第4章

第107話 プロローグ 夏休みの到来 

 いつからか一人で過ごすことが多くなった。

 最初は、いつか帰ってきてくれるものだと思った。

 だけど、お母さんはいつも忙しくしていて、家には帰ってきてくれなかった。


 ──たまには早く帰ってきて!

 ──どこかお出かけしよう?


 そういったことを訴えなかったわけじゃない。その度にお母さんは謝りはするけど、あたしのお願いが聞き入れられたことはなかった。


 ──ほら、テストで一番になったよ?

 ──運動会、一番になるから見にきてよ?


 お母さんに振り向いて欲しくていくら頑張ったって何も変わらない。

 ずっと仕事をしていて、あたしのことは二の次。


 ──仕方ないでしょう? あなたのためなの。


 偶に帰ってきて口をひらけば、いつもそんな言い訳。

 うんざりだった。


 それなら……そんなにあたしのことがどうでもいいなら、好きに生きてやる。

 そう心に決めたのが中学一年の秋。


 親への反抗心から夜に出歩き、と連むようになった。みんなといれば、一人じゃない。寂しくない。

 開いた心の穴を塞ぐためにあたしは、そんな生活に堕ちて行った。


 だけど、それが間違いだった。が起きてそんな生活も終わりを告げる。そしてまた一人になった。

 そんなあたしをお母さんは結局、最後まで見てくれることはなかった。


 そしていつも勝手に帰ってきて、勝手なことを言うのだ。


「明日から、家庭教師をつけるわ」


 何かが変わる。最近はそんな気がしていたけど、それがまた崩れる音がした。


 ◆


 翠花の大会も終わり、訪れた梅雨の終わり。

 この頃の梅雨は七月まで長引くことが多く、蒸し暑くてたまらない。


 そして、俺たち学生にとって試練の日が続く。それは、夏休み前にある期末テスト。

 ここで赤点を取ろうものなら、夏休みは補習地獄に落ちることになる。


 何が嬉しくて、このクソ暑い日に学校へ登校して、補習を受けねばならんのだ。

 そう思った俺は意地でも赤点を回避するために、勉強した。


 ──結果。


「ああああ……あああ……」

「…………」


 隣で試験結果を見て絶望する友達を見て、哀れみの感情が溢れてくる。


「草介……どんまい」

「い、いやだああああああああああ!!! なんで!? なんで俺だけ補習!? そんなのってないよぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」

「自業自得でしょ。勉強してなかった笹塚が悪い」

「まぁ、そうだよね。笹塚くんは、補習頑張ってね」


 嘆く草介に追い討ちを与える優李と倉瀬。容赦がない。

 結局、赤点を取ったのは草介だけ。俺たちは無事赤点を回避したのだ。回避って言っても、倉瀬や優李は学年トップクラスだから余裕だったんだけど。


「そんなのって……ないじゃん……しかも俺の名前は笹岡……」


 項垂れる草介の目からは本気の涙がこぼれ落ちる。


 なんだか本当にかわいそうになってきた。仕方ない。ここは一応友達として元気を与えるか。ここのところ草介にはいろいろ助けてもらったしな。


「でも補習に女の子も来るかもしれないだろ?」

「……っ!!」

「もし、補習を受ける人数が少なかったらそれだけで親密になれるかもしれないな」

「……天才……なのか?」


 草介の目に希望の光が灯る。


「よっしゃああああ!! それだ!!! それだ!!! 神はまだ俺を見捨てていない!!」


 相変わらず、草介は単純でよい。まぁ、元気になってよかった。


「それはそうとせっかくの夏休みなんだからどこか行きたくね? できれば、俺の補習がない日に」

「……」

「なんだよ、その不満そうな顔!? 俺変なこと言ったか?」

「……別に」


 だって、これから夏本番になるっていうのになぜ外を出歩かねばならん。できれば、クーラーの効いた部屋で一日中ダラダラと過ごしていたいんだ、俺は。


「あ、それなら海でもどうかな?」

「……」

「あ、また不満そうな顔してるね」

「まぁ、ちょっと」


 今度は本心を打ち明ける。間に入ってきたのは、中城だ。

 ニコニコと相変わらず胡散臭い笑顔で接してくる。


 やつとは球技大会らへんからやたらと絡まれるようになった。理由はあの試合でいい勝負をしてしまったからだろう。

 中城のお眼鏡に叶ってしまった俺は、隙あらば1ON1を挑まれるようになっていた。


 しかもあの日、俺たちに優勝させるわけにはいかない、みたいなことを言っていたが、あれも俺を焚きつけるために言ったことらしい。全力の俺とぶつかり合いたかったんだと。


 このバスケジャンキーめ……。


 しかしながら、バスケに関係のないタイミングでも良く話しかけてはくる。単純に興味を持たれてしまったようだった。


「ほら、海だったら近くにあるし、倉瀬や朝霧たちだって、伊藤と出かけたいだろう? 瀧本とか誘うのもいいんじゃない?」

「倉瀬たちはわかるけど、なんで翠花が出てくるんだよ。別のクラスだろ?」

「でも伊藤とは、それなりに深い関係でしょ?」

「ふか……別に深い関係とかじゃないからな」

「あはは、そういうことにしておくよ」


 腹黒いやつ……。


 中城に言われ、あの日の告白を思い出す。

 未だに返事も何もしていないわけだが、どうすればいいのかわからない。

 翠花ともすれ違うだけで顔を真っ赤にして通り過ぎて行ってしまうし……。


 これはこの夏の課題だな。なに、時間はある。今までこんなことなかったんだ。ゆっくり考えるのもいいだろう。


 そう考えているとどこからか視線を感じた。そしてその視線の方を向くと目が合う。


「どうした、優李?」

「べ、別になんでもないわ」

「なんでもないって割には慌ててるけど」

「なんでもないって言ってるでしょ!? あんたこそ、どうせ私や七海の水着姿想像して興奮してるんでしょ!?」

「いや、どんな誤魔化し方だよ。隣で倉瀬も顔を赤くして変なこと呟くのはやめてね?」


 倉瀬は「伊藤くんが私のえっちな水着姿を……」と呟き、両頬を染めている。

 えっちな水着姿は想像してないからな。


「じゃあ、とりあえず海なり、山なりせっかくだし、みんなでどこかへ行こう。それも青春の思い出じゃない? 笹岡もそれでいいよね?」

「さすが俺のライバルだな。分かっている。夏休みはイベント目白押しじゃい!!」

「その前に笹岡は補習なんだけどね」

「……」


 上げて落とす。さすが中城である。


 なぜかいつものメンバーに中城も加わり、夏休みのことを計画することとなった。

 気乗りはしないが、中城の言う通り、これも青春の思い出ということか。こういうのもたまには悪くないだろう。


 そうして、その日のうちに終業式を終え帰宅した。


 ◆


「暑い……」


 夜になると涼しくなるかと思ったがそうでもない。

 遠くの田んぼからはカエルの鳴き声らしきものは聞こえてくる。風流だとは思うが、涼みになりはしなかった。


 喉が乾いた俺は、部屋を出て冷蔵庫の中を見る。もちろん、店用の冷蔵庫ではなく、生活スペースに存在する冷蔵庫だ。


「何もない……」


 しかし、ドアを開けたところでそこには何もなかった。いつもなら乱雑に詰め込まれた食べ物や飲み物が存在しない。

 それもそのはず。いつも買い物をしてくれている我が家の主、綾子さんがいないからだ。


「なんか広く感じるな」


 いつもなら綾子さんが店の片付けをして、酒を呷っている時間である。

 というのも、二日前から綾子さんは用事ということで、家を空けていた。どうやら長期──二週間くらいは帰ってこないらしい。


 店もその間は閉めるようだ。開けたいんだったら自分で開けていいよーと言っていた。その分のバイト代は弾んでくれるとのこと。気が向いたら空気の入れ替えがてら、開けようと思う。


 生活費はあるので、後は、自分で自炊なりなんなりして生きろとのご達しだった。

 そういうわけで今、この家にいるのは俺一人だ。


「仕方ない。買いに行くか」


 そう思い立ってから、家を出て近くにある自販機に向かった。



「おおー」


 さすが夜ともなると周りはかなり暗い。田舎なので電灯はほぼ真下しか照らしていない。

 しかし、空を見上げれば瞬く星がはっきりと見てとれた。


「たまには夜の散歩も悪くないな」


 そんなことを呟きつつ、自分の喉を潤すためのものを買うため、歩みをすすめた。


 ***


「おいおい、マジか……」


 空は先ほどの星空が嘘のようにいつの間にか曇天が広がっていた。

 そしてそこからポツリと暗闇から俺の額を濡らした。


 そこからは一瞬だった。短い間に土砂降りが降り続き、俺はびしょ濡れになっていたのだった。


 ***


「天気予報?」


 我が未来予知ながら、変わったお知らせだ。

 外へ出て自販機を探せど、見つからず目的を見失って散歩をしていた。

 すると見えてきたのは、雨に打たれ、びしょ濡れになる未来。


 確かに空を見上げれば、もうじきに降り出しそうな雨雲模様。

 今からじゃ、どう足掻いても家にたどり着くまでに濡れることは確定である。


「どうしたもんか……」


 と首を捻ったところ、少し遠くに灯りが見えた。22時を回った現在の時刻でも開いている素晴らしいお店──コンビニである。


 天からの助けを得た気分でまるで明かりに吸い寄せられる蛾のようにそのコンビニに向かい、入店する。


 外を見れば、間一髪。雨が急に降ってきた。傘を買ってから、雑誌コーナーで雨脚が弱まるのを待つ。

 そして外の様子を見つつ、しばらく経ってから外へ出た。


 するとコンビニの入り口脇にびしょ濡れになった人がしゃがんでいるのが見えるではないか。

 濡れた銀髪にコンビニのライトが反射して、キラキラと美しく光っており気付かぬうちに見惚れていた。

 そしてそれが誰であるか分かったところで、小さくため息を吐いた。


「……何してんだ?」

「……そっちこそ」


 そこにいたのは、不機嫌そうにこちらを睨みつける制服姿の銀髪ギャル──藤林紗奈だった。



──────────


第4章紗奈編開始です。


いつものメンツに中城くんの仲間入り。気に入られたらしい。

そして新世くんにはいつも通り難題が降りかかるのであった……。


あんまり書き溜めてないので更新間隔を四日ごとに変更しました。

場合によっては五日ごとに変えるかもしれませんがご了承ください。


よければ、ご感想お待ちしております!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る