第105話 後半戦 試合の行方
先生にテーピングを巻いてもらい、体育館に戻るとちょうどハーフタイムが終わるところだった。
普通に歩いて戻ってきた俺を見て、草介が驚いて立ち上がる。
「新世! 大丈夫だったのか?」
「ああ。テーピング巻いてもらった。多分、残りの時間くらいだったらどうにかやれると思う」
俺がいない間、どうだっただろうか。
もしかしたら、もう逆転できない点差がついているかもしれない。
そんな不安に駆られながらもタイマーに表示されている得点を見る。
「え……? 25対18?」
そこには、俺が退場する前と同じ点差が記されていた。
確か俺が怪我をした時は、16対8だったはず。
そこから9点取られてはいるが、こちらは10点取ったということだ。1点差が詰まっている。
あの中城がいて、この点差に収まるとは……。
「へへ、やるだろ? なー、俺たちもやるときゃあやるよなー?」
「あたりめぇだろ!」
「伊藤ばかりにいいとこ持ってかれるわけにはいかないからな!」
「ああ、俺らにかかればこのくらいどうってことないさ」
「これで勝てたら僕たちのおかげだな?」
「お前、ほとんど息上がってただけだろ」
草介の言葉に西野、杉浦、山内、宮下が自信たっぷりに反応する。
……なんとも頼もしいクラスメイトだ。
ちなみに俺と交代で入っていたのは、宮下くんだ。メガネをクイッと上げてすまし顔をする彼はほとんど運動がダメらしいのだが、必死に走ってくれたようだ。ありがたい。
やっぱりいいよな。チームって。バスケってこうでなくちゃな。
「まっ、あの後、中城が露骨にやる気を落としてくれたおかげでもあるんだけどな」
「なんだ、そういうことかよ。でも中城ってどんな相手にも手は抜かないんじゃなかったか?」
「まぁ、そうなんだが……やっぱりお前とあんなやり合いした後じゃ物足りなかったんじゃね? 明らかに消極的になってたぞ」
「中城がねぇ……」
向こうのベンチにいる中城を見る。腹黒くて一体何を考えているのかわからなかったけど、もしかしたらもっと単純なやつなのかもしれない。
俺が怪我で倒れ込んだ時の落胆の反応もそうだとすれば、納得がいく。
単純に俺や翠花の失敗を目的とするなら、あんな表情はしないはずだ。
「……!」
すると向こうの中城と目があった。中城は俺を見るとすぐに目を輝かせて笑った。
……なんというか、妙なやつに目をつけられたのかもしれん。
もうすぐ後半が始まる。
タイマーの数字がどんどん0へと近づいていく。後もう少しでタイマーの電子音が鳴る、その前に俺を見つけた桐原先生が近寄ってきた。
「伊藤。大丈夫なのか?」
「まぁ、テーピングしてもらったんで」
「そうか……もし、大怪我に繋がりそうだったら私は遠慮なく止めさせてもらうぞ」
「ええ、かまいません」
「……全く。では見せてもらおうか。今しかない青春の煌めきを」
やっぱこの人理解するのは難しそうだわ。
一言二言先生と言葉を交わしている内にタイマーが鳴り、後半戦が始まろうとしていた。
試合が再開される前に感情を抑えきれない中城が俺の方にわざわざ近寄ってきた。
「はは、まだできるんだね。嬉しいよ」
顔を合わせた中城が小さく笑う。
「ここから逆転だな」
「いーや、一気に離させてもらうよ」
俺らしくないな。自分でもそう思う。こんなに俺ってポジティブだったっけ?
どこかの誰かさんにいいとこを見せなくちゃいけないからかもしれない。
それにやっぱり楽しいのだ。これだけ離れていて、色々あった俺はバスケのことをもう諦めていた。
ヒリヒリするような、血が沸るような湧き上がる気持ちを持つことはできないと。
翠花に感謝しかない。
こんな感情を思い出させてくれて。翠花のためのはずが、自分のためになってるなんてな。
「じゃあ、まずはおかえりってことで」
コートサイドからボールを受け取った中城は早速ディフェンスにつく俺に対して、1対1を仕掛ける。
右か、左か。どちらにフェイクを使って、どちらにドリブルをするのか。
まるで時代劇でよく見る侍同士が一歩も動かずに睨み合っている状態みたいだ。
「──ッ!」
しかし、俺の予想は外れ、中城は俺を目の前にして、シュートを放った。気がついてからシュートチェックに入るが、それをものともせずに決める。
スリーポイント。12点差だ。
「オラオラ、新世、何決められてんだ!! おかげでファンたちから黄色い声援が聞こえてくるじゃねぇか!!」
「悪い。次はお前が決め返して、その声援を奪ってやれ」
「……! 任せとけ!!!」
俺は草介を焚き付けつつも、今度はお返しと言わんばかりに中城に1対1を仕掛ける。
右左とボールを持ち帰る、レッグスルー(ボールを股の下を通すこと)をして緩急をつける。そこから一気にまた持ち替えてドリブル突破を試みる。
「見えてるよ!!」
中城は一瞬反応に遅れたが、どうにかディフェンスについてくる。
しかし、俺はそこで急ストップをする。
「ぐっ……」
膝にかかる負担に顔を歪めながらもシュートを放ち、決めた。
驚いた表情をする中城はすぐにニヤリと笑った。
そして次は、相手がボール回してをしているところで、草介が野生の犬並みの反応を見せ、ボールを奪った。
奪ったボールは味方を経由し、俺に回ってくる。
オフェンスでは、3対2の状況でこちらが有利だ。
相手のディフェンス状況をよく見て、俺はシュートモーションに入った。
「なっ!?」
俺がシュートを打つとわかって目の前のディフェンスが飛び上がったところを俺は、シュートではなく、パスに切り替え、ゴール下にいる草介にボールを渡した。
「ナイスパァス!!」
意気揚々とシュートを決めた草介は、応援している生徒(主に女子)に向かってウインクを放った。
……そういうのがなければ、モテると思うんだけどな。
◆
「……!」
「また点差詰まった!」
隣でナツが嬉しそうにはしゃぐ。私も気持ち的には同じなのだが、やっぱり心配が優っていた。
「もう、翠花! そんな顔したって伊藤くんは絶対にやめないよ?」
「わかってるけど……!」
心配なものは心配だよ。翠花や自分のためって言ったけど、そうまでしてやる理由はなんなんだろ……。何がそんなに新世くんを焚きつけるのだろう。
「今の伊藤くん、いつもの翠花にそっくりだよ? すっごく楽しそう」
「……!!」
ナツに言われて、改めて新世くんを見る。その表情は今までに見たことがないようなくらい少年のような無邪気さが感じ取れた。
その姿がいつか見たあの人の姿に重なる。
それを見ていると自然と先ほどまでの心配な気持ちが何かに変わっていく。
自分の中の曇っていた何かが眩しく輝き始める。
「……頑張れ」
「……翠花?」
「頑張れーー、新世くん!!!」
気がつけば、立ち上がり大きな声でみんなが注目するのもお構いなしに新世くんへの応援を行った。
ナツは隣で少し恥ずかしそうにしている。
新世くんは私の声が聞こえたのか、私と目があった。
──いいから見てろ。
そう言われた気がする。
それからも両チームは一進一退を続け、点差は4点差から中々縮まらないでいた。
球技大会でこれほどまでに白熱した試合が見れるとは思わず、周りのボルテージも上がっていく。
徐々に私の応援も目立たなくなるくらいには、周りからの声援が凄まじくなって行った。
「あっ!!」
残り1分を切ったところだ。点差は変わらなかったが、ここで新世くんにミスがでた。
目の前の中城をドリブル突破するため、重心を傾けたところ苦悶の表情を浮かべた。
中城はその一瞬を逃さずにボールに手を伸ばしてそれを弾いた。
前に転がるボールに中城が追いつく。前には誰もおらず、一人速攻が完成する。
「もらった……!」
得点を確信した中城がレイアップの体勢に入る。
今の時間帯で6点差になるのはまずい。お願い、外して──そう願った時、
「っ!?」
中城の驚く声と共に体育館に大歓声が広がった。
ボールを奪われた新世くんが中城に追いつき、後ろから豪快なブロックをして見せたのだ。
中城はその勢いのまま、倒れ込む。そしてボールを奪い返した新世くんがドリブルで進み、パスを捌く。
新世くんのチームメイトがそれに応えて、スリーポイントシュートを決めた。
「っしゃああ!!!」
シュートを決めた男子が雄叫びを上げる。
これで37対36。1点差だ。
残り、1分を切った。相手も時間を使いながらパスを回す。そしてまた中城へとボールが回ってきた。
「……はは」
「……」
お互いが楽しそうに笑った。
◆
やばい。楽しい。もう目的なんて頭になかった。
今はこの瞬間を楽しむことだけを考えていた。
一進一退の攻防。球技大会とは思えないほどの熱量。
中城とのやりあい。
チームメイトのシュートが決まる瞬間。
そのどれもが忘れていたものを思い出させる。
目の前の中城は、好敵手を見つけたようにずっと笑っている。
相手を射殺さんとするような鋭い目つき。
時間を使い切るその前に中城がドリブルをつき、その瞬間を迎え撃つ。
一気に加速した中城が右、左と俺を揺さぶった。
「っっっ」
その激しい動きに膝が悲鳴を上げる。だが、ここで負けるわけには行かない。
意地でも食らいつく。
急ストップして、シュートモーションに入った中城に俺は手を伸ばした。
──わあああああああああ。
シュートが外れ、体育館からは歓声とため息が聞こえる。
そして最後のポゼッションに移行する。
「伊藤!」
「……!」
「あっ!」
ボールをリバウンドした西野が俺にパスをする。
目の前にいるディフェンスを抜き去り、前へ進む。
でももう時間がない。残り4秒。
そして最後には、まるで演出されたかのような中城との1対1の状況だ。
俺は、勢いをそのままに左にドリブルする。だけど、中城も負けじとそれに反応し、コースを塞いだ。
「──ッ」
でも一瞬だった。コースを塞がれた刹那に反応できた俺は、自分の背中越しにボールを持ち替え、進行方向を右に切り替える。
中城は、一瞬虚を突かれたような表情をした。
その隙を見逃さなかった俺は、シュートモーションに入った。
中城もすぐに切り替え、俺のシュートを邪魔するために手を伸ばす。
まるで攻守が変わったさっきのシーンの再現のようだ。
熱狂していたはずの体育館がなぜか静寂に包まれているのかように、時間が止まったかのように感じた。
どちらかが勝つか、それがここで決まる。
「いっけーーーーー、新世くん!!!!!!」
誰よりも大きな元気な声が聞こえた俺は小さく笑ってシュートを放った。
──────────
みんな格好良く活躍してくれましたね!球技大会とは思えない白熱具合になってしまいました!
最後の一投はどうなるのでしょうか?
次回エピローグとなります!
良ければご感想お待ちしております!
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