第106話 エピローグ あの太陽にむかって

 熱狂で包まれた会場は多くの声援が聞こえる。どちらのチームも激しさを増しながらお互いに全力を尽くす姿が見てとれる。


「先輩ッ!!!」

「ナイスパスッ!!」


 翠花が相手選手をドライブで突破した。しかし、相手のチームのヘルプが出てきて、翠花のコースを塞ぐ。

 翠花はヘルプにきたディフェンスが元々マークしていたチームメイトをフリーにしたことを見逃さなかった。


 翠花が捌いたパスがチームメイトの先輩の完全なフリーを演出する。

 先輩はそれに応えるように綺麗な放物線を描くシュートを放った。


「よし!!」


 リングに当たらず、ネットをくぐる気持ちのいい音が聞こえた。

 これで5点差がつき、すぐにタイマーが鳴ってハーフタイムに入った。


 ハーフタイムに入るとベンチにうちの高校の選手たちが集まり、顧問の先生が前半の試合内容を総括する。

 どのプレーがよく、どのプレーがダメだったか、そして後半には相手の何に注意しなければいけないかを選手たちに伝えている。


 翠花や先ほどシュートを決めた先輩、岡井さんも先生の話を真剣な表情で聞いている。


 そして顧問の先生の話が終わると試合再会のブザーが鳴るまでは、体力の回復に努める。

 その間、生徒たち同士でまた鼓舞していた。


「翠花! さっきのパスよかったよ!!」

「ありがとうございます! 先輩も最後の締めくくりナイスでした!」

「よし、後半もこの調子で行こう!」

「下がっちゃダメだよ、相手にプレッシャー与えていこう」

「リバウンドしっかり抑えて。ボックスアウトするよ」

「はい!」


 あの日、バラバラに思えたチームの姿はそこにはない。

 先ほど最後のシュートを決めた先輩──翠花と言い争っていた川上先輩──も翠花とコミュニケーションをとり、自身たちのプレーを讃えあっていた。


 ──このままいけば、勝てる。


 誰もがそんな希望に向かい、目を輝かせている。


 そんな翠花たちを見て、数日前のことを思い出す。


 ◇


 翠花をお墓参りに連れ出した前日のこと。

 俺はもう一つの目的のために動いていた。


 部活の終わりを待っていた俺は、未来予知で記された場所へときていた。


「川上先輩と永井先輩!」


 俺が前を歩く二人の先輩の名前を呼ぶ。


「ちょっ!?」

「あぶなっ!」


 俺が呼んだことにより、二人は曲がり角からやってきた自転車をどうにか避けることができた。


 先輩たちにぶつかりそうになった自転車はイヤホンをしていたのか、先輩たちに気がつくことなく通り過ぎて行った。


「あいつ、サイテー。無視してさー」

「ホントだよ。この時期に怪我したらどうしてくれんだって感じ」


 そんな自転車の男に悪態をつく二人。

 それから先輩たちは、名前を呼んだ俺に向き直る。


「助かった。ありがとう。……でもだれ? 知ってる?」

「ううん、知らない」


 翠花と言い争いをしていた川上先輩と永井先輩はお互いに首を振る。

 まぁ、直接話したことないし、当然だろう。


「二年の伊藤って言います。先輩たちと少し話がしたくて」

「ええ〜、ナンパってやつ?」

「んー、タイプじゃないけど……まぁ話くらい聞いてもいいけど」


 なんか勝手に盛り上がって否定しづらいが、そんな目的のために先輩たちに会いにきたわけじゃない。


「いえ、翠花のことで」

「……!」

「あ、この子、前に翠花を負ぶってった子じゃない?」

「え、ってことは翠花の彼氏ってこと?」


 二人は翠花の名前を出すと顔色を変えた。そして俺が誰なのかも気づいたようだ。


「ええー、その彼氏くんが何の用?」

「もしかして、なんか文句言いにきたってこと?」

「彼氏じゃないです。文句ってわけじゃないんですけど……ちょっと来てほしいところがあって」

