第69話 あざとかわいい後輩に付き合ってたら、二人の様子のおかしい

 月曜日。

 俺はいつも通り学校へと登校していた。


 しかし、いつもとは違うことがあった。

 ざわざわと道ゆく生徒たちはこちらを見ながら、何かを噂をしているように見える。

 はっきり言って居心地の悪い視線だ。だけども俺は我慢しながら、無心でその群衆の中を突き抜けていく。


 時折、そんな生徒たちの声が俺の耳にも届いてくる。


「あれって、転校生だよな……?」

「隣のあの子……誰だ?」

「知らん。けど、めっちゃ可愛くね?」

「だよな、思った。何あれ、付き合ってんの?」

「くっそ、どこの誰だかわからねぇけど、羨ましいんだよ、転校生がっ!!!」

「倉瀬さんや朝霧さんだけでなく、あんな可愛い子まで!!!!」

「許すまじ、転校生」

「許すまじ」

「許すまじ」


 途中から嫉妬なのかなんなのか分からないものが多くあった。なんか団結してなかった?


「……」


 俺は頬を引きつらせながら、隣の俺の腕にしがみつく少女を見た。


「どうしました、先輩?」

「いや……」


 少女は俺と視線が合うと可愛らしく、そしてあざとく首を傾げた。


 ……くそ、可愛いなおい。


 彼女──三谷結々子は今日はいつもと違っていた。分厚い瓶底眼鏡をかけていなければ、髪型も綺麗に整え、アレンジをしている。


 そこにいるのは間違いなく美少女であり、周囲も息を飲むレベルだった。


 油断していた。

 本気で身なりをきちんとした三谷さんは、想像以上だった。

 元々、中学の時の写真や家で眼鏡を外したりしただけもそれなりの美少女だったんだ。

 そんな子が加えて、化粧をしたり、髪型を整えたりすれば、間違いないはなかった。


 曰く、同期のお姉さんVtuberの方に何度か化粧やおしゃれを指南されたことがあったそうだ。ほぼ着せ替え人形状態だったが、いざという時のために教えてもらっていたらしい。


 ちなみにいざという時というのは、恋人ができた時とかそういう時を想定していて、決して軽く話した程度の先輩と一緒に登校する時のことではない。


「注目されてますね、先輩」

「どちらかと言えば、三谷さんの方だと思うけど」

「そんなことありませんよ。私たちに、です」

「で、なんで腕組んでの?」

「だめ……でしたか?」

「…………」


 そんな目で見ないで!!

 うるっとした瞳に上目遣いは反則である。これ、わざとやってんだよな? 恐ろしい子である。


 一応、三谷さんにこうされるのは

 実は、昨日も三谷さんと出かけていた。

 この格好に慣れるためにということで隣町まで付き合わされたのだった。

 結局、久しぶりの買い物で憂さ晴らしかなんだか知らないが、大量の服を購入した三谷さんの荷物持ちにさせられたのはまた別のお話。

 

「どうしました、先輩?」

「なんでもない」


 少し遠い目をしていたら、三谷さんに心配された。可愛らしくまた小首を傾げる彼女を見ているとなんだか、俺の考えていることをわかっているような気すらしてくる。


 確かにあざとく感じるのも納得かもしれない。


 そしてようやく校門を抜けて、生徒玄関へと入った。


「新世、おは……よ?」


 玄関に入るとそれの下駄箱の前に、一人の女子生徒がいた。

 彼女──朝霧は俺を見て挨拶をしたかと思うと、横に引っ付く三谷さんを見て固まった。


「ああああ、新世? そ、そそそそその子はいいいいい一体?」

「落ち着け、何動揺してんだ」


 異常な動揺を隠しきれない朝霧。まぁ、気持ちはわからんでもない。三谷さん、前にあった時とかなり印象違うと思うしな。


「朝霧先輩、おはようございます」

「お、おはようございます……?」

「先輩、ここまで大丈夫です。朝から家に来てくださってありがとうございました」

「どういたしまして。まぁ、気をつけて」

「大丈夫です。先輩のおかげで頑張れそうです! では、また!」


 挨拶の後、固まる朝霧と俺に三谷さんは弾ける笑顔を向けて、自分のクラスの下駄箱の方へと向かい、行ってしまった。


「…………」

「……」


 三谷さん変わりすぎ問題はさておき。目を点にしている朝霧をどうしようか。

 とりあえず声をかけてみるか。


「おーい、朝霧」

「…………」

「おーい……大丈夫か?」

「……っ!!!」

「え」


 反応ない朝霧に近寄って、もう一度声をかけると、なぜか悲痛な面持ちで走り去ってしまった。


「一体なんだってんだ」


 小さくつぶやいてから、また教室へと向かった。


 ◆


「い、伊藤くん」

「どうした、倉瀬」

「そ、その……やっぱり、なんでもないっ!」


 教室についてから倉瀬の様子もおかしかった。

 何かを聞きたそうにしているのだが、すぐに撤回して、いなくなる。だけど、また数分したら同じようにやってきて、声をかけてくるのだ。


 朝霧? 朝霧は俺の隣でなぜか魂が抜けていた。


「倉瀬、言いたいことがあるならはっきりと言ってくれ」

「えっと……じゃあ、聞くね?」

「ああ」


 少し気まずそうにこちらの様子を窺う倉瀬。心なしか落ち込んでいるように思える。


「伊藤くん、彼女できたって本当?」

「……なんて?」


 彼女なんて生まれてこの方一度もできたことないが。


「け、今朝、知らない可愛い女の子と腕組んで登校してきたって噂になってたから……」


 だよな。やっぱりそうなるよな。

 わかってたさ。そんなことになりそうな気はしてた。前の翠花の時も同じような噂が立ったんだった。


「その、腕組んでたの私も見たし……」

「……見てたのか」

「う、うん」

「倉瀬。あれは、一方的に絡まれていただけだ。断じて彼女じゃない」


 確かに朝一緒に登校するようには約束していたが、あんなオプションが付いていたなんて聞いてなかった。

 それに三谷さんはどちらかといえば、彼女というより、妹に近い感じだ。妹がじゃれついてる感じ。


「……本当?」

「俺が嘘ついてるように見えるか?」


 嘘つく理由もない俺は、真剣に目で倉瀬に訴えかける。

 すると倉瀬の瞼がパチパチと二回瞬くと、急に顔を離した。


「そ、それなら別にいいんだけど……っ!」


 そこまで過剰な拒否反応をされると少し傷つく……。

 そして倉瀬は顔を逸らして、ぶつぶつと何かを言っていた。


「倉瀬?」

「な、なんてもないよ!?」

「ちょ、倉瀬!?」

「えへ、えへへ、大丈夫大丈夫!! あ、ちょっとお花摘んでくるね!!!」


 倉瀬は、慌てて大きく身振り手振りしたかと思うとその拍子につまづいて転んでしまった。そしてすぐに起き上がってそのまま走り去ってしまったのだった。


「もうすぐ予鈴なるんだけどな……」

「(なんで? え、いつ? 誰? 聞く? いや、でも……)」


 そして横にいる朝霧は、未だ魂が戻らぬ様子。さっきの俺と倉瀬のやりとりも聞いてなかったらしく、何やらずっと小さな声で何かを言っている。


「(ああああああああああああああ)」


 そして呪詛を唱え終わると頭を抱えて、うめきだした。


 ……や、普通に怖いんだけど。呪われてない? 大丈夫?

 流石にこのまま放置はよくない……か?


「朝ぎ……りっ!?」

「な……に?」

「いや、大丈夫か?」

「……っ、うぅっ」


 死んだ目をする朝霧にちょっとビビってしまったがどうにか声をかける。

 すると朝霧はまた、顔を伏せてしまった。


「だからなんなんだよ……」


 俺はその理由がわからず、また小さく呟いた。


 ……今頃、三谷さんはうまくやっているだろうか。

 そうして一年生の教室の方を向きながら、下駄箱で離れた三谷さんのことを心配するのであった。


 ◆


 私は、先輩と別れてから自分の教室に向かった。

 今朝、家を出るまではかなり緊張していた。


 だけど先輩と一緒に登校したおかげか少しばかり、緊張はマシになっていた。


 先週、先輩が言った言葉。


 ──好きに生きればいい。


 そのためにすることは、まずはわざわざ自分を隠さず、昔みたいに自然体で登校することだった。


 確かに私だって今の方が好きだ。だけど、そうしなかった理由は、前と同じ轍を踏まないためだったからだ。

 これでは、わざわざ地味な格好をしていた意味がなくなる。


 だけど、先輩は言った。


 ──どうせ、今みたいな格好をしてもいじめられるなら、自然体の方がいいだろ?


 確かにその通りだと思った。

 でも、それをしたらどうなるか、あの三人の反応が心配だった。


 それでも先輩は私に心配いらないと言ってくれた。

 だから私はそれを信じてみようかなと思った。


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