第114話 これって修羅場ってやつ?
「あたしこれにしよーっと! チョコバナナスペシャルパンケーキのセットでドリンクはアイスカフェラテでお願いしまーす!」
「あ、私もそれで」
「かしこまりました」
大きな声の藤林さんと同じものを私も注文し、店員さんは返事をする。
「新世たちは何にするの?」
「あー、俺はアイスコーヒーで」
「あ、えっとじゃあ、翠花もそれで……」
「では、繰り返します。チョコバナナスペシャルパンケーキのセットが二つに、アイスコーヒーが2つでよろしかったですね?」
「はい──」
「あれ? スイスイは何も食べないの? ほら、これとか美味しそうだよ。イチゴとスフレのパンケーキ! これにしなよ!」
「そうだよ、翠花甘いの好きじゃん!」
「え? うん……」
私と藤林さんに勧められるがままに翠花の注文内容が決まった。
というか、スイスイって……いつの間に翠花は藤林さんとそんなに仲良くなったんだろう?
色々ツッコミたいところはあったんだけど……。
「……」
「……」
「……?」
「ははん?」
私の目の前には不思議な空間が出来上がっていた。
正面に藤林さん、その横に伊藤くん。そして隣には翠花。
いや、不思議というかその正体もなんとなくは察しがつく。
「……!」
翠花の方を見ていると正面の伊藤くんと目があってはすぐにパッと目を逸らす。そんなことが続いている。
今、私たちはカフェにやってきていた。この場所は以前、翠花が伊藤くんと二人で来た場所らしい。
あの服屋で伊藤くんたちと出会ってせっかくだからということで私がカフェに誘ったのが始まりだ。
あの時の伊藤くんの顔ったら今思い出しても笑える。藤林さんと二人でいたところを見るにやっぱりデート?
やっぱり邪魔しちゃ悪いかなと思ったけど、気になることがあったので誘った次第だ。
そもそも藤林さんとはそんなに話したことはなかったのだが、話せば意外にも話しやすく、翠花とも最近、仲良くなったということでこのセッティングが実現してしまったのだった。
それにしても……ここにいると周りはカップルばかりが目に入って毒だ。だけど、それよりも男一人に対して、女性が三人もいるテーブルの方が目立って仕方ない。
周りからはジロジロと見られ、伊藤くんの肩身は狭そうだった。
それにしても二人とも気まずそうだ。
私の勘が告げていた。
……この二人、絶対何かあったな?
それを考え出したら、ニヤニヤが止まらなくなってきた。それが誘った理由でもあった。
きっかけはあの球技大会から。なんとなく分かってはいたけど……翠花絶対に伊藤くんのこと好きになってるよね?
前の大会の日も一緒に帰ったみたいだし……その時にもしかしたら……。
そうであれば、この空気感にも納得がいく。
ただ、私としては翠花がフラれていないかは心配だったけど、ここ数日は元気だったところを見るとそれもなさそうだ。
保留ってとこかな……? 大方翠花が勢いで告白して返事もらってないんだろうけど。
「二人ともどーしたの? なんかヨソヨソしくない?」
「そうだね」
藤林さんが翠花たちの微妙な空気感を怪しむ。どうやら藤林さんは二人の関係の変化には気がついていないようだ。
これはこれで面白くなってきた。
「そんなことないな。なぁ、翠花?」
「そ、そうだよ。そんなことないよ」
「…………」
「…………」
「ふーん?」
「ニヤニヤ」
ああ、ダメだ。抑えようとしてもニヤけてしまう!
