第79話 新世くんの好きな人

 藤林からお願いされたはいいものの、わざわざ翠花の悩みを聞きに教室に行くのもどうかと思った。

 翠花とは確かに会えば、話すし、一緒にバスケもした仲ではあるが……思えば、ラインの連絡先すら知らない。


 かと言って、藤林のお願いを無視することもできない。

 これは決して藤林のお願いを聞き入れたということではなく、翠花の元気がないということが単純に気になるからである。


 そういうわけで、登校した教室で俺はいつも話す草介たちではなく、とある人物の席へと向かった。

 その人物は、朝から一人で本を読んでおり、その姿はなんとも知的だ。

 そして俺が近づくと気配を察してか、本をパタリと閉じた。


「あー、本を読んでるとこ悪いな、中城。ちょっといいか」

「ああ、別に構わないよ」

「悪いな」

「立ち話もなんだし、そこに座ったらどう? まだそこの人来てないみたいだし」


 中城の前の席の人物──倉瀬はまだ来ていないようだ。おそらく、朝霧と一緒に登校するのだろう。

 手の怪我が治ってからは、また朝霧と一緒に登校するようになっていた。


 俺は、中城の言う通り、倉瀬の席を借りることにした。


「それで話って?」


 中城は、ニコニコとしながら切り出す。

 前はクールだと思っていたが、こうやってみると結構、印象が違う。


「あー、翠花の……瀧本のことなんだけど」

「瀧本の?」

「そう。いや、なんかやっぱり元気がないみたいでさ。同じバスケ部なら何か知ってるかなって」

「あれ。この前言わなかったっけ?」

「この前のって、大会のことだろ? あれ違うって言ってたぞ」

「ああ、そうだったんだ。じゃあ、わからないな」


 中城は表情を崩さず、肩を竦めた。


「あれって、何か確信があったわけじゃないのか?」

「確信? 別にないよ、そんなの。ただそうなのかなーって思って言っただけだよ」

「お前なぁ……」


 思った以上に適当な性格の中城にため息が出る。


「あはは、そう怒らないでよ。あれはあくまで仮定の話だったんだから」

「俺が早とちりしただけってことかよ」

「そういうこと。でもよかったんじゃない?」

「……何が?」

「少しだけ原因が絞れたんだから。少なくともそのことで悩んでるわけじゃないってこと」


 中城の言い分は最も。情報に踊らされたことは間違い無いが、有益なものではあったかも知れない。

 しかし、どうもおちょくられているようにも感じる。


「えっと、伊藤くん。そこ……」


 不意に声をかけられた。

 横では、倉瀬が不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「あ、悪い。倉瀬。席借りてた」

「ううん。それは別にいいの。でも、伊藤くん、中城くんと仲良かったんだ?」

「え? あー、まぁ……ちょっとな。悪い、席退くよ」

「大丈夫! 私も優李ちゃんの方行って、お話ししてくるから。その代わり、伊藤くんの席借りてもいいかな?」

「ああ、全然」

「ありがと! じゃあ、カバンだけ横に置かせてもらうね」


 倉瀬はそれだけ言うと俺の席へと向かっていく。

 そして優李と何かを話す。

 一度、優李がこちらをチラリと見たが、すぐに目を逸らしてまた、倉瀬と話し始めた。


「それで、本人からは何も聞けてないのかな?」


 中城はこちらのやりとりを黙って待ってくれており、倉瀬が行くとすぐに話を戻す。


「聞けてたら中城に聞かないから。連絡先とかも知らないし」

「それもそうか。連絡先知らないんだったら教えてあげようか? 俺ちょうど知ってるし」

「いいのか?」

「って言っても岡井のだけどね。岡井ならいきなり教えても気にしないだろうし」

「岡井……?」

「瀧本と一番仲良いバスケ部の子だよ」


 ……そう言えば、前にカフェに一緒に来てた子か。

 翠花を一方的にからかっていた。


「瀧本のこと聞くなら岡井が一番だからね。それに瀧本のは残念ながら知らないから」

「……じゃ、それで頼む」


 無断で連絡先を教えてもらうのは悪い気がしたが、中城が言うなら大丈夫だろう。

 少ししか話したことないが、あの感じだったら許してくれそうな気もする。

 もし、嫌な気持ちにさせてしまったのなら、その時は全力で謝ろうと思う。

 こういうことで未来が分かったらこんなこと気にしなくていいんだがな。


 そうして俺はスマホを取り出し、中城から岡井さんのラインを教えてもらった。

 なんだか人伝で遠回りしている気もするが、仕方ないだろう。


「それにしても、意外だね」

「意外? 何がだ?」


 中城が言ったことがわからず、首を傾げる。


「いや〜、伊藤ってよっぽど瀧本のこと好きなんだなって」

「……は?」


 突拍子もないことを言い出す中城に固まってしまった。


 俺が翠花を好き……? 一体何を言い出すんだこいつは。


「違うの?」

「あのな。別に俺は──」

「あ、もちろん友達としてね」

「…………」


 終始ニコニコとしている中城。

 こいつ絶対、おちょくってるだろ。


「で、好きなの? 友達として。俺は好きだよ」

「……はぁ。好きだよ」


 なんか無理やり言わされたような気がする。ニヤニヤしやがって。


「んだよ、これで満足か?」


