第55話 意識しすぎるのもよくはない

 俺がリバウンドを取り始めてから、翠花はより集中したように一心不乱にシュートを放っている。


 リバウンドというのは、シュート後のボールを取ること。だから結構、シューティングの時にリバウンダーがいるのといないのではありがたみが違ったりする。

 俺としても、集中力の上がったシュートが面白いようにリングに吸い込まれているのを見ているのは楽しかった。

 右手は怪我をしているので、基本的に左手でボールを取る。翠花に心配されたけど、適当に怪我したと誤魔化した。それにこのくらいの動きなら、片手でも十分だった。


 そして気がつけば、勝手な判断だったがリバウンドを取ってからいろんな角度にパスを出したり、時折シュートチェックを入れたりした。


 チェックを入れるとやっぱりシュートの精度が落ちて、ボールがリングに弾かれる。


 そして翠花は時折、恨めしそうに睨みつけるのだ。

 初めは余計なことをしてしまったかと思ったが、これは単に悔しがっているだけだと気がついた。


 そうして、翠花はムキになってこれでもかというほどシュートを決めて集中力を増していった。

 それは俺も同じこと。もはや、勉強のことなど忘れていた。


「翠花、ラスト!」

「はい!」


 そして俺もそんな翠花のシュートを見るのが楽しくて、ついついコーチみたいにあれこれ指示を出しつつ、パスを出していた。

 翠花もそれに嫌がることなく、むしろやる気を出して部活みたいな強度でシュート練習を行った。


 終わってから、つい熱くなりすぎたと反省する。


 シュート練習が一段落したところで俺は、自販機に翠花の分もドリンクを買いに行った。

 単純に自分の喉が渇いたというのもあるし、申し訳なさもあった。


 翠花は自分で買いに行くと言ったが、それを拒否して今はベンチで休んでもらっている。


「ほら、お疲れ」

「あっ。ありがと!」


 そして買ってきたスポーツドリンクを手渡す。


「お金返すよ。いくら?」

「数百円だし、まぁいいよ」

「いやいや、そういうの良くないからね。返します!」

「あー、じゃあ160円。結構律儀だな」

「でしょ? あ、あれ……?」


 翠花はリュックの中から小銭入れのようなものを取り出した。しかし、その中身を見て首を傾げた。


「ご、ごめん……細かいのないや……」

「じゃあまた今度でいいよ」

「ご、ごめん。すぐ返すから! これ、頂くね!」

「どうぞー」


 翠花は申し訳なさそうに手を合わせてから、ペッドボトルの蓋を開けて、ドリンクを一気に流し込んだ。

 喉渇いてたんだな。


「ふぁぁ! うまいっ!」


 そしてとびっきりの笑顔を見せた。なんだかこれだけ気持ちよく飲んでもらえたら買ってきた甲斐があったというものだ。

 確かに運動後に飲むポ○リは最高だよな。


「うまそうに飲むな」

「いや〜、運動後のこれは堪んないよね」

「分かるな、それ」

「新世くんは、何買ったの?」

「俺? 俺は、これ」


 そう言って、俺は持っていたペットボトルの蓋を開けた。


「コーラ……運動後に飲んだら逆に喉渇かない?」

「このシュワシュワがないと生きていけない」

「そんなに!?」

「この喉越しがいいんだよな」

「ビールみたいに言うなぁ。美味しいのは分かるけどね」


 炭酸をあんまり飲んでこなかった俺からすると、この喉を通る爽快感が病みつきになった。

 しかし、少しすると翠花が言った通り、口の中がベタついてまた喉が渇いてきた。


「…………喉渇くな」

「ほら、言わんことない。やっぱり運動後にコーラはダメなんだって!」

「世の中には炭酸抜きコーラというものがあってだな。エネルギー効率がいいんだ」

「いや、炭酸抜けたら美味しくないでしょ! それより、喉渇いたならちょっと交換する?」

「えっ!?」

「翠花もちょっと炭酸飲みたくなってきちゃった」

「べ、別にいいけど……」

「ほら、それなら新世くんも喉を潤せるし、WINWINでしょ?」

「ま、まぁ、そうだけど……」

「じゃあ、はい!」


 そう言って、翠花は何の躊躇いもなく自身のスポーツドリンクを差し出してきた。


 これって……いわゆる間接キスってやつだよな……?


「どうしたの?」

「いや……」


 翠花に促され、流されるままに自分のコーラと交換した。


 翠花は受け取ったコーラの蓋を開ける。プシュッと炭酸の抜ける音がする。

 そしてそのまま、ペットボトルを傾けて口をつけた。


 そんな翠花の姿を思わずマジマジと見つめてしまった。


「うん! 確かに運動後に飲む炭酸もいいかも!」

「…………」

「あれ、新世くんどったの? 飲まないの?」

「あ、いや……いただきます」

「……?」


 翠花は特に気にしていないようだ。

 ……こういうのって意識しすぎる方がきもいのかもな。


 よし。

 俺も翠花から手渡されたドリンクの蓋を開けて、普通に飲んだ。


「ありがとう」


 そしてお礼を言って、また交換しあう。


「どういたしまして! って別にたいしたことしてないけどね! というか、なんで飲む前あんなにマジマジ見てたの?」

「え……」


 バレていた。翠花が飲んでいる時に見ていたことが。

 どうやって誤魔化そうか一瞬迷ったが、翠花が気にしていないなら、特に隠すようなことでもないのかもしれない。


「いや、その……なんていうか、間接だったからさ。女子では、嫌がる子もいるかと思って。俺が気にしすぎだったわ」

「かんせつ……? 関節?」

「ほら、俺が飲んだ後だったからってこと」

「ああ、間接キ──っ!!!」


 ……ん?


 翠花の顔が一瞬で沸騰したかのように真っ赤になった。

 これってもしかして……気にしてなかったんじゃなくて、気付いていなかったってだけか?


「あ、いや、これは……その……」


 なんだか急に恥ずかしそうにするその姿を見て俺も恥ずかしくなってきた。


「き、き、気にしてないよ? べ、別にそのくらいふつーだし?」

「だ、だよな。普通だよな」

「うんうん、普通! 翠花だって友達と回しのみくらいするし!! お、男の子とはしたことないけど……」


 余計なことは言わんでくれ、翠花。

 そんなこと言われたら余計に顔が熱くなってしまう。


「と、ともかくだよ!! 水分補給もしたことだし、ほら再開しよ!!」

「再開しよって……まだやる気か?」


 あれから一時間ほどが経っている。練習熱心なのはいいことだが、テスト前だということを忘れてないか?


「え〜いいじゃん! 新世くんと練習するとすごく濃い練習ができてる気がするんだよね!」

「勉強は?」

「うっ……で、でも今せっかくいい感じだし……じゃ、じゃあ最後に1on1だけ付き合ってよ! 5ポイント先取で!! ディフェンス付いてくれた方が練習になるから! ね? お願い!!」

「……本当に最後だからな?」


 あまりの勢いに思わず承諾してしまった。

 俺が片手ってこと忘れてないよな……?


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