第52話 二人っきりの勉強会?

 勉強が進まなかった。

 藤林に勉強を教えるという問題を朝霧に押し付けて、なおかつ自分も教えてもらおうという算段だったはずなのに、気がつけば自分一人にされた。


 朝霧からノートを借りることはできたが、不安は残る。


 結局、一人でしばらく勉強していたが、分からない問題が出てくるとすぐに詰まってしまうので、帰ることにした。

 そんな俺の元へまた一通のLINEが届いた。


 今度は一体誰だよ……。まさか、また藤林がからかうために送ったんじゃないだろうな?


 普段、自分のスマホにLINEが届くことなんてほとんどない。悲しいことに。なのでメッセージが届く度に敏感に反応してしまう。


「はぁ……」


 ため息をつきながら、LINEを開くとそこには、予想通り藤林からの連絡でそこにはまた画像が貼り付けられていた。


 そこには藤林がクレープを持って写っている。朝霧と一緒に。

 朝霧は恥ずかしそうに手で覆って、顔が写らない様にしていた。


「めちゃくちゃ楽しんでんな」


 連れていかれる時は、困惑していたがなんだかんだで朝霧も楽しんでいる様で何より。ホント変わったよな。


 そんな朝霧の成長を誰目線かわからないが、噛み締める。

 

 というか、この田舎にクレープ売ってるところあったんか。

 それはともかく藤林は勉強しなくていいのか?

 朝霧はきっと大丈夫なんだろうけど、そこが心配になる。他人のことを心配している暇なんてないのだが。


 だけど、そんな俺の心配は杞憂だった様だ。


『この後も優李に勉強教えてもらうんだ。いいでしょ?』


 ……随分と仲良くなった様で。楽しそうでいいよな……。これも一種の煽り行為か?

 こちらはと言えば……一体俺の勉強は誰が見てくれるんだ。そう叫びたくなった。


「はぁ……」


 再び、ため息をついて、家路へとつく。

 するとすぐにスマホが震えた。


「……んだよ?」


 どうせまた楽しんでる画像かなんかだろう。全く期待せずにLINEを開いた。


『今日は、お勉強の件、断ってごめんなさい。よかったらお休みの日に一緒に勉強しませんか?』


 天は俺を見放さなかった。

 倉瀬からのLINEに思わず、ガッツポーズした。


 ◆


 一喜一憂……状況の変化などちょっとしたことで、喜んだり不安になったりすること。


 はい。今まさにそんな感じですね。


 倉瀬の家へと向かう道すがら、そんなことを考える。


 連絡をもらった時はシンプルに嬉しかった。希望の芽が出たからだ。

 八方塞がりで、暗闇の底にいた俺に一筋の光が差し込んだ。そう思っていたんだ。


 その連絡に対して、俺は勢いよく、是非と返信をした。

 だけど、まさか勉強する場所が倉瀬の家だとは思わないじゃないか。


 ……普通に憂鬱だ。

 基本的に俺は人見知りをするタイプである。普通の男友達だったらここまで思わないのかもしれないが、異性の友人である倉瀬の家族に会うのが億劫なのである。


 ……友達で合ってるよな?

 それはともかく、他にも複数人いれば違ったかもしれないが、よくよく考えれば、二人きり。

 それだけでなんだか緊張してきたのに、その上向こうのご両親ともエンカウントする可能性があるとなれば気分が下がるのは仕方のないことだった。


 だって、俺や倉瀬はお互いをただの友達と思っていても親からしたら、娘が異性の友達と二人で勉強するって……あらぬ疑いをかけられても仕方ないだろ?


 倉瀬のお父さんは刑事らしいし……その時点で不穏な匂いしかしない。


「ここか」


 倉瀬からもらった住所を元に足を進めるとようやく着いた。

 目の前の家を眺め、空気を吸い込み、大きく息を吐き出した。


「よし」


 覚悟を決めて、チャイムを鳴らす。


 ピン、ポン……とシンプルな呼び鈴が鳴ったのが聞こえた。


 そしてしばらく待つと中から足音が聞こえてくる。そしてすぐに倉瀬が玄関の引き戸をスライドさせ、笑顔で迎えてくれた。


「伊藤くん、いらっしゃい!」


 ああ、倉瀬の笑顔は癒されるな。


「今日は、親もいないから安心してね?」

「え、はい」


 …………。

 それはそれでいいのか……?