「はぁ? もう帰るところなんだけど」

「さっき助けたお礼ってことで、ちょっとだけお願いできません?」

「「……」」


 俺は下手に出つつも、助けたことを引き合いにお願いをする。

 先輩たちも助けてもらったことに関して、少しばかり思うことがあるようだ。


 そして俺のお願いに仕方なさそうに頷いた。



 先輩たちを連れて、少し歩く。気まずい空気が流れながらも俺は翠花と1ON1をした公園へ連れてきた。


 そこから聞こえてくるのはボールの跳ねる音。


「翠花……」

「何してんの、こんなとこで」


 先輩たちは二人とも驚いている。


 今日は、体育教官室の先生に用事があるということで部活が終わったらすぐに体育館は閉められた。

 それにも関わらず、さっき練習が終わったばかりの翠花がもう公園で自主練習をしているのだから。


「翠花部活終わって、体育館が閉まってからもいつもここで練習してるんです。それこそ、部活のない日も休みの半日練習の時だって空いている時間はほとんどここにいます」

「……それで君は何が言いたいわけ?」

「いえ、ただ先輩たちに知って欲しかっただけです。翠花はいつでも全力を尽くしてるってことを」

「……」

「確かに今の翠花はいいプレーができていないかもしれません。でも必ず、またいいプレーをします。だから翠花を見ていてあげてください。お願いします」


 俺は先輩二人に頭を下げた。

 無言のプレッシャーが俺に伝わってくる。


「帰ろ」

「え、うん」


 先輩二人は返事をすることなく、元来た方へ体を翻し、帰っていった。


 ◇


 無駄じゃなかったみたいだな。

 別に俺があんなことしなくても大丈夫だったかもしれないが。翠花の今の表情を見て、それを確信する。


 後半が始まり、また試合が再開した。


 今の翠花見ていれば、心からバスケットボールという競技が大好きなのが伝わってくる。

 それは独りよがりなものではなく、強い相手と戦うこともチームメイトと勝利のために足並みを揃えることも、その全てを楽しんでいる。


 必死になって打ち込む姿は初めて見た時のように、太陽のように輝いていた。


 そして試合も終盤に入り、点差は一点差。相手に負けている状態で最後のポゼッションに入るところだ。

 残り7秒で翠花のチームの顧問がタイムアウトを取り、最後のプレーをコールする。


 どのようにチームで動いて、どのように得点を取りに行くか。シュートを打つのが誰なのか。


 顧問の話を聞く姿は、誰しも真剣でその内容に対して、誰一人不満な顔は見せていない。


 そしてタイムアウトの終了のブザーが鳴り、最後のプレーが始まった。


 コートサイドから川上先輩がパスを捌き、キャプテンの人がボールを受け取る。

 キャプテンがドリブルをつき、突破にかかる。

 誰もがキャプテンがそのままシュートに行くのかと思った。


 しかし、彼女はボールがない場所で行われていたスクリーン(特定の選手からマークマンを剥がすため、別の選手が壁役になること)セットでフリーになった選手を見逃さない。


 キャプテンの視線の先にいるのは、フリーになった翠花だった。

 捌かれたボールは翠花の手元に綺麗に収まる。


 そして翠花は流れるようにシュートを放った。

 遅れてやってきたマークマンなどまるで視界に入っていないようにいつも通りで完璧な綺麗な弧を描いたシュートだった。


 ──バスッ!


 リングに当たることなく、ネットに吸い込まれたボール。そして、同時に試合終了を告げるブザー音。


 ────……。

 

 会場の全てから一瞬、音がなくなる。そして──。


「「「「「やったああああああああああ!!!!!!!」」」」


 ──わああああああああああああああ!!!

 ──すげえええええええええええ!!

 ──水高勝ちやがった!!

 ──県大会のリベンジだ!!