伊藤くんったら、心底焦った顔してる。
「そ、そういえば翠花たちは、今日は部活だったのか?」
伊藤くんはどうにか話を逸らそうと話題を変えてきた。
「う、うん! そうだよ! 男子と一緒に合同で別の高校に練習試合だったの。その帰り」
「そうそう。新チームになって初めての試合だったからねー。翠花気合い入ってたもんね」
「そうか。試合は勝ったのか?」
「もちろん!」
翠花は元気よく答えた。やはり、バスケのこととなると話しやすさが変わるらしい。今までのように伊藤くんとも普通に話せている。
「それでその帰りに適当にブラつこうって話になってね。翠花が新しい服が欲しいって言うから。服になんて興味なくて、そんなこと前には言わなかったんだけどね。どこの誰のせいかなぁ?」
私は、伊藤くんを見た。伊藤くんは顔が引き攣っている。
きっと私が翠花との間にあった何かを知ってると思っているだろう。
あーダメ。ニヤニヤしちゃう。
でも残念! 私は本当に知らないからね! なんとなくにはわかるんだけどねぇ。
それにしても藤林さんと二人でってことは……もしかしてだけど……。
「そういう伊藤くんたちは何してたの? って藤林さんの服見てたんだろうけど……二人きりってことはもしかしてデートとか?」
「あ、バレた?」
あまりにもあっさり藤林さんが認める。でもこれは多分、違う。伊藤くんをからかっているだけだ。
「で、デートなんだ……」
あからさまに翠花は元気をなくす。まるで萎れてしまったひまわりのように。
それを見て、伊藤くんは焦ったのか弁解をする。
「翠花、違うからな。色々あって服買うの手伝わされてるだけだからな」
「そ、そうなんだ!」
翠花の表情に光が灯った。本当にわかりやすい……。翠花かわいいなぁ。
「それを世間一般でデートって言うんじゃないの?」
「──……」
しかし、一瞬で藤林さんはまた翠花をどん底に突き落とした。翠花は分かりやすく泣きそうな顔をしていた。
多分、悪気はないんだろうけど……。
「藤林。あんまりふざけてるといくら俺でも怒るぞ」
「ぶー……わかったよ」
伊藤くんの言葉にようやく藤林は口を閉じた。かなり不満そうに尖らせてる。やっぱりからかってるだけだったか。
「翠花、言っとくけど色々と訳ありでな。仕方なく付き合ってるだけだ。仕方なく」
「そんなに強調しなくてもいいじゃん」
「お前が紛らわしいこと言うからだ」
「そ、そっか……」
伊藤くんの言葉に安堵したのか、翠花はホッと息を吐く。
やっぱり伊藤くんって女たらしの素質あるよね……?
「それでさ。その色々ってのは何があったの? あ、言いたくないならいいんだけど」
そんな伊藤くんを見て少し気になっていじわるをしたくなった。
そもそもなんで二人きりでいるのかは私も気になるところだ。
「そ、それはだな……」
「あー、あたし家出したの。それで服ないから買いに来たってわけ」
「え、家出!? 大丈夫なの!?」
「まぁ、別に大したことないって。そんで昨日、行くとこなかったから新世のとこ泊めてもらったってわけ」
新世くんが口をあんぐりと開けている。まさか言うとは思っていなかったっていう顔だ。
お泊まりってまさか……?
え、もしかしてもうそんな関係に!?
「そうなんだ! お泊まりか、いいなぁー楽しそう……」
しかし、私の内心とは裏腹に意外にも翠花の反応は薄い。これ絶対に意味わかってないよね?
「翠花、ただのお泊まり会か何かだと思ってる?」
「え? 違うの?」
「…………」
やっぱりこの子は純粋さがウリよ。
「違うって、スイスイ。男女が一つ屋根の下で二人っきりになったらやることは決まってるでしょ!!」
「……? ゲームとか?」
「違うって。えっ──」
「あああああああああああああああ」
「うるさ。新世、お店に迷惑だよ?」
「誰のせいだ、誰の!!」
危うく藤林さんの口から危険なワードが飛び出しそうになったところを伊藤くんが遮った。
翠花はそれを分からないと言った様子で首を傾げていた。
「(ねぇ、紗奈ちゃんさっき何言おうとしたのかな?)」
伊藤くんと藤林さんの言い合いが続く中、翠花が耳打ちで聞いてくる。
私は、ため息をついた。
そして必死に遮った伊藤くんには悪いが、先ほどの言おうとしていたことを教えるか迷った。
翠花は伊藤くんのことが好きだ。だからこそ、そういうことを知らないで損をするのも翠花自身なのだ。
意中の相手が他の女性と二人きりになっているなんて、普通はもっと焦るべきことなのだ。
このまま何も知らないままのほほんと過ごしていては、悲しい思いをするのは明白。私は親友である翠花にそうはなってほしくない。
……まぁ、今時の高校生がその意味を分からないのも問題な気がするけど……。翠花らしいといえば、翠花らしいんだけどね。