 まるで付き合いたてのカップルが親に内緒でこっそりお家デートするかの如き、そのセリフに緊張が増した瞬間だった。



 倉瀬に導かれるままに倉瀬家のリビングに足を踏み入れる。

 昔ながらの家って感じで、一種の懐かさしさがこみ上げてくる。


 こちらに引っ越してきてから他所の家にあがるのは初めてだった。


「倉瀬、これ」

「……?」

「一応、お邪魔するからと思って」


 俺は、手に持っていた菓子折を紙袋ごと差し出した。


「え、いいのに!」

「まぁ、せっかく買ったし、受け取ってくれ」

「……じゃあ、頂くね。伊藤くんって結構、律儀なんだね」

「そうか? 普通だろ」

「ふふ、ありがとう。じゃあ、勉強の時にお茶と一緒に出させてもらうね!」

「……お構いなく」


 それからリビングの机で二人で参考書を広げて勉強を始めることとなった。


 ◆


 私の横で伊藤くんは、左手でも器用にノートに文字を書いていく。

 右手は未だに使えないようだ。


 右手の怪我は優李ちゃんを庇った時に出来た傷らしい。初めは、事故だと説明されたけど、私が心配になってしつこく食い下がった結果、ちゃんと説明してくれた。


 やっぱり伊藤くんは優しすぎると思った。誰かのために自分が怪我することも厭わない性格。初め説明してくれなかったのも、きっと私を心配させたくないと思ってくれてのことだと思う。


 あの日から、優李ちゃんは変わった様に思う。

 なんというか……すごく可愛くなった。

 私は元から優李ちゃんが可愛くて、いいところをたくさん知っていたけど、その他の人はそうじゃない。

 もちろん、容姿をあてにして近づく人は多かったけど、私以外にはちょっと近寄りがたい雰囲気を出していたから。


 だけど、そんな優李ちゃんが変わった。同性の私から見ても目に見えて、すごく可愛くなったと感じるのだから、学校の男の子たちからしたらそれ以上かもしれない。


 優李ちゃんの親友として、それは喜ばしいことなんだと思うと同時に私の中で少しの焦燥感が芽生えていた。


 ……伊藤くんはそんな優李ちゃんのことをどう思っているんだろう?


 最近は、前よりよく一緒に話す様になった。

 そんな姿を見て、私ももっと伊藤くんと仲良くなりたいと思う様になっていた。


 なっていたんだけど……。

 この前、勉強を教えて欲しいと言われた時は、焦ってしまって断ってしまった。

 すぐに後悔した。


 だから私はこのお休みの日に改めて、勉強を一緒にしようと誘ったのだ!

 自分の家に誘ったのは、なんとなく。ホームグラウンドならば優位に立てる! そう考えたからだ。


「倉瀬?」


 だけど、一体何を話せばいいんだろう? あ、でも勉強会ってくらいだから静かに勉強してたらいいのかな?


「おーい」


 ……でもそれだったらあんまり一緒に勉強している意味ないような?

 それだったら私が分からない問題を伊藤くんに聞いてみる?

 うーん、でもあんまり自分では分からないところもないし……。


「完全に固まってる……」


 ええいままよ!

 そんなことを考えても仕方ない! なるようになるしかないんだから、伊藤くんにわからないところを聞かれたときに即答できる様に準備しておこう。


 まずは、英単語をターゲット1900。全部覚える!! そこから!!


「──って、ひゃっ!?」


 私は伊藤くんの顔があまりに近い場所にあったことに気がついて、その場を慌てて飛び退いた。


「あっ、悪い……」

「ど、どうしたの、急に?」

「い、いや。固まってるからどうしたのかと思って……肩を揺らしに」

「え、え? あ、考え事してたの……」

「そ、そうか。呼び掛けてもピクリとも動かないから何事かと思ったわ」


 仕切り直して、私と伊藤くんは元の定位置へと戻る。


「えっと、何か重要なこと? 考え事って」

「え、まぁ……その、手! そう手は大丈夫かなって!」

「ああ、これね。まだちょっとな。だいぶマシにはなってきたんだけど」

「よかった……!」

「ありがとう。それで勉強で聞きたいところがあったんだけど」

「あ、そうだったんだね。ごめんね、ぼーっとしちゃって。何が聞きたいのかな? ターゲット1900の1765個目の単語は、liverだよ! ちなみに意味は肝臓!」

「……ごめん、聞いてない。今やってるの、化学なんだけど」

「そうなんだ。どこが分からないの?」

「えっと、ここが──」


 それから私たちは勉強に集中して、気がつけば日が暮れそうな時間になっていた。


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