第31話 青春は俺のいないところでやってほしい

「好きです。付き合ってください!!」


 放課後。

 日直の俺はゴミ出しをしに校舎裏まで来ていた。

 朝から昼にかけて丸ごといなかった俺は、残りの作業を全て朝霧に押し付けられたのだ。


 ツケで飲み食いしてやると脅されたのにそれはなくない?


 それはそれとして、放課後の校舎裏って言うのは、告白のスポットとして最適らしい。

 人目があまりないからか、よくここで告白する生徒が多いんだとか。

 それ逆に人目あるくない? という疑問は置いておいて、今まさにその現場を俺は目撃しているわけである。


 その場面に出会した俺の感想はこれである。


 ──早よ終われ。


 理由は最も単純明快なものだ。お前らがそこにいるせいでゴミ出しできねぇんだよ!!


 ゴミステーションへ行くにはその通路を通る必要がある。遠回りをすればいけなくもないが、なぜ俺がこやつらのためにわざわざ労力を消費せねばならないのか。


 青春は俺のいない場所でやってもらいたい。

 校舎の影に隠れながら、そんなことを思う。


「前々からずっと見てたんです。倉瀬さんのこと! 幸せにしますからお願いします!!」


 プロポーズみたいな告白だな。付き合うだけにしてはえらく重い。中高生の告白なんてテキトーでいいんだよ。

 将来そのまま結婚する割合なんて高々しれてるんだから。


 告白すらしたことのない俺が偉そうに講釈垂れる立場でないのは重々承知だが、今の俺はイライラしている。はよ帰りたい。


 ん、ちょっと待て? 今、名前なんつった?


 俺は校舎の影から顔を覗かせて、その告白現場にいる二人を確認した。


「倉瀬かよ」


 一方は倉瀬だった。そしてもう一方は知らない男子。

 男子はどちらかと言えば、誠実そうで真面目な見た目をしていた。


「ごめんなさい!」


 その男子の告白を倉瀬は迷うそぶりすら見せずに一刀両断した。

 男子生徒は今にも泣きそうな顔をしている。

 哀れ。さぁ、解散しよう。


「り、理由を……何がいけなかったのか聞いてもいいですか?」


 だが、それをグッと堪えて必死に何が自分に足らなかったのかの倉瀬に聞いた。

 転んでもただでは起きない精神は見上げたものだが、それは別の場面で発揮してほしい。いいからそこ退いてくれよ。


「えっと高橋くんがいけないんじゃなくて……」

「も、もしかして好きな人がいるんですか!?」


 倉瀬に好きな人……。いたとしたらそいつは幸せもんだな。倉瀬みたいな可愛い子に好かれるなんて。末代まで呪われるがいい。


「す、好きな人なんていないよ!」


 それを倉瀬は必死に否定した。残念ながら倉瀬に好きな人はいなかったようだ。


「じゃ、じゃあどうして……?」


 だよな。それは気になるよな。俺も気になる。倉瀬とはクラスの中でも草介や朝霧に次いで話す方だし、俺としては割と近しい関係だ。友達とまではいかないが、やっぱりそんな身近な人物のことは少しは気になってしまう。


 あ、別に俺が友達と思っていないわけではない。こっちが一方的にそう思ってて違ったら恥ずかしいじゃん? だから向こうが明言するまではただのよく話すクラスメイトというわけだ。


 話は逸れたが、倉瀬が告白を断った理由。なんだろうか。


「え、えっと……好きな人はいないけど……気になる人はいるっていうか……」


 恥ずかしそうにそう言う倉瀬の姿は失明しそうな眩しさだった。

 一方で男子生徒は絶望の表情になった。


 うんうん、わかるよ。その気持ち。なんとなくだけど、クラスのアイドルが誰かを好きって聞くと自分が好きじゃなくてもなんとなく残念な気持ちになるよね。え、これとは違う? というか、気になると好きってどう違うかもわからん。


