第49話 意図せず配信に出演してしまう男
『こんあっかり〜ん!』
屋上からの少女の転落を阻止した日の晩。草介に言われた通り、VTuberなるものを見ていた。
一体どれを見ればいいか分からなかったが、ちょうどライブストリーミングが始まったのでそれを視聴することにした。
御先あかりと呼ばれるそのVTuberは、事務所に所属しているようで、基本的にはバーチャルアイドル活動が主なようだ。その割にはゲーム実況動画が多い気がするが、今時そんなものなのだろうと思い、気にしないことにした。
『一週間もお休みしてごめんね〜!! ちょっとずつまた配信頑張るので、応援よろしく⭐︎』
【コメント】
・ええんやで
・元気が一番!
・待ってたよ!
コメント欄は温かいコメントで溢れていた。それだけ彼女が人気という証拠だろう。
登録者数を見てみるとさすが大手の事務所に所属しているだけあって、百万人間近だった。
VTuberってすげぇ。こんだけ登録者がいれば、お金がっぽがっぽなのでは?
おっと。昔のくせが未だに抜けない。すぐにお金のことばかり考えてしまう。俺は質素に少しずつ貯めていくと決めたんだ。だから羨ましくなんてないんだからな!!
『いっぱいコメント、ありがとっ! みんなに応援してもらって、あかりんは幸せものだよぉ。今日は〜一時間ほど雑談をしたいと思いますっ!』
画面の中のピンクの髪の女の子は、甘えた声で何気ないことを話し始めた。
どうやら今夜は、雑談配信のようだ。それをラジオ代わりにテスト勉強でもすることにした。
……まずは数学でもするか。あの先生の教科だし、赤点取ったら、何言われるかわからん。
『あかりが、現役JKだってことみんなは知ってると思うけど、今度テストがあるんだよね〜。だからこの配信終わったら、全力で勉強しなくちゃいけないのっ。あかり頭あんまりよくないから!』
へぇ。高校生なの? というか、そういうのって公表していいものなのか? まぁ、そんなこと気にしても仕方ないか。
『それで、今日ね。学校で授業出るがちょっと面倒だなって思ったから、屋上でサボっちゃった⭐︎』
サボっちゃった⭐︎、じゃない。さっきまで頭良くないから勉強頑張らないといけないって言ってたところだろ。
そもそもそんなこと配信で堂々と言っていいのか。こういうのって炎上しちゃうんじゃないのか?
聞いていたら色々不安になる子だった。
【コメント】
・即落ち二コマで草
・サボるな
・屋上は定番スポット
ほれみろ、コメント欄でも言われるぞ。即落ち二コマが何なのかはよくわからんけど。
『あはは、ごめんごめん! 今日だけだから許してにゃんっ?』
御先あかりが甘えた声でウインクをすると、コメント欄は盛り上がった。
見ている側の情緒もなんだかすごい。
『それで続きだけど、サボってたらなんか後ろから気配して、振り返ったら知らない男子生徒いたの。あかりびっくりしちゃって! 誰ですか?って聞いたらなんか馴れ馴れしく話しかけてきて、ちょっとびっくりしちゃった』
「……ん?」
思わず、数式を書く手が止まった。聞き覚えのあるエピソードである。
俺はそのまま、スマホの画面の方に目を向ける。
【コメント】
・不審人物で草
・大丈夫?襲われなかった?
・怖すぎワロタ
・それナンパ?
・あかりん逃げて!!
コメント欄見たらみんな御先あかりを心配するコメントで溢れていた。
そしてほとんどがその話しかけてきたやつを不審者扱いをする内容だった。
確かにいきなり後ろから話しかけられたら怖いと俺も思う。だけど……。
「いや、まさかな?」
そんなわけないと首を横に振る。
確かに俺も今日、屋上で知らない後輩女子生徒に話しかけた。
似たような話だとは思うけど……流石に俺じゃないと思う。
第一……そんなにそんなにキモくなかったよな? え、馴れ馴れしかった? いやいや、かなり丁寧に話かけたよな! そうだよな!!
