第70話 変わるために必要なこと

 先輩を信じてみる、と言ったはいいものの今の私は、親に見捨てられた雛鳥に等しい。


 先輩と一緒の時はなんてことも感じなかった視線に今は、怯えている。

 みんな私のことを見ている。


 もう少しだけ先輩と一緒にいれたらよかったのに……。


 教室も、学年も違う先輩とそんなことできないということはわかっているというのに思わず、ため息が出た。


 だけど、決めたんだ。先輩に言われた通り、私は好きに生きるって。

 先輩。力を貸してください。


 私は、カバンにつけているクマのキーホルダーとは別のネコちゃんのキーホルダーをギュッと握った。


 そして教室に入って、私を見てギョッとする生徒に向かって、声をかけた。


「おはよう」

「え……? お、おはよう」


 まるで誰だこいつと言わんばかりの表情だった。

 それはそれで面白かった。


 そして自分の席に辿り着いて、何事もなかったかのように席に着く。

 周りからの視線とどよめきがより一層増した気がした。


 本当に、こんなので大丈夫なのかなぁ……。


 分かってはいたもののそういった反応をされると不安になってくる。

 やっぱりこんな格好をしていても学校では一人ぼっちに変わりない。それは入学してから友達を作ってこなかった私の落ち度でもある。


 まぁ、すぐに宮野さんたちにいじめられるようになったことが原因の一つでもあるのだけど。


 自分のわからない私に先輩は道を示してくれた。

 これがどう転ぶかわからないが、先輩の考えでは間違いなく──


「あんた誰?」

「そこじみたにの席だけど……」

「え? 転校生?」


 いつもの三人組は私の席に座る、私を見て怪訝な表情をしていた。

 それがなんだかおかしくて少し笑ってしまった。


「は? 何がおかしいの?」

「いいえ、なんでもないです。私ですよ、宮野さん」

「はぁ? だから意味わかんないって。誰なのアンタ」

「私です。三谷です」

「三谷……ってはぁ!?」

「え、あのじみたに?」

「うっそ……」


 三人は分かりやすく驚いて見せた。それは教室の他の生徒も同じだったようで、普段地味な格好をしている三谷結々子今ここにいる私が同一の人物であることに確証はなかったようだ。


「もうすぐ、チャイム鳴りますよ?」

「……チッ」


 少し忠告をするといつもの調子を崩されたせいか、軽く舌打ちをして宮野さんたちは去っていった。


 ……気持ちいい。

 やっぱり好きなようにすれば、自ずと自信が湧いてくる。

 先輩の言ったことは間違っていなかった。


 こんなにも簡単に追い返せるなら、なんで初めからやらなかったのか。

 今になって、ため息が溢れた。


 でもそれで全てが解決するなら、初めから悩んではいなかった。


 休み時間になると変わった私に戸惑いながらも、ポツポツとクラスメイトが話しかけに来てくれた。

 主に男子が多かったが、女子も遠慮しながらも話しかけてくれたのは嬉しかった。

 特に隣の席の子なんかは、変わった私を見て何度も「かわいい」と言ってくれた。


 そんな様子を宮野さんたちは、どこか不愉快そうに見ていたのが、印象的だった。


 そしてお昼休み。


「ねぇ、アンタ」


 ──来た。


 まるで知っていたかのように、先輩が言うことはあたる。


 宮野さんたち、いつもの三人組が昼休みが始まってすぐに私の机を取り囲んだ。

 お昼休みになるまで話しかけてこなかったのは、おそらく他のクラスメイトたちが話しかけていたからだろう。


「ちょっと来な」


 いつものように有無を言わさない高圧的な態度で私に話しかける。


 さっきの休み時間まで私に話しかけてくれていた子たちが急に沈黙する。

 少し話しかけられるようになったとはいえ、まだそこまで深い間柄に放っていない。

 だから、昔みたいに仲の良かった子に見捨てられた時よりかは、幾分か気持ち的に楽だった。


「三谷さん……っ」

「……!」


 だけど、そんな折、隣の子だけは心配そうに声をかけてくれた。

 それが嬉しかった私は、その子に「大丈夫だよ」と言って笑いかけた。


 それを見て、余計に機嫌を悪くした彼女たちに連れられ、付いていくとそこは人気のない体育館裏。


 なんてベタな展開なんだろう……。


「チッ」

「何笑ってんの?」


 漫画で見るような場面に思わず、苦笑してしまい、それがまた宮野さんたちをイラつかせてしまった。


「ごめん。他意はないよ」

「「「……」」」


 私が敬語を使わないことにもどこか違和感を感じたのか、押し黙ってしまった。


「アンタさぁ、随分気合い入ってんじゃん」

「じみたにの分際でさぁ……身分弁えなよ?」

「周りからチヤホヤされて気が大きくなってんじゃないの?」


 怖い。彼女たちの言うことは当たっていた。私は虚勢を張っている。外見を変えることによって、無くしてしまった自信を取り戻そうと必死なのだ。


 でも実際は先輩の言葉を信じ、ここまで来たはいいもの、いざ彼女たちを一人で迎えうつと恐怖が勝る。


 それでも──


「だから何? 私はしたいようにしてるだけ。放っておいて!」

「は?」


 それでも、ここで変わらないと何も変わらない。


 私が反論したことにまた彼女たちは、目を見開く。

 しかし、


「……きゃっ!!」


 私は、宮野さんに押され壁に体を打ちつけた。


「調子乗んな! じみたにがっ!」

「……っ!」


 そしてそのまま薙ぎ倒され、制服に土がつく。

 足はその時に擦りむいたのか、血が滲んでいる。痛い。涙が出てきそうだ。


「……私が何したっていうの?」


 私は、それを隠して必死の抵抗で睨みつける。

 せめて理由を聞きたかった。


「別に。普通にアンタみたいな陰気なやついたら、テンション下がるじゃん? ただ、それだけ。こんなつまんない学校生活じゃストレス溜まるでしょ」


 だけど返ってきたのは、意味のわからない言葉。

 ただ気に入らないから、その捌け口を私にしているだけ。


 この人もネットで私を誹謗中傷してくる人も同じだ。

 相手にするだけ無駄なのだと分かった。


 うんざりだ。


「もう、うんざり!!」

「だからぁ、調子乗って──」

「いいの?」

「は?」


 私は、決心する。

 ポケットに手を入れながら、あの日、お家で先輩と話していたことを思い出した。


 ◇


「そ、それって……何をすれば?」

「まぁ、そうだな。じゃあ──」


 先輩は、少し考えてから口を開いた。


「三谷さんは、わざわざ地味な格好なんてせずに自然体でいればいい」

「え?」

「本人を前に正直言うのもなんだが、今の方がかわいいと思う」

「そ、そんな……っ、かわいいだなんて……」


 正面切ってそんな言葉を言われて照れてしまう。


「で、でもそれで何になるって言うんですか?」

「三谷さんに足りないのは自信だ」

「自信……」

「そう自信。せっかく、Vtuberとして活躍できるようになったけど、昔のことが尾を引いて自信がなくなっている」

「……」

「そしてそれを引き起こしているのが、今、学校でいじめられているということ」


 先輩の言う通りだった。

 今、自分をわからなくしているのは、昔あったいじめのせいだ。そしてそれを思い出させているのが、今のいじめ。

 それによって、自分がどう見られているか、ということを気にするあまり配信にも支障が出始めている。


 何気ないファンのコメントが気になったり、昔は気にしてこなかった誹謗中傷に心を乱されている。

 そのせいでこれが本当に自分のやりたかったことなのかも、わからなくなっているのだ。


「でも、だからっていじめはなくならないんじゃ……余計に調子に乗ってるって思われるだけです」

「だろうな」

「……どういうことですか? 私をからかってるんですか?」


 先輩が無責任なことを言っているように感じ、少しムッとしてしまった。


「どうせ、今みたいな格好をしてもいじめられるなら自然体な方がいいだろ?」

「それはそうですけど……」


 まだ先輩の言うことがわからない。


「だけど、そのままじゃどうしようもないことも確かだ。だから根本的な原因となっているあの三人からのいじめをなくせばいい」

「そんなこと……」


 当たり前じゃないですか。

 そう言おうとした。


「でもそれで本当に元の自分に戻れるかも自信ないですよ、私……」

「大丈夫、なんて無責任なこと言えないけどさ。少なくともそれが原因の一つだし、遅かれ早かれ必要なことだと思う。あの三人に打ち勝つことができれば、そこに自信は生まれる。自信が生まれれば、また安定した気持ちで配信ができるんじゃないか? それこそ、今まで以上に自然体でいられる時間だって増えるんだし」

「そうでしょうか……」

「まぁ、それでも難しかったら、配信の方はまた考えよう」

「先輩……その発言、結構無責任じゃありません?」

「うっ……」


 きっと私を勇気づけるために言ってくれたのだろう。そのことは十分に分かっていた。


「で、具体的にどうすれば……?」

「次にいじめられそうな時、証拠を作る」

「証拠?」

「そう、それは──」


 ◇


 私に追い打ちをかけようとした宮野さんたちに私はポケットから出したものを見せつけたのだった。



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