 ***


「う、嘘だ!! そんなのダメだ!!」

「い、いたっ!」


 ***


 短く視えた未来。男子生徒が逆上して倉瀬に掴みかかっているシーンだった。

 はぁ、めんどくさ。

 しつこい男は嫌われるって話したところだってのに。


「あーゴミ捨てだるいなー重いなー大変だなー」


 俺は手に持ったゴミ袋を運びながらその二人の前に何も知らないかを装って出た。


「っ!」

「……あ、伊藤くん」


 男は突然現れた俺に驚きの表情を見せる。倉瀬も同様に俺を見て目を見開いた。


「あ、倉瀬。これは奇遇だな。こんなところで一体何を?」


 若干棒読みで演技臭くなった。それにこんなところで男女二人でいれば、ある程度予想つきそうなものであるが気にするな。


「あ、ううん! 何でもないの! 本当になんでもないから!」


 倉瀬はなぜか悪いものを見られたかのように振る舞った。

 なんでそんな反応なのかは分からないが……ああ、男子生徒に気を遣ってるんだな。さすが倉瀬、優しいな。


 男子生徒は苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ている。


「そう言えば、朝霧が探してたぞ」

「え、優李ちゃんが?」

「ああ、一緒に帰るんだろ?」

「確かに何も言ってなかったかも……」

「じゃあ、急いだ方がいいんじゃないか? アイツ倉瀬のこととなると校舎中探し出しかねんぞ」

「えっと……うん、そうする。じゃあ、ごめんね、高橋くん」


 倉瀬は高橋という男子生徒に頭をぺこりと下げると去っていった。

 朝霧が探していたというのは、本当のことだ。アイツは倉瀬が何も言わずにいなくなるとすぐに探し回るからな。


 高橋くんの告白を邪魔して悪いことしたが、既に振られていた身。あのまま倉瀬に掴みかかっているよりかは、何事もなく終わってよかっただろう。


「さて、俺もゴミ出してくるか」


 ようやく目的を果たせる。俺はゴミステーションの方へと歩き出す。

 高橋くんはまだ動かなかった。


「チッ」


 横を通り過ぎる時、真面目そうな顔からは、似合わない舌打ちが聞こえた。


 ……俺に変な恨み向けてないよな?



 ◆


 七海がいない。

 何も言わずにどこかへ行っていることはしょっちゅうある。だけどその度に心配になる。なぜなら、毎回どこかしらで問題を引っ張ってくるからだ。そうなる前に見つけ出さなくてはならない。


「優李ちゃん!」


 そうして、私が校舎中を探し回っていると後ろから声がした。

 振り返れば、七海が満面の笑みを浮かべており、私に向かって抱きついてきた。

 かわいい。


「七海! 急にどうしたの?」

「えへへ! 一緒に帰ろ?」


 抱きしめたい衝動に駆られた。

 こんな姿、他の生徒は見ることはあまりないだろう。あまりにも無防備すぎる。あまりに可愛すぎる。


「ええ、そうしましょ」


 それから教室に荷物を取りに行ってから帰路へとついた。



「どこ行っていたの?」


 帰り道。私は七海がどこへ行っていたのかを聞いた。


「校舎裏だよ!」

「……まさかまた告白?」

「うん、そうみたい!」

「みたいって……それでどうしたの?」

「もちろん断ったよ? そしたら好きな人いるの? とか聞いてきて、いないって答えたら、どうして? って聞かれて困っちゃった!」


 どうやらしつこい相手だったようだ。振られたのに往生際が悪い。七海がここにいる以上、無事であったことに間違いはないのだが、一回目で引かない相手に七海だけでその場を治められたとは思えない。


「それは大丈夫だった?」

「うん、そしたら伊藤くんがゴミ捨てで来てくれてね。優李ちゃんが探してるって言われてそのまま帰ってきたの!」


 グッジョブ! グッジョブよ。偶にはやるじゃない!


「あ、連絡先聞けてない……」


 最近、七海の様子がおかしい。アイツのことをよく話すようになった。なんとなく寂しい気持ちになる。

 私はアイツの連絡先を知っている。知っているなら、私を通じて教えてあげることも可能なはずだ。


 だけど、なんとなくそれは気が進まなかった。

 それは────


「っ!」

「どうしたの、優李ちゃん? 顔赤いよ?」

「な、なんでもないわ!」


 いや、そんなはずあるはずない。これは単純に七海にあのケダモノを近づけたくないだけだ。それ以外にありえない。


 私が言い訳するように自分にそう言い聞かせていると七海がおかしなことを言い出した。


「でも優李ちゃん、最近変わったね」

「私が変わった?」


 何も変わったことなんてない。むしろ今まで通りだ。


「うん。なんて言うか、表情が柔らかくなった。だからかな。なんか男子がよく優李ちゃんのこと話してるの聞くよ?」

「……最悪ね。もっと仏頂面しておけばよかったかしら」


 それを言うなら七海の方が告白される割合も多いと思う。私みたいな性格の女よりかは、七海のように可愛くて性格もいい子と付き合う方がいいと男子たちもわかっているのだろう。


「ダメだよ。せっかく可愛いんだから。もっと笑わないと!」

「か、可愛いって……」


 七海こそ可愛い。でもやっぱりそんな七海だからこそ、言われると嬉しく感じてしまう。

 やっぱり、七海と同じクラスになれたからかな。一年の頃は別のクラスだったし……幸せオーラが漏れているのかもしれないわね。


「これも伊藤くんのおかげかもね?」


 冷や水を浴びせられた気分だ。せっかく七海との特別な縁を噛み締めていたのに。異物が入ってきた。


「ないわよ。あんなやつ」

「そんなことないよ。だってね、最近、優李ちゃん私以外の子とも話すようになったでしょ?」

「いやいや、私は七海だけだから」

「ふふ、それは嬉しいけど、ちゃんと話を聞いてね?」


 七海に釘を刺されて私は押し黙る。


「確かにまだ話す子は限られるけど、それこそ紗奈ちゃんとか翠花ちゃんとは廊下ですれ違っても挨拶くらいはするようになったでしょ?」

「…………」


 七海の言う通り、昔までだったら七海以外は眼中に入ってなかった気がする。

 そんな私がクラスメイトでもない、登山でちょっと話した程度の相手と軽く話すようになったのは、確かに変化だった。


「それって伊藤くんが繋げてくれた縁なんだよ。それに伊藤くんが間に入ってたから、その子たちとも話すようになったわけでしょ?」

「まぁ……そうね」


 それが自分にとって喜ぶべきことかどうかはともかく、事実ではある。


「それに伊藤くんとも優李ちゃん、普通にお話ししてるよ?」

「……なっ!? べ、別に普通に話してないから!」


 アイツとする会話といえば、いつもなんの生産性もない言い争いばかり。それって別に普通じゃないわよね?


「ふふ、まぁ私にとって優李ちゃんのお友達が増えることは嬉しいことだから」

「……別に。私は七海さえいれば……」


 小さい呟きは七海に聞こえない。

 ちょうどそこで分かれ道に差し掛かった。七海とはここでお別れだ。

 私は七海に挨拶をしてから、家にゆっくりと向かう。


 さっきの七海に言われたことを考えていた。だけど答えは見つからない。


「ただいま」


 そうして家の玄関を開ける。昔ながらの引き戸からはガラガラと音が鳴った。


「おばあちゃん?」


 私はリビングにいるはずのおばあちゃんを呼びかけ、ドアを開けた。


「……え?」

「久しぶり。姉ちゃん」

「あら、優李ちゃん。おかえり」

「た、ただいま……」


 そこにいたのは、おばあちゃんと楽しそうに話す、二つ下の弟であった。


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