「(言いにくいから遠回しに言うけど、男と女の関係って言えばわかる?)」
「(男と女……?)」
「(……体の関係)」
「──ッ!!」
核心に迫る一言を伝えた時、翠花はまるで沸騰したかのように顔を真っ赤に染め上げていた。
ようやく気がついたようだ。遠回しではあったがこれで伝わってよかったと思う。
そういえば、少年漫画とかもよく読んでる翠花だけど、少女漫画も結構好きなのよね。割と少女漫画にもそういう描写はあったりする。
「その……二人はまさか?」
そして顔を真っ赤にして泣きそうな顔になっている翠花が恐る恐る二人に聞く。
それに気がついた伊藤くんはより一層、焦燥感が増した気がした。
答えによっては今日は翠花を慰めてあげなければならない。あー、さっきは楽しんでたけど私が逃げ出したくなってきたわ。
「ち、違うからな!? 俺は断じて──」
「あー、別に何にも無かったよ? 特にいやらしいこともちょっとしかされなかったし」
「ちょっとも、しとらんわ!!」
「そ、そうなんだ……」
翠花と私はそれを聞いて安堵の表情を浮かべる。とりあえず……今日は慰めなくてもよさそうだ。
「(ねね、もしかしてスイスイって新世のこと好きなの?)」
ここでようやく藤林さんが翠花の反応を見て気がつき、テーブル越しに私に向かって耳打ちをしてきた。
「(そうみたい)」
「(そっか)」
伊藤くんも翠花も何を話しているか分かっていないようで頭にハテナを浮かべていた。
それを伊藤くんは訝しげに聞く。
「また変なこと言ってるんじゃないだろうな?」
「新世のスケベ」
「違うわ!!」
「まぁ、そんな気にすることないよ! あたし別に新世のことなんとも思ってないし!」
これまたはっきりと。藤林さんは伊藤くんとの会話打ち切って、翠花に宣言する。伊藤くんはなんともいえない表情をしていた。
「大丈夫、大丈夫! スイスイならいけるって!」
「え? う、うん?」
翠花はわからない顔をしたままだった。
「お待たせしました。こちらチョコバナナスペシャルパンケーキとカフェラテです」
そこで店員さんがやってきて話は中断。
とりあえずは注文した品を食べることにするのだった。
◆
「はぁ〜食べた食べたー」
「だね! 結構、お腹いっぱいになっちゃった」
「満足〜」
「ほんとどこに入ってんだ?」
あれから注文できたものをみんな全て食べ終えた。
あの気まずい空間をどうにかしたいと思っていたが、それを見事パンケーキたちが打ち砕いてくれた。
甘いものってすげぇ。
俺はというとコーヒーを飲みながら三人が甘いものに夢中になっている姿を見ていた。
翠花は身長も小さく、岡井さんも細身。藤林に至ってはモデルのように華奢だ。それなのにあの量のパンケーキがみるみるうちに消えて行くものだから不思議で仕方ない。
「ねぇ、紗奈ちゃん。行くとこないんだったらよかったらうち来る? ナツも今日は泊まるんだけど……」
「え? いいの?」
そうして腹が膨れた後、翠花が思っても見ない提案をする。
「私は全然大丈夫だよ!」
「ほら、ナツも大丈夫って言ってるし! あ、でもお昼間は部活あるから、どこかで時間潰してもらわなくちゃいけないけど……別に家でもいいならそれでもいいんだけどね」
「あいあーい。りょーかい! まっ、あたしとしては新世の家でもいいんだけどね!」
「いや、俺がよくねぇ」
「そ、そうだよ。いくらなんでも男の子の家に泊まるのは……」
「もう、スイスイは心配性だなー! 心配しなくても何も起きないって。新世ヘタレだし」
なぜそこで俺をディスる方向へ持って行く。
「それより、スイスイに教えてあげなくちゃね」
「え?」
「新世を誘惑する方法を」
「ゆ、誘惑……」
「おい、絶対に変なことを教えるなよ? 翠花はお前と違うんだからな」
「はいはい。男子はあっち行って。後は女子会するんだから」
岡井さんにもシッシとされる始末。
くそ……本当に大丈夫なんだろうな?
結局、今日は翠花の家に泊まることになり、俺の安眠は確保されることとなったのだった。
ただ、別の意味で不安が付き纏って眠れない可能性があった。
頼むから翠花に変なこと吹き込まないでくれと祈りながらその日は解散することになったのだった。
──────
更新遅れて申し訳ありません。
風邪をひいておりました……。
まぁ、ちょっとした修羅場でしたかね?
期待したものと違いましたら、すみません。新世にとっては大変だったと思いますけど。
翠花も翠花で鈍いのでこの辺は岡井さんが緩衝材になりました。
紗奈は新世に対する好意を自覚的できておりませんので、反応はこんなところでしょうか。
よければご感想お待ちしております!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます