第50話 未来視ができてもこういうことは予測できない

 来週は中間テストである。

 普通に考えて、いつも通りなら赤点を取る事はないだろう。だが、今回はハンデがある。


 ──右手が使えない。


 これは致命的だった。授業中のノートもまともに取れないし、そのせいで頭に授業の内容が入ってこないのだ。

 さらにいえば、テストも左手で受けなければいけない。とてもじゃないが、筆記が間に合う気がしない。


 先生に聞いてみたら、追試を受けることも可能だそうだが、それはそれで嫌だ。

 テストをもう一度受けたくなんかないし、追試の方が内容が難しいからである。

 良くも悪くも学力は平均的なので、今の状態では赤点をとってもしまう可能性まである。


 どう考えても詰みである。

 そのくせ、どこぞのギャルに勉強を教えろだぁ?

 無理だ無理。そんなもん無理!!


 かくなる上は……ふふふ。


「ふふふふふ」

「ど、どうしたのよ、新世? ついにおかしくなっちゃった?」

「朝霧、頼みがある」

「何よ。急に改まって……」

「勉強を教えて欲しい」

「え!?」


 朝霧は俺の頼みに見事に驚愕の表情をあらわにした。


「わ、私が?」

「ああ。俺、右手使えないだろ? だからノートもうまく取れなくってさ」

「その……ごめん……」

「あ、いや、そういうことじゃなくてだな……」


 どうやら俺が朝霧を庇って怪我したことについて、責められていると感じてしまったようだ。全然そんなつもりはなかったが、言い方が悪かった。


「朝霧って結構、成績いいんだろ?」

「……なんで知ってんの?」

「倉瀬が言ってた」

「いつの間に……でも言っておくけど、七海の方が頭いいんだからね?」

「そうなのか? でも学年での順位は、朝霧が上って聞いたぞ?」

「それは、あの子が名前書き忘れたり、回答欄ずれてたりすることがあるからよ……地頭ではあの子には勝てないわ」

「ああ……」


 なんとなく想像ができる。


「まぁ、赤点は取ったことないし、心配もないんだけどいつか何か大きなミスしそうで怖いのよね。特に受験とか」

「分かるな、それ。まぁ、それはともかく、朝霧は俺より頭いいから勉強教えてほしんだよ。それが無理ならせめてノートを貸して欲しい! この通り!」


 俺は手を合わせて頭を下げた。

 朝霧なら勝ち誇った顔をしてきそうだが、背に腹は変えられない。最悪断られることも想定しておかなければならない。


 しばらく経っても、返事が返ってこないので俺は薄目を開けて、朝霧の様子を窺った。すると、何やら一人でぶつぶつと何かを言っているではないか。

 ……どうした?


「朝霧?」

「……っ。別にいいわよ、それくらいッ」

「だよな。悪い……え、なんて?」

「だから、別にいいって言ったのっ! なんで驚いてるのよ!!」

「あ、いや、すまん。返事遅かったし、なんとなく断られそうだと思ったから……」

「それは、だって……(二人っきりだったら何話していいかわかんないし、それに教えるってなったらきっと結構、距離近くなるだろうし……)」


 何をごにょごにょ言ってるか、分からんが、とりあえずはOKらしいことはわかった。


「ありがとう、助かる」

「べ、別に……! それに言われなくてもノートくらい貸してあげるつもりだったし!」

「え、そうなのか?」

「だって、その手の怪我も私のせいだし……」


 また朝霧の表情が暗くなった。気にするなって言ったけど、無理な話か。

 それにしてもいい意味で朝霧は表情が豊かになったな。この前では考えられないくらい、表情がころころと変わる。


「でもなんで七海にお願いしなかったの?」

「いや、お願いしたけど、なんか断られた。その時に朝霧の方がテストの順位がいいって聞いたんだ」

「…………」

「朝霧?」


 あれ? 急に黙ってどうした? なんか、不機嫌になった……?


「別に!」


 そしてどこぞの某女優のようにぶっきらぼうにそう返事した。


 ……わからん。

 何がいけなかったのか、さっぱりわからん。


 ◆


 昨日、新世に連絡を入れてから勉強を見てもらうことが決まった。ほぼ強制的にだけど。


 流石に普段サボりまくっていたので、テストでまで赤点を取ることは許されない。

 登山以来、学校へは通うようにしていた。

 もちろん、先生から釘を刺されたというのもあるけど、それだけじゃない。最近は、学校へ対する嫌悪感が少なくなったからというのがある。


 ただ、周りから見られる目は変わらないし、話しかけられることもない。けど、全くということではなくなった。

 廊下ですれ違えば、何人かの生徒は声をかけてくれるようになった。


 主に声をかけてくれる人は決まっているけど、それだけでも登校に対するハードルが下がったのは確かだった。


「ふんふふ〜ん」


 いつもは歌わない鼻歌を歌いながら、廊下を歩く。いつもは職員室に呼び出されたら、大抵は嫌な気持ちになるが今日は違った。


 今から、新世に勉強を教えてもらうため、新世の教室に向かう。


 今日はどうやって新世をからかおかな〜。


「あんたさぁ。やっぱ調子乗ってんじゃない?」


 ……何?

 せっかく人がいい気分で歩いていたのに……。


 踊り場の方から嫌な感じの声が聞こえ、足を止める。

 気になった私は、声のした方を廊下の角から覗く。


 少し階段を上がった踊り場。そこには三人組の女子生徒が一人の生徒を囲んでいた。囲まれている生徒は眼鏡をかけた如何にも地味って感じの子でそれを取り囲む生徒たちは逆に派手な見た目だった。


「ふーん? いじめってとこ?」


 それを覗きながら呟く。


「つまんないことしてんね」


 あまり見ていていい気分ではない。自分も取り囲んでいる子たちと見た目の系統としては同じ。だから私自身、そういうことをしていると見られることや勘違いされることも多い。

 実際はしたことないし、する意味もわからないからこういうのはただただ不快だ。


「あんた中村くんと話したんでしょ?」

「……なんのことですか?」

「とぼけんなよ! あんた早紀が中村くんの好きなのわかってんでしょ?」

「……そんなの知りません」

「まじ、うざいんだけど。あんたなんか──」

「その辺にしておいたら?」


 見ていられなくなったあたしは、思わず下から声をかけた。

 一人の女子生徒が手を振り下ろそうとしたので、流石に暴力はまずいと思ったからだ。


 女子生徒たちは私の登場に、顔を見合わせて気まずそうな顔をしている。

 その顔には明確な焦りがあった。


 良くも悪くもあたしの悪評はこういう時に役に立つ。


「…………何の用ですか、先輩」

「別に。暴力はやめておいた方がいいんじゃない?」

「……先輩に言われたくありませんけど」

「──ッ」

「行こ」


 そう言うと派手目な女子生徒たちは、その場から去っていった。

 ちょっと反撃されてせっかくの気分が台無しだ。


 ……さて。どうしよ。


 目の前の眼鏡の子に声をかけるか迷ったけど、あたしみたいなのが、声をかけても迷惑かもしれない。


「あの、ありがとうございました」


 そう思っていたら意外にも向こうからお礼を言われた。その顔は特にこちらを怖がっている様子はない。


「べ、別に。見ていて、不快だったから声をかけただけ」

「そうですか。それでも助けていただいて感謝します」

「……あたしのこと、怖くないの?」

「怖い……ですか?」

「そう。だって、こんなこと自分で言うのもなんだけど、さっきの子たちみたいに派手だし。あまりいい噂もないし」

「私は自分の目で見たものだけを判断します。少なくとも今の先輩は、私を助けてくれたので、いい人だと思います」

「……ふーん。まぁ、いいや。また、絡まれないように気をつけなよ?」

「それはどうでしょう。あの人たち同じクラスですし。学校に行ってる限り、絡まれるかもしれません」

「難儀な相手に目をつけられたね。まっ、あたしで良かったらまた見かけたら助けてあげる」


 あたしがそう告げると眼鏡の女の子はペコリと頭を下げて去っていった。


「はぁ……」


 それにしてもあの子をいじめてた子、どこかで見たことがある。どこだったかな。


「まっ、いいや」


 あたしは気を取り直して、新世のいる教室へと足を運んだ。

 さて、今日はどうやって新世をからかおうかな?


 そう思って、新世の教室の扉を勢いよく開けた。


「新世、来たよー! ちなみに昨日写真で送った下着着けてるんだけど、見たい? ……って、え?」

「え」

「……下着? 新世……これはどういうことかしら?」


 新世一人だと思っていた教室には、なぜか朝霧さんも一緒にいた。




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