 言っておくが、あくまでこいつの言う通り、友達としての話ね。

 そこに恋愛的な気持ちはない。

 それでも異性に対して、好きって言うと人間やっぱり恋愛的な要素をイメージしがち。


 こいつはそこのちょっとした気恥ずかしい気持ちを楽しんでやがるのだ。

 前に教えてもらった情報と今のやりとりで確信したがこいつの腹の中は、黒い。


「あはは、ごめんごめん。ちょっと面白くなっちゃって。でも頑張って。応援してるから」

「……ああ。ありがとよ。じゃあ戻るわ」

「ああ、後」


 倉瀬の席から立ち上がり、自分の席へと戻ろうとした時、また後ろから声をかけられた。


「まだ何かあるのか?」

「お礼は、今度の昼飯奢ってくれるだけでいいよ」

「……いい性格してるよ、ホント」

「どういたしまして」


 抜かりのないやつだ。

 自席に戻るとなぜか、優李は顔を逸らし、倉瀬は慌てて自分の席へと戻っていった。


 ……なんだ?


 ◆


 数分前。

 七海は、優李と登校し、教室に入ると違和感を覚えた。


「あれ……?」

「どうしたの、七海?」


 後ろの扉から入り、まず先に席が見えるのは優李の方だ。

 七海の席は前の方にある。

 いつもは、優李の席についてから、お別れをし、自分の席へと向かう。

 しかし、今日はそちらの視線を向けると自分の席に他の誰かが座っているのに気がついたのだ。


 そしてそれがすぐに新世であることがわかった。


「新世?」

「うん。中城くんとお話ししてるみたい」

「珍しいわね」

「ね、何話してるんだろう?」

「……気になるわね。カバン置くついでにちょっと聞いてきたらどう?」

「うん、そうしてみる!」


 優李に促され、七海は自分の席へと向かう。

 席の近くへ寄ると新世と中城が何か真剣そうに話していることは分かったが、内容まではわからず、どうしようか迷った挙句、七海は声をかけた。


 それから席を貸し借りすることを話し、新世の席へと戻った。


「なんの話してた?」

「ごめんね、何か真剣そうに話してたのは分かったんだけど、内容までは……」

「別に謝ることじゃないわ。真剣に、ね。やっぱり気になるわ。中城ってなんか胡散臭いじゃない?」

「ええっ? そうかなぁ? というか、優李ちゃん中城くんと話したことあるの?」

「ないわ。なんとなく。勘よ」

「勘って……優李ちゃん……」

「だって新世って結構、面倒ごとに顔ツッコミがちじゃない? 前に巻き込んだ私が言うのもなんだけど。その新世が普段、話してないやつと話してたら嫌でも気になるじゃない!」

「それは、中城くんの怪しさと関係ないんじゃないかな……?」

「とにかく! それでまた新世に何かあるといけないから。ちょっと私、聞いてくるわ」

「え、直接!?」

「ちょっと会話に入って雰囲気を掴んでくるだけよ。それに聞かれたくない話だったら別に教室でなんかしないでしょ」

「それはそうだけど……」

「七海も行く?」

「ええ!? それは……」


 確かに優李の言うことも最もだと七海は思った。

 前に優李の一件で怪我したのもそうだし、つい先日の結々子の件でもだ。怪我はしなくとも先生から目はつけられてしまった。


 だから、優李が心配する気持ちもわかるのだ。

 七海自身も新世のことは心配だった。


「わかった。私も行く」


 そこで下した決断は自分も一緒に行くことだった。


「決定ね。じゃ、行きましょ」

「……うん」


 そうして、二人で新世の元へ向かおうとした時──


「──……伊藤ってよっぽど瀧本のこと好きなんだなって」


(ッ!?)

(……!!)


 新世と中城からそんな言葉が聞こえてきたのだった。

 そして思わず二人ともその場に固まる。


 ちょうど先ほどまでいた優李の席と七海の席の中間の位置。

 不自然な位置で固まる二人だが、新世は気づかない。


「ゆ、優李ちゃん……」

「い、今なんて……?」


 二人の声は若干震えている。

 普段のお互いなら様子がおかしいことは、一目瞭然だが今はそんなことを考えている余裕はなかった。


(お、落ち着きなさい。今のは中城が言っただけ)

(そうだよ、伊藤くんが言ったわけじゃないもんね)


 まるで心が通じ合っているかのように優李と七海は同じことを自分に言い聞かせる。


 そしてもう一度、一歩踏み出そうとした。


「……はぁ。好きだよ」

「「──ッ!?」」


 今度、聞こえてきたのは新世の声だった。

 再び、二人の時が止まる。


「──じゃあ、戻るわ」


 しかし、固まっている暇はない。新世と中城の会話が終わりを迎えること察した二人は慌てて、元の席へと戻った。


 新世が戻ってきた時、二人は顔を見ることができなかった。


(あ、新世が──)

(い、伊藤くんが──)

((瀧本さんを好き……?))


 新世は知らない。

 二人の間に妙な勘違いが生まれていることを。



────────


タイトルが思いつかない!!

毎回悩まされますね。


中城くんのせい(おかげ)で、勘違いが生まれてしまいましたね。

翠花の問題を解決しつつも、うまいことラブコメ要素を打ち込んでいきたい所存。


ご感想お待ちしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る