全国に学校がいくつあると思ってんだ。今日学校で会った女の子が超人気VTuberなんてどんな確率だよ。
そもそも話し方からキャラまで全然違う。
「考えすぎだ」
『でもいきなりだったから驚いただけで、話してみると結構話しやすい人だったから大丈夫だよ! あんまり良くわからない人でもあったけどね!』
【コメント】
・よかった
・安心した
・不審くんごめん
・まぁ、用心に越したことはない
・不審くんw
しかし、御先あかりからその後、その人物に対するフォローがあった。それを聞いて、他人事ながらやや安心した。
でももし次も同じようなことがあったら慎重に話しかけよう。
あの子ももしかしたら同じように思っていたかもしれんないし、怪しいことには変わりない。
『くちゅん』
改めて、自分にそう言い聞かせて、勉強に取り組もうとするもスマホから今度は可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。
なんだか、さっきの話も違うとは分かっていても自分のことを言われれているような気がして、その一挙一動が気になってしまう。
【コメント】
・くしゃみ助かる ¥1,000
・好き ¥5,000
・は? 可愛いんだが ¥10,000
・死んだ ¥2,000
・もう二次元でいいや ¥9,999
そして、目に入ったチャット欄を見て、目が点になった。
……え、なにこれ?
コメントの横には色付きで金額が表示されている。
これは一体何……?
気になった俺は、すぐにそれを調べた。
調べるとすぐにそれは出てくる。
いわゆるスーパーチャットという機能らしい。投げ銭とも呼ばれる。お金付きでコメントを投げることによって、最後にコメントを読んでもらえることが多くなるらしい。
聞いたことがある。
やっぱりVTuberってすげぇ。俺もお金欲しい……。さっき固めたはずの意志が早くも脆く崩れ去りそうになっていた。
というか、最後のやつ草介じゃないだろうな?
学生の一万はでかいぞ?
そうしているうちに雑談配信は終わりを迎えた。
色々と気になることが多い配信だった。
結局、勉強は最初に数問解いただけで毛ほども進まなかった。
勉強する時は、集中できないので今度は何も見ずにすると誓った。
勉強に集中できなかった俺は、そのままベッドへと寝転がる。
一度切れてしまった集中力というのは、取り戻すのは俺にとって困難なことなのだ。
ベッドに転がって、スマホを見ていると俺に一通のLINEが届いた。
「……画像? どっちがいい? どういう意味だ?」
何やら、藤林から画像付きで謎のメッセージが送られてきた。
「──ッ!?」
あまりの衝撃に俺はスマホを落としてしまった。
「…………」
俺はそれを拾い上げて恐る恐る画面を見た。
そこには二枚の画像。いずれも顔が映っていない下着姿の女性の画像だった。
ふ、藤林じゃないよな?
あらぬ妄想が広がっていく。
見てはいけないものだとわかっているのに視線は吸い寄せられていく。
俺は煩悩をかき消し、怒りのスタンプを連打した。
『冗談だって。どうせ顔真っ赤にしてんでしょ? これあたしのじゃないからね? ネット通販で見てるやつ。今度、どれ買おうかな〜って!』
LINEでもからかわれる始末。許すまじ。
当然のように下着の画像送ってきやがって。
もう一度、怒り気味のスタンプを送ってやった。
『もしかして、あたしのかと思って、興奮した?』
『してない』
『えー、ホントに〜?』
『してない』
『まぁ、そういうことにしといてあげる! 流石のあたしでも自分の下着姿送るのは恥ずかしいしね!』
してないからな。断じて。というか、自分のを送るのは恥ずかしいのに、今度買う予定のものを送るのは恥ずかしくないのか。
よく分からん。
『で、これだけのためにLINEしてきたのか?』
『えー、ダメ?』
『藤林に限ってはダメだな』
俺がそう返すと向こうも何かのキャラクターがふくれっつらをしたスタンプが送られてきた。
『それで本題なんだけど、新世って勉強得意?』
「本題あんのかよ」
人知れず、ツッコミを入れた。
『普通』
『じゃあさ、よかった勉強教えてくんない? あたし、全然勉強わかんないから』
『だろうな』
『あーひど!? じゃあ、決定ね!』
『いや、やらないからな』
『決定! 拒否は受け付けないから』
その後は何を送っても拒否の拒否をされてしまうだけだった。
俺だって怪我した左手で自分の勉強を進めなくちゃならんのに……。
明日は、藤林に勉強を教えることになりそうだ……。
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