第104話 自分の生き方

 保健室に連れて行かれた俺は、椅子に座り足の具合を養護教諭である中村先生に見てもらう。

 膝を中心に軽く捻ったりして痛みを確認しているのだ。

 確かに無理に曲げられれば痛いが、先ほどよりかは痛みはマシになってきたように思える。


 そして膝の具合を確かめた中村先生は、眉を顰め俺に問いかける。


「これ、いつ怪我したの?」

「今さっきです」

「じゃなくて古傷……ううん、そこまで古いってわけでもないわね。ここ一年ってとこかしら。何で怪我したの?」

「…………」


 先生の言葉に俺は押し黙る。そしてそのことを後ろで聞いている翠花や岡井さんも驚いているのか、黙っていた。


「言いたくないならいいのだけど」

「……別にそういうわけじゃないです。事故ですよ、事故。車に轢かれたんです」

「……え!?」


 翠花はショックだったのか、驚きの声をあげる。

 岡井さんも声には出さなかったが、困惑の表情を浮かべていた。


「えっと……伊藤くん。その……大丈夫だったの?」

「まぁ、今はどうにもない」


 なんとも答えづらい質問だった。実際のところ、数週間は入院している。

 そしてその日から、俺は未来が分かるようになった。

 あの事故はある意味、俺の人生の転機でもあったのかも知れない。


「新世くん、もしかして……」

「……先生、テーピング巻いてくれます?」

「──っ」


 翠花の言葉を遮って、俺は先生に質問をする。

 チラリと保健室の壁にかけられた時計を見るとまだ数分しか経っていない。しかし、もうそろそろハーフタイムに入る頃だろう。


「新世くんまだやる気なの……?」


 翠花が心配そうに必死になって止めてくる。


「ああ、このままいったら負けるかもしれないしな」

「そんな! ダメだよ! さっきあんなに痛がってたじゃん!!」

「大丈夫だって。痛みもさっきほど酷くないから」

「…………」


 翠花は困ったような表情をする。俺がここまで頑なだとは思わなかったのだろう。


「どうして、そんな無理するのさ。翠花が怪我しそうな時、あれだけ心配してくれたのに……」


 確かに。人にあれだけ言っておいて、自分が怪我をしたら無理をする。これじゃあ説得力はない。

 でもあの時の翠花と今の俺では全く状況が違う。


 翠花にはバスケをするための輝かしい未来がある。でも俺には、そのための未来はすでになかった。それが理由だ。

 俺が今更今後バスケができなくなったとしても別に困ることはない。翠花のようにバスケに青春を賭けていないからだ。


「もしかして、翠花との約束のせいなの……?」

「……」


 翠花との約束。

 それは翠花にバスケの楽しさを思い出させること。そして、俺が優勝したら勇気を持って、チームメイトにぶつかること。


 翠花の背中を後押しするために俺が結んだ勝手な約束。そのせいで翠花は、俺が怪我を押してまで無理をするつもりだと思っているようだ。


「もう十分だよ。新世くんがバスケしてるところ見て、翠花すごくワクワクしたもん。バスケがやっぱり大好きで楽しいんだってこと思い出せた。だから……もし、翠花のために無理してるなら、やめて!」


 なぜか翠花は今にも泣き出しそうだ。


「そんな顔するなよ」


 翠花がのためにそんな顔しないでくれ。


「だ、だって……新世くん、自分の体はどうだっていいって思ってるんでしょ?」

「……いや、別に」


 そんなことはない。そう言い切りたかったが、言えなかった。

 思えば、優李の時もそうだ。

 あの時も優李に迫るナイフの前に俺は恐れなく飛び出した。そして手を負傷した。


「さっき事故って言ったけど、新世くん本当は……」

「……!」


 あの日、俺が翠花に語った過去。

 あんな絶望的な過去を知っているのであれば、その後俺がどういう行動をとったのか、わかる人にはわかる。


 そして翠花のそれを俺は肯定も否定もしない。

 

「翠花……そんなのやだよ。新世くんが自分のことを犠牲にして……傷つくのなんてやだよ……」


 ぽたりぽたりと翠花の瞳から雫が落ちる。

 

 生きながらえてしまった俺は、自由に生きたいと思いつつも自分がどうなってもいいという矛盾した感情を抱えていた。

 それを今、翠花に気付かされた。


 そしてそれに気がついた俺は、少しおかしくなって小さく笑ってしまった。


「……新世くん?」


 急に笑った俺をおかしく思ったのだろう。俺はそんな翠花に応えるように口を開く。


「もちろん翠花のためでもある。だけど、勘違いしないでくれ」

「……え?」

「俺は自分のためにもやりたいんだ。忘れかけてた熱を思い出せそうなんだ。中城との戦いがすっげー楽しいんだよ。確かに俺は今生きてるって感じがする」

「……!」

「本当は翠花に偉そうなこと言える人間じゃない。それでも翠花には立ち上がって欲しくて色々している内に自分もまた頑張りたいと思えるようになったんだ。俺が言った手前翠花に逃げているところなんて見せたくないんだ」

「新世くん……」


 これは本心だ。きっかけは確かに翠花を励ましたいと思ってのことだった。だけど、翠花のための行動がいつの間にか、自分のためのものへと切り替わっていた。


 翠花に楽しさを思い出してもらうために、まず俺が翠花に魅せられた熱を思い出さなくちゃいけない。

 そしてそれを思い出した俺を見て、翠花には心から楽しさを……自信を持ってほしい。


 確かに今まで自分のことなんてどうでもいいと思っていた。だけど、それは違った。今は、俺のことを本気で心配してくれる人がいる。


 そのことがわかったからこそ、俺はやっぱり無理をしてでも頑張りたいと思えたのだ。


「だからさ。見ていてくれ。翠花に楽しいって思わせるだけじゃない。俺のことを知っている翠花に俺がちゃんと逃げないで生き様を見ててほしいんだ」

「──……」


 翠花は俺の言葉に背を向けて、保健室の入り口へと向かっていく。


 ちょっと大袈裟に言いすぎたか。

 もしかしたら、翠花は呆れているのかもしれない。


「新世くんは勝手だよ」

「……」

「翠花には怪我するから無理するななんて言ったくせにさ。自分の時だけそうやって無理するんだ。翠花が言っても聞いてくれないし」

「それは……」

「あの日も朝練サボらさせられるし、翠花が無理だって言っても無理やり信じさせようとするし」

「悪い」

「だから、翠花ももうしーらない。大怪我しても知らないもんね」


 背を向けたままの翠花が今、どんな顔をしているかわからない。それでも……。


「先に翠花、体育館戻ってる。女子の方も多分ハーフタイムだからちょっとシュート打っておかなくちゃ」

「あ、翠花! 伊藤くん、私先行ってるね。ちゃんとテーピングして戻っておいでよ! じゃね!」


 翠花は俺の返事を聞くことなく、保健室を出て行ってしまった。

 それを追うように岡井さんも翠花について、走って行った。


「ラブコメの匂いがするわね」

「……だからそれ流行ってるんですか?」


 残された俺の横でそんなことを言う中村先生に俺はテーピングを巻いてもらい、体育館へと戻った。




────────────


口には出さないですが、新世にとっては今が一番楽しいと言うわけですね。

実際のところ、事故なのかどうかはここでは言及なしです。

それにしてもその状態でよく激しい動きできるな……。

軽く人間超えてるかもしれん。未来見えるし。


ここから新世くんにはもっと格好良くなってもらいましょう!


よければ、ご感想お待ちしております!

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