第2話 嫌な未来を回避したら美少女を助けることになった

 俺という人間は基本的に不幸体質だと思っている。それはこのヘンテコな体質になる前から変わらない。


 そしてこの体質になってからもそれは同じことだった。いや、むしろ悪化しているようにすら感じる。

 

 偶にやってくる数分後の未来を知らせる白昼夢。大体がよくない未来を教えてくれる。

 例えば、今朝俺にビンタをした女性。あのまま放っておけば、彼女は信号無視をした車に轢かれて死んでしまっていたことだろう。

 そんな未来を視てしまったからこそ、放っておくことはできなかった。別に正義感とかそんなんじゃない。本当は面倒なことなんて大っ嫌いだ。


 それでもやっぱり死ぬとわかっていながら放っておくのは寝覚が悪い。今後、どこかでその時のことを思い出して、後悔するのは目に見えている。つまり、これは自分のため。ただそれだけなのだ。


「できれば転校先では平和に、何事もなく過ごせますように」


 ……これってフラグな気がしなくもない。言ってから気がついたがもう遅い。


「ッ!」


 その時、俺の脳裏に鮮明な映像が焼き付いた。


 ***


「へへーっ、ここまで追いかけてこいよ!!」

「ねぇ、ちょっと待ってよ!!!」

「遅いのが悪いんだ!! 悔しかった捕まえてみろよぉ!!」


 俺は橋の上のいた。


 後ろから男の子たちの声がする。だけど声は遠くてまだ俺はそのことに気が付いていない。

 それから数秒後。後ろから気配を感じた時にはもう遅かった。

 

「へ?」

「うわっ!?」


 男の子の一人が俺にぶつかったのだ。

 男の子の手には、カッコいいヒーローのおもちゃが握られていた。そしてそのおもちゃは俺とぶつかった拍子にその手からすっぽ抜け、橋の外へと飛び出す。


「ああっ!!」


 もう一人の男の子の悲痛な叫び声が聞こえた。

 手から離れたおもちゃはそのまま重力に逆らうことなく、真っ直ぐに橋の下へと落ちていった。


「お、俺は悪くないからな!! この兄ちゃんが悪いんだ!! 俺は知らねぇ!!」

「うわあああああああああん!! 僕の〜〜〜〜〜!!!」


 ***


「はっ!?」


 急に現実に帰ってくる。


 嫌なもんが視えた。

 そして確実にこれから面倒な未来が待っているということが分かる。


 状況からして、どうやら俺にぶつかった男の子がもう一人の男の子からおもちゃを奪って逃げていたようだ。

 そして前をよく見ずに走っていた悪ガキの方が俺にぶつかり、川におもちゃを落とした。


 ……これ絶対俺のせいになるやつ。絶対に周りから白い目で見られるやつ。


 いや、そこまでは視えてないし、本来であれば俺がぶつかられた俺に責任はない。

 ……だけど経験上、俺のせいになる気がしてならない。


 そして今の俺は、先ほど視た映像と同じ橋の上にいることに気がつく。

 気がついてすぐ。その光景と同じ瞬間がやってきた。


「へへーっ、ここまで追いかけてこいよ!!」

「ねぇ、ちょっと待ってよ!!!」

「遅いのが悪いんだ!! 悔しかった捕まえてみろよぉ!!」


 だがしかし、先のことを知っている俺はここで男の子にぶつかるような真似はしない。


「甘い……ッ!!」


 俺は後ろからやってくる男の子の気配をいち早く察知し、道を譲った。

 二人の少年は俺の横を通り過ぎていく。

 

「たまには役に立つなこの未来予知も」


 これで男の子が俺にぶつかっておもちゃを落とすことはない──はずだった。


「え!? キャッッ!?」

「うわっ!?」


 しかし、聞こえてきたのは男の子ともう一つ、女性の甲高い声だった。

 俺がぶつかるはずだったの未来。それは変わったが、代わりに前にいた女性に男の子はぶつかった。

 そしておもちゃは俺が視た通り、垂直落下をして川に音を立てて沈んだ。

 

 俺が視た未来と同じ状況である。


「お、俺は悪くねぇからな!!」

「うわあああああああああん!! 僕の〜〜〜〜〜!!!」


 少年たちの言葉も同じだった。ただ違うのは──


「ご、ごめんね!? お姉ちゃんが後ろに気がつかなかったから……」

「うぅぅ…………」


 ぶつかられた女性が必死になって泣く少年を慰めていたところか。

 女性と言っても同い同士くらいだ。明るいミルクティー色の髪をする彼女はやわらかい雰囲気を醸し出す、少しあどけなさが残る美少女だった。


 そしてぶつかった少年はというといつの間にか、いなくなっていた。


「お母さんに買ってもらった大事なやつだったのにぃ……」

「ご、ごめんね? 大丈夫。お姉ちゃんがすぐに取ってきてあげるから!!」


 そういうと少女は、すぐに靴を脱いで橋の手すりに登った。


「え!? ここから……?」


 すぐそばにいた俺は、思わず彼女の行動に声をあげる。


「はい!! すぐに取ってきます!」


 それに彼女はすぐに答えると息つぐ間も無く、橋から綺麗に飛び込んだ。


「す、すげぇな……」


 その行動力に感服して、川を覗き込むと隣の男の子も泣き止み、心配そうに飛び込んだ少女を覗き込んでいた。

 ……巡り巡って、面倒な場面に遭遇してしまった。正直、帰りたいが俺が原因と言えなくもないので帰りにくい雰囲気だ。


「……」


 なにより、男の子が心配そうに川と俺を交互に見ていた。

 仕方ないのでここで少女が上がってくるのを男の子と一緒に待つことにした。


「だ、大丈夫かな……」

「いきなり飛び込んだのはびっくりしたけど、多分大丈夫だろ」


 泳ぎに自信があるってことだろう。この高さでも臆さない完璧な飛び込みだった。

 しかし、それは男の子の杞憂に終わらず、そして俺の想像とは別の展開だった。


「わぷ!?」

「……え?」


 なんと溺れている……。


「た、助け…………」

「……いや、泳げねぇのかよ」


 思わず、冷静にツッコミを入れてしまった。

 もしかして、アホなのか……? さっきの綺麗な飛び込みは一体?


「ってそれどころじゃねぇ!!」


 我に返って、上着を脱いでから男の子に預けると先ほど少女が飛び込んだのと同じように橋の上から飛び込んだ。





「ぜぇぜぇぜぇ……」

「はぁはぁはぁ……」


 し、死ぬ。

 本気で死ぬかと思った。この時期の川の水温はまだまだ冷たく尋常ではない体力が奪われる。

 人を一人抱えて泳ぐことがこんなにも難しいとは。しかも、川の流れの中で。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、大丈夫?」


 気がつくと河原に打ち上がった俺たちの近くまで男の子がきていた。心配そうな眼差しを向けながら預けた上着を俺に返してくれた。


「……だ、大丈夫! お姉ちゃん凄かったでしょ? はぁはぁ……」


 女性はウインクをして親指を立てた。


 ……飛び込みだけで後はずっと溺れてたと思うんだが、何が凄かったんだろうか。


 俺の代わりに答えた少女に心の中でツッコミを入れる。

 声に出したいところだが、体力を奪われた今、そんな余裕はない。


「は、はい。これ」

「あ、ありがと……」

「もう、取られちゃわないようにね?」


 少年は女性からおもちゃを受け取るとコクリとうなずいて走り去っていった。


 ……溺れてたけど、ちゃんと回収できてたのか。ちょっとだけ見直した。


 ──さて。

 全身びしょ濡れ。なんでこうなるんだ。俺はただ制服を取りに行きたかっただけなのに……。


「──へっくちゅぃ」


 唐突にそんな俺の思考を遮る可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。


 くしゃみをした少女は、体を震わせている。

 そして俺の方を見て、顔を赤らめる。


「お、遅くなりましたがありがとうございました! おかげで助かりました……」

「いえ、お構いなく……?」


 強がってはいるものの正直、危うかった。ここで余裕を見せられたら格好いいのかもしれないが俺にそんなプライドは微塵もない。

 

 後、めっちゃ寒いし体が震える。

 だが、それは彼女も同じことだろう。

 そんな彼女はなぜか俺をぼーっと見て固まっている。どうかしたのだろうか?


「大丈夫ですか? 帰れます?」

「あっ……はい! 大丈夫です! ここから家近いので!!」

「そうですか。ならよかった……ッ!!」

「……?」


 俺は安堵ともに慌てて目を逸らす。

 彼女はそんな俺の反応がわからない様子で首を傾げている。


「どうされたんですか?」

「あ……いえ……あの……」


 これは言っていいのだろうか。いや、言うべきか。このままでは彼女は家に帰るまで恥ずかしい思いをしてしまうことだろう。

 そこまで世話を焼く必要もないけど……。なんとなく居た堪れないので仕方ない。


「……ふ、服」

「服? ……っ。み、見ないでください!」


 彼女は俺の指摘に自分の体を見渡す。そして一気に顔を真っ赤にして体を抱きしめるようにして庇う。

 それと同時に俺も顔を逸らした。


 そう、水に濡れたことによりブラウスが透けていたのだ。

 そこから覗かせる赤い布切れとそれを包む豊満な二つの双丘をガッツリと見てしまった。ありがとうございました。

 凄かったのはそういうことだったか。


 俺だって青春真っ盛りの男子高校生である。ダメだとわかっていても見てしまう男のさがを許してほしい。

 ……それにしても見た目、清楚っぽい割に結構派手なの付けてるのな。あ、思考が変態っぽい。


 俺は自分の邪念を振り払うため、かぶりを振った。


「み、見ました?」

「いえ……あの……」


 ここで見てませんは中々苦し紛れな気がする。

 だからと言って見ましたなんて宣言できるだろうか。

 だけど言葉に詰まっても同じことか。


「す、すみません……」


 結局、俺にできることは謝ることだけだった。


「うぅ……」


 少女は耳まで真っ赤にして唸っている。


「ち、違うんですよ!? 普段はこんな派手なの付けてないんです!!」

「え、あ……そこ?」


 少女から返ってきたのはあまりに的外れな弁解。焦って何言ってるのか分かってないのかもしれないが、言うべきことはそこじゃない。


「だってそうじゃないですか! 今日はこれしかなくって……だから仕方なく。仕方なく何です。お兄さんだって思ったんじゃないですか? あ、こいつ大人しそうな顔してドスケベな下着付けてるな……って!!!!」

「いや、あの……ち、近いです……そこまでは思ってないです……」


 興奮した少女は自分がどんな格好をしているのかも忘れて、俺に詰め寄ってきた。

 必死に顔を逸らすが隠しきれない双丘とドスケ……派手なそれが嫌でも目に入る。決して嫌じゃないけど。決してな。


「はぅっ……」


 俺が必死に顔を逸らしていることに気がついて少女は自分の姿を思い出したのか、また慌てて離れた。


「まさか私の体が目的で……? ということはあの少年たちに依頼して、私にぶつかるようにお願いしたんじゃ……!?」

「いやいやいやいや」


 理不尽すぎない?

 ちょっと想像の斜め上を行く展開に嫌な予感再び。


「いくらなんでもそれで川に飛びこむなんて普通思わないから!」


 俺は必死に弁明した。一日に二回も助けた少女から濡れ衣を着せられそうになるなんてゴメンだ。


「そ、それじゃあ人工呼吸!! 人工呼吸が目的だったんですね!?」

「俺、初対面ですよね!? あなたが溺れるとか思いませんでしたから!!」

「そ、それは……そうですね……疑ってすみません」


 俺の必死さが伝わったのかわかってもらえたようだ。

 もしかしてこの人、天然の類だろうか。あまりに突飛すぎてついていけない。


「…………」

「…………くちゅぃ!」

「……!」


 しばらく沈黙が続き、ようやく落ち着いてきた頃。

 また、可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。


 …………いつまでもこのままというわけにはいかない。

 変態扱いされそうになったことには決して納得できないが、俺もそろそろマジで風邪をひきそうだ。

 暖かくなってきたとはいえ、春先の気温を過信してはいけない。


 俺は立ち上がり、少年から返してもらった上着を手にとり、彼女の肩にかけた。


「……あの?」

「とりあえず、ないよりはマシだと思うので。またどこかで返してください」


 俺はそう言ってその場から逃げるように立ち去った。


 なんで逃げたかって?

 あの場の気まずい空気に止まるよりかはマシだと思ったからだ。


「なんで不幸ってこんなに続くんだ。朝はビンタに昼はびしょ濡れって……厄祓い行った方がいいか? はぁ……」


 これからの生活に不安しか残らない。

 その後、俺はびしょ濡れのまま制服を受け取り、家に帰った。

 買い物は無理だったので帰ってから綾子さんの車で改めて行った。


 めちゃくちゃ文句垂れてたけど。


 ◆


 私、倉瀬七海くらせななみはまるで逃げるように去っていった男の人の背中を眺めていた。


「な、なんか悪いことしちゃったな……せっかく助けてもらったのに疑っちゃった……」


 さっきはテンパって変なことを言ってしまった。今、冷静になれば私が溺れたことに彼は関係ないということは分かる。


「……くちゅぃ」


 三度、くしゃみが出た。


「寒くなってきちゃった。帰ろう」


 一人残された私は、そう呟いてその場から立ち上がり、家の方へと歩き出す。


「なんだか、お兄ちゃんに似てた」


 ポツリと独り言が溢れた。

 先ほどの男性に水の中から引き上げられた時のことをもう一度思い出して、昔の記憶を蘇らせる。


 昔もこうやって溺れそうになっていたところを大好きな従兄弟のお兄ちゃんに助けてもらったことがある。

 そんなお兄ちゃんになんだか雰囲気が似ていると思ったのだ。だから助けてもらった後、しばらく彼を見つめてしまった。


「ふふ。また会えるといいな」


 肩にかけられた上着がずり落ちないように両手で抱き締めた。


 その後、家に帰った私は、お父さんにびしょ濡れの理由を問い詰められ、理由を話すと怒られたのだった。

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