 その瞬間、悲鳴にも似た歓声で会場が盛り上がる。

 コートにいる選手も外にいる選手も皆、抱き合っていた。


 相手チームとの健闘を讃えあい、挨拶を終えると一斉に翠花にみんなが抱きつきに行く。


「ちょ、みんな!?」

「さっすが翠花!!!」

「よく決めたよぉ!!!!」

「鳥肌立っちゃった!!!」

「ああ、やばい泣けてきたぁ……」


 そしてみんなに埋もれる翠花と閲覧席から見ている俺と目が合った。

 俺が見ていたと気づいた翠花はこちらに向かってピースをした。


「はは」


 ……やっぱり翠花には笑顔が似合う。

 光を放つその姿を眩しく思った。


 ◆


 での最後の試合が終わり、私たちの夏が終わった。

 結果は地方大会での優勝。県大会で惜しくも負けて、インターハイを逃した相手に今度は地方大会でリベンジしたのだ。


 今できる最高の結果に二年生である私たちも先輩たちも皆一様に喜んだ。

 そして泣いていた。



 大会での帰り道。電車を乗り継いで高校がある水原町へと戻ってきた。外はもうすっかり薄暗くなっている。

 駅の邪魔にならない場所で顧問の先生や先輩たちからの挨拶を聞いて解散となった。


 もう先輩たちと一緒にバスケができないと思うと寂しくなる。せっかくもっといいプレーができるようになったのに。

 先輩たちの姿を見ながらそんな風に思っていた。


「なーにしけた顔してんの」

「か、川上先輩……!」


 以外にもそんな私に声をかけてきたのは、諍いがあった川上先輩だった。

 普段から私に対して厳しいと思っていたけど、私のいない場所で悪口を聞いて以来、嫌われていたんだと自覚した。


 そんな相手から声をかけられたものだから、すごく驚いてしまった。


「あんたさ……やるじゃん」

「……!」

「悪かったと思ってる。私、嫉妬してたんだ。翠花のバスケの才能に」

「そんな私なんて……」

「そのなんてって言うのやめなよ? 謙遜も行きすぎると嫌味になるからね」

「……すみません」

「……と、そんなことが言いたいんじゃなくてさ。翠花のは才能じゃなかった。努力して努力して努力して……。バスケが大好きでその上に成り立っているものなんだってやっと分かったんだよ」

「先輩……」

「だから、最後のシュート! あれ、すっごいカッコよかったよ。これからも頑張りなよ!」

「ぅぅぅ、せんぱいぃ……」


 自分を理解してもらえないと思っていた先輩からの賛辞に思わず、涙が滲んできた。


「ちょ、ちょっと泣かないでよ! 私が泣かせたみたいじゃん……! あ、ほらあそこ!」

「え……?」


 先輩は何かを見つけたように指を差す。そこにいたのは、


「新世くん……?」

「ほら、彼氏がいるんだしせっかくなら一緒に帰りな! 今日の活躍でも褒めてもらってさ」

「か、かれ……違いますよ!!」

「いいからいいから! おーい、そこの後輩ー!!」


 新世くんは自分が呼ばれたのを気づいたのか、こちらを見て少し面倒そうな顔をした。


 ……そんな顔しなくてもいいのに。

 ちょっと釈然としない。


「翠花が君と帰りたいそうだから一緒に帰ってあげてー!!! 暗いと危ないからーー!!」

「ちょ、先輩! 声が大きいですって!!!」


 私の注意も虚しく、それに気がついた他の女子バスケ部は歓喜の悲鳴を上げ、生暖かい視線の元、私は新世くんと一緒に駅を出ることになった。


 ◆


「……」

「……」


 気まずい……。どうしてこうなったんだ。

 翠花の地方大会決勝を見終えた俺は、電車を乗り継いで水原町まで帰ってきた。


 久しぶりの遠出に少し疲れたので帰ってさっさと寝ようと思っていた。

 それなのに、改札を出た途端、女子バスケ部の先輩に絡まれた。


 なんでまだいるんだ? 向こうの方が先に出たのに……。

 しかも、翠花と衝突していた先輩だ。

 女ってわかんねー。めちゃくちゃ仲良くなってんじゃんかよ……。


 そのせいもあって、なぜか翠花と一緒に帰ることになった。まぁ、ここはとりあえず労いの言葉をかけておくのが妥当か。


「お疲れだったな」

「う、うん……! ありがと!!」


 なんかぎこちない気もする。いつもの翠花らしくもない。……とやめよう。この前これで言い合いになったばかりだ。


「にしてもまさか本当に優勝までしてしまうとはな。しかも最後はドラマ的なブザービーター。ちょっと出来過ぎじゃないか?」

「あははは……だね! 翠花もそう思うよ。でもそれを言ったら新世くんだって」

「……俺が何だ? なんかそんなことあったっけ?」

「ほら、球技大会。忘れたの?」

「あ、いやあれは……」


 球技大会。準決勝で中城のチームと戦った時のことを思い出す。

 最後のポゼッション。今日の翠花と同じような場面で俺は最後の逆転シュートを放った。


 結果、ボールはリングに弾かれ、俺たちが逆転勝ちすることはなかった。

 その後、中城たちのチームは優勝を果たした。


 ちなみに女子の方では、優李たちが決勝まで進んだが、吹っ切れた翠花を相手に普通に負けていた。

 優李はめちゃくちゃ悔しがってたな。あれだけ悔しがる優李も珍しかった。

 それでも総合ポイントでうちのクラスが一位になり、食券が手に入ったのだった。


「ドラマ的だったら勝たないといけないだろ」

「うん、翠花もそう思う。普通勝つくない? あの場面だったら」

「うっ……」

「ほらー。だって翠花に一方的な約束までしておいての負けだよ? 優勝したら自信持てみたいなこと言ってたけど……負けちゃったもんね、新世くん」

「やめて! めっちゃ恥ずかしいから!! 口に出さないで!! あんだけ格好つけておいて有言実行できなかったの普通に恥ずかしいから!!!!」


 ついに翠花にもからかわれてしまった。


「あはは、新世くん顔真っ赤だよ?」

「ほっとけ!」


 俺は引きずるぞ! しばらくこの件でからかわれたら寝込んでやる!!!!



 でも本当によかった。すっかり元気を取り戻して。眩しいくらいに。


「どうかした?」

「いや、翠花って太陽みたいだよな」

「急に何!?」

「いや、こっちの話」

「何それー!」


 そうしたやりとりが続いたのち、ついに翠花の家まで着いた。

 ようやくか……。ちょっと疲れてしまった。


「ありがと、新世くん」

「どういたしまして。まぁ、送るくらいどうってことない」

「ううん、そうじゃなくて。いっぱい翠花に元気をくれてありがと。じゃあね」

「……おう」


 翠花はお礼を言って、門塀に手をかける。家に入って行くところまで見る必要もないので、俺は翠花に背を向け、帰ろうとした──その時。


「……え?」


 タタタと足音がしたと思うと何かが頬に触れた。

 右頬に触れた方に首を傾ける。


 そこには精一杯の背伸びをして、顔を真っ赤にして恥じらう翠花が見えた。


「えへへ、これはお礼ってことで!」

「お礼……」


 顔が灼熱のように熱くなって行くのが分かる。


 そして呆気にとられたままの俺に翠花は宣言する。


「翠花はもう逃げないよ。自分からも周りのみんなからも。そして……新世くんからも」

「それって……」

「好きだから! 新世くんのこと!」

「……!」


 気持ちいいくらいのドストレートな告白だった。


「そういうことだから! これからはバスケにも全力を尽くすし、新世くんにも全力を尽くすんだから。覚悟しててね!! じゃ、おやすみ!!」


 翠花はまた家の前まで小走りで戻り、中へと入っていった。


「…………」


 ダメだ。まだ頭が混乱している。翠花が俺に……?

 初めての真正面からの告白に俺の心臓は大きく高鳴っている。

 未だ熱が残る頬を抑えて空を見上げた。


「あつ……」


 雨雲一つない星空は、夏の訪れを告げていた。


 ◆


 玄関のドアを閉めて、その場にうずくまる。


「はぁ……心臓飛び出るかと思った」


 人生で初めて告白をした。そして初めて誰かを好きになった。

 それに気づいたら抑えきれなくなってしまった。


「えへへ……好き……」


 もう一度呟いて実感する。

 そしてさっき別れたばかりの大好きな人のことをすぐに考える。


 新世くんは私のことと太陽みたいだなんて言うけど、全然そんなことない。

 ううん。新世くんが太陽なんだよ。私は言うならヒマワリかな。太陽に向かって必死に咲き誇る一輪の花。

 そんな私を見ててね? もっと綺麗に咲いてみせるから!!


 そう決意して、私は家の中へと入っていった。


 後日、ご近所で私に彼氏ができたと噂になり、お母さんから優しい言葉をかけられたのはまた別のお話。


 ◆


 本当にたまたまだった。それを見てしまったのも。そこに出会したのも。


「……」


 胸がキュッと締め付けられた。


 ────────


 長くなりましたが、これにて3章(翠花編)終了でございます。

 この章が始まってから何度も更新が止まってしまい、申し訳ございませんでした。


 ですが、最後は満足の行くものが書けたかと思います。

 もう少し初めからしっかり練れていれば、もっといいものがかけていたかもしれませんが、最後の方は割と満足しています。


新世を含め、ほとんどのヒロインが悲しい重い過去を持っているんですが、翠花だけは違うんですよね。ごくごく一般のご家庭です。

そんな翠花だからこそ、新世に光を与えられたのかと思います。


そして新世が唯一過去を明かしたのは翠花で、告白をしたのも翠花だけ。まぁ、ゆゆも告白してるみたいなもんですけど。


ここから恋愛色を加速していきたいと思っています。

最後に見てたのは誰だったんでしょうね。


次回は、あの人の章です。銀髪ギャルです。球技大会途中から消えてたの気づいてました? これには理由があり……。

このギャルも色々過去を抱えています。

そして夏休み……。この辺を一緒にうまくかけれたらなと思っています。


今度はあんまり、長い期間が空かないように頑張りたいなー。


よろしければ、いっぱいのご感想やレビューお待ちしております!

よろしくお願いします!!!

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