならば好きにしていいわ」
相変わらず私のことなんて興味がないと言ったそぶりだ。
「ねぇ、なんで新世のお願い聞いてくれたの?」
「理由はないわ。合理的に考えて約束をしてしまえば例えあなたがダメだったとしても特に問題はない。そう判断しただけよ」
「っ!」
どんな時でも合理的に物事を進める。やっぱりこの人はあたしを見ていない。
どこか期待した自分に苛立ちを覚える。
「またそうやって──」
「強いて言えばあなたがやる気になった。それで十分じゃないかしら」
「……!」
やっぱり何を考えているか分からない。そう言ったことも合理的な判断?
ダメだ。このまま会話していてもまた喧嘩になる。今日はもうお風呂に入って寝よう。明日からしっかり補習にも行かないと。絶対にお母さんなんかに負けない。
「紗奈」
リビングを後にしようとしたところで呼び止められる。
また何か小言が飛んでくるのかと思い、ため息をついてお母さんに向き直る。
相変わらず、目を合わそうとせず何かの資料と格闘し、パソコンを操作し続けている。
「あまりクーラーで冷やしすぎない様に気をつけなさい」
「……分かってる」
まるで子ども扱い。でもなんとなくあたしを気にかけるその一言が少しだけ嬉しく感じてしまった。
◆
翌日、あたしは目覚ましの時間通りに目が覚めた。
もうお母さんは家を出ており、またいつものように家の中はあたしだけ。静寂が漂う。
いつもよりかなり早めの起床なのにもういないなんて……。
何時に出てんの?
あたしはお母さんがどれくらい忙しくて大変なのか気にしたことがなかった。
「あー、なんか変な感じ」
夏休みだっていうのに早起きして制服を着ている。姿見に写された自分自身を覗き込み、少し笑った。
それから新世から連絡が来た。ちゃんと起きているのか、補習に行くのかの確認の電話だ。
『おはよう。ちゃんと起きてるか?』
『ちゃんと起きてるってば』
『ならいいけど……ふぁ……』
『ちょっとやめてよ。あくびされるとあたしまで眠くなるじゃん』
『このためだけに起きてる俺の身にもなってくれ』
『どうせ、昨日のあたしが言ったことでムラムラして寝れなかったんでしょ?』
『……切るぞ』
新世をからかえたことに満足したあたしはそのまま補習のため、学校へ向かった。
普段まともに授業を受けていないあたしは補習の内容もあまり頭に入ってこない。
ノートを取るだけで精一杯だった。
補習を受ける人自体そこまで多いわけではないので、同じ学年で一クラスに集まって授業を受ける。
前の方には、新世の友達の笹岡?がいた。なにやら隣の席の女子と話している様子。
それもどこか気安く、でも和やかな雰囲気というよりかはお互いを牽制し合うような感じだった。
それから補習が終わり、家へ。慣れないことをしているから午前中だけでも非常に疲れた。
だけど、まだこれから先に家庭教師だ。
それが終われば、新世の家で勉強。あれ……結局、あんまり自由ない? と思わないこともなかったけど、まぁ、家に閉じ込められるよりかマシだと我慢した。
家に帰ると珍しく昼間なのにお母さんがいた。
そして横には青年。おそらく家庭教師だ。
「こちらあなたの家庭教師をしてくださる、須藤くんよ」
「
須藤と名乗った茶髪の男性は見た目は好青年だ。
礼儀も正しく、高身長で容姿もイケメン。第一印象は女性にモテそうなだと思った。
「紗奈。挨拶しなさい」
「藤林紗奈」
「ごめんね、須藤くん。この子無愛想で。私はこれから仕事だから後は頼むわね」
「はい、お任せください。責任持って、お勉強見させてもらいます」
「ちょっと待ってよ! もしかして二人きりなの!?」
見知らぬ男と二人きり。普通に考えてそんなのありえなくない?
「何も心配することはないわ。須藤くんはあなたが思っているような方ではないのだから」
「だからって……」
「……はぁ。もう少ししたらお手伝いさんの和田さんがくるからそれまでは我慢なさい。ごめんなさいね、須藤くん。わがままを言って」
和田さんというのは時折、家のことをしてくれるお手伝いさんだ。四十代の女性で家の掃除やあたしの夜ご飯を作ってくれることもある。
それでも毎日来てくれているわけではない。
「いえこちらこそ、配慮ができてなくてすみません。紗奈ちゃんもごめんね。できるだけ不快にならないように気をつけるから」
「……」
「じゃあ、私はもう行くから。ちゃんと勉強するのよ」
それだけ言ってお母さんは言ってしまった。
「それじゃあ、お昼を食べたら勉強しようか。僕はもう食べたから少しスペースを借りて待たせてもらうね」
須藤と名乗った家庭教師も少し気まずそうにしながらもリビングのもう一つの机を借りて、ノートPCを開き何か作業を始めたのだった。
──────────
お礼にもらってくれるんですな。新世くんは一生懸命教えなければいけませんね!
そして家庭教師は意外と普通な人でした。しかもイケメン。
草介の方も実はラブコメしちゃってたりして。
その辺も次回の間章で書きたいなーって思ったり。
ご感想お待ちしております!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます