第71話 知っているようで知らない自分を隣の女子は知っている
私は、ポケットから出したボイスレコーダーを宮野さんたちに見せつけた。
先輩とお出かけした時に買ったものだ。
今までここに連れてこられるまでの会話を全て録音していた。
ポケットに入れていたので少し聞き取りづらい部分もあるかもしれないが、問題ないことは事前に確認済みだ。
「なっ!?」
「チッ」
「ねぇ、やばくない?」
三人は皆揃って動揺する。
作戦通りだった。少し痛くて怖い思いをしたけど、これでこの苦痛から解放されるならば、安いものだ。
「もう私に関わらないで。そしたら、これは使わない」
「ねぇ、どうする?」
「……分かった」
観念したのか、宮野さんは、私の提案をすんなりと受け入れた。
私は、それに安心して深く息を吐いた。
良かった。
ようやくだ。ようやくこれで平穏な日々が戻ってくる。
先輩の言った通りだ。
我慢しても何の解決にもならなかった。今度先輩に改めてお礼を言おう。
「っ!?」
──と、安堵したのも束の間だった。
宮野さんは、私が視線を外した隙を窺って掴みかかってきた。
私は、慌てて必死に抵抗する。
「やめて!」
「うるさい!! ねぇ、こいつ抑えて!」
宮野さんは残り二人に合図をする。
二人は顔を見合わせたかと思うと頷いて、私の方に向かってくる。
「ああっ……!!」
そしてあっという間に私の手元にあったボイスレコーダーが奪われてしまった。
「アハハハ!! 調子に乗るから」
「ぁぁ……」
ボイスレコーダーが奪われて頭が真っ白になる。
宮野さんは、それを手に楽しそうに笑った。
自分のバカさ加減が嫌になる。
彼女たちが素直に言うことを聞くわけがなかったんだ。
「ほんと、どうしてくれようか、こいつ」
「ね」
「どうする、雅?」
「んー……そうだ」
「お、何か思いついた?」
「ちょっとさ、そっちの体育館倉庫連れてこ」
「体育館倉庫? そこで何すんの?」
「こういう生意気なことを二度とできないようにさ、ちょっとしたお灸を据えてやるの。例えば、恥ずかしい姿をばら撒いたりして」
「なるほどねぇ」
三人は、またこちらを見て厭らしい笑みを浮かべた。
◆
三谷さんはどうしているだろうか。
今頃、うまくやっているだろうか。授業中もそんなことばかり考えていた。無茶をしていなくちゃいいけど。
俺が考えたのは、ボイスレコーダーで彼女たちからの嫌がらせの証拠を押さえること。たったそれだけだ。
その際、三谷さん自身に一時的に苦痛が伴うという可能性も伝えている。
何かを得るためには、何かを犠牲にしなくてはならない。
残念ながら、この世界は綺麗事で回ってはいないということを俺は痛いほど知っていた。
要は彼女自身でやり遂げることが大切なのだ。
過去のトラウマから自信のない自分を変えるには、今現在、障壁となっている相手に打ち勝たねばならない。
もちろん、この提案をしたときに断られれば、別の案を考えるつもりではあったが、彼女は自分で選んだ。
だから、彼女の選択をできる限り、見守りたいのだが……。
そんな焦りが顔に出過ぎたのだろうか。
朝から様子のおかしかった朝霧はようやく平静を取り戻したのか、心配そうにこちらの様子を窺ってきた。
「ただでさえ、冴えないのに余計に冴えないツラしてるわよ?」
「今朝の朝霧よりマシかな」
「ち、違うから!!」
俺が言い返すと途端に朝霧は狼狽えた。
最近、なんだかチョロくなってるような気がするな。気のせいか。前はもっとこう……反発があった。
「朝霧ーどうしたー?」
「……っ。な、なんでもありません……」
大声を出して、注目を浴びた朝霧は桐原先生に注意され、恥ずかしそうに小さくなった。
「そ、そのあれはアンタが悪いんじゃない!! ちゃんとあの子がこの前の子だって説明しないから!」
それから朝霧は、今度は小さな声で俺に話しかける。
「勝手に勘違いしたのはそっちだろ?」
「恋人でもないのにあんな風に腕組んでたら、するに決まってるでしょ!?」
「確かに」
倉瀬にも言われたな。
俺的には妹が戯れついている程度にしか考えてなかったが……周りからしたらそういうものか。
「それでなんで朝霧は、あんな風になってたんだ?」
「べ、別に! アンタに彼女ができて悔しかったとかそんなんじゃないから!!」
「へいへい」
なるほどな。コイツ的には俺に彼女ができるとどうやら悔しいらしい。
まぁ、元々仲は悪かったからな。
妬みみたいなもんか。
「それなら朝霧もさっさと彼氏でもなんでも作ればいいだろ」
「……」
「朝霧?」
「…………バカ。ふんっ」
「はぁ……?」
何なんだ、一体。ジト目で見られた後、一方的に罵られた。
その後は、声をかけるも口を聞いてくれない朝霧だった。
***
「やめて──!!」
***
そして、授業もそろそろ終わる頃。また未来が見えた。
その景色は鮮明で、誰がどこでどうなっているかも分かった。
「体育館裏……?」
三谷さんは、あの三人組に囲まれて、ボイスレコーダーを取り上げられていた。
そしてそのままどこかへと連れて行かれそうになっていた。
……どうやら俺の見る未来では勇気を出した彼女の行動は、実を結ばなかったらしい。
時刻はもう時期12時。
お昼休みの出来事であることは容易に予想がついた。
嫌な汗がで始めた。
俺がけしかけたせいで彼女が危険な目に遭うならば、尻を拭ってやるのも俺の責任だ。
このまま先回りして助けるのは簡単だ。
……ただ、本当にこれでいいのだろうか。
そんなことを考えてしまう。
彼女は自ら選んで困難な道を進んだ。一人で敵対する相手に立ち向かった。
それを俺がでしゃばることによって、その勇気が無駄になることはないだろうか。
彼女が危険な目に遭うよりかは、マシだ。当然そんなことはわかっている。
──もう自分を偽りたくないんです。
あの言葉を吐き出した彼女を本当の意味で救うには?
俺なんかが、ヘタにかき回さない方が良かったんじゃないか?
考えれば考えるほど、様々なことが脳内の巡る。
自分から提案しておいて、無責任なことこの上ない。
わかっていたようで、俺は自分自身のことを何もわかっていないのだ。
自分の歩んできた道が本当に正しいものか俺もわからないから。だから、彼女に与えた選択肢に疑問を覚える。
──お兄ちゃん……!
「ッ!」
また、嫌なことを思い出した。
頭が痛い。
俺がやっていることはお節介なのだろうか。それともただの自己満足か。そのせいで彼女が不幸になったとしたら?
激しく自己嫌悪に陥る。そんな風に落ち込んでいる暇はないというのに。
過去の出来事に縛られているのは、俺もまた、同じだった。
「ねぇ、あんた顔色悪いわよ? 大丈夫?」
また朝霧に心配をかけたらしい。
「冴えないツラしてるからな」
「そんなこと言ってるんじゃないの!! 顔真っ青よ!? すぐに保健室に──」
「大丈夫だって。もうすぐ授業終わるから」
「……」
朝霧は少し泣きそうな顔をしていた。
なんでそんな顔をしてるんだか。
バツの悪くなった俺は、朝霧に質問をした。
「なぁ、俺ってお節介だと思うか?」
「何それ……」
場違いな質問に少し朝霧は怒ったように返事をした。
「いいから。教えて欲しい」
「……お節介ね」
「やっぱりか」
なんとなくだが、朝霧には否定してほしかった気もする。なんだかんだ、朝霧の未来を変えてしまった俺だが、あれもただの自己満足のように思えてきてならない。
「だけど」
「……?」
「私は新世のお節介がその……その……」
言葉を続けた朝霧はなんだか言いにくそうにモジモジしていた。
「好きだから」
「……!」
「何に悩んでるか知らないけど、新世は新世らしくすればいいじゃない。私はそれで救われたから。前にも言ったと思うけど、そうやってあれこれ考えて中途半端なとこ……新世らしいと、私は思うわ」
朝霧に言葉で視界が晴れていった気がした。
「おいこら、そこ授業中だぞ。青春するなら授業後にしろ」
……桐原先生のせいで台無しだな。
◆
悲しそうな新世の顔を見て、胸が苦しくなった。
あれは前にもあった。恐らく、昔のことを思い出していたんだろう。
店長さんに聞いた新世の過去。
私のとは違って、軽々しく触れていいようなものじゃない。
だけど、あんな顔を見たら放って置けなかった。
何より、好きになってしまったから。
いつか、私が新世を救ってあげたい。
私が救われたように。
新世は私の話を聞くと、先ほどまでの暗い顔から一転、どこか晴れやかな顔になっていた。
結局、何に悩んでいたかまではわからないし、先生の変な言葉のせいでうやむやになってしまったけど、恐らくもう大丈夫だろう。
チャイムが鳴って、授業が終わると彼は一目散に教室を出ていった。
「あれ、優李ちゃん。伊藤くんは?」
「さぁ? また誰かにお節介かいてるんじゃない?」
「……へ?」
少しは新世の力になれたかな。
戻ってきたら、何かお願いの一つでも聞いてもらわなくちゃいけないわね。頑張って、新世。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます